唐突な初陣が終わり、格納庫の中は慌ただしいのと動揺からくるざわめきで、あちこちから音が絶え間なく流れていた。 それはそうだろうとシンも思う。 浸水式前から戦闘に駆り出されるなんて、誰も思っていなかっただろう。 しかも休戦協定が結ばれて、しばらくはお飾りの軍艦だと思っていたならなおさら。 地球の各地で起こる小競り合いや紛争の地域に飛ばされるならばともかく、それだってもっと先だと思っていた。 さっきまで戦闘に出て、実際に戦っていたシンも、同じ気持ちだった。今だって、どうしてこんなことになったのかと思う。 手持ち無沙汰に辺りを見回して、『ザク・ウォーリア』が目に入った。 左腕が切り落とされたままのそれは、『アーモリーワン』の戦いの時にシンが助け、そして援護してくれていた機体だった。 新たなパイロットの配属があった時や、専用機が使えない状況になってしまった時の為に、ミネルバには何機か『ザク』や『ジン』を積んではいるが、実際に乗る人間はこの艦にはいない。 あるいは、あの非常事態のせいでここに避難したのかもしれないが。 それで疑問に思ったことと、一応助けてくれたお礼でもしようかと考えたシンは、何物かを知るためにに聞こうとしたのだが、再びの襲撃のせいで聞けずじまいになっていた。 「え?あの『ザク』のパイロット?」 2度目の襲撃も終わった後、シンは同じ質問をルナマリアにした。オウム返しにたずねられて、頷く。 「そう。さっきに聞こうと思ったんだけど、あいついなくなってさ」 「シン、あんたね。に聞いたってわかるわけないでしょう。配属の機体じゃないのよ」 呆れた顔でルナに睨まれて、確かにそうだ・・・と声を詰まらせた。 ただ、仕官生の頃からに聞くと答えが返ってくるし、なぜか知り合いの多いセラなら何か知ってるんじゃないかと思ったからまず聞いてみようと思ったのだ。 シンにとってセラは一番質問しやすいという理由もある。 「何の話?」 上から、ルナマリアの愛機である赤い『ザク・ウォーリア』を整備していたヴィーノが顔をのぞかせた。 ルナマリアがヴィーノを仰ぎ、問題の機体を指して、 「あれ。アスハ代表が乗っていたのの話よ」 あっさりと打ち明けられた事に、シンは耳を疑った。 「オーブの、アスハ!?」 (なんでその名前を、こんなところでっ) 憎い家族の仇同然であるアスハが、こんなところにいるんだ!?と、信じられず、体の中から沸騰するみたいな熱がわき上がった。 詰め寄るシンに、ルナマリアは少し驚いたようだったが、すぐに立ち直って頷いた。 「そ。それでさっきは大騒動だったんだから!」 少し興奮したように言うルナマリアの言葉に嘘はない。 なら、本当にこの艦にアスハがいるのだ。 「びっくりしたわ。まさかこんなところでオーブのお姫様にあうとはね」 もうほとんど、シンの耳にルナマリアの言葉は入ってこなかった。 ふつふつと治まらない感情に流されて、うまく自分の事がコントロールできない。 もともと感情的になると抑えることができないことをシンは自覚していた。だが、今爆発した所でただの八つ当たりにしかならないこともわかっていた、だが抑えようとしても、顔が強張って固くなる。 ルナマリアはそんなシンには気付かず話を続け、一緒に乗っていたという護衛の話に切り替わった。 「でも、操縦していた人は護衛の人だったみたい。アレックスって言ってたけど・・・・」 一瞬ルナマリアが間を置いた。 「でも、アスランかも」 「え?」 今度の発言に、シンは別の意味で目を瞬いた。 「代表がそう呼んだのよ。とっさにその人のことを『アスラン』って。アスラン・ザラ、今はオーブにいるらしいって噂でしょ?」 今度はルナマリアが身を乗り出す。 別の話題に切り替わっていたことで少し冷静さを取り戻したシンは、覚えのある名前に少し考え込んだ。 アスラン・ザラ。 前議長の息子で、ザフトのエースパイロット。大戦中に単機で新型モビルスーツを倒し、ネビュラ勲章を授与。その後特務隊『フェイス』に配属された、エリート中のエリート。ある意味伝説の人物として、プラントでは有名だった。 軍を脱走して、行方不明になったとされていて、噂にはオーブに亡命したという噂を聞いたことがある。 「アスラン・ザラ?」 (なんで、噂の英雄がオーブの、アスハの護衛なんかに・・・?) 訳がわからない。 首を捻っていると、ルナマリアはヴィーノと一緒になって話を膨らませている。 その話に入ろうかこのまま抜けるかをシンは考えて、 「―――――――現在のザフト軍主力の機体です」 遠くでデュランダル議長の声が聞こえて、身構えた。 声の方を振り返ると、今やってきたのだろう。格納庫の端にデュランダル議長を始めとした4、5人の団体がいるのが見えた。 「――――っ!!」 そしてその中に件の人物を見つけ、別の意味でシンの体が固まった。 金色の髪に、琥珀色の瞳。 カガリ・ユラ・アスハがそこにいたのだ。 何度かニュースで見たことのある姿と同じで、一目で気がついた。 その姿を見るだけで、さっきは治まった焦燥感がシンの身の内にまた沸き起こる。 すぐに目を逸らして、あの姿が見えない場所に行きたくなる。 「シン?どうしたの?」 逃げようとして、ルナマリアが引きとめて来た。この時ばかりはルナマリアを恨んだ。 「争いがなくならぬから力が必要だ―――と、おっしゃったな、議長は」 まっすぐなよく通る声が耳に入った。 ルナマリアを睨もうと思った顔は固まり、何も視界に入れたくなくて俯く。 「だが!ではこの度のことはどうお考えになる!? あのたった3機の新型モビルスーツを奪おうとした連中の為に、貴国が被ったあの被害のことはっ!」 今度の声は、格納庫中に響き渡った。 耳触りで、癇に障る。 その声が、その言葉がシンの中の黒い炎をどんどん大きくさせていく。 「そもそもなぜ必要なのだ!?そんな物が、今さら!」 ふつふつ、ふつふつ煮えくりかえる。 なら、お前たちのしていたことはなんだ。 お前たちが起こしたことはなんだ。 「我々は誓ったはずだ!もう悲劇は繰り返さない。互いに手を取って歩む道を選ぶと!」 「――――――――さすが、綺麗事はアスハのお家芸だな!」 ぶつんと、シンは自分の感情が堰き切って溢れるのを自覚した。 衝動的に口から出た言葉は、さっきよりも格納庫内を静まらせた。 それを気にせず。そんな物気にならず、シンは自分自身の怒りに身を任せる。 どうやったって治まらない。 抑えようなんて、到底無理な話だ。 (だって、あいつは家族の仇なんだ。 守ると約束しておきながら裏切った。俺の人生を、滅茶苦茶にした。 あいつを苦しめた・・!!) 睨みつけたアスハは。たじろいでいた。 良い気味だと溜飲が下がるかと思ったが、そんなことには露にもならなかった。 「シン!」 レイがシンへ叱責の念と怒鳴りを送ってくる。 それにかまう気にもならなかった。 今度こそシンは、その場から出て行くことを決めた。 『コンディション・レッド! パイロットは搭乗機にて待機せよ!』 「最終チェック急げ!始まるぞ!」 都合良くアラートが鳴り、さっきまでの静けさが嘘のように格納庫中が慌ただしくなった。 シンも準備をするためにさっさと移動する。 「シン!」 またレイの声が後ろからかかったが、無視した。 今レイと向かい合えば、噛みつくのは目に見えている。 そんな物より今は戦闘準備をする事の方が大切だ。 そうだ。戦わなくては。 戦わなければ、守れない。 失い続ける。 「うわっ」 「っ」 角を曲がるところで誰かとはち合わせて、相手が盛大に驚いた。 ぶつかることはなかったが、相手の正体を確認して、今まで暴れ回っていた感情が一気に噴き出した。 「―――っお前、どこ行ってたんだよ!!」 「え? きゅ、休憩所だけど・・・?」 ぶつかった相手はだった。 はなぜシンが怒鳴るのかがわからなくて困惑し、それでも素直に返事する。 それがイライラさせるのと同時に、シンを安心させた。 がいつも通りであることが、シンにとって心地よかった。 「ああもうっ お前のせいだからな!!」 「え? ええ?」 だけどそれでも治まりがつかなくて、もう一度理不尽に怒鳴った。 さらにが困ってうろたえて、シンは下がる溜飲と一緒に舌打ちをした。 にやつあたりして、何してんだよ俺は・・・ 「何かあったのか?」 明らかに不愉快でしかないだろうシンの態度でも、は怒らない。 訊ねるへ、シンはやっと打ち明けることができた。 「・・・・さっき、アスハがいた」 「っ!」 の顔が強張った。さすがに驚いたのだろう。 それはそうだ。国家元首がこの艦に乗ってるんだから。 「平和のためとか、綺麗事ばっかり言って。――あんな、何にもわかってない奴にっ」 見つけた瞬間、その言葉を聞いただけで、シンは自分には怒りの感情しかなくなってしまったかような気分だった。 それを、誰かにぶつけずにはいられなかった。 「・・・そうか」 が静かに呟く。 たったその一言だけで、シンの中の怒りが、別のものになっていく。 「これからまた、戦争が始まるのかな」 「わからない」 シンの弱音を、はまた正直に答えた。 「これで終わるかもしれないし、もっと大きなものになるかもしれない」 それは、仕方がないのだろう。 誰にもわかりはしないんだから。 「なんでっ!こんな馬鹿なこと、またしようとするんだよ!!」 それでもシンは言わずにはいられなかった。 誰のせいでもない。 あえて言うなら、仕掛けてきたあいつらのせいだ。 だけど、誰かに言わずにはいられない。 なんでこんなことするんだ。 こんなことをして何になる。 望んでなんていないのに。 奪おうとするみたいにやってくる・・・!? 「―――ごめん。愚痴って」 怒りが悲しみに変わって、ようやくシンは完全に冷静になれた。 やっと謝ることができたシンに、は首を振る。 「俺も同じ気持ちだよ」 同じと言ってくれたことが、シンには嬉しかった。 そして、またに甘えたことに、苛立ちを覚えた。 |