忘れたことなんてない、その姿。 ずっとずっと見てきた、その顔。 ずっとずっと会いたかった、存在。 「キラ・・・・・・」 「っ―――――――――」 ゴスッ 「よっし」 「よしじゃないだろー!!」 俺の頷きに、カガリが背後でツッコミ叫んだ。 自分でも満足のいく正拳突きだったんだが。 ・・・・・・・・・・・・・・・・うん分かってる。自分でも上手くないボケだって。 「痛いよ・・・・・」 「痛くなかったらそれはそれで驚くな」 顔をさすって不満を漏らすキラに、俺はふんと鼻を鳴らした。 母さんや父さんに心配かけた罰だ。それくらいは受けてもらわないとな。 俺の拳が本当に痛かったのかどうなのか、キラは今にも泣きそうな顔をしている。 その後で破顔でもするんだろう。 長期休暇で帰ってくる時はいっつもそんなリアクションだ。 そして肋骨が軋みそうなくらいに抱きしめられる。 今回もそんな感じだろう。 「・・・・・ホントに・・・・・・・・?」 ボロボロと、キラは涙を零しだした。 唇も、声も震えて、顔を流れる涙を拭いもしない。 「キラ・・・?」 妙な違和感に、俺はいぶかしんだ。 なんで。 何でこいつ、感情が読めない顔してんだよ。 嬉しそうでも、悲しそうでもない、心が読み取れない顔。 涙ばっかり流してる兄貴の姿に、体のどっかが変な風にうずく。 「・・・・なの・・・?」 何でそんなこと聞くんだ。他に誰がいるんだ。 言いたいのに言葉が出なくなる。 知らない。 こんなキラ、知らない。 俺の知ってるキラじゃない。 でも、間違いなく、俺の知ってるキラだ。 だからこそ、どういう風に対応すればいいのか分からない。 何もできないでいる俺へと、キラは手を伸ばした。 一歩一歩近付くたびにまたボロボロと涙が勢いを増す。 産毛がざわつく。 逃げたしたい訳じゃないけど、何もできない。 何かを、何かを言わないと! 「――――ふっ・・ぇっ・・・」 口を開くのと同時に、キラは嗚咽を漏らした。 嗚咽はどんどんと声に近付いて、しまいには大声で泣き出し、キラはその場で蹲ってしまった。 「おっおいっ何してんだよっ」 さすがにこの事態には焦って、駆け寄った。 覗き込むと、キラは子供みたいに泣きじゃくって声を上げ続けている。 「泣くなよ。何でそんな泣いてんだよ。おい」 話しかけてもキラはずっと泣きじゃくるばかりで、なんだか赤ん坊と相手をしている気になってきた。 「なんかあったのか?さっきの変なところに入ったのか?なあ」 「――――」 「ん?なに・・・」 大泣きする合間の、呂律の回らない小さく呟いたキラの声を聞き取るために、俺は全神経を研ぎ澄ませた。 「―――――」 呟かれた言葉は、しっかりと耳に届いた。 誰かへの謝罪。 呼ぶ俺の名前。 何度も、何度も。 訳が分からなかった。 なんでキラがそんなことを言うのか。 何でキラがそんなことをしなければならないのか。 何でそんなに追い詰められてるのか。 全然。何にも分からない。 でもやらなきゃいけないことは一つ。 俺は意を決して、キラの頭を抱えて背を撫でた。 ゆっくりゆっくりあやす様に。 泣いてるキラには一番効果的なやり方で、撫で続ける。 「兄貴。泣くなよ・・・」 尋常じゃない泣き方に、本当に泣き止むのかが不安になる。 でもこれ以外思いつかなくて、俺はゆっくりと、呼びかけながらあやし続けた。 まさか泣き出してしまうなんて。 自分でもびっくりだった。 宥めてくれるの手のぬくもりも、声も、僕を落ち着けてくれるけど、別の何かがそれを遮る。 落ち着かなくちゃって思ってるのに、別の僕が言うことを聞いてくれない。 張り詰めたものを全部捨てたくて、に縋りつきたい。 何も知らない彼に、全部打ち明けたい。 彼を巻き込んででも。 してはいけないことだ。 それは絶対しちゃいけない。 僕と同じ位置に立たせちゃいけない。 ああ。僕はこんなに、追い詰められていたんだ。 もう誰にも縋りつけないくらいに。 「いい加減泣き止めよお前は」 「・・・っごめ・・・ご・・めっ」 なんとか泣くのを止めようと手で擦るけど、止まりそうにない。 「だから何を謝ってんだよ。まったく」 むに。 ほっぺたが痛い。 抓り上げられた頬は上に引っ張られたり、横に引っ張られたり、下に引っ張られたり動かされた。 「よし。止まったな」 の手が離れて、痛む頬を撫でれば、確かに涙は止まってた。 止められないと思った涙が止まってた。 全部どこかに吹き飛ばされた。 何も答えなんて出ていない。 でも全部いっぺんに吹き飛んでくれたおかげで、視界が晴れた気がした。 「・・・・やっぱり、すごいや。」 「お前がアホなだけだ」 どうしてこの子はこんなにも、僕を救ってくれる存在になるんだろう。 「会えて、良かった。嬉しい」 どうしてこんな子が、僕の傍に生まれてきてくれたんだろう。 目も顔も、大泣きしたからきっとボロボロになっているんだろう。 だんだんと落ち着いてきた心も、まだ立ち向かうにはいかないけど、それでも、君の前で笑えるから。 立ち上がって歩き出す僕を見るは、何も分からずにキョトンとしている。 何も知らないから。君は僕の救いになったのかな? 「兄貴!」 「母さんたちに、伝えて」 「会えなくて、ゴメンって」 息を呑む声がやけに大きく聞こえた。 今がどんな顔をしているのか、見たくない。 会えてとっても嬉しい。 でも、こんな状況で、会いたくなかった。 笑顔で『ただいま』って、言いたかった。 言えないことがこんなに苦しいなんて思わなかった。 「カガリ、・・・帰してあげて」 振り返らずにカガリに頼む。 「兄貴・・・・?」 君の声に切なくなる日が来るなんて、思いもしなかった。 扉が閉まって、残されたのは俺とカガリ。 なんなんだ。今の。 また、訳が分からないままだ。 さっきのといい、今のといい、なんでキラ、俺に対してあんなこと一度もなかったのに。 分かったことは今、俺は。 初めてキラに拒絶されたんだ。 いっつもニコニコしまりのない笑顔で寄り付いてくるくせに。 泣いて、わがまま言って、甘えてくる、兄貴の威厳なんてからっきしなあいつが。 なに考えてるか丸分かりだったあいつの心が、何にも分からなかった。 今立ってる足元が歪む。何かの中に取り込まれたみたいな、平衡感覚が伴わない歪み。 全身を使って暴れたって元に戻らない。気持ち悪い。 キラを通して覗いた、不可視の闇。 理解できない。キラの闇。 突き放したくせに。 なのにあいつは、気付いて欲しいって、合図を出して、投げ出しやがった。 「――――っなんなんだよ!!馬鹿兄貴がー―――――――――っっ!!!」 ドアに向かって、俺は叫んだ。 中は防音かもしれない。聞こえてないかもしれない。 でも俺は叫ばずにはいられなかった。 勝手に納得して、勝手に去っていくあいつが許せなかった。 置き去りにするあいつに腹が立つ。 さっき殴ったのなんて全然足りない。足りない。 「ふざっけんなよ!何だよ言いたいことだけ言って、やりたいことだけやってはいさようならってっ こっちはどれだけお前のことで心配して、不安になって苦しんだと思ってんだ! やっと会えたのに、なんでちゃんと話そうとしてくれねぇんだよっ なんでまともに会おうとしねぇんだよっ やっと会えるって、やっと安心できるって思ってたのに、なんでさらに不安になるような行動をするんだよ!! なんで会いたくないなんて、母さんたちに言えるんだよ!!」 感情で言えば、それは『悲しい』だ。 拒否されるなんて考えたことなかったから、すごく傷付いた。 それを誤魔化して、怒りに変えて叫ぶ。 「見てろよクソ兄貴っ、何が何でもお前と話をする機会作って、根掘り葉掘り聞いてやるからな!! 絶対に逃がしてやるもんかっっ」 逃がすもんか。 断ち切ってやるもんか。 お前が嫌がったって、俺たちは家族だったんだ。 今も、これから先もずっと家族でいるんだ。 だからお前は独りじゃないって、力ずくで教えてやるんだ。 「カガリさん。あいつのこれまでのこと、全部。教えてくれ」 いつもあいつの近くにいるんだって、分からせてやる。 「あいつが口を開けねえんなら、こっちから開かせてやる」 意味不明なものに、遮られてたまるか!! 遠くなっていく足音が愛しい。 ありがとう。。 想われていることの幸福を、君は思い出させてくれた。 「すみません。シモンズさん。話に入りましょう」 「いいの?私は貴方達の話が終わってからでも良かったけれど」 「いいんです」 「だって、また会いに来るって、言ってましたから」 君が満足するならたくさん怒られてあげる。 なんだって許すよ。 だって僕は、君といる時が、本当に一番幸せなんだから。 |