シンと共に相手しようと考えていた俺は、すぐにその作戦を取りやめて別々に別れた。
予想外に『カオス』『アビス』『ガイア』の猛攻があったからだ。


上空から見下ろす廠工は、酷いことになっていた。
あちこちに火の手があがり、無事なのは敷地の端かミネルバのあるあたりくらいだ。


その元凶がたった三機のモビルスーツなんて。

背中がぞわりと膨れ上がり震えた。


1機1機潰していくよりも、この破壊工作を最小限に防ぐ方が重要だ。
シンが『ガイア』と交戦しだしたのを通信で知りながら、俺は一番外れている青い機体『アビス』へ向かった。


目の前にいる『アビス』は、迫りくる『ジン』や『ザク』などものともしない。

確かに性能には差があるとはいえ、圧倒的だ。なんてパイロットだ。


―――でも、これ以上好き勝手はさせない!


工廠内の破壊をし続ける『アビス』に狙いを定め、威嚇するためのビームを連射する。
気付いた『アビス』が動くが、すでにこっちはライフルの引き金を絞っている!

威嚇目的で放ったそれは、『アビス』の足元に突き刺さり動きを封じた。

ライフルからサーベルへ獲物を換え、さらに迫る。
が、一瞬の内に動揺から立ち戻った『アビス』の攻撃に、距離を戻された。

そうそう上手くいく訳ないか。

地面に着地し、つかの間の対峙。こっちが構えるより早く『アビス』のビームが襲い、それをシールドで防ぎつつ避ける。

もう一度ライフルを構え直して、迫るビームの数だけ撃った。

相手のビームの軌道上に撃ったそれは、お互いにぶつかり合い爆発した。
閃光と爆風の煙で視界が塞がれるが、気にせずに突っ込み構えたライフルを3度撃った。


爆発音が三回。開けた視界に見えたのは天高く飛んだ『アビス』。



――――ヤバイ!



本能が危険を感じて斜め上に飛んだ。多重ビームが打ち込まれ、今さっきいた場所が粉々になる。

、そっちはなんとかなりそう?』
「すみませんっ、いま通信こないで欲しかったです」

再び威嚇射撃を放って、俺はグラディス艦長に泣きごとに近い悪態をついた。
目の前の相手に集中していないとこっちがやられる。

『その気持ちは分かるけど、泣き言を言う暇なんてないわよ。―――さっきの通信は聞いていたわね』

さっきのって、シンとの交信かな? 向こうは2機を一手にしているようだった。
シンと『インパルス』だからなんとかもっているのだろうが、長期戦になれば辛いだろう。

「こっちも捕獲するのは難しいですよ」

ヘッドバルカンで接近した相手を振り払う。攻防は終わりそうにない。
しかも相手は上空や地上から援護にやってくるこっちのモビルスーツを蹴散らしている。
分が悪いのは向こうのほうなのに、こちらが押されてしまっている。
それが焦燥感を生んで、うまく事を運べない。

『なんとか頑張って頂戴。無傷で、なんてもう言わないわ』
『ちょ、艦長!?』
『あれがすべて奪われるよりはマシでしょう』

副長と艦長の応酬を聞いて、戒めていた鎖が解けた気がした。


「いいんですね」


今まで熱く火照っていた身体が、すっと冷える。

艦長の応があれば遠慮なくできる。




その意気込みは、すぐにかき消された。

空間全てが小さく揺れる轟音に、気を取られた。
大きな爆発は、近くではなくかなり遠い場所で起こったように感じられた。
辺りを見回しても、何かが起こった様子はない。



まさか、外から!?



なら、外縁基地がやられた可能性が高い。
おそらく相手は、この奪われた新型のパイロットの仲間。

『アビス』がこちらへ胸部の複層ビームを放ってきた。シールドなんかでは防げないその大火力を何とか避け、仕掛け直す前に、『アビス』は俺の横をすり抜けていった。

「―――なっ」

向かう先を見れば『インパルス』と『カオス』と『ガイア』。

合流される。とすると、外へ逃げる気か。

外へ逃げられたら、さらに取り返すのが困難になる。

合流する前になんとかしないと!

『アビス』へ向けてビームライフルを打つ。が、攻撃は躱され、『アビス』はこちらを見向きもせずに『インパルス』へ武器の矛先を向けていた。

「――――っ!!!」

考えるより先に操縦桿を動かしていた。

スロットルを開いた『アルケミス』は『アビス』を猛追し、追い付く。足を狙ったサーベルの攻撃は、それでも躱された。

それでも、シンへの攻撃は防いだ!

加速させた機体を『インパルス』の後方へ、背中を合わせるように着地させすぐに通信を開く。

「シン!無事か?」
『何してたんだよっ、!』
「悪い、もう一機相手するのにてまどってたっ」
『こっちは二機相手に大変だったんだぞっ』
「たからごめん、て!」

シンの怒鳴り声に、すっと気分が楽になる。
よかった。無事だ。
それでも安心するのはまだ早いと自分を戒めて、迫る『ガイア』へライフルを打ち、遠退けさせる。

くそ、分が悪いな。シンのは完全近距離だし、俺のユニットも致命的な攻撃が当てられない。
何機かは相手のエネルギー切れを狙いたかったけど、無理か……っ

!』

シンの声に周りに目を巡らせると、『カオス』と『アビス』が上空へ回避した『ガイア』と遠ざかろうとしていた。

「逃げられるっ」
『―――させるかっ』

『インパルス』が追いかけ、俺も後に続く。

ふと、左腕を損傷している『ザク』が目に入った。
追い掛ける意志がないその機体を見て不審に思ったが、3機を追い掛ける方が優先だ。
こちらを見上げる『ザク』から前方の4機へ意識を切替えた。












   ***












そんな。まさか。

コクピットの中で、アスランはただ驚いていた。ショックと言ってもいい。

目の前で戦う新型同士を見つめ、アスランたちの乗る『ウォーリア』の危機を救ってくれた、白と赤と黄色のトリコロール機。それが敵機の緑の機体と黒い機体にバランスを崩され、危ういことになった瞬間だった。
助けようと、白い機体へ止めを刺そうと迫った青い機体にアタックするため操縦桿を引こうとして、上空から突進してくる機体に動きを止められた。
青い機体の後方から迫った灰色の機体。カラーリング前のようなそれが、白い機体の窮地を救ったからだ。

見たことのない機体だった。
姿形は白い機体と酷似していることから、同じタイプなのだということはわかる。


だが、そこではない。
そんなことで驚きはしない。


「キラ…?」


まるで彼が来たかのような感覚が、身の毛が逆立つほど衝撃的だったのだ。

呆然と、同じ感覚を感じたカガリの呟き。

灰色の機体は背中合わせに白の機体と並び、敵機と対峙する。



違う。キラのはずがない。


アーモリーワンにくる前に、自分とカガリはキラと会っていた。

キラでないことは分かり切っている。

それでも面影が消えないのは、戦い方がキラと似ているからだ。

敵を倒すのではなく、制する戦い方をするそれが、フリーダムを手に入れた後のキラに似ている。


飛び立つ灰色の機体を眺めて、アスランは暫く動けなかった。
カガリも同じく、機体を見つめている。
我に返るには時間が必要だった。

「ここにいても仕方がない。議長のもとに合流しよう」

やっと頭が働き始めても、後ろ髪を引かれているような感覚は、いつまでも続いた。
それでも追うことをしなかったのは、カガリを守らなくてはと思ったからだ。
一国家元首であり、なにより自分の大切な人をこんな戦場にいつまでもいさせられない。

議長はどこにいる?

機体を被害の少ない場所へ『ウォーリア』を動かし、通信を開いて情報を探った。
そこで議長が浸水式前の戦闘艦ミネルバに向かったこと。そして臨時ブースがその戦艦の近くで広げられていること。モビルスーツはミネルバに着艦するようにとの指示を聞いて、まずはミネルバに行くことを決めた。
ザフト軍でもない自分達は受け入れづらいだろうが、こちらもこんなところで死ぬわけにはいかない。
「新型の戦艦のところに行く」とカガリに告げてザクを走らせた。
無言のカガリを見ると、何かを考えているようだった。

「大丈夫だ。君を死なせはしない」

それを不安と受け取って、アスランは励ます。
カガリは「……うん」と上の空の返事を返し、また黙り込んだ。

そのまま会話は途切れ、発見した戦艦のハッチへ『ザク』を着艦する。
周囲にはモビルスーツとパイロット、技術士がごった返していた。その中を縫って格納庫まで機体を乗り入れ、悪い意味で活気のあるそこへカガリを抱いて降りる。
不安定な場所で踏ん張っていたせいか、カガリの手や膝が震えている。

「大丈夫か?すぐ……」

カガリを気づかって声をかけたアスランの背後から、少女の鋭い声が投げ付けられた。

「そこの二人っ動くな!」

振り返ると、ザフトのエースの証である赤服を着た赤毛の少女が銃を構えて立っていた。他の兵士たちも彼女の周囲に立ち、武器を構えてくる。
アスランはとっさに構えてカガリを背に庇う。
しかし、睨み合いは一触即発になる前に艦内アナウンスによって切られた。

『本艦はこれより発進します!各員、所定の作業について下さい』

発進?
この艦は、まだ浸水式前ではなかったのか?


周囲がざわめき、アスランも反応して身を固める。

「動くな!」

同じくアナウンスに意表を衝かれていた少女が、再び銃を構えなおした。

「なんだお前たちは?軍の者ではないな?なぜその機体に乗っている!?」

矢継ぎ早に訪ねる少女は、かなり気が立っていた。
アスランはこの状況が問題なことに気付く。
彼らも今戦いの中で興奮状態にあり、あからさまに不審な自分達にこんな行動をとっても仕方がないのだ。ましてや、今しがた機体を乗っ取られたあとなのだから。

「あ…」

カガリが弁明しようと口を開くの制し、アスランはザフト兵を睨み据える。

「銃を下ろせ。こちらはオーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハ氏だ」

あえて高圧的に放ったそれに、ザフト兵たちはどよめいた。

「俺は随員のアレックス・ディノ。デュランダル議長との会見中、騒ぎに巻き込まれ避難もままならないままこの機体を借りた」
「オーブの、アスハ?」

怪訝な少女の顔。事実かどうか疑っているのだろう。
だがこちらが主賓と名乗る以上、うかつに攻撃を仕掛けてはこないだろう。
困惑する兵たちの前で、アスランはいい高々に要求を突き付けた。

「議長はこちらに入られたのだろう?お目にかかりたい!」









2010.6.24