俺の予想もはずれて、今のところボギーワンの奇襲はない。 ガルナハンの時もその姿は見えなかった。 レジスタンスと共闘した連合軍ガルナハン基地での戦闘は、ザフトの勝利という形で終わった。 レジスタンスからの情報もあり、仕掛けた奇襲がうまくいったためだ。 その分奇襲作戦をになったシンは後々ぶつぶつ文句を言っていたが。 鬱屈していたミネルバのクルーたちは、その戦闘の成果でかなり士気が高まった。 負け続けている訳ではないが、裏切りや、予想し得ない過酷な状況に何度も落とされて、心が疲れてしまっていたのだろう。 軍人らしい戦いとは、クルーを冷静にさせ、逆に物足りないと思ったものもいるかもしれない。 ミネルバは歴戦の英雄部隊の様な強さを持ったと、認識するための様な戦いだった。 戦闘が終了した後、ミネルバが次に指示されたのはディオキア基地だった。 近くに街と地中海のある立地のディオキアは、スエズの連合軍基地を落とした今、戦場から離れ、安全地帯となっている。 ここで休息をとったあと、また別の戦場に行くことになるだろう。 しかし、これは、なんなんだろう。 「おいあれ!ラクス・クラインじゃないか!?」 「えっ、ラクスさま!?」 「うそぉっっ!?」 レクルームに集まっていた俺たちは、窓から見える基地の内部の様子に目を奪われた。 正確に言うなら、『ザク』の手の平のなかで踊り、手を振っている人物に。 「すごいっ!本物のラクス・クライン!?」 ルナが叫び、存在に気付いたクルー達は、一目見ようとどんどん窓の方へ人が集まってくる。 さらに下船認可が下りると、我先にと搭乗口から出ていき、「ザク」の前で輪になっている人の一部になって、はしゃいでいた。 誰も彼もが、その人の元へ集まって、好意を向ける。 彼女―――――――ラクス・クラインに。 彼らに笑顔をふりまき、手を振る女性は、昔を知る人から見れば、変わったと感じるものがほとんどだろう。 それは当たり前だ。彼女はまったくの別人なのだから。 だが、そんなものはまったくどうでもいいのだろう。 ここにいる人間の中で、彼女が偽物と考える者はいない。 彼女という存在が、彼らにとって唯一だからだ。 ミネルバを降りて、遠巻きにその様を眺めていると、シンがやってきた。 「はいかないのか?」 「興味ないから」 「ふうん」 シンの疑問に答えると、同じように、シンも行くのはやめたようだ。 同じオーブ出身者だからか、プラントの人達がラクス・クラインを神聖視するような感情は、あまりない。 シンの様子はどちらかというと、本当に有名なのかと、その人だかりを見て驚いているようだった。 俺も同じ気持ちだけど。 歌って踊って、声援を受ける姿はまさにアイドル。 体のラインを強調した服で愛想を振りまいている『ラクス』。 彼女へ向ける自分の感情は、冷めたものだ。 偽物って知っているから、って言うのもあるけど、そもそも好きじゃないんだよな。ああいうの。 どっちかっていうと演技派女優や、シンガーソングライターとかそういうのの方が好みだ。 だから、昔の、本当のラクスさんの歌の方が好みだ。 ポップスが悪いとは言わないけど。 「ご存知なかったんですか?おいでになること」 「えっ、あ・・・・まあ・・・・・・いや・・・・・・」 野外ライブから少し離れた所で傍観していると、ルナと誰かの会話が聞こえてきた。 「ま、ちゃんと連絡取り合っていられる状況じゃなかったですもんね、きっとお二人とも」 「あ・・・・まあ・・・・うん」 ルナへまともに対応できないくらい狼狽えている『ラクス』の元婚約者様は、助けを請うようにこちらを伺ってきた。 俺に求めんなヘタレ。 無視していると誰かにぶつかってよろけたメイリンが、アスランに助けられ、危ないからとこっちに移動してきた。 「ラクスさまーっ!ありがとうございまーす!」 『わたくしもこうしてみなさまにお会いできて本当に嬉しいですわー! 勇敢なるザフトの皆さぁーん!平和のために、本当にありがとう! そしてディオキアの皆さぁーん!1日も早く戦争が終わるよう、わたくしも切に願ってやみませぇーん! その日のために、みんなも頑張っていきましょーう!』 なんて言葉が軽いんだろう。 これではただのマスコットだ。 たとえ用のない不満感が込み上げるのは、事情を知っているからか。 あれを受け入れている人達がいるからなのか。 喧騒から離れたいのと、『婚約者』様が近付いてくることから避けるために移動していると、施設へ向かって歩いている人物に目が行った。 数人の取り巻きに囲まれているのは、デュランダル議長だった。 その中に鑑長とレイまでいる。 「あれ、レイと鑑長?それに、議長まで」 行動を見守っていると、シンも気付き、首を傾げた。 「・・・何を考えているんだろうな」 「?」 この情勢の中、議長がここに来る必要性はなんだろう。 呟いた言葉にシンがどうしたのかと声をかけてくる。 ほとんど独り言のつもりで、考えを呟いた。 「艦長が同行してるってことは、『ミネルバ』絡みなんだろうけど」 「今後の俺たちの活動の話じゃないのか?」 「それなら、電報で充分だろ」 「じゃあ、あの噂・・・・?」 噂? 何のことかとシンを見る。 シンは「いや、俺もよく知らないけど!」と慌てて。 「なんか、艦長は議長とそういう関係だったって、噂、・・聞いたことがあったような・・」 「ああ・・・」 それなら俺も聞いたことがある。 噂の域を出ないし、人の恋愛観に興味がある訳じゃないから気にしたことはないが。 ミネルバにいた間、なんだかんだと議長は艦長の傍にいたような気がする。 それにレイとのこともある。 個人的な関係のために、2人を連れて行っただけなら、何の心配もないけれど。 「それが理由ならよっぽど簡単なんだろうけどな」 そんな読みやすい人間なら、面倒くさくないんだが。 実際は、そうもいくわけがない。と、感じている。 言いようのない不安を抱いていると、会場の人だかりから誰かが離れていくのが見えた。 帽子を目深にかぶった、一般人だろうその人から、何かが落ちる。 さっきまでの考え事は頭から離れて、拾うために駆け出していた。 気付かないまま去っていく人を追おうと、落ちたものを拾う。 カードケースらしいそれを、持って、声をかけた。 「すみません。落としましたよ」 帽子の人が振り向く。 見えたその容貌に、一瞬息が止まった。 ―――うわ、この人、凄い美形だな。 「ああ、ありがとう。気が付きませんでした」 笑顔を浮かべると更に綺麗になる整った顔、碧色の瞳、ウェーブのかかったゴールドブロンド。 俺の手の中にあるカードケースを一瞥して、自分のものだと判断してから受け取ったその人は、女の人なら目が合った一瞬で恋に落ちそうな青年だった。 その容姿に見覚えがあり、すぐに符号したのは良かったのか。 「・・・・ルイス?」 思わず呟いた彼の名に、綺麗な瞳が見開かれる。 でもそれは一瞬で、あっという間に笑顔を復活させたその人は、俺の肩へ手を回して誘導した。 「話がしたいな。君と」 「え?」 笑顔の中の瞳には、有無を言わせぬ強さがあった。 「、知り合いか・・・・?」 流されそうだったのを呼び止めたのはシンだった。 「ああ!とは昔馴染みなんだ。 戦争で随分連絡も取れなくて。積もる話もあって・・・・彼を借りても構わないかな?」 が、上手なのは青年の方だった。 「大丈夫だと・・思いますけど・・」と歯切れ悪いシンの承諾にありがとうと笑って、俺を連れていく俊敏さに、なぜか感動を覚えた。 どこからも死角になる建物の陰に連れられて、ようやく青年は足を止めた。 「まさかザフトに僕を知っている人がいるなんて、思わなかったよ」 楽しそうにくすくす笑うのは、自分の立場が分かっているからなんだろうか。 人を巻き込んで引っ掻き回すのが好きそうな雰囲気は、俺の知っている印象とは随分違う。 「本当に、ルイス・・・・ルーなんですか?」 「ああ。正真正銘、ルイスさ」 「ほら」と帽子を外して現れた容姿は。間違いなく知っているもの。 連合圏でスターと呼ばれているルイスその人だった。 ルイスというのは芸名で、本名は知らない。 ただ、驚く程メディアでの露出度が高く、情報が一切入らない生活をしない限りは、必ず名前を知っている程有名な人だ。 俳優、バラエティ、多岐に渡る才能があるけれど、最も有名なのは歌だ。 ラクスさんがプラントの花なら、ルイスは地球のそれだ。 ラクスさんと同じく、 彼の歌は人を惹き付け、奮い立たせる力があった。 一度だけ戦争の悲嘆と決意を含んだ歌が世に回り、慰問ライブが各国で開かれた時、軍に志願する人数が爆発的に増える、という社会問題が起こったこともある程に。 彼のカリスマは、地球の人を魅了し続けた。 1年前の戦争が激化すると同時に一時メディアから遠ざかっていたのは知っていたが、その後は俺の周りがゴタゴタしていたから、動向なども知らなかった。 こんなところで、彼が何をしているんだろう。 「あの、すみません。休暇中、だったんじゃ」 変装していたことから推測して聞くと、ルイスは「気にしないで」と軽く笑う。 「暫く活動は休みなんだ。 それより―――君は、オーブ出身者かな」 言い当てられて、驚いた。 「どうして・・」 「簡単だよ。僕の活動はプラントでは報道すらされない。連合圏でプラントの歌姫が報道されないようにね」 確かに、敵対するもの同士でプラスの感情を抱かせる、彼やラクスさんはダブーなのだろう。 オーブだからこそ2人のことは報道され、知っていたが、その実、過度な感情を抱かせないように当たり障りのないものが多かった。 「本当にこの世の中は、対立することにかけては長けているよね」 独り言なのか、こっちに同意を求めているのか。 答えに窮していると、ルイスは別の話題にあっさりと変えた。 さっきから感じているが、ずいぶんと切り替えが速い人だと思う。 「そうそう。君を連れてきたのは、話をしたかったからなんだ」 「話・・ですか?」 有名人が自分の興味を持つ理由がわからない。 碌でもない事じゃないかと感じれば、案の乗だった。 「結構僕は詮索好きでね。 オーブ出身者がザフトに入隊するなんて、余程だろう?」 「・・・・・・貴方に話す話ではないですが」 いくらこっちが一方的に知っているとはいえ、初対面の人間だ。 ほいほいと話す気にはなれない。 「そうだね。わかってはいるんだ。 でも、知りたくなってしまったんだ。 僕が知ることで、世界に広げることもできるだろう?」 ズルい言い方だ。 下らない理由ならあっさりと言ってしまえるし、重い決意を持っているなら、この人の影響力を使ってと考えるかも知れない。 恐らくどうやっても引き下がらないだろうな。と考えて、適当に流すことにした。 「俺がザフトにいるのは、ただのエゴですよ」 「エゴ?」と聞き返すルイスに頷く。 「下らない争いなんかで、人が死ぬことが嫌だから。守りたいと、思ったからです」 漠然とした答えを言うと、ルイスはキョトンと目を瞬かせた後。 「ふ、ふふふっ。ははははっ」 突然声を立てて笑いだした。 何がおかしいのかわからない。 「すまない。ふふっそんな事で動く人がいるなんてね」 そんなこっちの微妙な感情を読み取ってか。謝ってはいるが、ルイスの笑いは治まらない。 笑い続けるルイスが不愉快で、表情が冷えていく。 「馬鹿にしていませんか」 「ふっ――――すまない。・・こんなに希有な人間がいるなんて、思わなかったものだから」 ようやく笑いが治まったルイスは、目元を拭った。 涙が出る程ツボにはまったっていうのか? なんだろう。ルイスのイメージと評価が、どんどん落ちていく。 彼の本質がこれだというのなら、彼のファンが哀れだ。 「それに、―――エゴなんかでこんな馬鹿な争いに身を投じるなんて、馬鹿馬鹿しいよ」 自分の目元がきつくなったのは、止められなかった。 怒りが生まれたが、馬鹿馬鹿しいと自分を否定されたことがじゃない。 その馬鹿馬鹿しい争いで人が犠牲になっていることを知っていながら、馬鹿馬鹿しいと言われたことにだ。 いったいそれで何人の命が無残に終わっていったか。 どれほどの人が、悲しみにくれたか。 完全に怒りをルイスに向けている俺へ、「そんな顔をしないで」と、ルイスは困ったように笑みを浮かべた。 だがその振る舞いには、悪びれがまったく感じられなかった。 こっちの感情に、気付いていない訳はないだろうに。 「僕が知るこの世界の姿を、少しだけ教えてあげよう」 再びルイスが話題を変える。 こっちが切り返そうとするのを避けるように。 突然何を言い出すんだと、思った。 この世界のありようなんて、見ればわかるものだろう。 こっちが口を開く前に、ルイスは独白するように語り出した。 「この世界は。いや、各地で起こされる紛争や戦争は、何もかもが腐った馬鹿たちの手の平と金で動かされているボードゲームだ」 出だしからして信じ難い話を、ルイスは淡々と紡ぐ。 俺は、何を言い出すんだとまた思った。 さっきよりも突拍子もない。 ボードゲーム? 何を言ってる。 ルイスの話は終わらない。 「戦争は金が掛かる。戦闘兵器を作るだけでいくらかかるか、知っているかい? ―――なら、そんな金は一体誰が出しているんだろう。 国民に出させれば、その反発は返ってくる。それにそんな雀の涙で、長く続けられる訳もない。 では、誰がそんなことをできるか。 ――――莫大な金を持っている資産家さ」 はっきりと言いきれる自信に満ちた声。 自分が間違っていないと確信している眼差し。 「自分達はのうのうと安全な場所にいて、傍観して、笑っているのさ。 大量の金を手に入れて。 大量の死をスパイスにして」 妙な説得力がある話を、物語のように語るルイス。 絵空事だと、否定することもできた。 なのに、俺の感情は別の方向へ飛んで行きそうになる。 勝手にこっちを揺さぶって。 ルイスは問いかける。 「こんな事実を知ったら、人はどう思うだろうね」 そして自ら答える。 「家族が、友人が、愛する人が、そんなことのために奪われたなんて。 憎い。許せないと、彼らを殺しに行くだろう」 「・・・・そうですね」 まったくその通りだろう。 その話が真実ならば。 「そんな奴らが本当にいるのなら、殺しただけじゃ、飽き足らない」 絶対に許す訳にはいかない。 命を娯楽にするなど。自分の利益のために犠牲にするなど。 そんな人間は、同じものだと思いたくもない。 「でも、それは、殺したから終わるものでもないでしょう。その先を考えなきゃ、また争いが生まれるだけだ」 そうして、そいつらを殺したとしても。 誰一人根本的なものは変わらない。 憤りを感じてはいるけれど、俺の心は静かだった。 翻弄されて、真に受けで暴走したって、それは自分だけではどうにもならないことだ。 考えるまでもない。 ルイスの話に乗って、自分の考えを答える。 それがこの人の求めているものなんだろう。 黒幕がいるのなら、突きとめることは必要だ。 それを止めれば、この先の犠牲が回避されるのは間違いない。 だけど、その後は? その後、何もしなければ、結局人は繰り返すんじゃないか? 小さな誤解。亀裂。差異。 そんなもので、人は勝手に傷ついて。嫉妬して。憎んで。畏怖して。 踏みにじられたから、し返してやるのだと。 違うから、遠ざけるのだと。 それは根本的な、弱い自分自身を守る防衛本能で、感情を持って生まれてしまった人間の業だ。 ずっとずっと。歴史が語る人の真理の一つ。 だけど、分かりあえる日が来ることも、また真実だと俺は思っている。 「その先に、展望はないよ」 残念そうに、ルイスは呟いた。 俺へ同情するような口ぶりだった。 「あります。絶対に」 しなければならないんじゃない。 出来る。 そう信じている。 ルイスの瞳が弧を描く。 蔑んでいるのだろうか。哀れだと思っているのだろうか。 「君は愚かだね。―――」 ルイスの碧の瞳の奥底に、計り知れないものを感じて鳥肌が立った。 逃げ越しになるような感覚を押し込んで、真っ向からルイスへ挑む。 しばらくお互いを見つめて。 「君とまた、話がしたいな」 ルイスがそう呟いた。 「付き合ってくれてありがとう。楽しかったよ」と言って、去る彼は、再び笑みを深くしていた。 なぜ彼がそう思ったのか、さっぱりわからなかった。 |