『『インパルス』と『ウォーリア』で先制します。『ファントム』、『アルケミス』は搭乗したまま待機をお願いします』 「了解」 指示に従って出撃準備が始まり、『アルケミス』に乗り込んだ俺もいつ言われてもいいようにシステムだけ起動させた。 「メイリン」 『さん』 戦闘域の状況を知りたくてメイリンへ回線を開いた。 「デブリ周域のデータが欲しいんだけど、送ってくれるかな」 『あ、はい!ちょっと待って下さい』 「ありがとう」 すぐに送られて来たデータに礼を言って、検分をする。 宙域は小惑星が幾つも拡がるデブリだった。 開けているところはあるが、それでも身動きがとりずらく、進路も難しい。 この地形だと・・・隠れて近付いてくるって事もあり得るな・・・ そう考えて、次に相手の場所を見る。 距離8000の場にある光点が、今回のターゲットの母艦だろう。小惑星にとり付いている。 ――――なんか、変な感じがする。 妙な感覚がむずむずと胸中で手招く。でも、考えても答えは出てこない。 わからないものを気にし続けてもしょうがないと割り切って、次の指示を待つことにした。 ここでは一パイロットだ。俺が考えるよりも艦長として任命された人の考えのほうが優秀だろう。 実際模擬訓練でのグラディス艦長の指示は的確だった。しっかりと全体を見極め誘導する力には尊敬を覚えた。 そんな訓練時代を思い出して、ついこの間のことなのに、今では遠く感じてしまう。 訓練でも何でもない。 安全が保障されない場所。 冷えていく体の芯を何とか奮い立とうと意気込んで、息を吐く。 誰も死んだりしないように。 誰かが泣く事のないように。 戦いを終わらせることができますように。 戦闘準備が完了して、周りの空気は一気に張りつめていった。 ひょっとしたら、自分が緊張しているせいでそう感じるのかも知れない。 『『ガナーザクウォーリア』、カタパルトエンゲージ。――――――――続いて『インパルス』発進、どうぞ』 『インパルス』と『ウォーリア』が発進し、距離を詰めていく。 その様子をレーダーで眺めながら、目標である対象――通称『ボギーワン』を見つめた。 向こうの光点は変わらず動かない。 「メイリン、後方の索敵を絶えずしておいて」 『え?どうしてですか?』 メイリンに通信してそう告げると、メイリンは不思議そうに聞いてきた。 「逃走経路はなるべく多い方がいい。後ろをとられると、デブリに突っ込むことになるから」 『わかりました』 素直に聞き入れてくれたメイリンに、「頼む」と言って通信を切った。 小惑星から距離をとっているとはいえ、デブリの中にいることには変わりない。 用心が功を奏してくれればいいんだけど。 『『インパルス』、ボギーワンまで後1400!』 いい加減、戦闘をしかけてもしかけられても良いような距離になった。 それでも向こう側は動く気配がない。 気付いていない訳じゃないはずなのに。 なんで向こうは、こっちに仕掛けてこないんだ? ・・・陽動・・・なのか? よぎったそのすぐ後に、 『ボギーワン、ロスト!』 『なにぃ!』 『イエロー62ベータに熱紋3!これは―――『アビス』、『カオス』、『ガイア』です!!』 ――――――――来た!! 『後方に熱紋!―――――ボギーワンです!!距離1000!』 ええええっ!?と副艦長の慌てる声が聞こえた。 俺も同じくほぞをかむ。間違いない、これは誘導だ。 メイリンに頼んだ索敵も、あまり意味をなしていない距離にまで近付かれてしまった。 どうも向こうには有能なステルス機能があるようだ。 でなければ、さすがにこんな距離に迫られる前にレーダーで感知できる。 『―――さらにモビルスーツ、2!』 『側敵レーザー照射、感あり!』 真後ろに来られてこんなに近くては、回頭して迎撃することもままならない。 『機関最大!右舷側の小惑星を盾に回りこんで!』 案の定ブリッジでは後方の迎撃システムしか使えず、全速で前方へ進んで回避するしかなくなっていた。 『『ファントム』、『アルケミス』発進準備を開始して下さいっ』 艦が大きく揺れ、艦長の叱咤が飛び、メイリンの悲鳴のような指示が入る。 レーダーには近くに小惑星がある事が表示され、艦長の指示通り小惑星を盾にして逃げのびようとしている。 ひやりと、体中に寒気が走った。 直観的に、小惑星の近くにいる事がまずいと確信した。 このまま近付きすぎると発進も退路もふさがれる――――!! 「――――グラディス艦長!!」 なりふりなんて、かまえられない。 思ったと同時に乱暴にブリッジへと繋げ、掴みかかるように怒鳴った。 「小惑星を通り過ぎても、絶対に速度を緩めないでください!!」 『そんなこと言ったって、今だって防戦一方なのよ! とにかく小惑星に潜んでこちらが迎え撃てる状況を―――』 「小惑星ごと攻撃されたら、さらに事態が悪くなる!」 グラディス艦長の目が見開かれた。 「小惑星を挟んでいれば、直撃は難しくなります!その間に態勢を立て直して下さい」 『どうやって!』 「小惑星から距離3000で回頭。その前に砲門の準備を!」 『そんなことをしたところで、照準に時間がかかるわよ』 「まっすぐに撃つだけなら、照準は必要ない!」 『まっすぐ?』 やりとりの最中も攻撃は止まない。 メインエンジンの一部に被弾し、被害状況が告げられる。 小惑星を越えた後でも変わらず、戦艦は揺れ続け、艦体が損傷していっているのは間違いなかった。 こんなやりとりも本当はもどかしくてたまらない。 この被害状況じゃ真正面からやり合うことはできないだろう。今すぐ離脱しなければ、ミネルバが落ちるかもしれない。 でもそれは、後方の敵をどうにかしなければできないだろう。 俺の指示の意図を察したのか、さっきまで焦りと怒りで揺れていたグラディス艦長の瞳に毅然としたものが宿る。 こちらを見つめて、小さく頷いた。 『良いでしょう。今の指示通りに始めて!砲撃した後、モビルスーツを発進。急いで』 最後の言葉は自分にも向けられ、俺はわずかに笑みを浮かべた。 『――――――――っ―――ーッ!!』 絶叫が、鼓膜から全身を硬直させた。 指だけがまともに動き、乱暴にボタンを押し、画面をブラックアウトさせる。 メイリンからの受信も一端切って、今まで勝手に流れていたブリッジ内での状況を伝えるものも、全部の通信網を切断した。 聞き覚えのある声。できれば聞きたくなかった声だった。 「・・・カガリさん」 ・・・・・・・・・・・・・なんて、心臓に悪いんだ・・・・ 画面には艦長の顔しか映らないからわからなかった。 まさか、ブリッジにカガリがいるなんて・・・・・ できれば出会いたくない人だったけど―――――――――――これで、会いに来るのは間違いないだろう。 「墓穴・・・掘ったか」 顔を覆って、自分の失態を呪った。 でもそれと生き残る事を天秤にかけると、簡単に傾いた。これは自分自身の問題で、きっと避けられないことだった。ならもう、割り切るしかない。覚悟しないといけない。 顔を覆う手を外して、それでも俺は盛大に溜息を吐いた。 できるなら逃げたくてしょうがない。 宇宙の果てまでも、追いかけてこれない所へ。 ピーッ、ピーッと威勢よく鳴り続けるメイリンからの通信と『ファントム』からの通信を見つけて、『ファントム』だけ回線を開いた。 映し出されたのは表情の無いレイの顔。なぜか無性に笑いだしたくなって、それをおさえて苦笑いになる。 『ずいぶんと、疲れた顔だな』 淡々とレイが言う。 「大丈夫だ。―――少しすれば、落ち着くよ」 うまくできない笑顔を作ると、レイの眉がほんの少し歪んだ。 『――――動揺は死を招くぞ』 「うん、わかってる」 ちゃんと、わかってる。 ここから出たら、自分を守ってくれるのは自分だけだ。 きちんと切り替えないといけない。 「―――――ありがとう」 レイに感謝して通信を切った後、思い切り頭を叩いて、大きく息を吐く。 しっかりしろ。――――――――ここが正念場だ。 (まったく・・・・・とんでもない子ね) タリア・グラディスは指示をとばし終えてから、内心で溜息を吐いた。 いきなり出てきて何を言うかと思えば。こちらに対して指示を出すなど、一パイロットがする事ではない。 それでも彼の案に乗ったのは、それが最良なのではないかと思ったからだ。 (私もまだまだね) この艦を任された者として、この隊を引き連れるものとして、この状況は自分の落ち度だろう。 それと、驚かされた事も。 後ろにいるさっきまで取り乱していた人物――カガリ・ユラ・アスハの様子を気配で伺う。付き人とデュランダル議長に宥められ、今は静かに座っているが、心中はそうとうに荒れ狂っているだろう。 オーブの姫君と知り合い、ね。 だからといって、扱いが変わるわけではない。 特に今は、身分など意味をなさないのだから。 「タンホイザー起動、回頭し、小惑星に向けて発射。向こうの居場所、見失わないようにね」 はたしてこれが良い方向に転ぶかどうか。 「トリスタン、スタンバイ完了。タンホイザー出力最大」 「正面、小惑星。ボギーワン、グリーン、デルタ29!」 「てぇーーっ!」 掛け声と同時に一斉射撃が放たれた。 陽電子砲と高エネルギー火線砲が小惑星に吸い込まれ、小惑星が砕けた。 近くにいたボギーワンが巻き込まれ、回避に戸惑っている。 「やった!」 「たたみかけるわ。モビルスーツ発進。次弾装填」 「敵モビルスーツ、接近!」 発進したばかりの『ファントム』と『アルケミス』が応戦し、敵機が一つ消失した。 もう一機も後退していく。 持ち直したのか、ボギーワンが攻撃を仕掛けてくる。 「迎撃――――っっ!!?」 迎え撃とうと声を上げたと同時に艦体が大きく揺れた。 残されていた敵モビルスーツのガンバレルによる攻撃で、左舷のスラスターに被弾したと情報が入り、さらに出力が下がる。 ボギーワンはその隙に逃げ延び、戦線を離脱しようとしていた。 「『インパルス』、『ザク』ルナマリア機、パワー危険域です」 「第二エンジン、左舷熱センサー破損」 シンたちと交戦していた3機へ向けて出された信号弾でそれに気付いたが、今のミネルバは満身創痍に近く、追いかけても間に合わないことは明白だった。 「――――グラディス艦長」 振り向くとデュランダル議長が静かな声で言った。 「もういい。後は別の策を講じる」 その言葉は、任務の失敗を意味している。 最新鋭の設備を備える隊を任されたというのに。 この失態は、タリアにとって苦いものを飲み込まされた気分に落とさせた。 「私もアスハ代表を、これ以上振りまわす訳にもいかん」 タリアの立場を救おうとするかのように後付けられ、タリアはますます不甲斐なさが増した。 自分一人では隊を先導しきれず、パイロットの助言を聞くことになった。 艦長として至らない自分が悔しい。 「申し訳ございません」 肩書きに見合う人物にならなければ。 タリアはそう決意した。 |