これから俺たちはどこに向かっていくんだろう。 この道は、どこに続いているんだろう。 「レイ。ちょっと、いいか?」 テストの明けた翌日、誰も彼もが自分たちの部屋を片付けているなか、俺は一人談話室でくつろいでいるレイに話かけた。 「なんの用だ。ヤマト」 億劫そうにこちらを向くレイ。いつもなら「相変わらずだな〜」と苦笑いが出てしまうところだけど、今日はそんなことは気にならなかった。 「うん、確認したいことがあって」 自分の表情が硬いのがわかった。 レイはしばらく思案して、俺を向かいの席に座るように促した。 俺は談話室に誰も近寄ってきていないことを確認してから席に座る。そのまま、単刀直入に聞いた。 「俺の兄貴のこと、レイは知っているのか?」 言い終わらないうちに、レイの眼差しが射殺しそうな程に強くなる。 それだけで十分な答えだった。 「やっぱり、知ってたのか」 なぜだか安心して、顔が緩んだ。 いびつな笑いになった俺に、不愉快と不可解を混ぜたレイの眼差しが突き刺さる。 「それがどうした。お前にいちいち言わなければならないとでもいうのか?」 「いや。ずっと疑問だっただけだから。触れられたくない話題だったらごめん」 いつもよりも冷たい印象のレイに、やはりこの話がターニングポイントだったのだとわかった。 知りたかったこととはいえ、嫌な話題を出してしまったことは確かだから謝ると、「後から謝られてもな」とため息をつかれた。 「・・あ、はは・・・そうだよな」 「要件はそれだけか」 レイの言葉に首をふる。 「デュランダル議長が、昨日俺に会いに来た」 そう言うと、今度は一瞬驚いたようにレイの目が見開いた。 「全面的に信頼はできる訳ではないけど、俺は議長に従うことにした」 それでも、すぐにいつも通りの無表情に戻って、俺の言葉を聞いていた。 「なぜそれを俺に?」 「レイは、議長と親しいんだろ?詳しくは知らないけど。 でなかったら議長と初めて会う時、俺のパイプ役になんてならなかっただろ」 予想というよりも、ほとんど確信に近かった。 そうでなかったら俺は、レイにこんな話を持ちかけはしない。 ただでさえ自分も、キラのことを人に話すのは嫌なのに。それもキラのことをよく思っていない人間になんて、どう転ぶかもわからない。 そしてキラを知っている理由なんて、あれ以外に考えられなかった。 「あの人は、育ての親だ。あの人に全てを教えてもらった」 レイは端的に、議長との関係を話してくれた。 「キラ・ヤマトは、あの人の親友を殺した」 「っ!」 ぎくり、と身体が固まる。 言われた事実も、レイの瞳も、声も、信じたくない。 でも、信じるしかない。 一年前のキラがいた場所。それが戦場である限り、キラは誰かを殺して、そこに生き残っているのだろうから。 だから、そんな人間に巡り合うこともあるって、思ってはいた。 それでも、自分の心はついていけない。 理由があるんだって。そんなもの特定できないんじゃないかって。キラが殺したんじゃないって叫びたい。 「俺にとっても、大切な人だった」 レイの言葉が重くのしかかってくる。 キラを通じて、俺を責めているような感覚が苦しい。 「だから、弟の俺も嫌い…か?」 嫌いな人間の身内だから嫌い。 ようやく見つけた納得できる答えを問う。 だけどレイは、少し間を置いた。 少しだけ遠くを見るように俺を見つめ、目を眇める。 何かを考えるようにして、ふ、と目をそらした。 「はじめはそうだった。今は、俺にないものを持つ、お前が嫌いだ」 レイの雰囲気が、一瞬穏やかになった。 「それって」 「もういいだろう。話は終わりだ」 その言葉に感じたものを訊ねる間もなく、レイがどこかに行こうと腰を上げる。 「レイ!」 引きとめようと、俺はとっさに声を上げた。 行く先を防がないと止められないかと一瞬思ったのは杞憂だった。 レイは振り返り、俺を見る。 いつもの冷たい視線は、いつも感じるものよりもずっと穏やかだった。 目線がきついのはいつものこと。 それでも、ただ単純に嬉しかった。 「俺はお前が好きだよ」 無意識に放ったそれに、レイは眼を見開く。 「・・・・言ってろ」 そして嫌そうに歪んだ顔の、その口元は、ゆるやかに弧を描いていた。 変わっていく日々が、進んでいることを教えてくれる。 その道が正しいのか、なんてわからない。 誰にも、わからない。 時は変わって、入隊の日になった。 入隊式が終わり、新入隊員はそれぞれの所属部隊へ移動し、そして、部隊での挨拶が始まっていた。 「新型艦ミネルバの艦長に任命された、タリア・グラディスです。 色々と至らない点もあるかもしれないけれど、貴方達を導き、守る事をを努力するわ。よろしくね」 グラディス艦長の挨拶に始まって、通称ミネルバ隊の隊員挨拶が端から行われていく。 少し頼りなさそうな副艦長のアーサーさん。操舵、オペレーターなど、艦のメインスタッフの名があげられていく。これから彼らと付き合っていくのかと考えると、不思議な気分になった。 オペレーターにはメイリンがいて、呼ばれた時、少し緊張気味に答えていた。 そして、整備・技術スタッフには、驚く人がいた。 新型開発に携わっていたマークスさんが、スタッフリーダーとして加わっていた。 俺と目があった時、細い眼をさらに細くして朗らかに笑いかけてくれた。 これは後で聞いた話だけど、マークスさんは開発での功績と技術を見込まれたこと。そして船に乗る予定の新型の、詳細を知っている人間が一人でもいる方がいいとの配慮から、クルーに抜擢されたらしい。 それから整備スタッフには、他にヨウランとヴィーノがいた。 これだけ知っている人間がいると、何の策略だと思えてくる。 そしてそのバックにはあの人がいるのだから、あながち間違っていないのかもしれない。 俺とシン、ルナマリア、そしてレイ。 この4人がミネルバ隊のモビルスーツ戦闘員だ。 ルナマリアには赤の『ザク・ウォーリア』、レイには白い『ザク・ファントム』が与えられ、俺には『アルケミス』が、そしてシンには新型の『インパルス』が与えられた。 首席で抜けたレイではなく、シンが新型のパイロットに抜擢されたことには驚いた。 が、年長者のいない俺たちの隊で隊長役に自然となるレイに負担が大きくならないように、との配慮なのかもしれない。 実際、モビルスーツの操縦に関しては、かなり荒っぽいしムラも大きいがシンの方がうまかった。 この点もあるんだろうと俺は思っている。 相変わらずシンの飛び出し癖は治らないし、レイとの衝突は減らない。 いいチームになってほしいと思う俺の願望は、ルナのため息で無理かと思う時もある。 ま、今までずっとこんな調子だったんだ。 気長に見ていこう。 少しづつ、変わっていくものだから。 「レイ、ちょっと、さっきのシュミレーションなんだけどさ・・・」 「、お前は慎重すぎる。もう少し深く入ってこれなかったのか?」 「敵の的になる俺のことも考えろよ」 「シンは前に出すぎなのよ」 一年前、慣れ合うことなんて夢だったような俺たちが、今こうしていられているように。 緩やかな変化を受けとめて、進んでいく。 この道が、正しいんだと信じて。 世界の変革が始まろうとしている。 与えられた専用の執務室で、ギルバート・デュランダルは思案した。 穏やかな時は終わりを告げ、また激動の流れがやってくることを。 そして、その為の備えと、その道行きを。 うまくいくのだろうか。 正しい道だろうか。 それとも、間違った道なのか。 それは誰にもわからない。 誰一人として、知る者はいない。 所詮人は、暗闇を永遠に歩いて模索する浮浪者なのだと思う。 答えなどどこにもない。 それでも人は、答えを探す。 永遠の安寧を得るために。 それなのに、それだから? 人は争い、諍い、分かり合おうとしない。 エゴを人に押し付けて、相手の気持ちを想い測れない。 そしてまた、大きなうねりが世界を覆う。 何度も、何度でも、繰り返す。 誰かに与えられたものなのか。 それとも、自分たちの存在そのものがそれを作り出すのか。 それすらも分からない。 「願わくば、彼らの行く先に・・・・」 その言葉の先は、彼の喉の奥で霧散した。 |