何度も言われる度に、救われる気分だった。
きっと何もわかっていないで言い続けている謝罪が、まだ俺の中に救いはあるんだと思わせてくれる。


シンの心はやさしい。
まっすぐなシンの気持ちは、今の俺にはもったいない。


こいつと友達でよかった。
こいつと出会えてよかった。







本当に、そう思えた。

























シンに慰められ、何とか気分も落ち着いて、俺は格納庫に戻った。
おそらく『アルケミス』の調整は終わっているだろうが、マッチングなんかの動作環境は俺じゃないと行えない。
俺にだけ使える兵器、というのもこういう時は考え物だ。
整備士に任せておけないことの方が多いから、どうしても入り浸りになってしまう。


まあ・・・そんな『アルケミス』が可愛いと思う俺も・・・重症なんだろうが。


「確認終わりました。すみませんマークスさんだって疲れているのに」

コクピットから降りて下にいるマークスさんに声をかけた。

「気にしなくていいよ。それが僕の仕事なんだから」

いつものようにマークスさんはそれに笑って答えてくれる。
しかし、いつもならきちんと俺を向くその顔は、一緒に着いてきたシンに向けられていた。
いつも通りの笑顔のはずなのに、妙に怖い迫力の表情で。
見つめられているシンは、マークスさんを無言で睨みつけている。
そしてマークスさんも笑顔で睨み返す。

二人は俺が戻った瞬間から、延々と睨みあいをし続けていた。


なんでこんなことになっているのか、よくわからない。
ただ、初対面の頃からやけにこの二人はお互いを牽制しているというか、会えば睨みあうを繰り返していた。

初対面の時に何かがあった訳ではなかったと思う。
隊の交流会の時にマークスさんと俺が知り合いだとみんなの前で伝えて、その後からシンとマークスさんは何があったのか、まるで嫌いな奴にあったと言いたげに睨み逸らしを繰り返していた。
・・・・嫌いというより、ライバルと予期しない場所で出くわしたみたいな感じ・・・なのか?
口喧嘩や、ましてや殴り合うことなんかはまったくないが、それでもいつでも出くわせば二人で睨みあっている。
そんな関係だ。

周囲には本能的にそりが合わない同士なんだろうと思われている。
俺もそんな感じなのか?と諦めているのだが、なぜか二人は俺の近くで激突していることが多く、なだめ役になることも多く・・・・正直胃が痛い。

「ここにいてもなんですし、部屋に帰りませんか? それとも、レクリエーションルームで飲み物でも飲みますか?」
「いいね。シンくん、君はどうする?」
「・・・・行きます」

いや・・・だから、そんな睨み合いながら受け答えしなくてもいいんじゃないのか?
なんて突っ込みたいけど言えない。言ったらとばっちりがこっちにきそうで恐い。
きっとそんなことにならないとは思うんだが。なんとなく。

気まずい空気が流れている二人が動き、後に続く。
これで少しでも緩和されるかな、と思ったすぐに引き止められた。

「主任、ブリッジから内線です」
「なんだろう?」

マークスさんが先に通信パネルに近づき、俺とシンも顔を見合わせた。
戦闘も終わったとはいえ決着がついたわけじゃない。そのせいで小さな不安がよぎったが、事態は予想よりもっと酷かった。

「皆集まってくれ」

そう長くない会話が終わった後、真剣なマークスさんの声が格納庫に響き渡った。
何事かと集まった周囲の人たちは、次の言葉に動揺した。

「今、ユニウスセブンの軌道が地球へ向かっているという情報が入った」

ざわっ、と周りがどよめく。
その中で、俺も息を飲んだ。

ユニウスセブンは、かつてプラントが抱えていた農場コロニーの一つで、戦争によって連合軍に核ミサイルを投下され大惨事が起こり、そして戦火が大きくなったきっかけとなった、苦々しい過去の遺物だ。

その跡地は人の住めなくなったデブリとなっているが、それでもその大きさは落ちれば地球の地表半分以上が残さず消える程の衝撃になると簡単に想像できるくらいの規模が残っている。

そのユニウスセブンが、地球に落ちる?

そんなことになれば、地球にいる全ての生き物が、死に絶える。
人間だけの問題じゃない。
何もかもが、消えてなくなる可能性があるのだ。

「みんなに報せにいこう」
「ああ」

今後の予想と準備を怠らないことを語るマークスさんの話はもう耳に入らず、俺はシンを見てシンもすぐに頷いた。

ユニウスセブンの周回軌道は、地球と衝突する状態ではなかったはずだ。
なぜユニウスセブンが動き始めたのか。
なにか陰謀めいたものを感じるが、それよりもそのこと自体が大事だ。
軍が動くにしたって問題なく収められる確証は難しい。


だけど、できない訳じゃない。
だから俺は、家族の安否を気にしつつも、それほど混乱してはいなかった。





だからなんだろうか。
あの言いあいが起こったのは。






レイとルナたちを探してレクルームへ来た時、既に揃っていた面々がその話をしていた。
俺とシンが来たことに気付く様子もなく、与えられた話題に夢中になっているようだった。

「『アーモリー』では強奪騒ぎだし!それもまだ片付いてないのに、今度はこれ!?どうなっちゃってんの?」

ルナが声を張り上げた。
しかし、それで少し落ち着いたのだろう。ルナは一息ついた後、誰にともなく問いかけた。

「――で、今度はその『ユニウスセブン』をどうすればいいの?」
「砕くしかない」

それに答えたのはレイだ。
そこでようやくレクルームに辿り着き、全員と目を合わせた後、最後にレイと頷き合った。
レイと俺の考えはそう食い違っていないようだ。

あっさりと出たレイの答えに、目を見合わせたのはヴィーノとヨウランだ。

「砕くって」
「あれを?」

特に何の感慨もなく淡々とレイは答える。

「あの質量ですでに地球の引力にも引かれているというのなら、もう軌道の変更など不可能だ。衝突を回避したいなら砕くしかない」
「で、でも、デカイぜぇ?あれ。ほぼ半分に割れてるっていっても、最長部は8キロは・・・」
「そんなもん、どうやって砕くの!?」
「だが衝突すれば、地球は壊滅する」

レイの口調とは裏腹に、告げられる事は深刻だ。

「そうなれば何も残らないぞ。そこに生きるものは」

その場にいる全員が息をのみ、黙り込んだ。
俺も苦い顔で状況を噛みしめる。

「なにも・・・?」

シンがぽつりと呟いた。
その声には信じられないという思いと、そうなってほしくないという願いがにじんでいるように思う。
その気持ちは、俺も同じだった。

地球は・・・オーブは俺たちの故郷なんだから。
思いだされる懐かしい景色が、郷愁を掻き立てる。
キラの、父さんと母さんの顔が浮かぶ。

そんな事態にしてはいけない。
絶対に。


「地球・・・メツボー?」
「だな」

ヴィーノが空気に耐えかねて少しおどけるように呟いた。
それにヨウランが頷く。

「んー・・・でも、ま、それもしょうがないっちゃ、しょうがないかぁ?不可抗力だろ?」

ヨウランが放ったブラックジョークに、シンの肩が動くのが見えた。俺は、なんでそんなことが言えるのかと怒りがわき上がる。
そんな俺たちには気付かず、ヨウランはさらに付け足たした。

「けど、変なゴタゴタも綺麗になくなって、案外楽かも。俺たち『プラント』には」


「よくそんなことが言えるな!お前たちは!」


それを遮り、鋭い声を上げて割り込んだのは、集まっていた囲いの外からだった。

全員がそちらを振り返り、何事かと見る。

そこにいたのは、カガリとアスランだった。
怒鳴ったカガリは本気で怒りを露わにしていて、ずかずかとこちらに寄ってくる。
レイは敬礼し、ルナ達もそれぞれ気まずい顔で姿勢を正した。
俺は人の陰に隠れるように一歩下がり、顔を背ける。
無駄だとわかってはいるが、真正面から顔を合わせたくなかった。

カガリはそんな俺に気付いていないのか、怒りが上回っているのか、ヨウラン達を睨んで言い募っている。

「しょうがないだと?!案外楽だと!? これがどんな事態か、地球がどうなるのか、どれだけの人間が死ぬことになるのか! 本当にわかって言ってるのかっ、お前たちは!」
「・・・すいません」

聞きあきた説教を聞くような、うんざりする空気が周囲に流れだす。
それでも自分の発言に非はあったと思ったのだろう。ヨウランが謝罪を呟いた。
しかしカガリはそれでは治まらず、さらに責め立てる。

「やはりそういう考えなのか、お前たちザフトは!?」

今度はカガリさんの言葉が不愉快に響いた。
周りにもそう感じられたらしく、どんどん冷めて白けた顔になっていく。
それに気付かないのか、それともカガリの怒りを煽るのか、どんどんカガリの責める声は大きくなる。

「あれだけの戦争をして、あれだけの思いをして!やっとデュランダル議長の施政のもとで、変わったんじゃなかったのか!?」

カガリにとってはあの戦いを無意味にされるのは我慢ならないのだろう。
けれど、カガリの言う言葉は、コ―ディネータ―を軽蔑する発言だった。
それを同じコーディネーターが言うならばまた意味合いも違うが、カガリが――ナチュラルが言えば、受け止め方も違う。
俺にはよくわからない感情だが、明らかに周囲の、特にヨウランには反感を抱いているような雰囲気があった。

「よせよ、カガリ」

見かねたアスランがカガリを引きとめ、そのすぐ後に、さらに爆弾が投下された。

「別に本気で言ってた訳じゃないさ、ヨウランも。その位のこともわかんねえのかよ、あんたは」

シンの言葉に全員が注目する。
明らかな怒りと軽蔑の眼でカガリを見るシンは、言葉では抑えられないくらい怒っていた。

「シン、言葉に気を付けろ」

レイが咎めるが、シンはさらにまぜっかえすように肩をすくめた。

「あーそうでしたね。この人、エライんでした。オーブの代表でしたもんね」
「おまえっ!」

喧嘩を売られたカガリは単純にいきり立つ。

「いい加減にしろ、カガリ!」

それを引きとめたのはアスランだった。
カガリを怒鳴り付けた姿に、全員が驚いている。カガリも一瞬怯んだが、すぐにシンを睨んだ。
シンもそれに睨み返す。
その二人の間に割って入って、カガリの代わりにアスランがシンを睨んだ。

「君はオーブがだいぶ嫌いなようだが、何故なんだ?」

一瞬俺の方に視線がよこされたが、俺はそれから目を逸らした。
アスランはかまわずシンに問う。

「昔はオーブにいたという話だが、下らない理由で関係ない代表にまで突っ掛かるというのなら、ただではおかないぞ」
「下らない?」

シンの低い声に、まずいと感じてシンを引きとめようと手を伸ばすが、シンが前に出て行った事で届くことはなかった。

「下らないなんて言わせるか」

シンは本気で怒っている。
その怒りが何かを俺は知っている。

「関係ないっていうのも、大間違いだね」

だから、引きとめきれない。


「俺の家族は、アスハに殺されたんだ!」


今度こそカガリが怯んだ。
その場の全員も息を飲む。
その中でシンだけがギラギラと憎しみを湛えて燃え盛っている。
背中越しからでもわかる怒りの感情が、カガリだけに注がれているのを感じる。

「国を信じて、あんたたちの理想とかってのを信じて、そして最後の最後に、オノゴロで殺された!」

シンにとって、全ての元凶はオーブにあった。理念をうたい、それを貫くために家族を守りきってくれなかったアスハにあった。
それがシンにとっての真実だからだ。
家族を目の前で失い、助けてくれなかったことに絶望し、怒りへと変わったのは自然な流れだ。

それを聞かされた時、俺にシンを諌める資格はないと思った。
俺だって、もしもキラがヘリオポリスで死んでいたならザフトを本気で恨んでいた。
連邦に襲われたと知ったなら、絶対に連邦を恨む。

どんなものだろうと、許せないのだ。家族を奪われるということは。

「だから俺は、あんたたちを信じない!オーブなんて国も信じない!そんなあんたたちが言う綺麗事を信じない!
 この国の正義を貫くって、・・・あんた達だってあの時、自分たちのその言葉で、誰が死ぬことになるのか、誰が傷つく事になるのか、ちゃんと考えたのかよ!?」

シンの言葉に、カガリは真っ青になって言葉を失い、アスランも動揺していた。

「何もわかってないような奴が、わかったようなこと言わないでほしいね!」

言い捨て、シンはその場にいることに耐えきれなくなったのか、どこともなしに歩き始めた。

「お、おい!シンっ!」

ヴィーノが引きとめるのを俺が肩を叩いて抑えた。

「シンの事は俺に任せてくれないか」

ヴィーノにそう呟いて、一歩前に出る。
凍りついた周りと、泣きそうになっているカガリの中心に立つと、全員の目がこちらに向けられた。

「仲間の失礼な発言、お詫びします」

淡々と上辺だけの、今の俺の立場で言える言葉をカガリに言う。

「けれど、貴女もご自分の発言には注意してください。ここはザフトの戦闘艦で、貴女はナチュラルだ。コーディネーターを非難するような言葉は謹んだほうがいい」

まっすぐなことは悪いことじゃない。
でも、それですべてが通るなんてことは絶対にない。
その発言に対して力を持っている人間は、その立場を考え、わきまえなければならない。
どんな罵詈雑言を言われようと。
自分の発言には責任を持たなければならないんだ。

「オーブの代表だというのなら、尚更」

打ちのめされたようなカガリの顔は可哀想で、慰めたいとも思うが正面からカガリを弁解する気にはなれなかった。
カガリの失言は間違いなく人の神経を逆撫でた。
シンの言葉の暴力で受けたダメージよりは小さいだろうが、仕方が無いことだ。
この人はナチュラルもコーディネーターもない、隔たりのない国の代表でいる事を選んだのだから。

!そんな奴に構うなよ!」

シンのイラついた声が響く。
もう見えない所に行っていると思ったのに、シンは遠巻きにこちらを振り返って俺を睨んでいた。
早く来いと苛立っている友達の姿が、なんだか拗ねている様な気がした。
そしてただ純粋に頼りにしていることが嬉しかった。

カガリに対してとシンに対しての気持ちがうまく制御できなくて、複雑な気分になる。
どっちの味方にも付いてやりたいが、それができないと思う俺は、単なる偽善者だ。

カガリ達の横を一礼してすれ違う。

「シンのこと、悪く思わないで下さい。あいつが言ったことも、真実ですから」
「あ、」

放った言葉に反応したのか、端に去ろうとした俺を引きとめようとしたのか、カガリの声が漏れた。

けれど俺を追ってくる気配はない。
アスランが歯止めになっているのか、それとも動けないのか。

味方でいられないことに罪悪感があるが、振り返らずにシンに追いついた。

シンは俺を一瞥して、何も言わずにまた進みだす。

「俺は、悪くない」

レクルームが見えなくなった所で、シンが呟いた。

「うん。分かってる」

間違っていない。
シンの感情は、当たり前なことだ。


でも、すれ違い、わかりあえないシンとカガリの関係が、俺には悲しかった。











2010.12.23