議長に呼ばれて、パイロットクルーが司令部の応接室に集められた。
が知り合いらしい人に連れていかれたのと入れ違いになったから、はこの場にはいない。
それを伝えたとき、議長は残念そうな顔をしていた。
その意味がわかったのは、俺も議長と同じように思ったからなのかもしれない。
この話は、が知るべきものだと思ったから。

死の商人ロゴス。

世界に暗躍するすべての争いの元凶。
戦争を無くすために必要な、最大の敵。

早くに伝えないとと思った。
あいつが一番望んでいる近道がそこにある。この朗報を早く教えなきゃいけないと思った。


!」

ミネルバに戻ると、は既に帰ってきていた。
振り返るに飛び掛かる勢いで駆け寄る。

「議長に呼ばれたって、今メイリンから聞いたけど」
「、うん。そこで凄いことを聞いたんだ」
「凄いこと?」
「そう!戦争の原因がいるって!」

そこまで言って、の表情が曇る。
は辺りを見回して、声を潜めて聞いてきた。

「――――戦争を金にしている人間たちか?」
「そ、そう。・・・・・ロゴスっていう奴らがいるって」

がため息を漏らした。
考え込む様に黙るに、何か悪いことでもしたような気になる。
絶対に驚くと思ったのに。

、知ってたのか?」
「名前は初めて聞いたよ。でもそうか。本当なんだな・・・・」

疲れたように呟いて、は議長の居場所を聞いてきた。
もう出立した事を伝えると、また疲れたようなため息を吐いて「そうか」と頷いた。

それきり、はまた黙り込んでしまった。
沈黙が不安にさせる。
が遠くなってしまう。
ずっと、近くにいてくれた奴が、どんどん離れてしまう。

!」

自分が思っている以上に、俺は不安に感じていたらしい。
気持ちが声量に乗せられて、辺りに響くくらいにを呼んでいた。

「お前、どうするんだ?――――どうしたいんだ?これから」

この話を聞いたら、と同じ方向を向けると思っていた。
だけど、まだ何かが食い違っていて。

またはねのけられるんだろうかと思った。
それでも聞かなきゃいけないと思った。
知りたいから。こいつが目指しているものを。

「今回は、話してくれるまで退かないからな」

の視線は遠かった。
眩しいものでも見るように目を細めている。


「―――俺は、オーブみたいな世界を作りたい」


迷いを見せながら、は呟いた。

「ナチュラルもコーディネーターも関係ない、誰も苦しまない、悲しまない世界を、作りたい・・・・・」

そう言っているが一番苦しい顔をしていた。

胸が痛かった。
どうしてそんな顔をするのかがわからなくて。

だけど。

「馬鹿だって、思うだろ?」

追い詰められたみたいに辛そうな顔の奴に、なんで笑える?

そうだななんて、言えるわけない。

首を横に勢い良く降った。
それはただ、混乱していてもこいつを否定できなくて出た行動だった。

なのには自分を、自分だからか、平気で自嘲する。
俺の混乱を分かって、自分を蔑む。


「別の人にも言われたんだ。そんな事は叶わないって」


俺は、議長の言葉を聞いて、それに食いついた。
は、知っていても、とらわれずその先を見ていた。

同じ方向だとしても、それは決定的な違いになる。


・・・・俺は、いつまでもこいつと同じものを見れないんだろうか。



は、それきり何も言わなくなった。
俺も、何も言うことが思いつかなかった。














停留する間、クルーは交代制の休暇が与えられ、大半は街に行って遊ぶ事を選んだ。

1人になって色々考えたかった俺は、街には行かないで、海岸線を単車で走ることにした。

ただを否定したくなくて首を振った。
でもそれだけじゃ駄目なんだ。

は、本気で世界が平和になればいいと望んでる。
俺自身が同じように考えなきゃ、どうすれば叶うのかを考えなきゃいけない。

でも、どうすればそれが叶うんだ?
戦って守らなければ殺されると思い込んでいるこの世界で。
ついこの間まで全てを滅ぼさなければ終わらないと言われた世界で。
が理想に思うオーブだって、結局は戦火から免れなかった。


それに、俺の本心は、同じだと思えない。


家族を守ってくれなかったオーブを許せない。
家族を奪った連合とわだかまりなく一緒にいられるなんて思えない。

もしも家族の敵が目の前に現れたら、俺は復讐するだろう。

俺の気持ちとの願いは触れ合わない。

の力になりたいって思っているのに、これじゃ、ちっとも果たせない。

なら、俺は全部捨てなくちゃいけないんだろうか。
家族への感情も、思い出も、何もかも。


(そんなの・・・無理だ・・・)


感情を押し殺して何かをできるほど、できてない。


単車を止めて、海岸から凪いだ海を見つめた。
望んでいることはわかっているのに、二の足を踏んでいる自分が嫌だった。

そうして、どれくらい鬱々としていただろうか。
遠くから歌声が聞こえてきて、自然とそっちに意識が向かった。

少し離れた岩場に女の子がいる。楽しそうにくるくるとダンスをするように、回りながらステップを踏んで、歌を歌っている。
その女の子に、つい見惚れていた。
そこだけ切り抜いたみたいに見えた。

くるくる回る、楽しそうな女の子。

いいな。


そう思ったとたん、女の子が消えた。


「え、」

バシャンッ!!と、海に何かが落ちた音が絶句する俺の耳に届く。
海面を覗けば、さっきまで海岸の家にいた女の子がもがいていた。

「えええっ!!?落ちたぁ!??」

なんでだよ!
確かに海岸の縁で危なかったけど!
普通落ちる前に避けるだろ!?


さっきまで女の子がいた海岸からもう一度様子を探る。
もがいている女の子は、さっきより勢いが衰えて、顔が水の上に出る頻度が減ってきている。


「泳げないのかよ!?」


岸壁まですぐそこなのに、女の子はその場でもがき、潮の流れで徐々に沖に流されている。

「くそ!」

上着を脱ぎ捨てて、助けるために海に飛び込んだ。


暴れもがく女の子を捕まえ、海面から浮上させると、女の子の動きはさらに俺をしがみつくものに変わる。
パニックになっている女の子の動きが俺の自由を奪って、上手く進めない。

「くそ、落ちつけっ!」

女の子の動きを何とか拘束して、やっと足がつく場所へ辿り着いた時にはかなり息が上がっていた。
女の子もせき込んで、ふらふらとおぼつかない足取りで、しまいには座り込んでしまった。

ふいに怒りがこみ上げて、俺は女の子に怒鳴っていた。

「死ぬ気かこの馬鹿!」

びく、と女の子の肩が揺れた。
怒鳴り声に怯えたのかもしれない。

「泳げもしないのに、あんなとこ! なにぼーっとして・・・・」

それでも死にそうになっていたのは本人だ。命をみすみす馬鹿なことで失ってしまってはたまらない。
女の子のために怒鳴って、しかし俺は、その女の子の異変に気がついて言葉が止まった。

「あ・・・ああ・・・いや・・・」

女の子は、怯えきった表情で後ずさった。

「しぬの・・・・いや・・・・!」
「え・・・?」

どうしたのかと、俺は女の子へ一歩近づいた。
それがきっかけのように、女の子は立ち上がって逃げ出す。

「いやあああぁぁぁぁぁっ!!」
尋常じゃない女の子の様子に、怒りが吹っ飛んだ。

「えええっ!?お、おいっ、ちょっと待て!一体なに・・・」
「いや、死ぬのイヤっ!!・・・こわいぃっ!!」

また深い場所に行こうとするのを腕を掴んで引き止めるが、女の子はそれを振り切って逃げようとする。

「いや、だから待てって!!だったら行くなって!」
「死ぬのぉっ! 撃たれたらしぬのっ!」

半狂乱に叫び泣く女の子と言葉に、はっとなる。
脳裏を駆け巡ったのは家族の笑顔。
それを一瞬で塗り替えたあの情景。
マユの腕。

「ダメよっ!それはダメ・・! こわい・・・・しぬのはコワイーっ!!」

俺は必死に暴れる女の子を抱き締めた。

「ああわかった!大丈夫だ。君は死なない!!」

この子とマユが重なっていた。
あの時守る力があったら、死ななかったマユ。
もう、マユのように死んでいく子は見たくない。

「大丈夫だ!俺がちゃんと、・・・俺がちゃんと守るから!」

必死になって、叫んだ。
俺に言い聞かせるために叫んだ。
女の子は暴れるのをやめて、俺を見上げてきた。
俺と同じくらいに見えるのに、その表情はあどけなくて守ってやらなきゃって思えた。

「ごめんな・・・・俺が悪かった・・・」

きっとこの子も、どこかで戦争に巻き込まれて、怖い目にあったんだろう。
それなのに、俺が思い出させて、怖い思いをさせてしまった。
何度も何度も謝って。
何度も大丈夫だと繰り返した。
女の子はだんだん大人しくなって、もう抵抗していない。

「大丈夫。もう大丈夫だから。君のことはちゃんと、・・・・・・俺が、ちゃんと守るから・・・」
「まも・・・・る・・・・?」
「うん。だからもう、大丈夫だから。君は死なないよ。絶対に」
「守る・・・?」
「うん・・・守る・・」

君を守るよ。











その後、救難信号を送って助けに来てもらい、女の子―――ステラは、家族らしい少年二人と帰っていった。
待っている間に、ようやくステラは打ち解けてくれて、お礼だと、桜色の貝がらの欠片をくれた。

死にたくないと、死ぬのは嫌だと、泣き叫ぶしかできなかったステラ。
力が無ければ、泣くことしかできなくて、そうして、理不尽に殺される。
不条理に奪われる。

そんなことを許したらいけないんだ。

あんな、戦うことも知らない子が、かわいそうな目に会わない世界になればいい。
俺みたいな人間が、もう増えない世界になってほしい。


(あ・・・そうか)


それが、の望んでいる世界なんだ・・・・


具体的に言われてしまったせいで、否定的な気持ちになってしまっていたけれど。
の言う、オーブのような世界にしたいという気持ちは、戦争のない、起こさない世界になってほしいというものなんだ。


それは、理想のオーブであって、今のオーブじゃない。


(なら俺は、迷いなく、力になれる)


貝がらを握りしめて、自分自身に言い聞かせる。
これからは、ステラみたいな子たちのために戦おう。

二度と、俺と同じ悲しみを誰かにさせないように、戦おう。

赤く染まる海と空と、目を突き刺す夕陽を見つめて、俺はそう自分に誓った。
まだ、セラにはきっと追いついていない。それでも俺は、今日を忘れないようにしよう。
それが同じ道になっていることを信じて。








シンのターンでした。

2013.3.20