は、嘘つきだ。 嘘つきで、隠し事が多いくせに。 嘘が下手で、正直だ。 不器用だから、優しいバカだから。 人のことばかりを考える、自己中心的な奴だから。 だから俺は、目が放せなくなった。 自分の事で一杯一杯だったくせに。今では俺は、のことを気にして、心配している。 父さん母さん、マユが死んで、――――殺されて。 俺は誰にも心を開けなくなった。 慰めや同情はいらなかった。 誰にも触れてほしくなかった。 誰にも分かる訳がないって思っていたから。 腫れ物に触るみたいに見られるのは嫌だ。 どんな反応も、自分へ降り掛かるものが癪に触った。 だけど、は、あいつはただ、あるがままを見てるだけだった。 俺に対する同情や慰め、腫れ物に触るみたいなことは、なかったと思う。 ただそこにいてくれた。 それだけなのに、嬉しかった。 同じだと言われて、嬉しかった。 俺は、同じと言うそいつに安らぎを見つけた。 いらないと突き放していたのに。本当は何よりも求めていた。 俺は寄りかかれる誰かが欲しかった。 失ったものばかりだった自分が、傷の中で見つけた依るべきもの。手に入れた新しいもの。 こいつに寄りかかっていいんだと、素直に嬉しかった。 怒りで目が眩んでいたのが、すっと取れた気分だった。 その時になってようやく、ずっとずっと目について鬱陶しかったそいつを、真っ正面から見れた気がした。 悲しい笑顔をいつも浮かべていたのは、知っていた。 知っていたけど、拒絶していた頃の俺は、なんの感慨も浮かばなかった。 誰もいらないと思っていたから。 だけど心を開けば、それは目につくようになる。 も俺と同じように傷ついていること。 俺なんかよりもよほど複雑な悩みを抱えていること。 隠しているようで隠せていない、こいつの悲鳴を、俺はどうしても見逃せなかった。 俺は何もかもを恨んで、拒絶した。 それが一番楽だったから。 なのに、こいつは全部を飲み込んで、受け止めようとしている。 一番苦しい方法を選んでる。 なんでそんなことを選んだんだろうか。俺にはわからなかった。 だけど、それを聞くこともできなかった。 焦れて聞いても、逸らされるだけだった。 それは、俺に話してもどうにもならないと突き放されたってことだ。 は、俺たちのことを見ていない。 俺たちに心を開いたことなんて、一度もない。 愛想笑いだけを浮かべて、無難に付き合っているだけだ。 ルナも、レイも、メイリンも、誰も気付いてない。 きっと俺だけが気付いた。 一番近くに、長くいたから気付いた。 ずっと、あいつの心は別のところを見てるってことに。 それがどこなのかは、あの人たちが来てすぐにわかった。 カガリ・ユラ・アスハ。 アスラン・ザラ。 2人が事故に巻き込まれてミネルバにいると知ったの動揺は、見たことがなかった。 セラの真実に関わる二人を、セラが極力避けようとしていたのに、俺は気付かなかった。 あの二人に、アスハに会うと知って腹が立った俺は、への文句と連れ戻しに行こうとしていたのを、ふらふらして帰ってきたと鉢合わせて、感情のまま怒鳴った。 だけどその前から、はボロボロだった。 泣きそうなに気付いた時は、本当に動揺した。 泣きそうなそいつを見て、ますますアスハが嫌いになった。 アスハのせいで、は見たくないものを見たんだと思った。 怒りのベクトルは、アスハに簡単に向いた。 なんにも知らないくせに。 のことも、他の大事なことも、何もわかってないくせに。 綺麗事を並べるアスハなんかって。 なのに。はあいつを悪く言わない。 忠告なんかして、フォローして。 なんでだよ。 そいつらはお前のなんなんだよ。 そいつらと、一体何をしたんだよ。 なんで教えてくれないんだよ。 オーブの時だって、は何も言わないでどこかに行った。 確かに行き先なんか、俺にも誰にも言う必要なんかないけど、そのことに腹が立った。 同じ故郷なのに。とだったら一緒にいてもよかったのに。 一緒に回りたかったのに。 俺は置いていきぼりにされる。家族にも、にも。 そう思ったら、俺はを探して、街に出て、花屋から出てきた後ろ姿を見つけた時は、ただひたすら追い掛けた。 だけど、追いかけたその先が、俺にとっての心の傷になっている場所だとは、思いもしなかった。 オノゴロ基地跡にできた記念公園に、が乗っていたオートカーが止めてあったのを確認して。俺は、その奥へ行くかどうかをためらった。 この場所は、嫌なことばかりが多すぎる。 じくじくと癒えない傷跡が広がりだして、それでも、ここに眠っているだろうマユたちを思うと、手を合わせていきたいと、奥に進む勇気が湧いた。 結局、その場にはいなかった。 が持っていた花束は慰霊碑に飾られて、の変わりのように、俺より少し年上くらいの人が立っていた。 物憂げに立っているその人も、ここに何か思い入れがあるんだろう。と同じ瞳の色の髪を風になびかせてたたずむその人に、親近感がわいて、俺はその人に話しかけていた。 は、何を思ってここにいたんだろう。 何を思って、花を添えたんだろう。 あの時、ここで死んだ人たちを、悼んだのかもしれない。あいつは本当に優しい奴だから。 だけど、この状況はまるで正反対だ。 「誤魔化せない、ってことかも」 慰霊碑の周りにある花壇は、どれも潮を浴びて萎びている。 悪意で落とされたコロニーの欠片で起こった津波に潰された、慰霊の広場。 それが、なぜかとかぶった。 「いくら綺麗に花が咲いても、人はまた吹き飛ばす」 どんなに綺麗に取り繕っても、結局は花を枯らせて。平穏を求める人たちを踏みにじる。 俺は、そんな人間の中に入りたくない。 本気でそう思った。 は嘘つきだ。 本当は誰よりも戦いたくないくせに、それを押し殺して、自分にすら嘘を吐いて戦場にいることを選んだ。 俺にはそれが、泣いてるみたいに見えてきた。 綺麗事ばかり言うを、だけど俺は、笑おうとは思わない。 苦しんでいるあいつを知っているから。俺は、の力になりたい。 でも、はそれを望まない。 きっと俺を遠ざけようとするんだろう。 だったら、俺は何が何でも入り込んでやることを決めた。 が誰もを助けたいと言うのなら。 俺はの助けになる。どんなことになっても守る。 あいつが信じようとするなら。 俺は認められなくても、あいつを理解してやろうと思う。 なあ、だから。 だから俺を見てほしい。 こんなに近くにいる俺を、見てくれよ。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 大西洋連合との酷い戦いが終わったと同時に、全身を駆け巡っていた怒りと、いつもの自分では考えられないような冴えは、ふっと蝋燭の火のように消えてしまった。 生き延びたことを、敵を撃退したことを、俺は誇らしく感じていた。 確かな感触と高揚に、俺は浮かれていた。 メイリンに呼ばれて、ミネルバへ帰艦する時も。 空の上にたたずんでいる、モノクロのモビルスーツ『アルケミス』を仰ぎ見る。 機体の損傷はどこにも見えない。 は無事だ。生き残れたことを、きっと喜んでくれる。 ミネルバも、ルナも、レイも。 誰も死ななかったんだから。 笑って喜んでくれるだろう? だって今度は、みんな救えたんだ。 だからお前はきっと、喜んでくれる。 早くみんなの、の顔が見たかった。 |