どうして、どうして、どうしてっ!!? なんでなんだ。 なんで、なんでここにお前がいるんだ。 なんでこんなところに、お前がいるんだ・・・・・・!? 何もかもが、信じられない。 嘘だと言ってほしい。 誰かこれは夢だと言ってくれ。 「カガリ。―――カガリ」 気が動転し、見ている何もかもを否定するカガリを引き戻したのは、アスランだった。 カガリ以上にを知っていて、この状況にカガリ以上に動揺してるだろうに、それでもカガリを気遣ってくれるアスランの存在に、カガリは少しだけ冷静さが取り戻せた。 「後になったら、俺が会いに行く。だから」 「っ――」 アスランの言葉に、カガリはこくりと頷いた。さっきよりはましになっただけで、まだ動揺は抑え切れていなかった。 今言葉を喋ると、落ち着けた心がまた爆発する気がして、カガリは一言もしゃべることができなかった。 結局のところまったく混乱が解けていないカガリの目の前で、戦闘は続いていく。 戦闘は、それほど時間がかからずに終息した。 の考えた立て直しの手立てが功を相し、敵は撤退していった。 目的である奪取されたモビルスーツの奪還、もしくは破壊は成し遂げられなかったが、カガリには戦闘が終わってくれたことのほうが安堵できた。 が戦いに出ているなんて、考えるだけで身震いがする。 カガリにとって、は民間人であり、何より大切な弟の様な存在だった。 そんな人が死地にいる姿など、見たくもなかった。 戦闘終了後、カガリをなんとか部屋まで押し込み、議長との今後を話し合ってから、アスランはすぐにを探すべく館内をさ迷っていた。 戦闘から帰ってきたなら、休憩所や待機室にいるかもしれないと、当りをつけて捜し回る。 艦内の配置は案内の時に何となく把握している。それをもとに歩いていけば誰かに遭遇するだろうと考えて、動き回った。 とにかく動き回らないと落ち着けなかった。 なぜ、こんなところにがいる。 どうして、はこんなところに来ることを選んだ? 誰も、誰一人もがこんな所にいて欲しいと思う人間など、いないのに。 彼にはそんなもの、味わってほしくないというのに。 誰もがそう望んでいるのに! どうしては裏切るような場所にいるんだ!! 「―――――――――アスラン・ザラ!?あいつが!?」 苛立ちにも似た焦燥で頭がいっぱいになっていた所で、自分の名前が聞こえて、アスランは驚き立ち止まった。 誰かと見れば、話しこんでいるのはミネルバのクルーたちだった。 その中に2人、赤服の男女がいる。 「うん。だって議長が言ったんだもの。『アスラン・ザラ君』って。それで彼、否定しなかったから。 それでね、さっきはすごかったんだから!」 「ひょっとして、向こうの作戦に気付いてピンチを切り抜けさせたとか?」 オぺレーターをしていた2つ結びの赤毛の少女の言葉に、赤服の、同じく赤毛のショートヘアの少女が合いの手を入れる。 「う、ううん。それは、さんの方だったけど・・・、でもね、さんの通信が入る前に罠だって気付いたの。びっくりしちゃった」 !? 彼の名前を出されて、アスランは彼女達へ足を向けていた。 「はぁ・・・あいつは相変わらずね。でも、・・・ふうん。英雄の名は伊達じゃないってことかしら」 「後ね!もっと驚いたのが・・・・!」 近付くアスランに気付いたのか、全員が驚いた顔をこちらに向けた。 「へえ、丁度貴方の話をしていたところでした。アスラン・ザラ」 一番に笑顔に変えたのは赤服の少女だった。 「まさかと言うか、やっぱりと言うか。―――伝説のエースにこんな所でお会いできるなんて、光栄です」 「・・・・・そんなものじゃない。俺はアレックスだよ」 英雄なんて、呼ばれるような人間じゃない。 そんな箔をつけられてしまった『アスラン・ザラ』には、いらない柵が付きまとい、アスランにとって重いものになってしまった。 「だから、モビルスーツにも乗らない?」 人の気も知らないで、少女は首を傾げる。 このまま続ければ押し問答になりそうで、アスランは早々に話を切り替えた。 「すまないが、君たちと押し問答をする暇は今ないんだ。・・・・ヤマトを知らないか?」 話を切り替えて用件を言うと、ほぼ全員が怪訝な顔をした。唯一変わらなかったのは、ブリッジにいたであろう緑服の少女だ。 赤服の少女が疑問を投げ掛ける。 「・・・・・・・・・どうして彼を?」 「あいつに何の用ですか」 それにかぶさるように、赤服の黒髪の少年が聞いてきた。 少女の方は単純に疑問を口にしたのだろうが、少年の方は、なぜか敵意が見える。 それに妙な感覚を覚えながらも、アスランはやや苛立って切り捨てた。 「―――詳しくは言えない。用があるんだ。今どこにいるのか。知っていたら教えてほしい」 ますます少年の目付きがきつくなる。燃える業火のような赤い瞳。その目に、ふとこの少年が格納庫でカガリに食って掛かった人物だと気付いた。 「こっちにも―――」 「あの、さんなら・・・たぶん格納庫にいると思います」 少年の言葉を遮って、緑服の少女がそう言った。 「ありがとう」 ようやくわかった居場所に、アスランは安堵の笑みを浮かべ、すぐにその場を去った。今はどんなことよりも、彼にあわなければならない。 大切な友人を、連れ戻すために。 アスランがいなくなったあと、すぐにシンはメイリンに食って掛かった。 「メイリンっ、なんで場所教えるんだよ!!」 その勢いに、メイリンの顔が一瞬泣きそうに歪み、ルナマリアが割って入り止めた。 シンは舌打ちして、落ち着けよと宥めるヴィーノに、なんとか怒りに任せることをやめた。 それでも、に厄介な人物を会わせようとするメイリンが許せない。ただでさえ厄介事を勝手に背負ってしまう奴なのに、これ以上負担を増やしたくはない。 しかし、メイリンの言葉に、別の意味で驚く事になる。 「あの、あのね?さっきの話の続きなんだけど・・・さん、アスハ代表と知り合いみたいなの」 信じられなくて、シンの体中が凍り付いた様に固まった。 「え?!」「うっそ!??」と同様にルナマリアたちも驚いているが、シンの比ではない。 「―――――――――な・・・・っ」 アスハはシンにとって、仇のようなものだ。家族を奪った元凶で、憎むべき対象だ。 そのアスハと、が、知り合い? なんで・・・・――――!! 裏切られたような衝撃に、シンは目の前が真っ赤に染まりそうな程動揺した。 「うん。これなら『バスター』は問題ない。次に戦闘があっても万端だよ」 戦闘終了後に、やはり『デュアル』では心許ないと感じた俺は、早急に『バスター』とのリンク作業を完了させようと、マークスさんと打ち合わせていた。 別に『デュアル』の性能が悪い訳じゃない。単純に俺との相性の差だった。シンのように突っ込んで先陣をきるのは俺には合わなかった。 それに、やっぱり周囲を見渡すことのできる位置にいるほうが、多目的に行動できる。 『アルケミス』のコクピットにいる俺へにこりと笑って太鼓判を押すマークスさんは、けれどすぐに顔を曇らせた。 「・・・・・・・・そんなことが起こっては・・欲しくないけどね」 「仕方ないです。軍人である以上は」 立場は変えることはできないし、その責任も逃げることはできない。 「そうだね。所詮これは兵器だ。どんな綺麗事を言った所で、無駄なんだね」 俺も、マークスさんも、『アルケミス』も。 変えるためには果てのない努力か、すべてを捨てて、捨てたものの業を背負わないといけないのだと思う。 俺が、ここにくることを決意した時のように。 「ちょ、ちょっと!!? 困りますっ!」 「?」 誰かの非難が聞こえて、何事かと周りが騒ついた。 「あ」と、マークスさんの少し驚いたような声がして、俺も何かと外を覗いた。 ―――――!! 向かってくるそいつの姿は、悪夢そのものだった。 アス・・・ラン・・・・ きっとくるだろうと思っていたものが、絶対に来てほしくなかった姿が見えて、俺は絶句した。 まさかカガリだけでなく、こいつまでいるなんて思わなかったが、あの戦場をモビルスーツで切り抜けられる人物を俺は2人しか知らなかったから、頷ける自分もいた。 俺を見つけたアスランは、俺へ一直線に向かってくる。 戸惑う技術者の人達をかき分けて、ただまっすぐに俺だけを見つめている。 俺の前に立って、アスランはまるで見げ出した臆病者を見つめる様な眼で、俺を凝視していた。 「・・・・・・どちら様でしょうか?」 「そういえば、君はまだ会って――」 「。 他人の振りは認めない」 空とぼける俺に、アスランは強く見据えて逃げるなと釘を刺してきた。 その表情はあからさまに逼迫している。たった1人に、なんて顔してんだこいつは。 事態が把握できないマークスさんは「君?」と俺とアスランを交互に見てくる。 それに答えることはできなかった。こいつと知り合いだなんて思われたくない。 「なんの御用でしょうか?迷われたのなら――」 さっきからざわざわと体中が気持ち悪い。 「」 またアスランに呼ばれて、嫌悪に近い感覚に、表情が凍り付いていく。 呼ぶんじゃねえよ。 「わかってるんだろう」 アスランの手が伸びて、俺の腕を掴もうとした。 嫌いな奴だと言うことと、まったく別の感情に迫られておぞ気が走り、俺はその手を振り払い、アスランを睨みつけた。 すると、さっきまでのせっつまった表情は少し解かれ、俺のよく知る、悲しいと寂しいが折り混ざった苦笑の顔になった。 「相変わらず、俺のことが嫌いなんだな」 俺は答えない。そんな気はさらさらなかった。こいつと会話したくなかった。 相手を睨みつけて、さっさとここから帰れと念を込める。 けれどやはり、アスランは気にも留めず俺を見つめ返し、また真剣な表情に戻った。 「カガリが会いたがっている。一緒に、来てくれないか」 「・・・・・・・」 「俺も、聞きたいことが山ほどある」 アスランの手が伸び、また腕を掴もうとする。 「―――触るな!!」 拒絶する俺に、アスランはその動きを読み取って俺の腕を掴む。 「!―――〜〜っ」 いくら解こうとしても解けないその手。痺れそうな程強く握られて、何があってもこいつは俺を逃がしはしないだろう。 長年の付き合いで、こいつがどういう奴かわかっている分、逃げるのだけは諦めた。 今逃げることができても、ミネルバにいる以上はち合わせることになるのは間違いない。 なら、諦めて今会うのが妥当だろう。 「すみません、マークスさん。・・・・・・・・・・・・・・・・後、お願いします」 奇異の視線がある中、心底嫌なのを堪える為に、絞り出すようにそれだけ言って、俺は格納庫を出た。 アスランの目は変わらず突き刺さったままだ。 その視線から目を逸らして、引かれる力に任せて抵抗をやめた。 重力が少ないのが、救いな気がした。 でなければ絶対に、前に進む気など起きなかったから。 勝手に進むことすら嫌だっただろうから。 ―――ただ、逃げ出したくてたまらない。 アスランに手を引かれ、カガリのもとへ向かう間、そればっかりを考える。 ・・・・大概、往生際が悪いな。俺は。 移動している中、自嘲した顔がふとどこかのガラスに移って、俺はますます嘲笑いたくなった。 ふと、キラと離れて、俺を知らない人達に囲まれて、ずいぶん日が経っていたんだと実感した。 久々に感じた嫌な奴との再会や、知った人間と会うのかという緊張感。 ようやく慣れて、当たり前になった今の状態が一気に壊れてしまったような気さえする。 ・・・ひょっとしたら俺は、忘れたかったのだろうか? アスランに手を引かれ、カガリのもとへ。 部屋に入るなり、俯き座り込んでいたカガリが飛び起き、俺へと迫った。 こっちの気分なんてお構いなしに、肩を掴まれ、その手が顔へ無遠慮に触れる。 すぐに消えてしまうものを焦って調べる様な性急なカガリの手が、懐かしい。 それと同時に、ずいぶん高い隔たりができたような気分もあった。 奇妙な感覚の中で、俺は俺を観察するカガリを見つめる。 「、本当に、なんだな」 こくりと頷いた。 するとカガリの顔が心底安堵し、すぐに傷ついた表情になって、さらに怒りの表情へと様変わりした。 するりと俺から離れた手が、俺の頬目がけて飛び、パァン!と、勢いのいい音が現れた。 じん、と痛みがある頬をそのままに、俺は平手打ちをしてきたカガリを見下ろした。 興奮しているカガリとは正反対に、俺の気分はどこか、冷めていた。 「なんで、なんでだ。なんでこんな、ザフトなんかに入ったんだ!!」 それに相対するように、カガリの形相はみるみる酷くなり、激昂する。 「キラは、キラにはお前がプラントの大学に行ったって聞いた。 自分と離れたほうが、お前のためになるからって。一緒にいたら二人して駄目になる。の未来を奪うかもしれないって・・・・お前に会うのも我慢してっ!!」 まるで自分のことのように、カガリさんが苦しんでいるのが伝わってくる。 「あいつが!何で苦しんでいるのか、わかってるだろ!!」 それを通じて、あいつがどうしているのかも。 「なのに、なんでっ」 それがどれだけ俺を苦しませるのか。 きっと分かっていないんだろう。 「どうしてっ、キラを悲しませることを選んだんだっ!!」 ただ俺だけへ責める言葉を投げるこの人には。 「―――――――俺のことは、放っておいてください」 「!」 さらに非難の声を上げる、まるで俺が何も分かっていないようなカガリさんの声。本当にこの人は思いこんだら周りを見ないんだから。 それとも周りが見えていないのは俺だろうか。 「自分で決めたんです。誰に否定される謂われはない」 「ふざけるな!」 殴りにかかりそうなカガリに、それで気がすむならいいかと受け入れようとして、カガリがアスランに制された。 「―――今、キラがどうしているか知っているか?」 今度はこいつかよ。 「ラクスと一緒に、孤児院で暮らしている。ずっと籠もって塞ぎがちだったあいつを、なんとか立ち直らせようとして」 ラクスの名前を聞いて、胸が痛んだ。 俺にはできない方法でキラを包み、癒してくれる彼女は、今のキラには本当の救いだ。 「一人きりの時、あいつはいつも空ばかり見てる。お前がいるプラントの方ばっかり見てるんだ」 それでも俺は、あいつにとって縋らずにはいられないのだろうか。 まだあいつは、じたばたと同じ所をもがいているのだろうか。 「、帰ろう。一緒に。キラはこんなこと望んでいない」 俺は、あいつを救ってやれるのだろうか。 「――――はははっ」 自嘲が喉から溢れる。 やけくそのような、乾いた笑いだ。 自分でも作ったような笑い声に聞こえたけど、心の底から笑いが溢れているのは分かっていた。 馬鹿馬鹿しいと嘲笑う自分の声が。 うぬぼれるなと侮蔑する自分の声が。 真っ黒な笑い声として現れる。 できる訳がない。 できるはずがないんだ。 こんな自分に、昔も、今も、あいつを救うことはできない。 俺なんかに救える訳がない。 「キラ、キラ、キラ。――――――――――うるさいよ。ホント」 いくら並べ立てたところで、どうなることじゃない。 変えられない。変わらない。 「あいつがどうだろうが、どういう状態だろうが、知ったことじゃない」 俺なんかが救えるはずないんだ。誰も。 なら、今の俺ができることは、あいつの安寧を守ることだ。 二度と戦場へ放り込まないことだ。 自分のことだけを考えていればいいようにするだけだ。 「!」 またカガリが、そしてアスランが非難する。 そのまま俺を見限ればいい。 それで俺は楽になる。 「自分で決めたんだ。あなた達に否定されて、はいそうですかって変える気は、ないんです」 すべて自分で選んだことだ。 ここにいるのも、なにもかも。 間違っていたと気付いても、それを変えるには遅すぎた。 簡単に変えられない道を、俺は選んだ。 「同情に付け込めばって、キラの話を出されても無駄です。俺は、何一つ後悔していない」 後悔なんて、測れないほどしている。 今も自己嫌悪がまとわり着く。 「ご用件がそれだけなら、失礼します」 2人を見据えて、冷めた気分でいた。 この人達との関係が崩れようが、どうでもよかった。 踵を返し、部屋を出る。 「!待てっ、まだ」 「ごたごたに巻き込んでしまったこと、ザフトの一人としてお詫びします。お疲れでしょう。ゆっくりとお休み下さい」 社交辞令だけ言い捨てて、その場を去った。 立ち止まる気も、戻る気もない。 耳の奥で、あいつが優しく笑う声が聞こえた。 最後に見た泣きそうな顔じゃないことが、救いで。 それがまるで永遠の別れのようで。 何も残っていないはずの心が、さらに空っぽになった。 「!!」 自分達を拒絶したを追い掛けようと、カガリは駆け出そうとした。 しかし、またアスランに止められ、今度こそカガリは抗議した。 「アスランっ」 「今は、何を言っても無駄だ」 冷静な声音のアスランに、さらに苛立ちは募る。 なぜ、諦められる?あの兄弟のことを。大切な友達の幸福を。 危険の中にいる友達を救うことを。 「そんなっ――だって!」 あいつは、あいつらは、何よりも大切にしていたのだ。 お互いにお互いを大事にして。2人でいることが当たり前のようにとても自然にいて。 それを、2人をずっと見ていたアスランがわからないはずがないだろうに。 カガリには信じられなかった。キラを思わないが。 殴ってでも引き止めてつれて帰りたいのを、どうしてアスランが止めるのか、カガリには理解できない。 アスランはそれでもカガリを根気よく宥めた。 カガリ以上に混乱しているが、カガリのように慌てふためく事はできない。 アスランの中の理性が、なんとか取り繕っていた。 「必ず理由がある。それがわかるまで、様子を見よう」 自分に言い聞かせるために言う。 そう、何か理由があるのだ。 なければおかしい。 でなければあんなことをするなんて到底信じられなかった。 少しでも取り乱すことを止められたのは、アスランが決しての寄りかかりになることがないと分かっているからだった。 自分を嫌っている彼は、決して頼ってはこない。弱音を吐くことも見せることもしない。 そんな過去からの関係が、アスランを引きとめていた。 しばらくして、カガリはそれに不承不承頷いた。 それでも納得していないだろう彼女に、自分も同じ気持ちなのだと言ってしまいたかった。 |