こいつに関して、俺はどうにも沸点が低い。



「今すぐそんなもの捨ててオーブに帰れ。馬鹿が」


昔っから、こいつの行動に腹が立つことがあった。
理屈なんか関係なく本能で感じていたそれがどういう理由なのか。言葉で説明できるようになると、不愉快はさらに増した。

今回の苛立ちもそれが理由だ。
あいつは本当に何一つ分かっていない。
自分の立場も、最悪の選択ミスをしたことも。


顔を合わせた早々に見下した目で言い放った俺に、目の前の阿呆は目を丸めて硬直し、格納庫全体も、誰もかれもが凍りついた。
空気をぶち壊した俺はそのまま馬鹿を睥睨する。それに待ったをかけたのは、一番近くにいたヴィーノだった。

「あ、あー・・・? 仮にもフェイスにその口の聞き方は、どうかと思うんだけど」
「ははは。何言ってるんだよヴィーノ。ちゃんとわかってるから。大丈夫」
「いや、いやいや。全然大丈夫に見えないから。お前どうしちゃったんだよ」
「ははは。大丈夫だって。俺は冷静だよ。フェイスじゃなかったら、海に沈めるか、的の練習にして蜂の巣か、全裸に剥いて鮫のエサにしようとしてるからね」
「なにその3択コワイ。何より笑顔がコワイ。発想がコワイ」
「あ、そうだ。それよりさ、パルス駆動系のチューニングなんだけど・・・・・」
「綺麗にスルーしてるしー!!後ろの人ガン無視って!!人としてどうなのっ!?」

オーマイガーッ!と言わんばかりに頭を抱える優しいヴィーノの腕を取って『アルケミス』の所に引きずっていく。
まだ固まっている奴は無視だ無視。

ヴィーノに言ったとおり、腹を立てているが頭は冷静だ。毎度俺はこういう風に怒ると頭が冷え切る。
対馬鹿に関しては罵倒がいくらでも出る。まあ時々理不尽なことまで言うほど暴走する時もあるが。

「大丈夫ですかぁ?」
「あ、ああ・・・・・・」

ルナが馬鹿に声をかけて、馬鹿はようやく硬直から溶けたらしい。
「待ってくれ、」と呼び止められて、一応足だけは止めた。

「話がしたいんだ」

ヴィーノの腕を離してしばらく葛藤した後、諦めてため息を吐いた。
こいつと極力一緒の空間にいたくないが、今はそれが必要なのは分かっている。

なぜこいつがミネルバに来たのか。
誰がこいつを焚きつけたのか、聞いておかないといけない。

ついてこいと手で合図して、2人になれる場所を考える。
歩きだす俺たちに、ルナたちもついてこようとしていて、俺はルナに振り返って手で制した。

「悪いけど、2人にしてくれ」

ルナの目は好奇心で満ちていた。

「残念だけど、今のにその人は危なくて、二人きりなんてさせられないわね」

一筋縄じゃ行かないなと思えば、案の定そんなことを言ってきた。
まあ俺の今までの態度からすればそう思われるのだろうが。これは個人的な問題だ。軍に関わる話をする訳じゃない。

「プライベートに突っ込こまれたくないんだよ」

ルナへはっきりそう言って、馬鹿へ首でしゃくって来るように促した。アスランは「すまない。はずしてくれ」と念を押している。
誰も着いてこないのを気配で確認して、格納庫を後にした。

「・・・・なによ。それ」

ルナの不機嫌な呟きは、こっちにまで届かなかった。





なるべく人気のない、誰も来ないような部屋を選んだ結果、前にカガリ達が案内された部屋にした。
一般棟だから、よほどのことがない限りクルーは訪れない。
念のため通信機器をすべてオフにして、アスランに座る様に促した。

プライベートな話と言っても、俺たちじゃあどうしたって困った話題が出る。
聞かれたら説明を求められるのが目に見えていたから、誰も一緒に来させなかったのだ。
厄介な知り合いを持ってしまったと思うが、仕方ない。

「さて、こちらも色々言いたいこともありますが、何のご用でしょうか?」

アスランが座ったのを確認してから、俺は立ったままデスクにもたれてアスランを促した。
慇懃無礼な敬語なのは、壁を作る為には必要だ。でないと俺は口から暴言ばかり出る自信があった。
俺の口調にアスランはやや不満げに顔を歪めたが、咎めてはこなかった。話を優先させるためだろう。
アスランは少しだけ間をおいて、俺へと問いかけた。

、もう一度聞きたい。どうしてザフトに入った?」

前にカガリに聞かれた質問に、また少し胸が痛くなる。あの時はお互いに喧嘩腰だったせいで、うやむやのまま終わらせられた。
正直その質問は俺には触れられたくはないが、こいつがザフトに戻ったとなれば追及は付いて回る。仕方なく、俺はその質問に答えた。

「―――――あいつの経験したことを知りたい。それだけですよ」

答えをあっさり言えば、アスランの表情がみるみる変わった。

「お前、そんなことでっ」

案の定アスランは俺を責めた。それも予想できたから、すぐに切り返した。

「以前は、です。今は違う。やりたい事ができた。だから残っています」

キラがどうこう、なんて、もう言っていられない状態になった。
偽善も逃避も、現実は簡単に握りつぶす。

戦火が起こり、世界は今も一触即発状態だ。
話し合うことも放棄してしまったこの状態は、もう戦うことを回避できる状況にない。


そして、カガリを拉致したアークエンジェルだ。
あの艦が出てきたということは、キラは再び戦う術を持ってしまったということ。

またあいつが戦ってしまうかもしれない。

せめて、あいつが戦わないようにすむようにしたい。



たくさんの誰かが泣くことがないように、早く終わらせてしまいたい。この戦争を。


―――それから、その先についても。


「やりたい事?」
「答える気はありません」

アスランの疑問も一蹴して、話を終わらせた。
俺のことに関して、こいつを関わらせる気は微塵もない。

「こっちも同じ質問をしましょう。なぜザフトに復隊したのですか?」

問い返して、アスランは躊躇う様に目を反らした。

「俺は、俺ができることをしようとして・・・――」


アスランの話を要約すれば、なるほどこいつらしいカラ回りだと呆れを通り越して感心した。


世界全体がまた亀裂を抱え、悪い方向へ転がっていくことを懸念して、アスランは情勢を知る為にプラントに行くことに決めたのだという。
デュランダル議長と話をして、プラントに戦火を起こす気はないということを聞き、安堵した。だが地球側はそんな融和をする気はさらさらないらしい。
この状況を何とかするため、力を貸してほしいと言われ、こいつはまたザフトに入ったのだそうだ。


それが最善の打開策だとこいつは思ったらしいが、すべてを聞き終えて、俺は鼻で笑ってしまった。

「それでこの体たらくかよ」

アスランがはっきりムッとした顔を作る。自分の行動を否定されれば怒るのは仕方ない。
だがこいつは結局また、根本的なことを忘れている。

「あんた、なんでカガリの護衛をしていたんだ?」

俺の問いかけに、思ったとおり優柔不断はあからさまに揺らいだ。

「傍で支えたいからじゃなかったのか?守りたいからじゃないのか?アンタがここにいて、カガリが守れるのか?」

言えば言うほど動揺する。それでも何か持ち直したらしい、俯いてはいるが反論した。

「・・・今はキラたちがいる」

どうやらこいつの耳にもアークエンジェルのことは耳に入っていたらしい。
でもそんなこと、お前を責めない要因にはならない。

「つまりお前はカガリさんのことを放棄したって事だろう」
「違う!!」

付きつけてやれば、激昂して否定された。

「何が違うのか、こっちが聞きたいな」

情勢が不安定なオーブに、味方の少ないカガリを一人残して敵情視察をしに行く側近なんて、聞いたこともない。
カガリがアスランをプラントに寄越したということなら、また話も違うだろうが、話を聞くだけならこいつの単独行動だ。
カガリを置いていったのは間違いない。
オーブを発つ時、心細そうにしていたカガリを思い出して、こいつのせいだったのかと納得した。

「俺は・・・」

それでもアスランは自分の正当性を考えて反論しようとしている。
情報を多く集めることは確かに必要だろう。
だが、自分の周りもまとまっていないのに情報だけあっても溺れるだけだ。
それにこいつは情報を持っていても、それを解決するための答えを考えるのが苦手な人間だ。

「プラントに帰ってきて、ザフトに復隊して、それで何をする気だったんだ? 戦争を回避したい? プラントを抑え込みたかった? それとも今度こそナチュラルを滅ぼしたいと思ったのか?」
「な!?」

最後の言葉に、アスランは耳を疑ったと動揺した。こいつを焚きつけるためのたとえ話だったが、俺の中に確信めいたものが閃いた。

「―――我等コーディネーターにとって、パトリック・ザラのとった道こそが、唯一正しきもの」

「――っ!!」

とうとうアスランは言葉を失った。
やっぱり、そうか。

「ユニウスセブンを落とした奴らが言った言葉だ。その様子だと、あんたも聞いてたみたいだな」

この馬鹿な行動の起因は、この言葉を聞いたせいだ。だからこそこいつは何かしなければならないと、動かずにいられなかったんだろう。
自分の家族の起こしたことに対する自責を感じて。

「否定して欲しかったよ。どちらかを選ばなきゃ生き残れない世界を望む人を。あんた達はそのために闘ったんじゃなかったのか?」

あの時、俺以外に何かを叫ぶ言葉は聞かなかった。丁度よく通信が途切れたせいなのもあると思っていたが、俺のセリフに、こいつはいたたまれないとでも言う様に目をそむけている。反論しなかったのだとすぐにわかった。
反論できなかったってことは、つまり、こいつの中で答えが揺らいだってことだ。
だけど、それでも自分がしてきたことをなかったことにしたくなくて、動いたってところか。

「戦い続けて、傷つけあうことをもうやめたくて。だけどあの時、それを踏み躙られた今の状況を何とかしたいって思った。違うか?」

アスランの沈黙は、肯定しているようなものだった。
こいつがそう思ってこういう行動に出るのは、仕方がないことだろう。
そのせいでカガリを1人にしたとしても、俺にはこいつを責めきれない。似たようなことをした俺には。

ただ、許せないのは、軍属についたってことだ。
それはつまり、オーブに戻れなくなることを意味しているんだと、考えなくてもわかることなのに。

「議長の意向を聞いて、それでオーブに帰っていればよかったのに。あんたはよりによってこっちに戻ってきた」
「それは!デュランダル議長が俺たちと同じだと思ったから!力を貸してほしいと言われて――」
「なるほど。だからホイホイあんなものに乗って来たわけか。戦うのは得意だから」

こいつの反論は、俺にはただのいい訳にしか聞こえなかった。

自分で答えが出せないから、明確なものを提示してくれるものに対して簡単に信用し、耳触りのいい優しい言葉に釣られて、結果相手の思う通りにしてしまう。たとえそれが、自分が今まで出していた答えと違うものになったとしても。
自分が得意なことをしてほしいと言われて、自分はさも答えを出した気になって、相手の思うままに動く。
そしてすべてが終わり、まんまと引っ掛かってから、こいつは騙されたことに気付くのだ。
それはこいつの最悪な習性で、俺が一番嫌いなところだ。

「自分のできること。それが威光をかさに着たこの状態だと思った、と? ザラの名前を持つものとして何かしなきゃならないって思ったのか?」
「違う!俺は、父さんとは・・・っ」
「―――いっそアレックスとして生きたほうが、お前のためだったかもな」

キラ達と一緒にオーブへ来た時、こいつはプラントではできないことをオーブで果たす為に来たのではないかと、周りは思っただろう。
実際カガリと一緒に世界の情勢に対して真摯に対応していたのだろうことは、見ていて感じていた。

でもたぶん、それだけじゃない。

もしもこいつが本気でカガリと一緒に世界の情勢を変えたいのなら、疎まれた自分の出自をオーブ内で全面的に推すべきだった。
息子という立場で世界に融和を謳えばよかった。
ひそひそと生きるのではなく、堂々と共生を求める姿勢でいればよかったんだ。
責任を感じているのなら、隠れるべきではなかった。
だけど、こいつはそうしなかった。

「そもそも偽名を使っていたのも、後ろめたかったからなんじゃないのか」

自分が否定した父親と、その結末から逃げた。
または追い出された。
例え名目上は英雄ともてはやされても、結局はザフトを裏切った罪人だ。権力者の子供という立場も、扱いに困る要因だ。
だからプラントはこいつを見逃した。オーブに厄介払いできるならということだろうか。

政治的な判断をすることが不得意な、知名度だけは高い人間。
さぞかし扱いやすかっただろう。

そしてこいつはこいつで、父親に反抗した結果が辛すぎて、無意識に逃げた。
同じ志しでいた仲間と一緒にいることで、自分自身を保っていた。
そうしてまた、これで正しいんだと、人からコピーしたもろい鎧を纏った。

だけど、そのまま臆病に逃げていればよかったのに、こいつは中途半端に戻ってきた。
責任があると感じて、なんの考えもなしにのこのこと。


こいつの思考は、答えがあるかないか、だ。
明確な答えがないと、すぐに揺れる。
人の意見に翻弄される。
それがこいつをこんなところにこさせた。

たぶん、あの人によって。


顔色が悪い馬鹿を虐めるのはやめにして、俺は本題に移った。

「なあ。どうやって説得された?議長との会話、なるべく詳細に、出された話題を全部だせ」

体のいい駒を手に入れて、あの人は何をするつもりなのか。
本当にこの状態を打開して、地球側との融和関係を築きあげたいのか。
それが知りたい。

、お前議長を疑って」
「軍人が上に楯突く訳ないだろ」

馬鹿の杞憂を一蹴して、さっさと言う様に催促した。
アスランはまだ不審げにしていたが、ポツリポツリと事の詳細を話出した。









「―――歌姫に、ミネルバの象徴化か」

アスランの話を全部聞いて、俺は1人で考えに没頭した。

話を全部聞き終えて、アスランとは既に別れた。聞くことは聞いた以上、同じ空間にいる気はない。

分からないなりに俺が何かしでかす雰囲気を感じ取って、アスランは俺に「何かあったら絶対に俺に言え」と言ってきた。
おなざりに頷いて、実は一番あいつを駒扱いしてるのは俺だなと自嘲した。
まったくもって、人のことを言えない。

あいつのことはどうでもいい、頃合いを見てカガリたちと合流してくれれば万万歳だ。
それよりも今は、この不穏な空気をどうするか、だ。

一触即発のプラントと地球を止めるための方法。
その一手を担う、デュランダル議長の行動。
ミネルバを一年前のアークエンジェルのように、中立的な立場の象徴にすることは、何となく理解できた。
ザフトの戦艦が隔たりなく接するというパフォーマンスは、大なり小なり人の心に響くものを与えるだろう。

だけど、なぜラクス・クラインの偽物を作り上げなければいけないのか。

プラントを騒がせた、一度は反逆者の汚名を着せられた人。市民の好感度は未だに高いが、ラクスは醜聞を避けるためにオーブに渡来した。
あの人の考え全てが分かるわけではないけど、人が争うことを厭う人なのは、過去の経歴からもわかる。

そんな人なら、純粋に融和のために力を貸してほしいと言えば、力にならない訳がない。
それに、議長ならどんな方法でもラクスを見つけることができるはずだ。あの人は隠れてはいないんだから。


本人に手を借りず、偽物を作り出すなんて、不都合があるからじゃないのか。


(毎度毎度、あの人は俺に信用させる気があるのかないのかわからないな)

何にしろ、議長が何かを企んでいるのは間違いない。この情勢をどう転ばすかは別として。


本当に、議長と話をしないことには行動できなくなってきた。
それまでは従うしかないだろう。この先はどうなろうとも、今の利害は一致している。


当面の問題は、あの馬鹿と同じ空間にい続けられるかか。


ろくでもない冗談を頭の中で考えて気を紛らわせる。
自体がこれ以上ややこしいことにならないように、願うしかなかった。











フルボッコ
2012.3.28