決意を示すの顔は、どこか遠くを見ているようだとカガリは感じた。 その姿がフリーダムに乗って帰ってきたキラと被って見えて。カガリは1年前のキラと戦っていた時のことを思い出した。 あの頃のキラは見えているもののもっと先を見ているようで、頼もしいけれど寂しい不思議な気持ちになった覚えがあった。 泣いていたばかりのキラが、知らない間に突然成長してしまったように見えて、何だか置いていかれたような気分にさせられた。自分も成長しなければと思って、頑張って背伸びをした。 今できること以上の事ができなければ、到底父のように国を守ることなどできない。 だからあの頃からずっと必死に足掻いた。 それを周囲が支えてくれていた。 だが、カガリは自分が本当の意味で成長しているのかわからなくなった。 がむしゃらになってから回っていた自分のままなんじゃないかと、不安になっていた。 指導者として本当に自分が相応しいのかが、わからない。もっと、自分以上にふさわしい人がいるんじゃないかとすら思う。 背中を押してくれる人がいなければ、前に進無辜とはとても恐ろしいことなのだと、カガリは何度も思い知った。 特に、こうして対立され、食い違う時、カガリはつくづく思ってしまう。 「なんだとっ!」 行政府での提案に、カガリは思わず机を叩いて立ち上がっていた。 『ミネルバ』が無事オーブへ到着し、カガリは迎えに来た官僚と共に行政府へとすぐに向かった。 『ユニウスセブン』が落ちた影響は、島国であるオーブにも当然襲いかかっていた。 特に海に落ちたものは、津波としてオーブの沿岸地域に大きなの被害をもたらしていた。 世界的な事件に対し、オーブとしても動かなければならない。 それはカガリもずっと考えていたことだった。 だが、それは。 「大西洋連邦との新たなる同盟条約の締結?」 こんな動き方ではないはずだった。 「一体何を言っているんだ、こんな時に!今は被災地への救援、救助こそが急務のはずだろう!!」 「こんな時だからですよ、代表」 カガリの発言は、子供の駄々を諭されるように冷静に返された。 カガリを見る周囲の目は冷ややかで、まるで間違ったことを言ってしまった気分にさせられる。 「それにこれば大西洋連邦との、ではありません。呼び掛けは確かに大西洋連邦から行われておりますが、それは地球上のあらゆる国家に対してです」 「約定の中にはむろん、被災地への援助、救援も盛り込まれておりますし、これはむしろ、そういった活動を効率よく行えるよう、結ぼうというものです」 「いや、しかし……」 言っていることが正しいのはわかるが、それはオーブ理念に反するとカガリは思った。 大西洋連邦に入る事はつまり、ナチュラルの味方をし、コーディネーターを敵にするということに直結する。 戦争が終結してから1年がたったとはいえ、未だブルーコスモスは顕在し、双方の溝は深い。 そんな中、いくら地球規模の災害の対策だからだとしても、今同盟を組めばなし崩しにナチュラル側とされるだろう。 しかもこの話は、決して一時的にことを進めることのできない問題だった。 それは、中立であるこの国のすべてを揺るがすことだ。 そんなことは百も承知だろうに、誰一人意を唱えようと言う者がいない。 カガリへ向く目には、冷ややかな表情に対して敵か邪魔者を見る意味合いが込められていた。 今までが不本意だったのだと。ようやくあるべき形になれるとでもいうかのように。 周囲の全員が溜息を吐きそうな態度のなか、カガリを説得するための話は続く。 「ずっとザフトの戦艦に乗っておられた代表には、今一つご理解頂けてないのかもしれませぬが・・・・地球が被った被害は、それは酷いものです」 「――そして、これだ」 「!」 出された映像に、カガリは息を飲んだ。 『ユニウスセブン』が落下する映像と、そして、仕掛けた『ジン』の映像。 「我ら、つまり地球に住む者達は皆、既にこれを知っております」 切り替わる映像にはどれにも『ジン』に乗ったテログループによる犯行が写し出されている。 その場にいたカガリですら見れるはずのない、軌道を反らす所まで明確に映し出された映像だった。 「こんな・・・こんなものが、一体なぜ!?」 「大西洋連邦から出た情報です」 動揺から抜け出せないまま映像から目を外すと、やはり変わらぬまま冷たいともとれる視線がカガリへ向いていた。 その目がカガリを責めていると感じるのは気のせいなのだろうか。 「だが、プラントも既にこれは真実と大筋で認めている。――代表もご存知だったようですね?」 「だがっ!でもあれはほんの一部のテロリストの仕業で、プラントはっ…!」 コーディネーターが行ったのは紛れもない事実だ。それを確かにカガリは目撃した。 だが、だからプラント自体が悪だとするのは、あまりにも乱暴だ。 それは彼らが見せた誠意に対する裏切りだ。 「現に、事態を知ったデュランダル議長や『ミネルバ』のクルーは、その破砕作業に全力を挙げてくれたんだぞ!だから、だからこそ地球はっ」 「それもわかってはいます」 「だが、実際に被災した何千万という人々にそれが言えますか?通じますか? あなた方はひどい目にあったけれど、地球は無事だったんだからそれで許せ、と?」 意見する前に叩きこまれる言葉の刄が、カガリの心を怯ませる。 「これを見せられ、怒らぬものなど、この地上にいるはずもありませぬ」 「幸いにして、オーブの被害は少ないが。だからこそなお、我らはより慎重であらねばなりません」 「我らは誰と痛みを分かち合わねばならぬ者か……代表もどうかそれをくれぐれもお忘れなきように」 カガリ以外の全てが別の流れを持って動いていた。 ぐるぐると渦巻くその流れに、カガリはそれを止められるものとは到底思えなかった。 世界の流れ。大きな時代の激変に、一人放り込まれ、一体何ができるだろう。 途方も無い無力感に、カガリはただ醜態を見せないようにすることが精一杯だった。 ***** オーブに着いて半日がたった。 カガリさんの厚意による『ミネルバ』への支援は夕刻あたりからということになり、暫らく滞在しそうな状態だ。 怒濤のように動き回っていたせいか、ようやくありつけた休息にみんな浮き足たっている。 特に若い、軍人成り立てのヴィーノたちは上陸許可がおりるだろうかと騒いでいた。 その輪の中に入れないのは、レイと俺とシンくらいだった。 レイはそういうのに飛び付かない性格なのはわかっている。 シンも、オーブ出身だけど、家族をなくしてから初めて帰ってきた故郷に素直に喜べないようだ。 俺もこんな形でオーブにくるなんて思わなくて内心複雑だ。 『ミネルバ』から去る前に、家族には会わないとカガリと護衛には念を押して言ったが、落ち着かなかった。 誰かに俺に会ったことを言うなとは言っていない。 あの二人の性格から考えて、おせっかいをするだろうことはわかっていただろうに。 言わなかった事を後悔した。 オーブは島国だ。接岸したここは俺の家のある地区ではないし、早々来ることもないと思っている。 思っているが、もやもやと不安とは言えない感覚が胸の内を回る。 そういう気分になると、俺は何かしら没頭できるものに走る癖がある事に気付いた。 ―――今も『アルケミス』の調整し続けてるしな。 初の重力下での運転で、色々と修正箇所があり、やらなきゃいけないのは間違いないんだけど。 忘れようとするするのに機械いじりとか、ホントどうしようもないよなあ。 コクピットで溜息を吐いて、もうひと踏ん張り、とキーボードに手を当てた所で、ヨウランが顔を出してきた。 メカニックもできる範囲で『ミネルバ』とモビルスーツの修理を進めている。チェックボードを持ったヨウランは、少し気が乗らなそうな表情で「よ」と手を上げた。 「調整終わったか?」 「ああ、もう少し」 「お前も勤勉っていうか、マメだよなあ」 「データは取れるときにとっておかないと」 「って言ってもさあ。これから戦う訳じゃないんだし」 手を止めないまま答えると、そんな真面目にしていなくてもいいだろうと首を振られる。 そのままいくつか確認と意見交換をしてから、ふとヨウランは話題探しのように話を振ってきた。 「なあ、オーブ観光とか、できると思うか?」 「・・・・・さあ、どうかな」 「なんだよ。楽しみじゃねーの?」 そう聞かれて、そんなことはないとすぐに言えなかった。 逃げていた話題がまた頭を占拠してぐるぐると回る。 今考えた所でどうしようもないと分かっているのに。なんでこう俺の頭は馬鹿なんだろうか。 別の事を考えるように努めて画面を睨みつけ続けていると、ヨウランが声を上げて俺を読んだ。 「!聞いてるか?」 「え、ああ。聞いてなかった」 「なんだよ。―――の興味は『アルケミス』とシンだもんな」 不機嫌に鼻先で拗ねられる。 「いや、そういう訳じゃ・・・」 「事実だろ。 いーよ。観光行くときは誘ってやらないから」 言って、ヨウランはさっさと離れていってしまった。 別に観光が嫌な訳ではない。 知っている土地で、目的を果たすまで帰らないと思っていた故郷にいることに戸惑っているだけで。 こんな未曾有の時に、こんな形で帰ってきたくはなかった。 「観光・・・・」 よくある観光地に行くという気にはなれなかったけど、一つだけ、行きたい場所が浮かんだ。 翌日、艦長から上陸許可が出た。 みんなが意気揚々と降りていくのに対して、出渋ったのはやはり俺とシンだった。 レイはそもそも興味はないと、今日は訓練にいそしむらしい。 クルー全員が出る訳ではないが、いざ出れることに対してどうするかと悩む俺は、自室の椅子に座ってうだうだしていた。 同じくなのかどうなのか、シンもベッドに転がりぼんやりとふけっている。 「シンはでかけないのか?」 「こそ。顔見せたい人とかいるんだろ」 お互いに、出るタイミングを完全に失ってしまった者同士。出方を伺うように言葉を交わしてしまう。 「行きたいなら行ってくればいいだろう」 「・・・・」 そんな俺たちを、レイの淡々とした合いの手が入り、俺たちは沈黙した。 まあ、そうだよな。 こんな所でうだうだ過ごしているよりも、したい事をすればいい。 「うん、ちょっと出てくる」 レイに後押しされてようやく決心がついた。 立ち上がって久しぶりの私服に着替える。 そうして出ていく俺を、シンとレイがそれぞれ見つめていた。 「お前は行かなくていいのか?」 そうレイに言われて、シンが起き出したのはすぐだった。 街へ出て、俺はすぐに花屋を探し、ささやかな花束を持って目的地へ向かった。 行きたい場所――オノゴロの軍施設跡にできた、記念公園に行くために。 もともと、落ち着いたら行こうと思っていた場所だった。 オーブが大西洋連邦に攻撃を仕掛けられたあの日。ここで多くの人が死んだ。 沢山の為政者が死んでいった。 多くの軍人が死んでいった。 その後の戦火も、急激に拡大していった、変革の分岐点のような場所。 あの日の朝、俺もここにいたはずなのに。 ここで、ここを守ろうとしていた人達と一緒にいたはずなのに。 一緒に行動して、一緒に話していたはずなのに。 守られるために、その場から離された。 それが当然だから、もうそれは仕方がない。 今さら言った所で何かが変わる訳ではない。 死んだ人が生き返る訳じゃない。 ウズミ様が戻ってくることも、シンの家族が帰ってくることもない。 「でも、死んで何かをなそうとしないでほしかった」 自分たちが生きるために、何かをして欲しかった。 花束を慰霊碑の前に添えて、誰にともなく呟いた。 綺麗に整備されていただろう庭園の花や木は、津波によって潮を被り、萎れて、倒れていた。 ただの自然災害であれば、その光景にこんなにも胸を痛めていなかったかもしれない。 散ってしまった花を見て、また綺麗にしていこうと頑張る気持ちが浮かんだはずだ。 それが人間の逞しさだから。 だけど、これは人が起こしたものだ。 人の手によって壊され、また綺麗に治して、それを壊されて。 どうして壊され方が違うだけでこんなに印象が変わってしまうんだろうか。 どうしてせっかく手に入れた平穏を、受け入れない人がいるんだろうか。 そのひと時がたとえ誰かの血の上にあるものだとしても、どうしてそれを喜んではいけないんだろうか。 喜ぶことが罪なら、一体何をどうすればいいことに変わるんだろうか。 まやかしだと豪語して、否定して、非難する。 それが正しいのか? 聞いてみたところで、ここには誰もいやしない。返事が帰ってくる事はない。 自分で決めるしかない。何ができるだろう一番納得できるかを。 手を添えて黙祷してから、踵をかえした。 他に用もないし、ミネルバに戻ろうと考える。 パサパサッと鳥の羽音の様な音がして、振り仰ぐ。 空を飛ぶ緑の鳥の姿に動揺した。 「トリィ」 うそ、だろ? なんでこんなとこで。 慌てて周囲を見回し、人がくる方向を探る。 庭園の舗装された道から人の気配を感じて、俺はすぐさま海岸線へ続く坂を、怪しまれない程度の速さでかけおりた。 向こうからは確認できない場所まで走り、息を吐く。 そうして、慰霊碑の前に立つ人影に胸が痛んだ。 キラとラクスさん。2人が寄り添って立っている。 その光景が似合いすぎていて、現実味がなかった。 なのに緩くじわじわと絞められていくように、胸は苦しくなっていく。 (帰ろう) 早くミネルバに。 そう思っても、足は動こうとしない。 のろのろと女々しく残ろうとする。 結局俺は、日が暮れるまでその場に居続けた。 |