タリア・グラディスにはずっと懸念があった。

それはエースパイロットであるシンではなく、議長のお気に入りであり実力もトップクラスであるレイでもない。
パイロットクルー全員に一目置かれ、正体不明のエンジンを搭載したモビルスーツを唯一起動させることができる『アルケミス』のパイロット―――だ。

タリアには、は他の同期のパイロットたちの中で、最も危うい存在だと感じていた。

は、パイロットとしての腕は申し分ない。
状況を把握し、仲間の援護を行うことにかけては誰よりも長けている。
それは、戦闘成績がより上回るほかのパイロットたちにはない、彼の強みだ。
成長すればよい指揮官となることは、誰の目にも明らかだった。


だが、には軍人として致命的な欠陥がある。

敵を殺すことを良しとしないこと。
人を殺さない方法で戦うことを自分に課していることだ。


それは彼の優しさであり、弱さだとタリアは思う。


今までミネルバの益につながっているから何も言わなかったが、の戦い方は誰もが危ういと思っている。
武器だけを破壊し、時には移動力を奪うことは、敵にも味方にも得になるものではない。

それをも理解し、悩みを抱えていることは、人づてに聞いていた。


きっと、この子は長続きしないだろう
それが戦場での死を意味しているのか、退役を指すのかは、の運次第だ。

できればそれが、死ぬことではないようにと、タリアは願っていた。


















連合との衝突は、もう秒読み段階だった。


沿岸沖に並ぶ戦艦を見下ろして、俺は覚めた気分で通信から聞こえる会話を聞いていた。

『ようし、始めようか。“ダルダノスの暁作戦”開始』
『・・・・・・は?』
『なんだ知らないの?ゼウスとエレクトラの子で、この海峡の名前の由来の―――』

くだらないそれに、ひどくイライラさせられる。
こんなバカが一国の代表代理だなど、それも自分の故郷の、なんて、居たたまれなくて、腹が立つ。
その会話の発生源の、隊列中央の戦艦を見つめて、いっそ今すぐ沈黙させてやろうかとも思った。
長距離射撃重視の『バスター』の装備をした『アルケミス』なら、この雲の上からでもあの艦を落とすことができる。


「はい」
『まだ出たら駄目よ』

その不穏な俺の感情を読み取ったのか、タイミングよく艦長に釘を刺されて、「はい」と応えた。
この人、俺のことよくわかってるよな。

『アルケミス』を飛ばして空に隠れてから、俺はこちらに向かう艦隊をずっと観察していた。
通信傍受からの会話で、まんまとオーブは前線を立たされて、連合本隊は高みの見物を決め、甘い汁をすするつもりだというのも知っている。
通信傍受して、オーブの司令官であるユウナ・ロマ・セイランがいかに浅はかな人間であるか、そして、連合の司令官らしい軍人が有能であるかは、少しの会話だけで計り知れた。
あの司令官なら、ユウナなんて手のひらで転がすのも簡単そうだった。

オーブのハッキングは簡単だった。元々通信の周波数などを知っていたっていうのが大きいだろう。
連合空母のハックは今さっき繋げることができた。
はじめはオーブに攻撃をさせ、こちらが弱ったら総攻撃を仕掛けくる作戦だ。

元々こちらでも予測していた作戦だったが、実際にそうとわかることと、予想では大きく異なる。
相手の対応がわかる分、その対応に肉付けができ、こっちの一手は強いものにできるからだ。
通信内容は直接ミネルバの艦長に繋げている。
俺一人が聞いて情報を得ているよりも、そのほうが行動の幅は広がる。
だから、ミネルバクルーのほとんどが、オーブの今の愚かさを聞いていた。

――――まずはオーブだ。
彼らを沈黙させて、空母の戦力を引きずりだし、さっさと終わらせる。

『モビルスーツ隊、発進開始!』

オーブの号令が通信ごしに届いた。
こちらも5つの砲身を艦隊に向け、ロックをかける。

『モビルスーツ隊発進開始。第一、第二、第四小隊発進せよ』
『イーゲルシュテルン起動!オールウェポンズ・フリー!』


それを合図に、作戦通り、左翼の戦艦の両側にレーザービームを打ち込んだ。


『――――っなんだ!?』


盛大な水柱が戦艦を包み、津波がオーブ艦の隊列を乱す。
望遠カメラに写った艦隊のハッチが間違いなく歪んで機能できなくなったことを確認し、にの右翼の戦艦へも、同じように両側に打ち込んだ。

『なんだよ!?どこから!??』
『各艦モビルスーツ発信!体勢を立て直せ!』

残念だけど遅い。
ハッチが開き掛けていた戦艦を狙い、もう一隻を沈黙させる。
モビルスーツの発進口は完全に把握している。入り口を歪ませてしまえば、発信するためには入り口を爆破するか、歪みを修理しなければならない。
これで半分は、しばらく使い物にならないはずだ。

『上空に、とは、面白い真似をしてくれるな』

空母通信から聞こえた低い声に、ふと、擬視感を感じた。
連合の司令官の声だというのは、知っている。

―――――――――でも、この声をどこかで聞いたことがあるような・・・・?

気になる感覚がなぜなのか思い出す前に、攻撃を受けていないオーブ艦からモビルスーツが出撃したのを確認して、考えることを止めた。
出撃した数から察するに、艦内すべての動けるモビルスーツが発進している。

乱戦になることは明白だった。

『熱紋確認!一時の方向!数三十!』
『モビルスーツです!機種特定。オーブ軍「ムラサメ」「アストレイ」』
『「セイバー」「インパルス」発進。離水、上昇。取舵十』

ミネルバからの音声を聞いて、下側に飛んでいるモビルスーツ群を見下ろした。

まだ戦いたくない気持ちが強いが、戦わなければならない。
戦火の中にいることを選んだのはオーブだ。それを国民が望む望まざることに関わらず、止めなかったのは、オーブの責任なんだから。

、貴方もよ』
「はい」

距離をとりつつ、砲身を定めた。
この光景を見たら、きっとカガリさんは泣くんだろう。

だけど、オーブを離れたカガリさんに、できることはない。

戦うことが、もう定められてしまったから。

もう誰にも止めることはできないんだ。





昨日までは、何かオーブの進撃を止める手立てはないかと考えていたんだ。
でも、実際に戦場に出て、オーブの状況と指揮官の行動を見て、聞いて、これはもう回避できないところに来てしまったんだと諦めざるおえなかった。

軍人は上の命令に逆らえない。
ましてや今は連合と同盟を組んでいて、立場的にも危うい。

何より、どうしようもないオーブの司令官は、自分の利益しか考えていない人間だった。


カガリさんの理念に最も離れている人が、カガリさんを拘束し、考えることを、止めていたのだろう。


カガリさんは何もできず、言うがままになっていた。


そして、その結果が、この状況なんだ。









戦闘がはじまってすぐ、オーブの劣勢は明らかになった。


3機のモビルスーツに殆ど手が出せず、オーブのモビルスーツは数を減らしている。

シンもアスランも本当に強い。
そして、機体はデュートリオンシステムがあるから、エネルギー切れが起きて行動が不能になるかもしれないという万が一の心配もない。


『たった3機に何をもたもたやってるんだよ!』


オーブ側からの、ユウナの声に焦りが滲んでいた。

勇勢であることを確たるものとするため、
戦闘を終わらせるために、ミネルバが主砲を起動させる指示が聞こえ、主砲が開かれるのが見えた。

ぎくりとするが、頭ではそれが最善だとわかっている。
必死に止めたくなる思考を押さえ込んで、目の前のモビルスーツに集中することを意識し、3機を戦闘不能にした。


モニターに新たな光点が現われたのはその時だった。


まっすぐに、通常のモビルスーツの速度を上回る速さでまっすぐ迎う先は、ミネルバだ。

「ミネルバ!」

連合の新手かと機体を反転させる。

肉眼で見えたのは、放たれる直前に打ち抜かれたミネルバの主砲と、青い翼のモビルスーツ。


見覚えがある。

記憶を掘り返した瞬間に、全身が総毛出った。



「『フリーダム』・・・」



過去、キラが乗っていたモビルスーツ。
先の大戦で最強と噂され、その消息を消した英雄機。

アークエンジェルと共に横槍を入れてやってきたその機体を、そのパイロットを予想して、なぜ、とただ疑問だけ浮かんだ。



なんでこんなタイミングで、出てくるんだよ。



オーブも、連合も、ザフトも動きを止めて、介入者に警戒していた。

誰もが見守る中、アークエンジェルから淡い紅色のストライク、――『ストライクルージュ』が飛び出した。
その左肩部にはカガリの紋章である獅子の横顔がある。


『私はオーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハ!
 オーブ軍!直ちに戦闘を停止せよ!』


その機体から全周波数で訴えられた内容に、ああ、馬鹿だなと、全部を理解してしまった。
理解できた。

その願いも、思いも、俺と同じだから。

誰一人戦って、命を落としてほしくないという、エゴの固まり。
どうしようもない空想と詭弁の押し付けを、俺も望んでいたから。


だけど、それは、無理なんだと。わかってしまったから。
もしもできるのなら、止めたいと思っていたけど。
今はどうしたって叶わないと、わかってしまったから。



『これはどういうことですかな?ユウナ・ロマ・セイラン』



聞こえた声に、まずいと思った。
ただでさえ今、カガリとアークエンジェルが出てきてオーブは不安定な位置に立たされたのに、連合から圧力がかかったら、あの馬鹿司令官が何を言いだすか分からない。

『あれは何です?本当に貴国の代表ですか?ならば、なぜ今頃、あんなものに―――――』

連合の回線だけ潰して、会話をぶった切った。
『なんだ!?』『通信が切れたぞ』『なぜ繋がらなくなった』と、オーブも連合も動揺している。
通信網を掌握している『アルケミス』に気付くのはもう少し後だろう。

遅すぎたか、間に合ったかは、ユウナの反応次第だ。

もう、オーブのモビルスーツ隊はすべて行動を止めている。
このまま膠着してしまえば、連合はオーブを下げるしかない。

だが、願い叶わず、ユウナが出した答えは、最低だった。


『あ、あんなもの!私は知らない!!』


連合の圧力に負け、自分の栄誉と名声にしか興味のない男は、国の上に立つものとしての矜持すら見失って、わめき散らした。


『あの偽物とかっ、あの疫病神の艦を撃つんだよ!攻撃開始!』
『貴方という方は・・・・!』


どうやらユウナ以外の軍人は総てカガリを支持している人達らしく、ユウナを非難する声しかいなかった。
だが、次のユウナの声で、風向きは変わった。

『でなけりゃこっちが地球軍に撃たれる!オーブもっ!』

そうだ。たとえ今、オーブがウズミ代表が掲げた理念の元に行動するとしても、地球軍は黙っていない。
反旗を翻した元同盟国など、地球軍は喜んで叩くだろう。

そして、オーブが出した答えは、司令官に従うことだった。

『上空の不明機、並びに所属不明艦に警告する。
 貴艦らを、我が国の国家元首を名乗り戦線をかく乱しようとするものとみなす。速やかに当海域を立ち去れ!
 さもなくば、敵性勢力として排除する』

オーブ側からの勧告はなんの意味を持つのか。それを考える。
今できるこの行動こそオーブの現状なのだと、カガリさんに伝えるものだと思った。

俺はすぐさま打ち上がった爆撃を狙って迎撃した。
ほぼ横からの俺の一撃と、『フリーダム』が放った迎撃で、オーブからの攻撃はすべて打ち落とせた。
『ルージュ』も『フリーダム』も無傷だ。

!貴方、なにをしているの!』

『何をする、オーブ軍!私はっ』

艦長とカガリさんの声が重なる。
ミネルバとの通信をそのままにして、俺は『ルージュ』との通信を繋げた。

「カガリさん、これが、貴方が選んだ先だ。貴方が迷い、見失ってしまったから、掴んでしまった現実だ」

『ルージュ』と『フリーダム』に近づくと、『フリーダム』が警戒する。

だが、攻撃はしてこない。
それは、彼らの意図が殲滅ではないことと、俺が武器を相手に向けないからだろう。

「こんなの、認めたくないよな。辛いだけだよな」
・・・』

距離を空けて、2機と対面する。
そして、2機に背を向けた。

はたから見たら、俺がこの2機に着いたみたいな形に見えるかもしれない。

「カガリさん、どうして今なんだ。何でもっと早く、オーブに帰らなかったんだ。戦いが始まってしまう前に、帰れなかったんだ」

連合のモビルスーツは既に発進していた。
オーブのモビルスーツも迫っている。

「どうしてこんなタイミングで、出てきたんだ!」

背部の砲門をオーブと連合に向けて、可能な限り打ち落とした。

!やめろ!!』

カガリさんの制止はこっちが打ち出し、連合軍のモビルスーツに着弾する瞬間だった。
まだまだ向かってくる機体を狙い、武器や局部を破壊する。
向かってくるモビルスーツ、発射されたミサイルを迎撃し、俺はカガリさんに一方的に語り掛けた。

「カガリさんの声は、ちゃんとオーブ軍に届いてたよ。
 でも、今は、駄目なんだ。今じゃ駄目なんだ」

今ではオーブを元の位置に戻すことはできない。
この戦いも避けられない。

それをできると否定してほしかった。

でも、カガリさんの言葉はない。

「カガリさん、カガリさんが止めたいのは、オーブが戦うこと?それとも、争いそのものなの?
 それは、戦場で動かないと、止められないのか?」

どんなに問い掛けても、カガリさんの答えは無かった。

息を飲む音だけが聞こえて、会話は終わった。

通信を切断して、今度はグラディス艦長へ声をかける。

既に、残りのモビルスーツが発進していた。
ルナとレイの『ザク』は飛行ユニットがないからミネルバに着鑑したままだが、ハイネの『グフ』は空を滑空して連合モビルスーツへ向かっていた。

これは馬鹿なことかもしれないと思いつつ、俺は艦長に頼んでいた。

「艦長、戦闘はミネルバからなるべく離れないよう、極力向かってくる敵だけを迎撃するよう指示してもらえないでしょうか」
『どういう事かしら?』
「この先、『フリーダム』・・・突然介入してきたモビルスーツと不明鑑が、戦闘を止めるために武力介入してきます。
 命に関わる攻撃はされないと思いますが、武器や機動力を奪われた直後に連合に攻撃されれば危険です。」
『なぜ彼らの行動がわかるの?』
「俺の戦い方の見本は、彼らだからです」

俺の答えに、艦長は暫く沈黙し、探るように俺を見つめる。

嘘は一つも言っていない。
実際、人を殺さない方法の手本は『フリーダム』だ。
先の大戦で活躍した映像を偶然手に入れて、見ることが出来たから、具体性を持って動けた。

思うとおりの結果になったかは、また別の事だけれど。

艦長は俺へ問い掛ける。

『貴方は、ただ止めるためだけに、あれが来たと思っているの?
 そして、間違いなく止められる程の力があると?』
「おそらくは」

もしも、大戦での活躍が本当ならば、本気で止めなければ『フリーダム』の介入は防げないし、連合の相手を片手間にできる余裕もないだろう。

『アスラン、貴方もそう思う?』
『・・・先の大戦で、彼らは確かにそういう戦いをしていました。
 『フリーダム』と連合。同時に戦うことになれば、おそらくこちらにも被害は出るでしょう』

もう一人、確実に知っている人間の言葉に、『俄かには信じがたいけれど・・・』とぼやいても、ここは飲むしかないのかと思ってくれたようだ。

『そもそも私達の今の使命は連合を落とすことではなく、連合を追い払うことよ。意図がなんだろうと彼らがその助けをしてくれるならば、それを使わない手もないわ。
 ハイネ、承諾してくれたかしら?』
『司令官殿の仰せのままに』
『レイとルナには私から言うわ。シンには、貴方から伝えて。
 それから――――貴方が何を知っているのか、すべて話してもらうわ。
 貴方と、彼らの関係も全て』

拒否権は、ないな。
有無を言わせない、艦長の言葉に「はい」と、答えるしかない。

言って、この後の自分の立場はどうなるだろう。

その事を考えるには、今は死と隣り合わせで、余裕もない。


「シン、聞こえるか」


『インパルス』へ通信を繋げて、また一つ、機体を打ち落とし、オーブ鑑の武器を破壊した。
























『カガリ、残念だけど、もうどうしようもないみたいだね』

『フリーダム』の、キラの言葉に、オーブからの攻撃に打ちのめされても、それを止めようと呼びかけていたカガリは、言葉を止めた。
泣きそうになる自分に、キラの言葉は淡々と、カガリの体を切り刻む。

『下がって。あとは、できるだけやってみるから・・・・』
「キラ!!」

『フリーダム』が、数多のモビルスーツに迫られているミネルバへ機体を向ける。

『カガリ。ひとつだけ、教えて』

飛び出す前に、キラから問いがかけられて、カガリは何かと疑問を巡らせた。

『あの、ザフトの白いモビルスーツは・・・、なんだよね』

そして問われたそれに、息を詰まらせた。
それでも、カガリはしっかりと頷き、肯定した。
『そう・・』と言うキラの声は無機質で、何も感じていないようにも聞こえた。
だが、何も思わないはずはないのだ。

「キラっ」
『同じものを、見ているのかな。・・・僕たちは』
「え?」

キラは暴走しないかと、カガリはキラを呼んでいた。
それに答えるものなのか。それとも独り言なのか。キラは、また淡々と呟いた。

『離れていても、僕たちは・・・』

同じだと、思いたい。

最後の言葉は、キラの胸の中だけにしまわれた。
自分が今、悲しんでいるのか、喜んでいるのか。それも、キラの心の中だけにしまって、『フリーダム』を戦場へと向かわせる。

あの、先ほど見た戦い方。
自分に似た、相手を殺さない戦い方が、の望むものであるならば。

複雑だけれど、どこかでキラは喜んでいた。




















2013.11.17