「すっっげー・・・!!・・」 巨大な戦艦を見上げる少年一人が、お気に入りのヒーローにでも会えた子供ような輝いた目で握りこぶしを作っていた。(いや、俺のことだけど) 頭の中身は・・・・・まあ伝えない方が良いんじゃないだろうか。 ちょっと脳内大変なことになってるので。聞かせない方がいい。うん。 それっくらい今俺は浮かれまくってて、花飛ばしてた。 いつだったか見た、少女漫画の主人公並にキラキラしてたんだろう。 いや。自分の姿なんて見えないけどな。 (やべー触りてー分解してー) あああ。ほんと。いいよなあ! 戦闘機が好きだって訳じゃないけど、最新の技術がてんこ盛りに施されているのがマジでたまらん。 俺将来は技術士になるよ。それ以外ありえない。 この外装、何ていうんだろ?普通の塗装と違うよな。所々ボロボロだ。 でも細かい傷が目立たないよな〜最近は重火器ばっかなのかな? ぶつぶつと銃座、ハッチ、外からだとよく分からない内部のことも頭で考えながら戦艦を眺め歩く。 夢中になり過ぎていて、自分が周りからどう見えてるかなんて考えもしなかった。 「おい!そこで何をしている!」 背後からの声に、俺は反射的に振り返った。 げ!軍人! っとー…待て待て。落ち着け。俺に罪はない。ないはず。 内心ビビるのをなんとか抑えて俺は軍人と対峙する。 「ん?例のクルーか?なぜここにいる?」 クルー?なんのことだ。 軍人の言葉に首を傾げてしまった。 すると軍人は眉をひそめてくる。 ヤバイ。怪しいと思われたのか? でもこのパスがあるから大丈夫だよな。 心持ち緊張してくる。 軍人の方も、考え込んで俺をじっと見ているし。 ・・・・・・どうすればいいんだろう。 そんなまんじりともしない俺たちを動かしたのは、一人の若い声。 「キラ!」 俺はその言葉に反応した。 なんでその名前が今ここで出てくるんだよ!! っていうか、いるのか!!? 反射的に首を巡らせると、少し離れたところに正装をしている人間が一人いた。 中世の軍人みたいな、軍の司令官に似た格好。 遠目でもかなり若いよなと思っていたその人が、だんだん近付いてくるにつれ、女だと気がついてさらに驚く。 ・・・・・・・・・・・・どういう軍事形態なんだよオーブって。 俺よりは年は上だろうが、かなり近いだろう年齢にちょっとこの国の行き先に不安を覚えた。 「こんなところでどうしたんだ。キラ」 「へ?」 そんな俺に、また彼女の言葉が耳に入る。 しかも、彼女は俺に向かって言ったのだ。 『お前がキラだ』と。 目が点になるのはしょうがないと思う。 だって、確かに俺と兄貴は血が繋がっているから顔の構造は似てる。でも、兄貴は濃茶の髪に紫の瞳。俺は濃い青紫の髪に茶色の瞳と真逆なのだ。 どちらか一人でも知っているならこの違いは明らかで、絶対に間違えない。 彼女はキラを知っているのか? 一体何がどうなっているんだ? それともこっちの軍人が『キラ』って名前なのかと思ったが、彼女は真っ直ぐこっちを見て言ったのだから疑いようもない。 「さっき忘れ物があるから取りに行って来ると言ったきり、帰って来ないからどうしたかと思えば。また感傷にでも浸ってたのか?」 どうすれば分からない俺を残して、彼女はすらすらと話しを進めていく。 「すまなかったな。こいつは私がきっちり見ておくから。行っていいぞ」 「は。ではこれで失礼致します。カガリ様」 素直に立ち去っていく軍人。 彼女に向かって敬礼するのを見て、ああ、この人本当に地位が高いんだなと混乱する頭で納得。 ボケッと軍人が去っていくのを見送ってから、俺と彼女は同時に顔を見合わせた。 この場合、どうすればいいんだろうか。お礼?疑問?否定?自己紹介? 「えと・・・・」 「カガリだ。カガリ・ユラ・アスハ。呼び捨てでいいぞ」 立ち尽くしている俺へ、彼女から自己紹介してきた。 そのラストネームに驚いて納得。なるほど。アスハの姫君って訳か。ならここにいてもおかしくない。 なんで服が男物なのかは・・・・・・気になるけど。 違和感なく着こなしてるせいで、姫って言うより王子だ。ボンボンだ。 「えと、俺は・・・」 「ああ。言わなくていい」 にっと。やはり男臭く笑うカガリ。 「・ヤマト。だろう?」 ・・・・・・・・・・・・・・・・何で俺の名前知ってるんだ。 一瞬このパスに名前乗ってたかと確認してしまった。勿論どこにも書いてない。 「キラから聞いてたんだ。お前の名前。写真もな」 「・・・・・・・うっわ・・・」 そこまで聞いて、俺はどっと嫌な気分になった。 何を言った。兄貴。いらんこと言ってないだろうな。 いや。気持ち悪いことを言ってないだろうか。 色々不安になるな。なんせあいつは――認めるのが本当に本当に嫌だが――ブラコンだ。 発言によってはキラを絞める必要がある。 「これからお前の兄貴のところに行くが・・・一緒に来るか?」 「あ、はい」 すっかり諦めていた当初の目的が可能になったと言われて、しっかりと頷くと、カガリは頷いて歩き出した。 後ろの戦艦が後ろ髪を引くが、俺は素直にカガリの後を追った。 「家族が来ることは父上から聞いていたんだ。まさかあんなところで会えるとは思ってなかったけどな」 そう言うカガリについて行って建物を出て、待ち構えていたのはジープだった。 車上には浅黒い肌の軍人が乗っていて、カガリはその人に向かって手を振る。 「悪いな。待たせたか?」 「多少な。…そっちは?」 「あいつの身内だよ。拾ってきた」 「犬猫じゃないだろう」 カガリに正当なツッコミを入れて、軍人は俺を見てきた。目が合って、俺はお辞儀する。 「・ヤマトです」 「キサカだ。こいつも一緒に行くのか?」 キサカさんの声には、俺が行くことを反対するような声音だった。 どこに行くのかは分からないが、まあ妥当な判断だろうな。ここ、軍事施設だし。 「ああ。別に構わないだろう。折角あいつに会いに来たんだから、会わせない方がどうかと思うぞ」 しかし、カガリはけろりとそれを流して頷いた。 あ。キサカさんため息ついた。この人も苦労してんだろうなぁ… 諦めた人のため息を見て、似たような経験をよくしている身としてはつい同情してしまう。 カガリに促されるまま乗り込んで、ジープは目的地へと走り出す。 「あの。守秘義務がある場所なら、俺、外で待ってますよ?」 「ああ。いいいい。見られて困るものでもないし」 「・・・・・カガリ」 これからの行き先を想像して逃げ道を作ったのだが、カガリは平気平気と手を振った。 だからそれが怖いんだって。キサカさんもすんげえジト目で見てるしさ。 見たその場で銃殺刑とか・・・・本気で嫌なんだけど。とか考えてしまう。 「それに、お前はそういうことをするような奴じゃないだろう?」 「・・・・・・・・・人を信用しすぎると痛い目見ますよ」 この発言にはさすがに言わずにはいられなかった。 兄貴に何を聞かされたか知らないけど、その発言はお人よしを通り越してただの馬鹿だ。 憮然と言う俺に、カガリは「はははっ」と笑う。 「そういうセリフが出る奴は大抵いい奴だよ」 自信満々に言うカガリ。 なんだよそれ。この人馬鹿がつくほどお人よしだな。 「・・・・・えっと。兄貴とはどういう経緯で知り合ったんですか?」 なんとなく話題を変えたくなって、俺は質問した。 「ヘリオポリスでな、避難している最中にあいつと会ったんだ。 その時はすぐ別れて、あいつが無事だったかどうか不安だったんだが・・・・」 「すぐ別れて・・・・って?」 カガリはすぐに話し始めたが、次第に声が小さくなっていく。 一体何があったのか気になって、俺が先を促すと、カガリはちらちら俺とキサカさんと正面を見て。 「シェルターの乗員数が一人しか空いてなくてな、キラに無理やり先に乗せられたんだ。別のシェルターに行くからってな。 もう爆発がそこかしこでしてたから、私は死んだもんだと思っていたんだ」 言われた事実に、俺は開いた口が塞がらなくなった。 「別の場所で再会して、本当に驚いた。すごく気にかかっていたからな」 カガリの言葉も微妙に頭に入らない。 爆破間近?シェルターを探す?死にそうになってた? それなのにあいつ、自分より他人を優先させたのか? 俺が絡まないときのあいつは、お人好しお人好しだと思ってたけど。 開いた口の塞がらない俺に、カガリもキサカさんも苦笑している。 そしてそのまま目的地に着いてしまった。 さっき出た、埠頭沿いの建物と同じくらい巨大な、倉庫と5階建てマンションが合体したような建物の前で止まり降りる。 先を歩くカガリとキサカさんに着いて、俺も歩く。 中はさっきの施設とまったく変わらない。まあそうそう変えるものでもないし。 ただ、デザインも何もないから本気で迷うよなと思った。 「私だ。今大丈夫か?」 数階分階段を登ってたどり着いた扉の前で、カガリがインターホンを使って中を促す。 すぐに許可が下りて扉が開いて、カガリが先に入り、キサカさんが俺も入るようにと促した。 迎えてくれたのは、綺麗な女の人だ。 「珍しいわね。カガリ様が入室許可を求めるなんて」 「そんなにずけずけ入ってきていないぞ」 「あら。いつの間にか入ってくるのはどこのどなたでしたかしら?」 くすくすと笑いカガリをからかう女の人がいた室内は、電子機器が並んだ検査室だった。それも、モビルスーツ用の。 何でわかるかって、そりゃ目の前の大きな窓の向こうに、現在訓練中のモビルスーツがあって、それをスキャニングした画像が表示されてるからだ。 モビルスーツの装甲はどれも白を基盤に、所々赤かったりもしくは青かったりする。 その光景を見て、俺は機械マニアの血が疼いて興奮する以上に、血の気が引いた。 とっさに回れ右して逃げ出そうとするが、キサカさんに後ろから肩を捕まれて身動きができない。 力入れてないはずなのに・・・・ちっとも動けねえ。 「あら?そちらの子は」 「キラの弟だ。つれてきた」 「・・・・・軍事機密をなんだと思ってるのかしらね。貴女は」 「キラの存在が機密だろう?その身内なら見たところで害はないさ」 「いやそれ間違ってる。なんか間違ってますよ」 身内にも話せないから機密という物があるんだろうが。と思わずつっこむ。ああ、背中と手のひらがじっとりとしていく。 逃げられないか画策しつつも、もう逃げられないと理解し、かといってまな板の鯉にもなりきれないままうろたえている俺に、女の人はにっこりと微笑んだ。 一瞬、俺にもう人生がないんじゃないかって思った。 「もっと言ってやって頂戴な。この子ったらいつまでたっても考えなしなのよ。いっつも誰か困らせるトラブルメイカーなんだから」 「失礼だぞ!私はちゃんと考えてだなっ」 「はいはい。分かりました分かりました」 が、女の人は親しげに母親か姉のようにカガリに向かって溜息を吐くだけだった。 カガリとの掛け合いはただのじゃれあいにしか見えない。 一体どうすればいいんだ俺。 やっぱ無理にでも外で待ってた方が良かったんじゃなかろうか。なんで強引にでもしなかったんだ馬鹿。 またぐるぐる過ぎた事を後悔している俺に、今度は安心させるように女の人が笑った。 「大丈夫よ弟君。貴方が持っているパスが貴方を守ってくれるから。ここにいる事にお咎めなんで出ないわよ」 「・・・・・・は、はあ」 本当だろうか?確かにこれは代表から貰ったもんだけど。 それにしたって、モビルスーツ開発に近い現場を見るのってかなりまずいんじゃないか?常識的に考えて。 そんなに単純じゃない俺は裏まで考えてしまう。 ・・・・・あああああ、ろくな目に会わない気がするよ。 「それにな。見られてまずいのなら、俺がとっくにお前を殺している」 背後から耳元で不吉なささやきを頂いて、俺の心臓が跳ね上がった。 恐ろしい気配と声音と言葉の恐怖に声も出ない。 何とか首を回して後ろを見ると、キサカさん(いや、今は死神に見える)は、にっと底意地の悪い笑みを浮かべて俺の頭をぽんぽんと叩いた。 おおおおおおお俺・・・実はずっと死ぬかどうかの瀬戸際だったのか。 そして、俺を脅して楽しむために、今までそういう発言ばっかりしてたってことか・・・・? 肩から重みが離れてしばらくしてから、俺はゆっくりと体を弛緩した。 じ・・・・寿命が縮む・・・・・・ とりあえず、オーブ軍S疑惑が俺の中で浮上した。 「さて、それじゃキラに会いにいくか?」 この状態でそれを促すあんたは鬼意外の何者でもないぞカガリ。 |