誰かが囁く。 幸せにしてなるものかと 茨の道を進み続けろと 安息などどこにもないのだと 誰かが、 何かが囁き続ける。 呪いのように。 真実だと告げる。 闇よりもさらに暗い所から、 閃光のさらにその先から。 重く、冷たく、囁き続ける。 そして それと同時に、誰かの悲鳴が聞こえるんだ。 そんな夢を、毎日のように見る。 ただ日常に帰りたいだけの僕を、戦うことを止めたい僕を叩き付ける。 そして悪夢はいつまでも、どこまでも追いかけてくる。 僕の心を蝕み侵食して。縛り付ける。 『テスト戦闘終了よ。上がってちょうだい』 シモンズさんの通信を聞いて、僕は戦闘態勢を解いた。 目の前にはストライクと同機の、カラーリングが違うモビルスーツが立っている。 僕はペイント弾と模擬剣を下ろして、モビルスーツから降りるために所定位置へと機体を歩かせた。 こういう事なら、いくらでもできるんだけどな・・・・ 終わった模擬戦に、僕は溜息をついた。 オーブに入ってから、どれだけたっただろう。 突然OSの開発立案を頼まれた時は何事かと思ったけど、どうしたって僕に拒否権はないから承諾した。 役に立つなら嬉しいし、開発も嫌いじゃない。 ただ、それを作った後に、どれだけの命が消えていくのかが心配なだけで。 ここがオーブで心底良かったと思う。 オーブは自国を護るためには武力を酷使するが、他国を侵略はしない。 ・・・・・・・・だからといって、血が流れる事実は変わらないけど。 こういう思考に陥ると、いつも脳裏に二人の顔が浮かぶ。 敵として出会ってしまったバルトフェルドさん。 父親を失った時のフレイ。 思い出す度にヒリヒリと身体が悲鳴を上げる。 泣きそうになる。 頑張っているのに報われない。 したくないのに止められない。 終わらない負の連鎖。 答えを出せない矛盾。 そして、いつも心を慰めてくれる弟の姿。 怒った顔だけでも 心配そうな顔でも 滅多に見ない笑った顔でも 何でもいい。 何でもいいから浮かんでくることだけが、僕の支えになる。 変わらないでいるんだと、安心する。 『キラくん。終わったらすぐこっちに来てもらえるかしら』 「はい。分かりました」 通信を切ってストライクから降りる。 何か不都合でも見つかったんだろうか。 修正となると時間がかかるかもしれない。 ヘルメットを取って、駆け足で更衣室へ向かった。 「ほら。今走ってったのがキラだ」 カガリの言葉に、俺は呆然とした。ガラス窓にへばりついたまま、動けなくなる。 一体兄貴はどこにいるのかと聞けば、まさかモビルスーツに乗っているなんて・・・! 羨ましいぞキラ・・・・・・・・・・って、いやいやいやそうじゃなくて。 「なんであいつ。こんなのに乗ってるんだよ・・・・・」 よりによって、軍の、戦闘機。 一般人が乗っていい代物じゃないだろ。 「それは、本人に聞くんだな」 私が言ったと知ったら、キラは怒ると思うしなと、カガリが俺を見て言う。 その目は真面目で、冗談なんて一つもなくて。 背筋がざわつく。 兄貴が死んだと信じられなかった時に似てる。 答えが出かかってるのに、絶対にそのカードを取りたくない感覚だ。 なんにしても、まず一発殴る。 とりあえずそう意気込んで、俺は嫌な考えを頭から消した。 「ところであれのメカニックとかって・・・・」 「閲覧不可よ」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・あ。そうですよね。 『トリィ』 更衣室に入ると、すぐに置いて行ったトリィが出迎えてきた。 ほんの一瞬トリィの翼が頬を打ち付けて、なんだか置いていったことを怒られてる気がした。 思考回路なんてついてないけど、時々感情があるように動き回るトリィを作ったアスランに感心する。 ・・・・・・・・・・・・・そういえば、との思い出もあたっけ。 (水に落としてショートさせてしまったトリィを、一緒に直したんだよなぁ) ボロボロ泣いて落ち込む僕を宥めて、は一生懸命修理を手伝ってくれた。 直った後は二人で喜んで、トリィは一番にの頭の上に乗っかって、はそれにぶすくされて。 それからよくの頭の上にいるトリィを見るようになった。 (もう・・・・・・・やだ) ずっとずっと、こうだ。 アスランと再開してから。 ガンダムに乗った時から。 人を殺したときから。 ずっとずっと、僕は在りし日の記憶を思い出しては、今の異常な現実に打ちのめされる。 平和な世界は夢の中でしかなくて。 その夢も今はもう悪夢以外なくて。 ぐるぐると同じことばかり考える。 あの日僕に、違う道はなかったのかって。 思わなかったなんて嘘。 何度も考える。何度も、何度だって。 今頃母さん、父さん、と一緒にいた道があったんじゃないかって。 そして 「いいかげん、行かなきゃ」 みんなが待ってる。 だから、行かなきゃ。 でも、行きたくないな。 オーブの人たちは好きだ。 カガリは勿論、シモンズさんも、少しとっつきにくいけどキサカさんも嫌いじゃない。 なんのてらいもなく接してくれる人達だから。 でもか、だからか、進行が進むにつれて、足が止まる。 このままここにいたいって、思ってるの? また戦場に行くことが怖いの? 戦争の道具を作ることが嫌なの? どれも本当で、真実じゃない気もする。 僕はどうしたい? 僕はどうすればいい? のろのろと廊下を歩く僕の肩から、トリィが羽ばたく。 ひらりひらりと舞い飛んで、先へと進む。 目の前に、誰かが飛び出した。 トリィがその人の頭に乗る。 彼がいるみたいに。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・お前なあ・・・・だから俺の頭は着地点じゃないって何度言えば分かるんだ」 彼の声が聞こえる。 幻聴なの?これは。 でも、・・・・・・でも。 いま目の前にいるのは確かに、逢いたくて逢いたくて逢いたくて堪らなかった弟の姿だった。 |