空から降ってくる人の手ではどうすることのできない代物。 地上からではどうすることのできないもの。ただ、自分に災厄が訪れませんようにと、祈るしかないもの。 あれらが落ちて、また悲しみがたくさん生まれるかもしれない。 また、治りかけていた傷が開くことになるのだろうか。 どうしてだろう。 あの子が泣いている気がするのは。 悲しまないで。 君のせいじゃない。 これを止められなかったことは、君のせいじゃない。 誰にも、どうしようもなかったんだ。 泣かないで。 どうか。 なぜ人は、こんな世界にしてしまったんだろう。 どうして、こんな世界になってしてしまったんだろう。 誰かのせいにしないといられないくらいに、歪んでしまった世界。 どうして、それを変えることができないんだろう。 どうして、そんな世界を壊すことができないんだろう。 崩落する世界の、その空の姿に、涙が溢れて止まらなかった。 こんなことにならないために頑張ったのに、叶わなかった姿が目の前を残酷に通り過ぎる。 人が生み出した憎念によってできた、人知を超えた産物。 落としてはいけなかったものは、あっさりと箒星となって空を、そして大地に大きな爪痕を作り出した。 これが怨みの力だと顕現するように。 俺が知っていた世界は、どこに行ってしまったんだろう。 人と共生し、共存する。 そんな当たり前のことができない世界に一体いつからなってしまったんだろうか。 それとも、俺が知ってる世界はまやかしだったんだろうか。 戦争をしていても、ニュースで見ていても、実感することのなかったもの。 本当に自分とは違う世界で怒っていることだと思っていた世界。 知らなかった、認識できなかった世界。 守られていたものは、本当にたくさんあった。 その殻を自ら壊したのは自分だ。 受け止められると思っていた俺は、結局すべてにただ打ちのめされただけだった。 ミネルバへ戻ってから調べ、聞いた地球の被害は、やはり相当ひどいものだった。 砕ききれなかった欠片が十数ヵ所にも墜落し、その近辺や海域は相当酷い事態になっていると報道と連絡があった。 首都や重要地域に落ちてきていないとはいえ、その被害は相当なものになってしまった。 どこだったからよかったとか、どこだったから酷いとか、そんなものは、どこにもない。 落とされてしまったこと、防ぎきれなかったこと。その事自体が酷いことで、あまりにも辛いことだ。 そしてまた、悲しみにくれる人々はその悲しみを怒りや不満、憎悪に変えて一つのものを攻撃することになる。 理不尽など関係なく。 疑惑も疑念も抱かず。 ただ。誰かに示されるように。 地球にいる人たちは、空にいるプラントを恨みの対象とする。 それでも、そのことに落胆し続けていることはできない。 できる限りの誠意を見せなければ、反感は広がり続けるだろう。 納得できる流れ。でも、俺は問いかけずにはいられない。 戦争を回避するために努力をしてきているはずなのに、なぜまた争いがおこるように仕向けるのか。 なぜ殺さなければ、同じ見返りを、犠牲を払わせなければ気が済まないんだ。 人が死ぬことはただ辛くて、恐ろしいことなのに。 俺はまだ覚えている。 大切な人を失ったあの空虚さを。 何一つ残らず消えてしまった悲しさと虚しさ。 自分がどこにもいなくなるような冷たさを。 誰にも言えず、誰かに置き換えることもできなくて。 気持ちをどこにもやれずに、すり替える事もできなくて。 きっとあれを絶望というんだろう。 だけどそれを認めたくなくて、俺は無駄な努力をしていた。 そうしなければ、見失いそうだった。 自分が生きていることを。 人が心を痛めるものは、自分にとって重要なものだけだ。 守りたいと思うもの。 互いに干渉しあうもの。 一緒にいて安らぐもの。 無くしてしまうことが、自分にとって重大な事だから、それにしがみつく。 幸せだと知っているから、それを大事にする。 だから、変わらないでほしいと願う。 だからこそ、それを失った時、人は奪ったものを憎むんだ。 でも、自分が奪われたのだから相手も奪われて当然だなんて、そんなのは傲慢だ。 理不尽だけれど、あまりに辛いことだけれど。奪い合っても、失わせても、あるのはきっと空しいものだけだ。 俺は、憎めなかった。 一体何を憎めば、何に復讐すればこの気持ちが晴れるのかわからなかった。 もし何かへ復讐を遂げたとしても、どんな正当な理由でも、きっと自分を許せなくなる。 誰とも一緒にいられなくなる。 その事の方が、ずっと辛い。 (なのに俺は、命を奪った。何でもない人を、自分が死にそうになったから) 恨みがあろうとなかろうと、人は衝動的に人を殺せてしまう。 あっけなく。簡単に。 軍人は戦いが始まった時、死んでしまってもしかたがないと士官学校で言われたけれど。 やっぱり、そんな簡単に割り切れるものじゃない。 そう分かっていたから、訓練してきたのに。 射撃場で一人、俺は自分の手を見つめていた。 さっきまで訓練していた的には、狙いの半分も当たっていなかった。 あれだけ練習して、自分のものになっても、動揺はそれ以上に働くらしい。 宇宙の上での戦闘は、本当にたくさんのものを崩し壊していった。 守れなかった。防ぎきれなかった。人を殺してしまった。当事者も、まったく関係のない人達も。 きっと予想する以上の人たちの心を傷つけた。 ユニウスセブンが落ちてたくさんの人が被害にあったことと、俺が人を殺した事実を一緒にしてはいけないとは思う。 だけど俺はあまりにも色々なことが一度に起きたことで、色んな気持ちがないまぜになって、一体何から手をつければいいのかも分からなくなっていた。 ただ生き死にを考えているだけのはずなのに、一つ一つがまったく別のもののような思考になる。 どんなに考えても、どれもこれも答えなんか出てこない。 結局自分は、どんな事だろうと人が死ぬことが嫌なだけだ。 それが偽善でも、傲慢でも、ただ、人が死ぬことが許せない。 命を奪って何かをなそうとする人を許せない。 そして結局こう思うんだ。 もっと力があったら。もっと自分が強ければ。もっと何かを知っていたら。 きっとこんな気持ちにならなかった。って。 (でも、きっと、どんなにあってもどうにもならない) そう思う自分もいる。 どんなに足掻いたって、どうしようもないものがある。 力を持っていたって、近くにいなければ結局できないのだ。 世界最強になれたって、漫画や映画のような救世主になれるわけがない。 ――――――――――わかっているのに、足掻かずにはいられない。 (でも、どうすればいいのか分からない) どうやったら乗り越えられるのかが分からない。 全部が手のひらの端から、零れていく感覚しか感じなかった。 「暗いな」 人の声の後に、明かりがともされた。 そういえば、明かりをつけないでやっていたんだったかと遅ればせながら気付く。 精神状態が酷いと視野が狭くなって、何も気にならなくなるのは俺の悪い癖だ。 「・・・・・レイ」 射撃場に入ってきたレイは、少し離れた位置で立ち止り、何をするでもなく俺を見つめる。 レイの目はいつ見ても冷たい。 感情を現わさない顔の中で、いつも青い瞳だけが冴え冴えとしている。 「自惚れてた。救世主にでもなれるんじゃないかって」 気がついたら、レイに自嘲している自分がいた。 レイはそんな俺を淡々と見つめて、返事もせずにその場にいた。 俺は人形か何かに語りかけるように、自分の気持ちを独白する。 「俺の目の前なら、どんな悪いことも起こらないって、思い込んでた」 そう。今まで生きてきていて、そんな事は起こらなかったから。 身近な人が死ぬことも、酷い災害も、事故も何もなかったから。 キラが死んだと思っていた時も、結局生きて帰ってきてくれた。 だから、どんなに酷い知らせがあっても、きっと、覆る何かがあるんだと勘違いしていた。 「人一人そこにいただけで、どうにかなる訳がないのにな」 今回のことで思い知った。 「慰めてほしいのか?俺に」 「いや、たぶん、罵倒してほしかった・・・かな」 「・・・・的確な人選だな」 フン、と鼻で笑われ、俺もまた苦笑する。 「軍務既定の訓練、お前も外に来い。―――お前がそうしていると、うるさいのが多い」 俺の思惑通りにはならず、レイは用件を告げてさっさと出ていった。 いっそ徹底的に言葉で詰ってくれればよかったのに、逆に他の人間が心配していると告げてくるなんて。 ほんと、お前は俺に対して容赦ないよ。 一番して欲しくない方法で、切り返すんだからさ。 「間違えたよ・・・・・・・・・人選」 優しさが辛いこともあるんだって、レイは知っててやってるんだろうか。 だとしたら、ほんと最悪だよ。 レイは最高の性悪だ。 通路を曲がり、外が見える廊下に入った所で外を見ているカガリを見つけた。 オーブが今どうなっているのか、きっと気を揉んでいるんだろう。俺が知っている中で誰よりもオーブを思い、愛している人だ。 カガリから近くの窓に目を移して、見えた光景に表情が硬くなった。 下の欄干でルナに指導している人物が苦虫を噛ませる。 見るのも嫌な奴から目を逸らし、やっぱりみんなのところで訓練するのはやめようかと踵を返すことにした。 何でいるんだよ。と心の中で悪態を吐く。 振り向きざまにカガリの視線がこっちに向いていることに気付いた。 「あ・・・・・・」 いつから気付いたのか、カガリの表情は、目を丸めていて、なぜか困っているようにも感じる。 こっちとしても、どう接すればいいのか分からないので、目が合った後も話し掛けることもできなかった。 「・・・・」 沈黙が続き、カガリさんの方からそれを崩した。 真っすぐ見つめていたカガリの目が下に向き、何かに驚く。同じように下を見て、手の中にある拳銃に合点がいった。 オーブの重鎮の近くで持ってるものじゃない。すぐにベルトのホルスターに閉まった。 「も、人を撃つのか?」 カガリの目は、恐いものでも見るような目だった。 「撃ったのかっ?」 その目の奥で、キラが嘆いているのを感じて、顔をそらす。 逸らした所で何も変わらないことはわかっているのに。 「撃ちたくないですよ。誰だって。仲間は死んでほしくない。敵だって、できるなら生きていてほしい。――――誰も死にたくない。殺したくない」 そんないい訳をしておいて、ついこの間撃ったという事実は変わらない。 死にたくないから、人を殺した。 そして、自己嫌悪に陥る。 整理しきれない感情は自分の行動と意志をちぐはぐにさせている。 「だから、嫌いですよ。戦いなんて」 こんな話をしたいわけじゃない。 かなり嫌だがもう一度窓を見て、俺は話題を切り換えた。 「あの人、ずいぶん懐かれてますね」 「あ、ああ」 「まあ、英雄って持て囃されて、あの性格なら仕方がないか」 そういえば、この二人って付き合ってたんだっけ。 戦争中に知り合って、帰ってきた時にはすでにくっついていた。 「カガリさんは、あの人の何が良かったんですか?」 「えっ!?ちょ、」 改めて疑問に思って聞くと、カガリはさっきとは打って変わって顔を真っ赤にし、うろたえた。 「そんなの、あいつの好いところなんてだってわかるだろっ」 「分かんないですよ。俺にはあの人がいるだけでイライラするんです」 気にするとまた不愉快になりそうだったから、淡々と離すことに努める。 カガリは俺をマジマジと見つめ、意外そうに聞いてきた。 「そんなに嫌いだったのか?」 「嫌いですね」 「キラの友達だから?」 「嫉妬って言いたいんですか? 生理的に受け付けないんです」 そう。昔からあいつが嫌いだった。 確かに出会った頃は、キラを取られたみたいで気に入らなくて嫌っていたと思う。 でも、今の今までそんなことで人を嫌うほど子供じゃない。 あいつの性格が、勘に触るからだ。 「何もわかってないくせに、わかったふりしてるところも。いつだって聞こえるものしか見てなくて、目の前の大事なものを見落とす馬鹿なところも。学習しないところも。何もかもが嫌いなんですよ」 自分で精一杯のくせして。人の面倒なんて見れないくせに。ああやって、笑ってすますんだ。 人に頼られる存在のはずが、人一倍誰かの動揺に影響を受けてる。それが自分の理想とずれると、何とか修正しようとして、カラ回る。 「あの人は、他人も自分も思っている以上に、子供ですよ。自覚がないし見えずらいからタチが悪い」 有能なことには変わりないんだけどな。 それを差し引いても、嫌いなものは嫌いなのだからしょうがない。 キラがあいつとつるもうが、カガリがあいつと付き合おうが、俺にかかわらなければ気にしないようにしている。 でも俺にかかわることだけは、我慢がならないんだ。 「―――――、本当に、帰ってきてくれないのか」 昔を思い返していると、カガリがまた聞いてきた。 喧嘩腰のあの時とは逆に、俺は静かに首を振る。 「帰るわけにはいかないんです」 「キラを悲しませても・・・?」 「もう二度と、あいつを争いに巻き込ませたくないから」 どんなことになっても。 どんなに辛い目にあっても。 またあの虚ろな目で見られたくない。 あんな目をもうしてほしくない。 「戦わなきゃならないのなら、戦います」 そうだ。 俺はそのためにここにいるんだから。 |