開戦直後、数を減らしていた俺の所に、敵のモビルスーツが接近してきた。

カオスは『セイバー』が引きつけたが、さらに漆黒のモビルスーツが迫ってくる。
そのモビルスーツの姿に、驚かないではいられなかった。

「黒い・・・『ストライク』!?」

カラーリングは一瞬ガイアと間違える漆黒だ。因縁深いその機体のフォルムはすぐに当てはまった。

空中を滑空するモビルスーツのデザインは、まさしく『ストライク』だ。
周囲を見渡すが、ストライクと同格の機影は見当たらない。この黒いモビルスーツは『ストライク』の強化版と考えた方がいい。

砲門を向けたまま距離をとる。

追いかけ向かってくる黒の『ストライク』は、ビームサーベルを抜き出してきた。
長距離砲を装備している今の『アルケミス』には近接戦闘は厳しい。
ビームライフルを向け追い払うが、大した効果は得られなかった。

向こうはすぐに体勢を整えてこちらにまっすぐ接近し、そのままビームの連射を避けるなんて離れ業をしてきた。
『インパルス』と同等かそれ以上の反応速度を披露したそれに、ますます焦りが生まれた。

まさか向こうも新規の戦闘機を連れてくるとは思わなかった。
汎用機である『ウィンダム』程度ならいくらでも増産しようと構わないが、強化された機体では部が悪い。
それに、このパイロット、ものすごく上手い。
ひょっとしたらこっちのエース級以上かもしれない。

砲門を武装解除して身軽にならなければ立ち向かえない。
そう判断してもタイミングも場所もない。
最悪海に落としてでもと考えて、しかしそんな思考すら遅すぎた。

黒い『ストライク』が間近に接近してきたからだ。

慌てて対応し、砲身の一つを盾にして後方へ下がる。
盾にした砲身はあっけなく一刀両断され、爆発。
懐手前、サーベルの射程距離範囲内に入り、バーニアを吹かせて回避行動をとるが、無傷じゃすまないと直感した。

だが、黒い『ストライク』は、なぜかそれ以上攻撃をせずに離れて行った。

上方へ飛翔し、そのまま反転する黒い機体に、一瞬視線を奪われる。


――――――なにか、違和感を感じる。


それがなんなのか答えが出ないまま、使い物にならなくなった砲門と、その対の砲門を機体から外し、スナイパーの砲身部分だけを切り離してビームサーベルと繋ぎ、両握りの長刀を構えた。


『君の機体、なんて名前か教えてくれないかい?』


男の、年は上だろうがそう離れていない声音だった。
通信から流れてきた聞き覚えのない声に、何事かと瞠目する。
それでも、もう迫ってくる敵機から意識を反らすことはしない。迫ってくる攻撃をいなし、鍔迫り合いになる。

『ああ。『アルケミス』というのか。ふふふっ。錬金の名にふさわしい変容性がこの機体にはあるのかな?』

また、同じ声だ。
一体誰の声だ。
どうやって『アルケミス』の名を知ったんだ。

『不思議だね。バッテリーではありえない火力なのに、ニュートロンジャマーキャンーが無いなんて』

鍔迫り合い、何度か揉み合いながらも視線を機器類へさまよわせて、ハッキングされていることに気がついた。
一体どうやったのかと探ろうにも、気を抜けばやられる相手には手を出せない。

「くっ」

長刀でサーベルを押し返し、急いで距離をとる。
まったく意図が解らない敵が、奇妙で気持ち悪かった。
全速力で黒い『ストライク』から距離をとり、『アルケミス』の状態を検索する。

『どうして逃げるんだい?もっと君を教えてくれないか?』

追いかけてくる敵から逃げつつ、ようやくカメラが胸部に点滅する突起物を発見した。
おそらく始めの接近の時に取り付けられたのだろう。
叩き壊すようにそれを取り外し、後方に向かって砲門を放つ。
しかし、やすやすと避けられて無駄弾に終わった。何度も何度も放つが、まったくかすりもしない。
こっちの射撃位置を読みとっているみたいに。


『僕は君を知りたいんだ。君の、存在そのものを』


通信機を破壊したというのに、今度は直接外部スピーカーから言葉を発してくる。
俺に執着する発言に、ずっと感じていた寒気と気持ち悪さがとうとう爆発した。

「いい加減にしろぉ!!」

長刀を下段に構え、腕部と頭部を落とす為に振り向きざまに切り上げる。
だが、やはりそれも読まれていたのか、下方にかわされて、機体を傷付けることもできなかった。


回転して起こった遠心力に振られて乱れた息を整えつつ、黒い『ストライク』を睨む。
ビームサーベルをたった一つ構えたまま、黒い『ストライク』はこちらを向いて佇む。
余裕ともとれるその行動は、こちらをからかっているように感じた。

なにをしたいのかさっぱり分からない。
『アビス』『カオス』『ガイア』のパイロットの様に、ただこっちを殲滅しようと考える行動でもない。
隊長機らしきモビルアーマーの様に、こっちとの戦況を考えて戦略を変えている訳でもない。

戦場で感じるにはあまりに不似合いな違和感に、向こうの意図が解らず、完全に振り回されていた。


長刀を構えて、敵機を打ち取る気で戦術を頭の中に巡らす。


しかし、また、向こうのパイロットの発言によって行動に移すことができなくなった。


『君と決着をつける気は、僕には欠片もないんだ』
「はあ!?」


突拍子もない発言に、声が裏返る。
向こうはこちらの心境など知らず、さらに言葉を続けた。

『もっと、もっと。君のことが知りたい。僕に見せて欲しい。君の生き様を。君の答えを』

演劇の俳優かと思うような、妙に大仰な声音だった。


『それだけが僕の望みだ』


意味がわからない。
なんなんだこいつは。
こんな人が、なんでこんな戦場の前線にいるんだ。


結局、それ以上黒い『ストライク』は攻めてこなかった。
局面がミネルバよりに傾いたせいか、本当にあっさりと引いていったのだ。

「なん、だったんだ?」

局面が変わっていても、俺との戦いでは優勢だった。そのまま押し切れば、俺は倒されていただろう。
本当に、あいつは戦う気がないのか。
納得するが、なぜそれほど俺に執着するのかが解らない。
答えを知っている黒い『ストライク』は、既に追いつけない場所まで引いていた。

「っ、ミネルバ!!」

呆然としている暇はないと我に返って、戦況を詳しく検索し、ミネルバの無事と、シンとアスランも無事だということ。優勢ではあるが、一緒に出立した潜水艦は撃ち落とされてしまっているとわかった。
ずいぶんの間あいつと戦っていたらしい。
ミネルバも軽傷ではあるが、消耗しているようで、急いで通信をつないで指示を仰ごうとした。

!』

通信を開くと、すぐにメイリンの悲鳴のような声が聞こえた。

「メイリン?」

どうしたのかと目を瞬かせる。メイリンはほっと肩を落として、ずいぶん必死だったのか、目が少し潤んでいた。

『よかった!突然通信ができなくなったから、故障したのかと』
「通信が?」

戦闘中、確かに通信を気にすることまでしなかったが、そんな異常はなかったはずだ。

まさか、ジャミングまでしたのか?あの機体。

ありえない話に寒気がした。
通常戦闘の上、ハッキングに通信妨害。やりたい放題だ。
それなのにこっちを手玉に取るなんて、一体どれほどの力を持っているというのか。

『無駄口は後にしなさい。!すぐに援護に回ってちょうだい』
「、はいっ」

グラディス艦長に叱咤されて、我に帰り了解した。
まずはミネルバの進路の確保と敵の一掃だ。

まだこちらに攻撃を仕掛けてくる機体を狙い、戦闘不能にしていく。
砲門を壊されたが『アルケミス』自体は無傷だ。残された砲門とライフルで散らすのに時間はかからなかった。
ほとんどは引いていたのが幸いした。向こうの引き際がいいと追撃しなくてすむから助かる。

「これで・・・・」

あとは、シンたちが戦っている場所だ。
『インパルス』のいる陸地へ行くと、シンがそこにある設営所の兵器を破壊しているところだった。


『今すぐ武器を捨てて投降しろ!』


シンの叫びが辺りに響く。
『インパルス』の足元辺りを拡大すると、連邦兵が手を上げていた。
どうやらここは、連邦の潜伏場所だったようだ。こんなザフトの基地の目と鼻の先に居を構えていたなんて。

近くに『セイバー』がいることも確認した後、『インパルス』の近くに着地する。
連邦兵にはもうこちらに抵抗する気はないようだった。
シンは連邦兵から離れ、辺りを囲んでいたフェンスを潰して破壊した。

そのすぐ後に、そのフェンスから脱走する人と、その向こうにいたらしい人々が手を取り合って喜んでいる光景が生まれた。

「シン」
『地球軍につかまってた。逃げようとして、殺されそうになってて・・・だから』
「うん」

通信をつなぐと、感情が爆発しそうなのを抑えたシンの声がした。

『本当は!殺してやりたかった!!』
「うん」

シンの叫びを、ただ受け止める。

思い出したのは、シンがオーブ海域での戦闘で、家族が殺されたことだった。
シンがどれだけそれで傷ついたのか、よく知っている。その痛みがなにをしたって治まらないだろうことも。
もしシンが自分の感情に身を任せても、俺は怒れない。

でも、シンは。それでも、殺さないでくれた。

「ありがとう。殺さないでくれて」

通信は開いたままだけれど、シンの声はもう聞こえなかった。
シンは今どんな気持ちなんだろう。
苦しんでいなければいいと、思った。









   ***








戦闘時の修復を終えた後、ミネルバはそのままスエズ方面の司令部へ向かうことになった。
共に行くはずだった戦艦はなく、ミネルバはペルシャ湾を目指して進む。

出港から出鼻をくじかれたため、艦内はいつでも戦闘が行えるようにしている。
神出鬼没のあの部隊にはそれくらいの警戒をしていた方がいいというのが艦長の考えだ。
クルー全員同じ気持らしいが、それでも過度に気構えいる人はいなかった。
プラントから出立してから戦闘の連続で、ミネルバはもう熟練の部隊とそう変わらない。

俺もいつも通り、『アルケミス』の点検と過去の戦闘記録のチェックを行っていた。
今までの敵とまったく異なる黒い『ストライク』のパイロット。決着をつけるつもりはないという言葉が、いつ翻るか解らない。
討ち勝たなければならない相手を研究する必要があった。
なぜだろう。
今まで感じたことのない何かを、あのパイロットから感じた。
不安になるようなことと言えば、ただ翻弄されたこと。それからあの、意味不明の言葉。
俺を知っているみたいな言葉だった。

連邦軍がどこで俺のことを知ったのか。それが気になる。
それとも、あのパイロット個人?


「ずいぶん考え込んでいるようだな」


耳障りな声に、思考が一気に疎外された。
振り仰ぐとアスランがこちらを見下ろしている。

「何かご用ですか?ザラ隊長」
「ああ」

嫌味に反応することなく、アスランは頷いた。
どうやら真剣に話したいことがあるようだ。
「ちょっと待っていてください」とアスランを遠ざけてから電源を切り、別の場所へ移動することにした。

と、行ったところでまた二人きりになるところはたかが知れている。

今回は甲板に出て、人目の付きにくい場所に移動した。
赤道に近いため、外はやや暑い。ドリンクボトルを持ち、休憩の態で日陰に入って座り込む形になった。

「それで何の話なんだ?」
「この間話していて、やはり気になったんだ。 お前、デュランダル議長に疑問を抱いているんじゃないか?」

これはまた、ずいぶん直球で来たな。
追及してくるアスランは、ある程度予想はしていた。ここまで突っ込んで聞いてくるとは思わなかったけれど。

「なぜ議長を疑うんだ。根拠はなんだ」
「政治家を100%信じろって方が無理だろ」
「そういう事じゃない!」

はぐらかして逸らすが、アスランは食いついてくる。
失敗するってわかってたからいいけどな。
そうしないと次に進めないこともある。こいつに正直にしゃべるのは癪だったから特に。

「してるしてないで言うのなら、確かに俺は信用してない方になるんだろうな」

色々理由はあるが、今まで一度も本当の意味で信用したことはない。
きっとこれからもすることはないと思う。

「でもあんたが本当に聞きたいのは、そんなことじゃないだろ」

議長を信用するしないなんて、二の次の話だ。
こいつが当初の目的を忘れて議長に膝着いたのならともかく。

「俺は俺の目的でザフトに入った。コーディネーターを守るためでも、ナチュラルを全滅させたいからでもない。
 利害が今は一致してるからなのは、あんたと同じだよ」」

中間の立場にいることが苦手で、無意識に逃げようとするこいつに言い含めるために答える。
それは間違いなくアスランを通してカガリさんの味方だと言っているのだが、果たしてこいつに通じているだろうか。
それから、さっきの理由も答えてやることにした。

「議長は人種の壁を取り除きたい。それは間違いない。でも、何かが引っ掛かる」

議長の意図を測りかねている。悪人ではないが、それよりも厄介なのではないかと。
議長が目指しているものは、本当に人類のためになるのか。それを見極めない限りは疑りを入れるのをやめないだろう。

アスランはずいぶん渋い顔をしていた。考え込んでいるようだが、どうせはっきりと答えを出せないだろう。
移ろいやすい答えを出すのは大の苦手だからな。こいつ。

「それより。俺としては、あんたはさっさとザフトから去って、カガリさんのとこに行ってほしいんだけど」

こいつがここにいても、ややこしいことになる気しかしない。
邪魔者扱いするが、やはりアスランは首を横に振った。

「いや、俺は残る。お前がここにいる限りは」

兄貴風吹かせてでもいるんだろうか。そんなことしてる場合か。このダメ男が。

「あんたさ、本当に何しに来たんだ?」

疲れるだろうが、突っ込まずにはいられなかった。
心底呆れているが、常に似たような対応しかしないせいで、アスランにはいつも通りにしか取られていない。
は俺が守って、一緒にキラ達のところに」とか思ってるんじゃないだろうか。

――――――――――お前がいると逆にやりにくいんだと気付け。

ため息を吐いて黙りこむと、アスランからやけに暑い眼差しが送られて心底うざかった。


誰か馬鹿を遠ざける方法知らないかな。と、つい物思いにふけってしまった。




次から次へと湧いてくる尽きない悩みにうんざりした。










ヅラさんが一緒にいるとどうにもシリアスになりきれない
2012.6.22