オーブから脱出して、シンがを殴ったあの日から、どこかは吹っ切れたような顔をしだしたとシンは感じていた。
何か心境の変化があったのかと思っても、シンから一方的な喧嘩をしかけたせいで、どうにも気まずくて聞き出せない。

放っておけばいいのにと、心のどこかで思っていても。
結局シンはを気にぜずにはいられなかった。







ミネルバの次の配属先は、アスランが来たその日に通達された。
今度の任務はジブラルタルへ向かって攻略線に合流し、支援することだ。
ミネルバの修理は今日中に完了する。物資を積んで、翌朝には発つことになる。

あと少しで終わる平穏がみんな惜しいのだろうか。いつの間にかレクルームに集まって雑談をしていた。
今後のことから、グラディス艦長がフェイスになったこと。突然舞い戻ってきたアスランのこと。
それから、とアスランのことに話が変わって、興味半分に聞いていたはずが、いつの間にかシンはのめり込んで話に聞く姿勢に変わっていた。

は、アスランと話していたせいで止まっていた調整を一人でしている。アスランもどこにいるのかわからない。
当事者たちがいないせいで、話は勝手に盛り上がっていた。

「あの二人って、どういう関係なのかしら」
「さあ?なんか、昔っからの知り合いっぽいけど」

一番それに食いついているのはルナマリアだ。同じようにメイリンも、言葉には出さないが気にしている。
姉妹揃って噂話好きなのだろうかとシンは思う。それとも女の子特有のものなのか。
同じく話題に乗ったヨウランは肩をすくめるが、詮索を楽しんでいるように見えた。

「余計な詮索はやめておけ」

その場にいるほぼ全員が二人の関係に興味があるようだった。誰もが耳を傾けているその横で、ただ一人、レイだけが話終わらせようとした。

意外だ。とシンは思った。
レイはそういうのに興味がない代わりに、今まで口を出すこともしたことがなかったから、シンを含めて全員がそれぞれ驚いていた。

「なによ」

しかしルナはすぐに不機嫌に目を細めた。
レイの目がルナを向いていたせいかもしれない。自分だけが吊り上げられるいわれはないと憤慨するルナは、シンへ同意を求めてきた。

「シンだって、気になるわよね?」
「え・・・・・・・・そりゃ・・・・・気になるけど」

だが深く突っ込んでを困らせるのは気が引ける。
そう思って曖昧に頷くと、「珍しく素直じゃん」と揶揄われた。
まるで天の邪鬼蚊の様な言いぶりに、シンは少しむっとする。

結局話は止まらなかった。レイは諦めて静観しだし、歯止めのなくなった話はまた膨らみだす。

とアスランは昔からの知り合いだったみたいだ。
なら2人はどこで出会ったのか。
アスハ代表がのことを知っていたのはなんでなのか。
実はは先の大戦に参加していたんじゃないか。なんてことまで言う奴が推測する人間もでてくる。
さすがにそんなことはないだろうと誰もがわかっていても、想像するだけならいくらでも推測できた。

「案外、シンが聞いたらも口割るんじゃない?」

今まで特に何も言わずに聞く側に回ってのに、唐突に話題を振られてシンは戸惑った。

「なんだかんだ、はシンに甘いもんな」
「そんなこと・・・・」

そんなことはない。と、さすがに否定した。が自分に甘いと他人には見えていることが少し嬉しいが、そんな関係ではないのはシンがよく知っている。 ありえないと否定した。
が頑なに言いたくないものを聞きだせるわけがない。
そのせいで今、シンはセラへ気まずい思いを抱いているというのに。

「いいから、それとなく聞いてくれよ。んで、俺らに教えると―――」

「――ただの昔なじみ」


不機嫌に言い放った声に、シンの血の気がさあっと引いた。
反射的に振り返ったそこにいたのは、考えるまでもない。



は明らかに不機嫌だった。
それはそうだ。本人の知らないとことろで噂されて、気持ちのいい人間なんていない。
冷え冷えとした視線を向けられて、シンの体は無意識に強張っていった。

「―――例えば、興味本位で嫌いな奴の事を根掘り葉掘り話せと言われて、いやな気分になるのは、俺だけなのか?」
「お、俺は」

違う。なんて言える訳がない。
結果的にシンも話に参加していたのだ。

「いーだろ?友達なんだから」

謝るべきなのに、ヨウランの一言での表情がさらに冷たくなった。

「お前の人の気持ちを思わない言い方、好きになれないよ。ヨウラン」
「は?」
「わーとぉとぉっ!よせって。悪かったよ

一触即発になるセラとヨウランの間に入って、ヴィーノが止めた。
メイリンもシンも同じく謝る。
ただ、ルナとヨウランは、まだに対して突っぱねていた。

「友達って、言えるのかしらね。ずーっと本心で付き合ったことのない人が」
「お姉ちゃん?」

嫌味に言い放つルナに、何を言いだすのかとメイリンの顔が戸惑っている。

「ずーっと笑顔はりつけて、人の意見にすり寄ってるようで突き放して。私はあんたを身近に感じたことなんてほとんどないわ」

ルナの言葉に、思い当たることがあって、シンははっとなった。

本心などは、わからないが、が感情を露わにしているのを見ることはほどんどない。
穏やかな面ばかりを見せるけど、でもそれだけのはずがないと、の行動を見れば違和感に気付く。
だから、は深入りさせてくれないんじゃないかと、シンは思っていたのだ。
その不満のせいで、シンはに強く当たった。
・・・・ルナもそう思っていたのか。

シンよりも接点が少なかったルナだからかもしれない。
積もり積もっていた不満を言ったからだろうか。ルナの態度は頑なに見えた。

はルナを見てふ、と息を吐く。

「俺は、本心を隠して付き合ったことはないよ」

ルナの心情と同じくらい、は真面目に切り出した。

「確かに隠し事はあるけど、でもそれは誰だってそうだろ。身内の話なんて深くしたことある奴がいるのか?」
「それは・・・」

言いたくないことなど誰にでもある。何もかもをあけっぴろげている人間なんていない。
ルナが何を感じて怒っているのかはわからないが、シンが感じていた距離や壁と同じものだとしたら、の過去を知ったとしたって変わるものじゃない。
アスランがどうなのかだって、別に知ったところで何かが変わるとは思えない。
ただ、シンたちとの間にないものを感じて、アスランに嫉妬みたいなものをしただけなんじゃないかとシンは思った。

(あれ?そうすると、ルナって・・・・)

「俺の態度が気に入らないっていうんだったら、変えていきたいと思う。でも、あいつと俺をいっしょくたにされるのだけは我慢がならないんだ。察してくれ」
「・・・わかったわ」

がいつもの困った笑顔を浮かべた。
それにルナが負けて、大人げなかったと謝った。
それで話は落ちついた。


その後、は少しだけアスランとの関係を喋った。

小さい頃の知り合いだということ。
戦争が終わった後に再開したこと。
それまではまったく会っていなかったこと。
入れ替わりでプラントに来たこと。

それから、何に起因してるかはわからないが、とにかくアスランが嫌いなのだということは、の態度と言葉の端々でよくわかった。
話題に上らせるのも嫌なのか、次第にの機嫌が下降していくのが表情から見てとれたのは、誰に対しても隔てのないセラには珍しく、新鮮に感じた。

話を聞いて、ルナの機嫌は治ったようで、映倫がハラハラ見ていたが姉の機嫌が治っていくのを感じてホッと息を吐いていた。



雑談が終わり、早めに休むようにしようと提案が上がって、その場は解散した。
シンととレイは同じ休憩室を使っているため、一緒に戻ることになった。
寝支度を始める2人の雰囲気はずいぶんと穏やかだ。
あまりレイには変わりが見えないけれど。
ただ、ずっと苦しそうにしていたは、穏やかにしていることが久しぶりな気がして、シンはだたそれだけで安心した。


「ん?」

シンは何となく声をかけて、セラが振りかえって返したとたん、適当な話題が出てこなくてなかったことにした。

「あ、いや。なんでもない」
「そうか?」

遠く感じていたの穏やかな笑顔。と初めて会ったときから浮かべていた笑顔。
シンはその表情が始めは嫌いだった。優しく自分を見つめている時の両親を思い出して、辛かった。

その目が、大切なものを傷つけないように、見守る目なんだと気がついたのは、いつだっただろうか。
その顔に安心するようになったのは。

「うん。なんでもない」

きっと大丈夫だと。
そう思えるようになったのは。
いつだったのだろうか。
いつから自分は、を受け入れていたのだろうか。

いつの間にか、シンの中にあったへのわだかまりはなくなっていた。
今朝感じていたわだかまりが嘘のように、不思議とシンの気持ちは楽になっていた。












   ***











翌日、ミネルバはボズゴロフ級潜水艦と共にカーペンタリア基地から出発した。


穏やかだったのは数時間くらいだ。

エマージェンシーが発動し、艦内は慌ただしくなる。それでも今までの密度の濃かった戦闘経験が、円滑に配備を整えていく。

『アルケミス』に乗った俺は、ミネルバとの通信をつなげて状況を検索した。


連合の戦闘モビルスーツ『ウィンダム』が30。内1機は『カオス』だ。
また『ボギーワン』の襲撃かとほぞを噛む。
その数から考えて、母艦か戦闘艦が何基か潜伏している計算になる。
ずっと待ち構えていたということか。

「この間といい、どこまでこっちを潰そうと躍起になってるんだ」

だが、母艦が見当たらない。そう遠くにいるわけではないはずなのに、見当たらないのが腑に落ちない。
見えない艦隊が、嫌な予感を湧きあがらせる。

出撃命令のあと、指揮はアスランが取ると耳に入った。
戦闘経験においてはこの艦の中で1番の上、フェイスなのだから当然だろう。

敵の数を見てすぐに、『バスター』と装備武器を指示した。
とにかく、あの数を減らさないことにはどうにもならない。

「グラディス艦長」
『なに?

通信を入れて、すぐに艦長の返事があった。

「迫撃戦まで少し時間を下さい。数を減らします」
『わかりました。タイミングは任せるわ』

『アルケミス』は最大で4つ、長距離用の砲門をつけることができる。
今までは機動力の都合や戦略で使わなかったが、今回は空中戦のできる機体、アスランの乗る『セイバー』が増えたため、一気に突撃しなければならないことはなくなった。
もともと支援のほうが得意なのだ。ある意味、理想的な形になったといえる。

変則長距離ビーム砲を下げて、出撃する。
前方で対陣を組むモビルスーツをすべて索敵。『インパルス』と『セイバー』に射線上に入らないように指示しながら、5つの砲門で敵機をマークした。
『アルケミス』を囲う様に背後に取り付けた4つの砲門がバラバラの方向を向く。

誰も死なせない。
だけど、それは叶えられない。
ならせめて、被害は最小限にするだけだ。

マークした敵機は機体の中央から僅かにずれている。
撃って、叶わない結果になってしまっても、受け止める覚悟はもう出来ている。


『アルケミス』のSドライブから流れる音が、高揚するようにさざめいた。

背中を押され、目の前の敵へ、トリガーを引き絞った。













   ***












専用機に乗ったルイスは、隊列から少し外れたところで『ミネルバ』の動向を眺めていた。

『ミネルバ』から現れた機体は3機。
トリコロールとモノクロの2機は報告どおり。
更に現れた赤色の機体にわずかに眉を上げた。

『また新型か。しかもカーペンタリアで? ザフトはすごいねえ』

ロアノーク大佐の呟きが聞こえる。皮肉がこもったそれに、スティングが噛みついた。

『ふん! あんなもの!!』

『カオス』を加速させて突撃する少年。その向こうにいる4つの砲門を抱えたモノクロのモビルスーツを眺めた。

『おいスティング!――――ま、いいか。・・・お前はどうする』

ロアノーク大佐は特に焦りもせず、悠々とルイスに問いかけた。

「新装備のモノクロ、撃たれると厄介かと思います」

高揚感に包まれているルイスは、淡々と答える。
モノクロのモビルスーツの装備は一目でわかる長距離用のビームだ。接近する前にこちらに当たれば、痛い打撃になるのはこちらだろう。

『なら、まかせる。俺はトリコロールをやらせてもらう』

大佐の通信が途切れ、モノクロのモビルスーツの砲門が、左右に開いた。
ルイスの方向には向いていない。
そう認識して、間髪おかずに桃色のエネルギーの光線が横に走った。


アラートが鳴り響き、周りに展開していた『ウィンダム』がロストし隊列に穴が開く。
横を向くと、脚部、腕部、頭部、翼部を失った『ウィンダム』が海へと落ちていくのが見えた。
パイロットのいる胴部に傷をつけないその攻撃に、ルイスは鳥肌がたった。

ああ、やはり。求めているのは彼なのだ。


『あの野郎っ』


スティングが吠え、『カオス』の軌道がモノクロへと変わる。
しかし再び放たれた砲撃を避けることで軌道が逸れ、赤いモビルスーツが『カオス』を迎撃した。
激昂しやすいエクステンデットは案の定またそちらに宗旨替えし、赤いモビルスーツを追う。



それでいい。彼との逢瀬を誰一人として邪魔はさせない。



恋に落ちた少女の様に、ルイスはうっそりと微笑んだ。



「さあ、楽しませて。僕を―――」



彼はルイスの望みを叶えてくれるだろうか。

身体中の細胞が喜んでいる。

その期待が裏切られないことだけをルイスは望み、漆黒の機体『ストライクノワール』を駆り、モノクロのモビルスーツへ迫った。














視点固定させたいけどできない・・・
2012.5.9