忘れたことなんかない。


自分の境遇を。自分に降りかかったおぞましい出来事を。


許せない存在を。










『はーい、マユでーす!でもごめんなさいっ、今マユはお話しできません。あとで連絡しますので、お名前をおねがいしまーす!』




シンにとって、それは日課のようなものだった。


手の中にはピンクの携帯電話。そしてその待ち受けには、自分と少女――妹の姿がある。
それを眺め、設定された留守電のメッセージを、今はもうこれでしか聞くことのできない妹の声を聞く。
それをしている時、暗い想いが体中を満たすが、それでもシンにはやめることができなかった。
やめてしまったその時、本当の意味で妹を、そして両親を失ってしまう気がしてどうしてもできない。

自分の中にある家族の記憶が色あせてしまいそうで、どうしてもできなかった。



もしもあの時、何にも負けないほどの強さを、力を持っていたら。
自分の大切なものを、失わずにいられたのだろうか?










   ***









新型軍艦『ミネルバ』の水準式を明日に迎えて、プラントのコロニー『アーモリーワン』の軍事工廠は慌ただしく準備をしていた。
ザフト自慢のモビルスーツが列をなして歩き回り、その合間を縫うようにトラックやバギーなどが走る。

「こうしてみると、圧巻ですね」

何棟もある格納庫の一つで、俺は窓から見えるその光景を眺めていた。
一体何機いるのか、機械の体を持った巨人が積み荷を運んだり整列したりと作業している姿はなんだか和む。
普段は武器を持ち、生身では到底適わない破壊兵器であることを知っているゆえのギャップがそう思わせるのかもしれない。

「おもちゃを見て喜んでる子供みたい、ですよ」

後ろからクスクスと笑われて、俺はマークスさんを睨んだ。
恥ずかしさからくるそれに、自分自身子供っぽい行動だと思う。マークスさんもさらに笑みを深めるから、なんだかだだをこねる子供のようにそっぽを向くしかできなかった。

「でもその気持ち、わかります」

横に並んだマークスさんはそう言って、外のモビルスーツを愛しげに、けれど少しだけ悲しそうに見つめている。

「知っていますか?モビルスーツがはじめ何に使われていたのか」
「ええ。宇宙空間での大規模な建設などの作業に作られていたとか」
「そうです。初期なんて、本当にモビルアーマーに毛が生えたような作りでした。
 でも今は完全な二足歩行を有して、操縦者次第では人と変わらない繊細な能力を引き出すこともできる」

目覚ましい技術の進化。それは科学が成長していっている証拠だ。
でも、語るマークスさんの顔は暗い。

「地球軍との戦争がはじまって、走り出すように技術が進歩した。
 もっと強く。もっと高い水準を。相手を一瞬で討つ力を。そうやって・・日々発展していった。
 開発時代では決してありえなかったスピードで」

「なぜそんなことになってしまったのでしょうね」と締めくくられた話に、俺の胸に言いようのないもどかしいものが生まれて苦しくなった。
昔の誰かが、戦争が大きな利益を生み、世界の急速な発展につながる。と語ったのをどこかで読んだのを思い出した。
それは確かに正しいのかもしれない。事実そうなってしまっているし、過去そんな現象があったことも知識として知っている。

だけど、それは本当に、正しい進歩なんだろうか?
たくさんの痛みを、悲しさを伴ってまで、進まなければいけない道なんだろうか?


・・・・・正しいって、なんだろう。


競争が必要だということはわかる。
相手に勝ちたいから努力を積み重ねて勝負することもわかる。
そうして飛躍していったものがある。学術や企業の製品がいい例だ。
なら、それで充分じゃないか。
本当の意味で命をかけて戦うことなんて、しなくてもいいはずなのに。


「こんなところでするべき話ではありませんでしたね。すみません」
「いえ」

後味が悪く、居心地悪くなった空間を吹き飛ばすように、マークスさんがことの他明るい声と笑顔で終わらせた。
俺も考えることをやめて首を降った。
一介の人間が考えたところで変わることじゃない。


格納庫に戻るマークスさんと別れてその場から階下へ降りると、ちょうど非番で外に出ていたシンとヨウランが帰って来たところだった。

「おーい。聞いてくれよ。このラッキースケベの話」
「ちょっ! っヨウラン!!」
「なんだよ。こんな面白いことばら撒かなきゃ損だろ」
「お前な!! 、聞かなくていいからな!」
「いやいやいや。ぜひとも聞いた方がいいって」

雰囲気的に、ヨウランが延々とシンのことをからかっていたらしい。
俺に振られてシンが戸惑い、ヨウランを止めようと必死になっているが、ヨウランは聞く耳持たずにニヤニヤしている。

「なんだシン。女の子の胸でも触ったのか?」
「んなっ」

俺はそんな二人を内心微笑ましく感じながら、勘でそんなことを言ってみた。
するとシンが絶句し、ヨウランも驚いた後に目を眇める。
なんでわかるんだ。という顔で。

、お前本当ピンポイントで当ててくるよな」
「そう言われても複雑なんだけど・・・」

だってラッキースケベなんて言われたら、女の子との出会い頭のハプニング位しか浮かばない。

「違うからなっ!本当に偶然当たっただけで」
「いや、そんな一生懸命否定されても」
「逆に怪しいよなあ?」
「だから違うんだってば!」

激しく否定するシンに、別に俺はシンがスケベを働いたなんて思ってないと言おうとして、まだからかい続けるヨウランに遮られた。
シンが激昂し、ヨウランは楽しんでからかい続ける。

うーんと・・・・この事態を収拾つけた方がいいのか?

そう考えた矢先だった。

警報が鳴り響いたのは。


「なんだ?」


この音は緊急警報だ。何かが工廠内で起きたらしい。

「何が起きた!!」

誰かの声が格納庫内に響いた次の瞬間、外から爆音が届いた。
急いで外の状況を見ようとシャッターから伺うと、何棟かの格納庫から火が昇っていた。

<ロールアウト間近の新型3機が何者かによって奪取された。パイロットは各自モビルスーツへ。繰り返す――――>

「なっ」

次いで放送された事態に絶句する。

「襲撃!?」
「なんでこんな時にっ」

一番に反応したのはシンだった。
一目散に奥へ駆け出すシンを追って、俺たちも急ぐ。

すでに至るところで爆撃が響いていて、辺りは騒然となっている。
俺は奥を進む足を止めずに工廠の外を見た。

目の端を移動した機体は、『カオス』?!
ということは奪取された新型ってあの3機か!厄介な相手が取られたな。

先行し、今にもエレベーターで行ってしまいそうなシンを呼び止め、急かされて飛び乗る。取り付くように階指定ボタンを押して、通信を開いた。

「通信をミネルバへ!―――グラディス艦長!」
ね。シンもいる?』

問われたそれに、肯定する。音声のみの通信でもわかるくらい、艦長は落ち着いていた。
この自体で焦らないなんて、すごい。

「戦闘にでますか」

ほんの少し気持ちが落ち着いてくるのを自覚しながら尋ねた。

『仕方ありません。艦に戻りしだい出てちょうだい』
「わかりました。着きます」

着くと同時に身体が軽くなる。
無重力エリアを抜け、欄干からミネルバへ飛び移った。最短距離である搭乗口に入り、ヨウランと別れてシンとロッカールームへ急ぐ。

「シン、平気か?」

少し気が逸っているシンに声をかけると、苛立たしげに振り向かれ、一瞬間を置いてシンは「ああ」と頷いた。
よかった。少しは冷静に戻れたらしい。

「くそっ、なんでこんなことになってるんだよっ」
「確かに、ひどいタイミングだな。相手が何者にしろ、許せない」

それでも苛立つシンに俺も同意する。
ロッカールームに入ってパイロットスーツに着替えるついでに、もう一度ブリッジとの通信を繋げた。

「状況はどうなっていますか?」
『あまりよくはないようね。配備していたカレッジ内のモビルスーツは使用不能状態にされてるわ。あなた達二人にはすぐに出て事態の鎮圧に向かって貰います。奪取された新型はなんとかして取り戻して』
「取り戻すって・・・」

言われた無茶に狼狽えた。
あの3機の能力を知っているからこそ、その命令もわかるが難易度も厳しい。

『頼んだわよ。レイとルナの連絡が取れたら、すぐに回すわ』
「・・・了解しました」

それでも命令は絶対だ。無茶でもやり遂げなければならない。
歯噛みしたい気持ちでいっぱいになりながらも承諾し、通信を切ると、着替え終わったシンが俺のパイスを投げ渡してくれた。
代わりにジャケットとズボンをシンに投げて、パイスへ両足を突っ込む。

「任務内容は?」
「奪取された新型の奪還。無茶言うぜ」

ロッカーに服を入れてくれたシンに目で礼を言いつつ、今さっきの命令をぼやき混じりに伝えた。
シンからの返事はない。
なんとか足だけ通して、部屋を飛び出す。とにかく急がないと。

、お前あんまり前に出るなよ。調整途中なんだろ」
「シンが無茶しなきゃ出ないよ」

お互いに茶化しあっても、緊張感が消えずピリピリする。

これが初めての実戦だ。シュミレートなんかじゃない。本物の戦い。

ずっと先だと思っていた事態が目前にある。
じり、と浮かぶ汗に気をとられないように、奥歯を噛み締めた。







『各搭乗員は指定のコックピットへ』

『インパルス』の発進シークエンスが慌ただしく行われるなか、俺は武装の付いていない『アルケミス』に乗り込み、戦闘用パロメーターでシステムを立ち上げる。

君。得意のバスターは」
「ええ。わかってます。デュアルの準備はできてますか?」
「ああ」

俺の指示にマークスさんは頷いて、換装準備を整わせるよう指示を出す。
周りに誰もいなくなったことを確認してからコックピットを閉じてシステムの最終チェック。
カタパルトから出された近接用装備を換装する中で、『アルケミス』の胸背部に組み込まれたSドライブを起動する。 不思議な楽器のようなエンジン音を聞きながら、俺は目を閉じた。


祈るような気持ちで気を静める。この先は、自分の行動一つで全てが決まる。


換装が整い、『アルケミス』は射出口へ。今まで何度も出たその場所は、今までにないものへと向かっていることを感じて、身体の奥が震えた。


・ヤマト、『アルケミス』行きます!」



望まない戦場へと飛び立つ。

やり遂げたい願いを抱いて。



それが誰かの、救いになるようにと。















    ***






「こんなところで、君を死なせるわけにいくか!」


コクピットの中でアスランは吠え、乗っているモビルスーツ――『ザク・ウォーリア』を立ち上がらせた。
操縦席の右側には不安定に体を支えたカガリがいる。
突然行われ出した戦闘に擬視感を感じつつ、アスランは目の前の状況をどうするべきか頭を巡らせた。


非公式でのデュランダル議長との謁見を望み、浸水式の前日に組まれたそれに、アスランは護衛としてやってきた。
すべては隣りにいる少女、オーブの国家元首となったカガリの力になりたいがために。

一年前の戦いが終わり、世界は相互理解を目指して少しづつ歩んでいくことになった。
それなのに、まるで次の戦争に備える様に、各国の軍備増強は収まらない。
あれだけの悲しみを生み、ようやく手に入れた平穏を自ら壊すかのように備え続けている。
それを少しでも抑制しようと、文書で送っていた流出したオーブの技術と人的資源の軍事利用停止を、なんとしてでも成し遂げようとプラントへ来た。
しかし、結果としてはデュランダル議長との会話は平行線で終わってしまった。
それは仕方がないことだろうと、アスランも思う。

本当に武力の放棄を起こせるのなら、それは奇跡に近い。
カガリの想いも分かるが、それは理想でしかない。

それでも、アスランも同じ想いを持っているから。カガリの力になりたいと思うから。
彼女の為に少しでも助けになれればと。
そして誰もが穏やかに暮らせる世界を作ろうと。




なのに、今のこの状況はどうだ。

また戦いが、争いが目の前で起こっている。




目の前で『ウォーリア』が起動したことで、何者かに奪取された新型の黒い機体がこちらを向いた。
漆黒のモビルスーツは、『ウォーリア』へ背部にあるビームライフルを向ける。
アスランは反射的にペダルを踏み込み、ビームライフルの攻撃を横へ避けた。そのまま着地と同時に黒い機体へ向って体当たりを仕掛ける。
虚をつかれたのか動かない黒い機体はまともに体当たりをくらい、後ろへ飛ばされた。
しかし黒い機体はひるまず、サーベルを掲げて飛びかかってくる。
左腕に装着されたシールドからビームトマホークを取り出し、それに応戦。
互いの攻撃は双方のシールドで防がれ、攻防が続く。
逃げるために乗り込んだ『ウォーリア』の中で、アスランは「くっ・・」と唸った。
ムキになったように打ち込んでくる黒い機体から逃げることができない。
戦ってでしか、この状況を打破することはできない。
意を決してモニターを睨んだ時、カガリが後方からの機体に気付き、アスランは機体を旋回させ引いた。
行動は間に合わず、緑色の機体の攻撃によって左腕が破壊される。
体制が崩れ、万事休すとなったその時。

上空から攻撃が放たれた。

放たれたミサイルは緑の機体の背後に打ち込まれ、その横を戦闘機がすり抜ける。
その機に乗じてアスランは敵機から離れ、新たに現れた機体を振り仰いだ。

空中に旋回したその機体は、後からやって来た3つの機体とドッキングした。

そして現れた姿は、胸部を赤くした白い機体。
巨大なレーザー対艦刀をを振りかぶるその姿は、記憶にあるものに似ている気がした。




『いいえ姫。争いがなくならぬから、力が必要なのです』

―――――――ふとデュランダル議長の言葉が、アスランの頭をよぎった。











完全原作沿い始まった〜!
2010.5.31