人に否定されて、それでも願うのは馬鹿なんだろうか。
意固地になって、ただ周りを振り回しているだけなんだろうか。


声ばかり張り上げたって叶わないから行動する。
独り善がりで、身勝手な、自分ばかりを追い詰めていることは自覚していた。


自覚していても止められないのだから馬鹿なんだろう。


周りを見ればこっちを見てくれている目があるのもわかっていた。


でも全部を預けることができない。



ごめん。

弱くてごめん。

信じられなくてごめん。


















連日の戦闘で『アルケミス』に何か不具合を感じはじめていたため、今の長い待機時に全部解消したいと思ってマークスさんに相談した。
未だ不明な所の多いSドライブは、少しの不調でも原因を突き止めないと後々大変になる。

「どうですか?マークスさん」
「推力が少し落ちてるね。問題はないけれど、気になるかい?」
「違和感はあります」

『アルケミス』の調整のため、運転と計測のために、俺とマークスさんは『アルケミス』を軽く動かしたあと、ミネルバの側面ハッチで頭を突き合わせて原因を捜していた。
基本パラメーターに問題はないことを確認した後、マークスさんは俺に質問した。

「例の感覚は?」
「少し、違う感覚があるんですよね。うまく言えないんですけど」

「なるほど」とマークスさんは頷いてパネルをたたいた。

「機体の損壊は直したし、駆動系に問題はない。そうするとあれに何かがあるんだろうな」
「・・・なんでしょうか」

制作元不明の太陽炉エンジン『Sドライブ』。その構造についての分析はできていても、能力は100%わかっていない。
俺にしか起きない起動時の不思議な感覚の正体も不明なままだ。

「仕方ないね。ご機嫌とりをしよう。艦長に許可を貰ってくるよ」

『アルケミス』が『好き』な日向ぼっこを続けることにしたマークスさんは、艦長にハッチの長期解放をお願いするため、俺にパネルを預けて内線を掛けにいった。
俺はその間に一端パネルを置いて、『アルケミス』の背後に登ってSドライブの収納部を開いた。
汚れや溶解がないかを再度確かめて、中に日が当たるようにする。
これで調子がよくなるかは、まあ賭けだ。エンジニアとしては最低だが。

「へえ、お前が『アルケミス』のパイロットか?」

不躾に放たれた声が下から上がってきて、俺は点検しようとしたのをやめて顔を上げた。
日の当たる場所から日陰へ視線を変えたせいで起こった明順応はすぐ終わり、鮮やかなオレンジの髪と赤服、胸元に輝く羽の形をかたどったフェイスの証が写った。
俺は急いで『アルケミス』の背から降りた。

・ヤマトです」

居住まいを正し、敬礼する。
その人は微笑んで敬礼を解かせた。

「やっと会えたな。――ハイネ・ヴェステンスルフだ。ハイネでいい」
「あ、はぁ・・・よろしくお願いいたします。ハイネさん」

やっと会えたってどういうことだろうか?
疑問に思いつつ、差し出された手と握手を交わして、目の前の人をまじまじと見つめた。
口の端を上げて、目元を細めている顔は、人懐っこさを感じる柔らかさがあった。ただ、瞳の奧にどこか人の上に立つ人間がもつ、強い意志のこもった輝きがあり、人と一線を引かせるものがある。
本人は何もわかっていないのか、気にしていないのか、手を離した後も世間話をしてくるように話かけてきた。

「しかし、これは何をしているんだ?」

周りを見回し、『アルケミス』を見上げて、ハイネさんが問うのは仕方ないだろう。
ここは貨物室ではなく、ミネルバの側面ハッチを開け放した所だ。普通なら戦闘以外で開け放つ所ではないし、停泊中とはいえ柵も何もないから危険だ。

「日向ぼっこです」
「日向ぼっこ?」

笑われるのを覚悟にそう言うと、ハイネさんは目をまるめておうむ返し、予想通り声をたてて笑った。

「真面目な顔で日向ぼっこって!お前面白いな」
「『アルケミス』には必要なんですよ。燃料補給ですから」
「へえ?」
「こいつに搭載されたエンジンは太陽炉を含んでいるんです。いざって時に動かなくなるのは困るので」
「――なるほどな。試験機体と同じ時に作られたのに、メカニック間でやけに声高かった訳はそういう事か」

この世にたった1つしかない動力炉。それを乗せた新しい機体を見上げてハイネさんは頷いた。

実際、Sドライブは理論上燃料補給は必要ないのだが、一部の人間を除いて補給が必要だということにしてある。核以上に長期稼働し、馬力もあるエネルギーは歴史上存在していない。
太陽光は半永久的に得られる資源だが、大昔に効率が悪いと判断されて以降、開発は行われていなかった。
そんな中、核と同様のエネルギー量を持ち、かつそれ以上の長さで稼動できるSドライブは発表の時期を見極めなければ新たな火種になりかねない。
機密情報として扱うことはデュランダル議長以下、上役についても満場一致だった。

外聞用の説明をして、ハイネさんはそれ以上追求してこなかった。
それ以上聞けないとわかったからだろうか。

「ところでお前、なんで整備なんてしてるんだ?メカニックに任せておけばいいだろ」

話を切り替えてきたハイネさんに、俺はなんと説明すればいいかと一瞬間が空いた。
それをどう受け取ったのか、ハイネさんの表情が悪戯めいたものに変わった。

「さてはお前も、ハブられてるとか?」
「は?」

なんの話だ?
瞬く俺を置いて、ハイネさんは「そーかそーか」と1人納得して俺の肩を叩いた。
そのまま肩に腕が回されて、ハイネさんの独壇場だった。

「お前も一緒に付き合えよ」
「え、あの」

どこに?というか、何に?

反応しようのない状態に困っていると、帰ってきたマークスさんと目が合った。
「ここは大丈夫」とマークスさんに言われてしまえばどうしようもない。
マークスさん、空気が読めすぎる。
俺はハイネさんに腕を引かれるまま連れていかれた。

ハイネさんは周りを見渡して、目当ての人が見つかったのか、手を上げた。

「アスラン!」

眉間に皺が寄った。
極力向かっている方向に視線を向けないようにしてハイネさんに従う。

「なんだよ。そんな離れた所に移動して」
「ハイネ・・・」

唸るアスランに、ハイネはまったくわかってないんだろう。なあ、と俺を見て、ふと表情を変えるとアスランと俺とを2回づつ見返した。
次第に笑いに顔が歪んでいくのが、なんというか。

「なに?お前ら。仲悪いの?」
「まあ、そうですね」
・・・・」

情けない声でアスランが呟いた。

「だってお前ら、昔からの知り合いなんだろ?友達だろ?」
「どこからの情報かは聞きたくないですけど、こいつと友達だとは思われたくないです」

俺の切り返しに、完全にアスランが沈黙した。

「なるほど。お前か。アスランが敬遠されてる原因は」
「知りませんよ」
「そう言ってやるなよ。アスラン傷ついてるじゃないか」
「そう言うあなたも蒸し返している時点で同罪ですね」
。ハイネ、・・・・それくらいにしてくれ」
「悪かった。悪かった。面白いなこいつ」

泣き声混じりの声に、ハイネさんはアスランを宥めた。
あんまり謝ってる気はしない。
面白いと言われたのは、俺なのか、違うのか。――どちらでもいいかと結論は放棄した。



その後はハイネさんへミネルバの案内をして、レクルームで親交を交えた。
ハイネさんはもうシン達とも顔を合わせていたらしい。先にいたシンたちと混じって雑談した。
シンが声をかけてきて、俺が笑って答えると「対応違いすぎるだろ!」と大笑いしていた。



ハイネさんの性格のお陰か、わだかまりが起こることなくみんな受け入れていた。
フェイスに任命されているだけはあって、観察眼も洞察力も優れている。
人の和を纏めることのできる、今のパイロットチームには確かに必要な人選だと思った。
ただ、ここまでミネルバに戦力を寄せるということが、この先の状況を不安にさせた。
きっとミネルバはこれからも戦闘が続く。でなければ増員もしない。

議長はどこまでを予想し、シナリオを作っているんだろうか。
この先に、何を見据えているんだろうか。











不安なことほどよく当たるのは嫌なものだ。
フェイスが揃って呼ばれたその少し後、マークスさんから地球軍が取り返しに仕掛けてくる事を伝えられた。
そしてその中に、オーブ軍が交ざっていることも。
いつかは来るだろうとわかってはいた。
連邦と同盟を組んだ以上、オーブは新参者として試される。
それはカガリさんがいてもいなくても同じだっただろう。
オーブの理念を掲げようとしているのが政府にカガリさんしかいないのなら。
他の政治家がカガリの足枷にしかなっていないと言うアスランの話が本当なら、遅かれ早かれこうなった。

案の定いろんな奴らが俺に対して大丈夫かと聞いてきた。
みんな俺がオーブ出身者なのは知ってるから、仕方ないとは思う。

シンとアスランが同時にやってきた時には、流石にきついと思ったけど。

、相手はオーブなんだぞ?」
「だからなんですか」
「お前はオーブと戦えるのか!?」

アスランの非難めいた問い掛けに、どこかうんざりした気持ちになった。
分かり切っていたけど、何でこいつはこう、めんどくさいんだろう。

俺に戦いたくないって言っててほしいんだろうが。そんなもの。もうとっくに葛藤する事はやめた。
やめることができた。
だから俺は逆に問い掛けることで答えた。

「なら、オーブじゃなかったら戦えるのか?オーブ以外はどうなってもいいってことか?」
「な、」

アスランが絶句した。
「違う、俺は、」自問自答しているこいつは、本当に何がしたいんだろうと思う。

誰とも戦いたくない。ずっとしていた葛藤だ。

もし、葛藤していたその時にオーブと戦うことになったら、きっと動揺していただろう。
けれど今は、少しだけ俺の気持ちも変わっていた。

俺の望んだ世界は、色んなものと戦わなければ得られない。
なら、戦いから遠い人達を守るために戦おうと、今は思っている。
それが産まれ故郷の人たちだとしても。

「俺が一番嫌なことは関係のない人たちが、死ななくていい人達が死ぬことだ。
 戦わなきゃならないなら、戦うさ」

アスランは言葉を失ったまま、俺を知らないものでも見るみたいに見つめ、シンは黙って頷いたのが視界に映った。

シンの目は、強い意志で固められてるみたいだった。
その目が何を決意したものなのかと不安になった。
シンは、どんな気持ちでいるんだろう。
アスハを恨んで、オーブを許せないシンは、無茶なことをしないだろうか。

「シンは、どう思った?オーブと戦うことを」
「え?」

話を振られるとは思ってなかったのか、シンが一瞬固まった。
少し考え込むように目を閉じたシンは、俺をまっすぐ見つめて答えた。

「――なんでだって思った。オーブはそこまで落ちたのかって。ムカついた。
 だからぶち殺してやるって、思ってた」

物騒な物言いに、アスランがシンを見て固まる。
「でも」とシンは話を続けた。

「俺は、お前がいれば間違えない気がした。
 オーブは倒す。だけど、それは、憎しみからなんかじゃない」

今度は俺が驚かされた。
頭を殴られた気分だった。
真摯でまっすぐなシンの言葉に、胸が震えた。
俺が知ってる怒りに染まった気持ちじゃなかった。シンはもう、恨むことで暴走する危うさを乗り越えていた。

自分が恥ずかしい。小さなことに不安になって。シンがこんなに成長していたことを気が付かなかった。
シンの背中が引き離されたように思う。なのにシンは、俺なんかのおかげなんて言うのかよ。
俺はそんな、何もしてないよ。馬鹿な理想を口先だけ言うしかできないのに。

「俺も戦う。お前と、戦える」

震える喉を、精一杯堪えた。
泣きそうな自分が、口端を上げさせた。

こんな俺なんかのために、シンは力になると言ってくれる。
人を遠ざけてばかりの俺を。

それがどれだけ俺を揺さぶるのか、きっと知らないだろう。


「―――――――ありがとう」


声が震えた。
きっとどうしようもなく情けない顔をしているんだと思う。

間違えたくない。
もう、何かを間違えないようにしたい。


こうして手を引いてくれる人がいるんだから。


前に進むことで、俺はそれに応えたいと思った。












みんなと別れた後、急いで目的の人を探した俺は、息を整えることも忘れてグラディス艦長に飛びついた。

「艦長!」

俺の声に、丁度角から現れた艦長がこちらへ振り向いた。
艦長は俺の様子に一度目を瞬いて驚き、けれどすぐに表情を改めた。

「すみません、お話があります」
「何かしら?」

少し嫌そうで艦長の表情は硬く見える。
もしも俺の発言が艦長の意にそぐわないものなら、きっと即却下されるだろう。

「『アルケミス』の通信傍受、・・いえ、クラッキングを、ミネルバ以外に使わせて下さい」

俺の進言を聞いて、艦長の表情がますます硬くなる。

「なぜか聞いてもいいかしら?」
「連邦の戦力を削ぐためです」

『アルケミス』に乗せているシステムなら、よほどのブロックシステムが搭載されていない限り、どんな組織でも入り込むことはできるはずだ。
さすがにシステムの破壊や改ざんは無理だが、潜り込んでデータを盗み見ることはできるし、通信を聞くこともできるだろう。
それだけでも、重要な情報になりえるはずだ。

俺がしたいことの意図に気がついたのか、艦長はやや困ったような、怒ったような表情で俺を見つめた。

「オーブを止める力が貴方にあると?」

予想通りだった言葉に、少しだけ息をのむ。
俺は、正直に答えた。

「ありません。だけど、止めるきっかけは、いくつも持っておきたいんです」

俺には何の影響力もない。
そもそも向こうにとってはただの敵だ。
そんな俺に、向こうが声を傾けるとは思えない。

それでも、それは絶対じゃない。
何か突破口さえ見つかれば、俺でもオーブをかく乱させることができると思う。

しばらく艦長は俺を見据えて、最後にははぁ、と、重くため息をついた。

「――――まあ、いいでしょう。」

艦長の言葉に、「ありがとうございます!」と頭を下げた。
急いでマークスさんと準備を進めるために方向転換し走り出そうとして、「!」と、艦長に強い声で呼びとめられた。

、貴方は一兵卒だと言うことを自覚しなさい。
 貴方ができることは限られているの。
 ――――――――――――そしてあなたは、一人じゃないのよ」

厳しい声で忠告されて、そしてその後に、艦長は柔らかく、けれど苦い表情で微笑んで俺を窘めた。

「―――――――はい」

その艦長の言葉の意味を、俺は多分半分くらいしかわかっていなかった。
それでも、その気持ちだけは受け止めて、俺は頷いた。


ただ、できるだけのことをしたい。
その気持ちだけが馳せていて。


俺は、走ることをやめることができなかった。 










シンに夢見てるのは管理人です。

2013.7.14