やっとわかった。 ようやく、わかった。 俺はずっと逃げていたんだ。 キラのことから、逃げようとして、ずっとそれが分かってなかった。 それが逃げだと認める事にも逃げて、わからないと思い込んで。封じ込めて。 逃げ出そうとしたのは、それに嫌でも対面してしまうからだ。 そうやって逃げて、打ちのめされるのを恐れて、そんなことをしても逃げ切る事なんてできないのに。 我が身可愛さに閉じこもって。 そして傷ついたシンへ優しくすることで自分を誤魔化して。 思い返すことそのものが自己嫌悪の様に、振り返れば振り返るほどまとわり着く罪悪感。 なんて身勝手なんだ。 こんな自分が誰かを救えるなんて、傲慢もいいとこだ。 でも、キラと別れたときに駄目になると思ったのも、本当だった。 依存しあう俺たちは、互いが互いを食い潰してしまうと思ったから。 盲目的にキラのことだけを考えることはできない。 そうできるのなら、どんなによかっただろう。 破滅すら喜んで受け入れて、あいつと朽ち果てたら。 それはある意味一番幸せなんじゃないか、と。 カガリとアスランの所から格納庫へ戻る俺は疲れきっていた。 受け止めたくないことも、受け入れたくない気持ちも、ずっと目を背けていたことの何もかもを一気に受け止めた今、何もかもが重たくて、逃げ出したくなる。 もう・・・・・キラに関することを意識したくない。 決壊しそうな自分の心をようやく知ることができて、今まで何とか止めていたそれが暴走しそうで、恐ろしくなった。 きっとあの人たちに会うことで、そうなるだろうと、無意識に気付いていた。 だからこそ。会いたくなかったのだ。 『どうしてっ、キラを悲しませることを選んだんだっ!!』 カガリさんの放ったそれは、俺にはよくもあいつの心を壊してくれたなと聞こえた。 それくらい、俺にとってキラのことはタブーになってる。 あいつのことを考える度浮かんでくるのは、壊れそうな儚い笑顔と、ぼろぼろと泣き続ける顔ばっかりだ。 最後に見た顔は、まるで捨てられた子供のような儚いものだった。 それを振り払って、これが自分たちの為なんだと思い込んで、俺はあいつと別れた。 そして、次に帰ってきた時は、前以上にあいつのことを大切にしようと。 誰よりもあいつの理解者になれるように。 あいつの傍にいられるように。 俺がここに来た目的は、キラの苦しみを知ること。 キラがこれ以上苦しまないようにすること。 もう苦しまないようにするための方法を探すこと。 でも、俺がここにいることで、それだけでキラの苦しみは増えていく。大きくなっていく。 そもそも本格的な戦争が再び、しかもこんなに早く起こるなんて予想はしていなかったから、自分にはどうしようもないことだが、それはあとの祭りだ。 分かっていたことだった。それでも、突き付けられる事は怖かった。 全てに逃げ出して、見ないふりをして。 俺はただの臆病者だったのだ。 帰ってやりたいと思う。 キラの所に、帰りたい自分もいた。 ただ自分の為に、あいつに泣いて、すがって、許しを請いたい。 でも、俺はまだ、帰る訳にはいかない。 「―――――ッ!!」 シンがいた。 目の前で、怒ってる。 突然意識を現実に連れ戻されて、目の前に飛び込んできたそれを、俺はゆっくりと認識した。 ―――――――なんで、だろ。 いつもなら、また自分が何かしたのかなって、狼狽えるのに。 なんで俺は、こんなにほっとしてんだろ。 「お前!どこ行ってたんだよっ」 「どこって・・・」 「アスハの所か!?お前、あいつと・・・あんな奴と知り合いだって、なんで隠してた!!」 激昂したシンは、ただ自分の怒りを俺にぶつけてくる。 ずっと隠していたことを指摘されて、だけどなぜかホッとしていた。 ああ、そっか。シンに知られてしまったのか。 ごめん。言い出せなくて。いつか言えたらよかったのに。 でもきっと、俺から言っても、こうやって怒鳴るんだろうな。 「お前もあいつの味方なんだろっ、だから―――――――」 ああ、なんで・・・・・・――――――――シンの顔が歪んでいく。 「・・・・・・・?」 さっきまでの怒りはどこに行ったのか、まるで憑き物が落ちたみたいに、シンの表情は心配げなものへ変わっていく。 「―――――なん、でも・・・・」 何でもないよ。 そう、言って。笑うつもりだった。 でも、無理だ。 顔が、うまく作れない。 今までできていた事が、わからなくなった。 「―――っ」 唐突に、視界が暗くなった。 シンに勢いよく抱き込まれて、抱えられた頭が、シンの胸に飛び込む。 その衝撃に従い、慣性の法則で無重力の中を俺とシンの体が流れていく。 「ごめんっ」 窒息しそうなほど俺を胸に抱きこんで、シンが謝った。 「ごめんっ、。ごめん!」 どうして、そんなことを言うのかわからない。 なんで謝るんだ? シンは、悪くないだろう? 悪いのは、俺なのに。 ずっと隠し続けていた俺の方なのに。 「ごめん」と繰り返すシンに、違うと言いたくても、俺の喉は嗚咽しか洩らそうとしなくて、抑えるのに必死になって声が出だせない。 ああ、どうしよう。 どうすれば、シンを困らせないでいられるだろう。 やさしいこの友人を、どうしたら俺は心配させずにすむんだろうか。 *** が、泣きそうな顔をしている。 なんとか取り持とうとして、結局、は俯いた。 それを見た途端、シンの全身から爆発してしまいそうなほどの怒りが消えて行った。 俯いたの、その肩が震えているのがわかって、とっさに両手を掴み、そしてそのまま、頭をかき抱いた。 そうしないと、がどこかに行ってしまう気がしたから。 「ごめんっ」 何度も、何度も謝る。 何でもないとわかっていても、シンは謝らずにいられなかった。 八つ当りしてごめん。 ひどいこと言ってごめん。 なんでもいいから、シンはとにかく謝った。 いつだって、が傷付いていただろう時も、シンはの笑顔を見てきた。 どんな時だろうと笑っているは、だから絶対に泣きわめいたりしないんだろうとどこかで思い込んでいた。 だが、今のはどうだ。 一体何がそこまでを追い詰めたのか。酷く苦しげに、それでも無理をしようとして、結局隠すこともできないほどに消耗している。 こんなは見ていたくなくて、シンは謝って暗い顔をがやめてくれるのなら、何度でも謝れると思った。 「ごめん、」 が顔を上げてくれるまで、シンは謝り続けた。 うまく慰める言葉が思いつかないから、ただひたすら謝った。 「―――――――〜っ・・・っ・・」 くぐもった声が腕の中から聞こえだし、シンにしがみつくように背中へ少しだけ手が回る。 服の裾を緩くつまんでいるが不満だった。 声を押し殺して、震えるのも我慢して、シンに悟られないように泣くに、不満が溢れる。 どうして。 俺はそんなに頼りないのか。 縋れないほど、俺は情けないのか。 言いたいけど声には出さなかった。 初めてシンの前で弱くなったを、責めたくはなかった。 不満と慰めが、を抱く手にこめられる。 そしてどこかで、いつまでもこうしていたいと考えていた。 |