キラのせいで犠牲になった人がいる。 そんなことは、あいつが戦場にいた限りあり得ることだとわかっていた。 俺が傷ついたって、その人には関係ないし、嬉しくもない。 解決すべきは当事者たちであって、どんなことを言おうが、良くも悪くも俺は無関係だ。 レイのときだって、仕方がないって割りきれたじゃないか。 そう言い訳を考えてしまうくらい、俺はシンとキラのことに随分とダメージを喰らっていた。 あの後、結局部屋に戻る勇気がなく、俺は『アルケミス』に逃げていた。 コックピットの中で一夜を明かして、翌日。目を開けて考えたのは、このまま引きこもれたらどんなに楽だろうかと、逃避の虫が囁く誘惑だった。 「おはよう、青春真っ只中かな?」 そんな俺の現実逃避も、すぐに諦めさせられる。 コンコンとフレームを叩いて、ハッチから覗いてきたのはマークスさんだった。 やさしげな笑顔をいつも通り浮かべてこちらを見つめるマークスさんに、なんとなく「しっかりしなさい」と叱咤されている気がして、俺はため息と一緒に観念した。 「・・・引きこもりはやめにします」 両手を上げて、めくるめく機械マニアになることを宣言する俺は、意気地がないと思った。 *** 所変わり、ミネルバの艦長室には、シンとレイが呼び出されていた。 「探索任務・・・でありますか?」 不満気な声でシンが鸚鵡返すと、アーサー副艦長がたしなめた。 アーサーは今回の任務の必要性と重要性を語るが、別のことに悩んでいたシンには届かなかった。 (これじゃ、に会えないじゃないか) 探索任務でどこまで行くかはわからないが、下手をすると1日任務に費やされることになる。 そうすれば、今日はに会うこともできなくなるだろう。 は平静を装うだろうが、昨日の傷ついた表情を見て、真実なんとも思ってないと思えるほど、シンはとの交流が浅かったとは思っていない。 苦しい時ほど笑う人間だと、シンは知っている。 昨日のことについて、シンは落ち着きを取り戻していた。 ずっと憎しみの対象だった、あの艦と『フリーダム』。 がその家族だなんて、シンは考えたこともなかった。 家族をすべて失ったと悟ったときに上空に現れたあの機体を、シンは忘れたことは一度もない。 あれが家族を殺した弾を放った確証はなくとも、シンの中では犯人と同義だった。 カガリと知り合いだと知った時よりも激しい怒りに襲われたシンは、裏切られた気持ちのままにをなじった。 傷つくに罰の悪さを感じ、どうにか修めようと思った気持ちを、タイミング悪くが指摘するから、爆発してしまったのだ。 ――――は、悪くないのに。 怒りが自己嫌悪に変わった後、が部屋に戻ってきたら謝ろうと思ったのに、戻ってこないどころか、搭乗機に引きこもられてしまって、シンは完全にタイミングを失ってしまっていた。 そして今回の別任務では、最悪、戻ってくるまで会話することができない。 「あの。この任務、も一緒には、駄目、でしょうか?」 早く謝りたい気持ちと、仲違いの状況を治したくて、シンはグラディス艦長に提案した。 昨日の動向を知られている手前、却下されるかと思ったが、グラディス艦長は苦笑を浮かべつつも頷いてくれた。 「今は距離が必要と思ってだったのだけれど。 そうね、の情報処理能力は必要になるはずだから、貴方が問題ないなら構わないわ」 「っ!、ありがとうございます!」 艦長の計らいに、シンは深く頭を下げた。 「には貴方から伝えなさい」との艦長の言に従って、シンは早速の元に向かうべく、格納庫へ急いだ。 駆け足に近いシンの後を、なぜかレイも着いてきて、別で支度を済ませると思っていたシンはレイへ振り返った。 レイはシンの視線に気付くと目線だけ向けて、いつもの無感情な口ぶりで、シンに伝えた。 「別に帰った後でもよかったんじゃないか?」 ほんの少し含み笑うレイに、見通されている気がしてシンはむっとなる。 「あんなことで、がお前を嫌うはずがないだろう」 「――――だから、早く謝りたいんだよ!」 怒鳴るように言い放って、更に足を早める。 そんなシンを見て微笑むレイには、シンは気付かなかった。 *** 「探索任務、ですか?」 「そ、シンとレイがな」 『アルケミス』の整備に参加している俺へ、『グフ』の調整を終えたハイネが冷やかし交じりにそう告げた。 『フリーダム』に手足と武器を切られた『グフ』は、ハイネ専用の特別仕様のため、パーツがすぐに揃えられなかった。 先日やっと届けられて、ついさっきまでパーツの接続調整を行っていたのだが、それが終わってすぐ、ハイネは俺を見つけるなりにやにやと楽しそうに近寄ってきたのだ。 そしてシンたちの任務のことを告げて、「俺らは留守番」とハイネは笑顔を深めた。 俺はそれに淡々と「そうですか」と相槌を返した。それしかできない。 仲たがいの状態が続くのは胸にしこり残すけれど、艦長の決定ではしょうがないと言い聞かせる。 探索任務なら、シンとレイで不足はない。 もちろん人員が多ければ多いほど時間は短縮するだろうが、いくら待機中でも、何か起こった場合を備えておくに越したことはない、ということだろう。 戦闘に勝利するには確率は低いが、パイロットが2人いれば、戦線をしのぐには十分だ。 そう完結させて、俺は調整パネルに視線を戻した。 「なんだよその返事」 「なんだよって言われても・・・なんなんですか」 不服気に絡んで腕を回して首を絞めてくるハイネに、俺はただ困惑するだけだ。 「シンと喧嘩したんだろ?」 「それがなにか?」 大きくため息ついて「なんだそのことか」と思う。別に大騒ぎすることじゃない。 仲違いのままのことを考えれば胸は痛むが、だからって俺が連れて行ってくれと泣いて懇願することじゃない。 「つまらん」 再び整備に戻る俺へ、またハイネは不服を漏らした。 「つまらんぞ。。お前はまったくもって後輩甲斐がない!」 「はあ?」 何を言い出すんだこの人は。 「友達と喧嘩をしている状況の癖に、なんだその淡々とした態度は!! ちょっとは可愛らしくしょげてみせるとか、そういう態度を取れないのか!?」 なんで、そんな怒るんだこの人は。 「後輩がすれ違い、心を痛めている。それを先輩が相談にのってやろうというのに!」 「・・・からかいたいの、間違いじゃないですか?」 真剣な顔をし、大仰に言うハイネにやや呆れて指摘すると、ニヤリと笑われて「バレたか」と呟かれた。 どう見ても本気が見えない言い回しに、本気が混ざっていると思うほうがすごい。 けれどその顔もすぐに真面目になって、ハイネは俺へ真摯な目を向けた。 「もちろん半分は真剣に心配してるさ。お前らはうちの要なんだからな」 「そう言ってもらえるのは、嬉しいです」 だが、からかいの対象にされるのはいただけない。 「そこは素直なんだな」 「冗談で言ったんですか?」 「いいや本音だ」 にやにやとハイネが笑って、俺たちは見つめあう。 こんな言い合いでも、俺は少しだけ胸のつかえが取れていることに気がついて、ほっと口元が緩んだ。 この人とは気がねせずに言い合えて、楽だ。 結局その話はそこまでになり、そのままハイネは俺の傍で整備を観察し、茶々をいれられつつ、続きをしていた。 「!」 少し夢中になっていたんだろう。ハイネに気を取られていた俺は、怒ったような呼び掛けに驚いた。 何事かと声の方を見て、さらに驚く。 近寄ってこないと思い込んでいたシンとレイが、『アルケミス』の足元にいたからだ。 「シン、・・・どうした?」 「・・・任務に出る。準備をしてくれ」 「?『インパルス』と『ザク』なら、」 「じゃなくて!お前も一緒に任務だ!」 まばたきを一回して、「えっ」と思わず声が出た。 俺が、任務? 「任務はシンとレイだけって、聞いたけど?」 「行き先は廃棄された研究所だって。・・・お前、ハッキングは得意だろ!だから!」 任務の作戦中に、何かが変わったんだろうか? 怒鳴るシンの言葉を何とか飲み込んで、俺は無理やり任務へ気持ちを切り替えた。 「―――わかった。すぐに準備する」 頷くと、シンの表情がふ、と緩んだ。 シンも頷いて、俺へ近寄る。 「昨日はごめん」 俯きがちに呟かれたそれは、しっかりと俺の耳に残る。 シンへの好意に比例して、胸の奥が熱くなる。 「大丈夫」 表情が崩れるのは、制御できそうになかった。 「俺もごめん」という前にシンが踵を返してしまい、かなわなくなってしまった。 仕方ないと割り切って、俺も準備のためにマークスさんの元に行き、『アルケミス』の発信準備を頼む。 マークスさんは二つ返事で了承し、やさしく背中を叩かれた。「よかったね」と囁かれて、気持ちが浮上していることを自覚する。 シンとの亀裂がないことに、俺はかなり安堵していた。 マークスさんへ笑って返して、急いでシンとレイを追いかけた。 「ほんと、先輩がいのない奴らだな」 そんなやり取りを見ていたハイネが呟いた不満げな声は、遠く離れた俺たちには届かず、トレーラーの準備をするマークスさんだけが「本当にね」と相槌を返した。 探索任務の目的地は、地球軍のものらしき研究施設だ。 先遣の話ではすでに廃棄されているらしいが、武装勢力が残っていないとも限らない。 そのためモビルスーツで出撃し、戦闘に備える。 『探査ポイントは地図の通りだ』 「確認した。ずいぶん人里から離れてるんだな」 レイから渡されたデータを開き、感想を漏らす。 エーゲ海海岸沿いにある、山脈の麓に示された光点は、パッと見て山と森と海に囲まれたどこからも隔絶された場所に思えた。 『研究施設なんだから、街中に構えてる訳ないんじゃないか』 「まあ、そうなんだけどさ」 シンの声に答えつつ、調べた連合のデータを閲覧、照合する。 出てきた答えは、存在しないだった。 「連合の公式な研究施設じゃないな。これは」 『はぁ!?』 『だろうな』 俺の言葉に、二者がそれぞれ反応する。 『え、待てよ。なんで断定できるんだよ!』 「今、連合の公式ページ見てる」 『なんで見れるんだよ!!?』 まあ、そうだよな。普通のモビルスーツにネット環境はついていない。地図や指示、その他の情報は搭載しているHDにデータバンクとして入れ込み、それを使うのが基本だ。 そのせいで毎回アップロードが必要になり、常にモビルスーツはデータの更新が入る。 また、データの受信送信はできても、持ってないデータを外部から入手することはできないようにもなっている。そもそも戦闘時以外機体を使うことがないのが大きな理由だが、ネット回線を置くことはGPSをしょって歩く行為だからだ。隠密行動が敵側に知られたら元も子もない。 ただしそれは通常のモビルスーツならばの話だ。 『シン、機体を受け取ったときに説明があっただろう』 『・・・・・・『Sドライブ』?』 レイの指摘に、シンは半信半疑に呟いた。 そう。『アルケミス』は、抱えているエンジンの恩恵でネットを使用できるのだ。 『Sドライブ』稼働時に放出される特殊粒子は、1種のジャミング効果がある。その効果を利用して、『アルケミス』を察知させないように環境を構成している。 ステルスも目じゃない特殊性だ。 『なんでもありだよな。その機体。そういや、タンホイザー並の火力持ってなかったか?』 「それは言い過ぎだよ」 シンの言を否定する。『バスター』の武器には流石に陽電子ほどの火力はない。 話にはなを咲かせていたところで、目的地にたどり着いたようだ。 『見えたぞ』とレイの通信が入り、会話を中断し、ズームカメラで目標を捕らえた。 そのまま3機はお互いの間隔を開けて建物に近付いた。 肉眼で見える距離になった施設をカメラでズームし、動向を観察するが、なにも動きはない。 前回の戦いで連合の戦艦にやったのと同じ要領で建物内のシステムに入り込み、話通りに稼働していないことがわかった。 「中は稼働してない」 『旋回して降りるぞ』 『了解』 警戒を怠らずに注意して降りる。 建物の周囲も目視確認するが、不気味なほど何もない。ただ建物と、棄てられたように無造作に置かれた車位しかなく、人どころか生き物の気配もない。 施設内に降下し終えても、動きはない。 「やっぱり、廃棄されてそうだけど」 『降りて確認する』 『まて、シン。武器の携帯は怠るなよ』 『わかってるよ』 シンとレイが機体から降りていく。俺もと思ったがレイからすぐに『は周囲の警戒を』と指示されて、応じた。 二人が特に大きな施設に入ったのを見送って、何が起きてもいいように武装をセットしておく。 しばらく暇をもてあますかと思いきや、予想以上に早くシンたちが外に出てきた。 感知センサーのアラームに気付き足元のカメラワークがピックアップされる。 レイに肩を貸すシンが焦ったように通信で訴えてきた。 『!レイが!』 「――ミネルバに救援を求める。シンは?大丈夫か?」 『平気、だけど。突然レイの顔色が悪くなって…』 「わかった。レイを楽な姿勢にしてあげて。俺もすぐ降りる」 シンとの通信を切って、すぐにミネルバに繋げる。 グラディス艦長に救援を求めると、すぐに応じてくれた。 『――――貴方も施設内には入らないように』 「はい。――申し訳ありません」 『想定の範囲内よ。気にしないで。 細菌感染の可能性があるから、二次被害は起こさないように警戒して。すぐに向かいます』 頼もしい館長の言葉に敬礼し、通信を切った。 そのままコクピットの中で待機しているわけには行かない。俺はヘルメットを装着して外に出た。 機体から降りてあたりを見回すとインパルスの足元にレイをもたれさせ、その横でシンがしゃがみこみレイを不安気に覗き込んでいる姿を見つけた。 駆け寄ってシンの反対側からレイを見て、怯えるように目を閉じている彼に不安が過る。 こんなになったレイは初めてだ。 「ミネルバを呼んだ。すぐ来てくれる」 「ああ。・・・・・・レイ、大丈夫だよな?」 「確証は持てないけど・・・」 レイの様子を一通り観察する。顔色が悪く、呼吸は乱れがちだが熱はない。脈も早いが次第に落ち着いていっている。 「レイ。レイ、大丈夫か?」 一般的な感染とは違うように見えるが、医療知識の乏しい俺では測りかねる。 とにかく意識は正常かと、レイの肩をゆすった。 「さわ、る、な」 すると不快に身をよじり、レイが言葉を返す。 瞑っていた目を辛そうに開いて、視線が俺へ向いた。 「レイ?」 問うような視線だった。 今にも泣きそうな顔は、ほんの一瞬視線が交わった後、ほんの少し反らされる。 「どうして、お前は同じじゃないんだ・・・」 こぼれた呟きはくぐもっていて、聞き取り辛かった。 意味を反芻して、困惑する。 どういう意味かと尋ねようとして、レイが苦鳴を漏らして額と胸を押さえ込んでうずくまったため、あせった俺とシンは気を取られ、結局その答えを聞くことはできなかった。 『ただ作れるから、作った』のだと、あの人は言った。 直接言われたわけではなかった。 父と信じていたあの人と、その親友であり誰よりも大切なギルとの会話を漏れ聞いて、知ってしまった。 おぼろげながらも覚えている記憶。 幼い自分に仕向けられる、幾多の実験。 苦痛に泣き喚く同様の子供たち。 『廃棄』と、棄てられる稚児。 あれは悪い夢だったのだと、悪夢に魘される自分を慰めたのはギル。 救ってくれた。 けれどこの心には大きな大きな傷跡が、今も血を流して存在している。 自分が生まれた意味とはなんだ? 望まれ生まれなかったこの体にいったい何の意味があるのか。 まっとうな人として生まれなかったこの体の、生が、意味を持つのか? 意味はギルが作ってくれる。 だからそれでいい。 なのに、お前は。 お前たち兄弟は。 生まれは自分と同じなのに、人のように存在している。 その表情を曇らすことなく、人として苦悩し、望みを抱き、『生きている』。 何が違うのだ。 お前たちと自分の何が違ったのだ? ずっと答えを捜し求めて、そして今も、答えはない。 |