一つ一つ、答えを見つけていく。 自分のこと 周りのこと お互いのこと 一つ一つ、考えて、答えて それでまた、辛くなっても 答えたその先に、また問題が現れても 考える余裕をくれた人たちのために 彼女が何を考えて、何をさせようとしているのかなんて、僕には関係なかった。 彼女が僕のことを本当はどう思っているかなんて、どうでもよかった。 それでも、僕のことを理解してくれていることには違いなかったから。 一番辛い時に傍にいて、支えようとしてくれた人だから。 でも、それが何かも、分かっていたんだ。 それは自分が汚くて、彼女も汚れていることを認めてしまうことだけど。 お互いを哀れに思ってしまうことだけど。 でも、だから、こんな関係はいつまでも続けてはいけないんだと思った。 決着をつけないと、いつか僕たちは、彼女は、みんな無くしてしまう気がして。 「何よ!同情してんの!?あんたが?あたしに?」 だから、彼女の言葉はとても痛くて。 「あたしには誰も会いに来ないから、だから可哀相って、そういうこと!?」 同時に、彼女自身も傷つけているのも分かって。 「冗談じゃないわ!やめてよねそんなの。なんであたしが、あんたなんかに同情されなくちゃなんないのよ」 誰かを傷つけなければ立っていられないほど追い詰められている彼女が。 「辛いのはあんたの方でしょ!可哀相なのはあんたの方でしょっ 可哀相なキラ。一人ぼっちのキラ。戦って辛くて、守れなくて辛くて、すぐ泣いて、だって、だから!! なのに、なのに何であたしがっあんたに同情されなきゃなんないのよぉ・・・」 もう彼女が苦しんで欲しくなくて。 だから。 「フレイ・・・もうやめて・・もうやめようよ。僕たち、間違ったんだ」 僕から離れて行ってくれればいいと思ったんだ。 ずっと好きだったサイと、二人で幸せになってくれれば、一番いい。 僕が近くにいたら、それも叶わないのかもしれないけど。 彼女に僕の気持ちは通じたのかな? さらに彼女を追い詰めてしまったのかな? 僕が引き金を引いてしまったこの決着は、着くのかな? あと少しで、開発は終わる。 アークエンジェルの修理が終わるのも、そう遠くない。 ストライクの整備もしなければ。 また、戦い続けるんだから。 「おい!ちょっと待てよ」 目的も無く全力で走り出した俺を追いかけて捕まえたのは、さっきの金髪の人だった。 最初は追いかけてくる気配なんて無かったのに、いつの間に追いついたんだこの人。 ここを離れたくて堪らない俺の心とは裏腹に、その人はしっかりと腕を掴んで離さない。 「会わずに帰って、本当にそれで良いのか?」 声や表情で、本当に心配してくれてるんだって分かる。 「でも、俺は…」 とてもそんな気になれない。 会ったって、なにかできる気がしない。 「一緒に来いよ。これからお前の兄貴がいるとこに行くからさ」 「俺は…」 「来い。若いうちはいちいち考えて行動するもんじゃないぞ」 そうにっと笑ってその人は俺を引っ張って歩き始めた。 ぐいぐい引っ張っていくその手は、振り払えば外れそうなのに振り払えない。 「名前聞いて良いか?俺はムウ・ラ・フラガだ」 「・・・・・ヤマトです」 そうか、よろしくな。とフラガさんは振り向かずに言った。 この人は俺の名前を知らないんだな。 なんだかここにいる人たち全員に名前を知られてると錯覚しかけてた。 「噂でよく聞いたぜ。キラが目に入れても痛くないほど可愛がってる弟がいるってさ」 ・・・・・・それでもそういう話は知ってるんですね。 「最初なんて会いたい会いたいって呪いの様に呟いてさ、気でも振れたかってクルー中で大騒ぎしたりとかさ。 とんでもないブラコンだなと思ったもんだ」 フラガさんの話に俺はつい目が遠くなった。 兄貴・・・・・・どこまでも人騒がせな・・・・・ なんだか間接的に俺が招いてしまったことみたいで申し訳なくなる。 「そんなあいつだからさ。お前に会ったら絶対嬉しいに決まってるさ」 「・・・・ありがとうございます」 元気付けてくれるフラガさんに、俺はぎこちなく笑みを作った。 本当にそうなら、どれだけ良いか。 数時間前までの俺なら疑わなかったそのことも、今の俺には難しく感じた。 開発の最終チェックだから一緒に行かせるわけにはいかないと、フラガさんは俺を格納庫へと残して行ってしまった。 後でキラをここに連れて来ると言い残して。 今、俺の前では作業している人たちがひっきりなしに働いている。 そしてその中心には、キラが動かしていたモビルスーツがあった。 ここも一般人が入っていいもんじゃないと思うけど、パスの力かフラガさんの力か、俺は誰にも咎められずにいることを許された。 一般人には見ても分からないと思っているのかもしれない。 さすがにフラフラ見学したら咎められるんだろうけど。釘刺されたし。 俺もそんな気分になれなかったし――魅力的なのは違いないんだけど――大人しくしていることにした。 作業をしている人達は、オーブとあの戦艦のクルーが混ざっているらしい。 この人たちの何人かが、キラと行動を共にしていたのかと思うと、よく分からないものが胸のうちをゆっくりとかき混ぜていく。 これだって浮かばないその感情がもどかしい。 だから、とにかく別のことを考えようと、俺は思考をフルに回転させてそれを追いやった。 新しい人工頭脳を装着したロボットの構成を考え続ける。 まず外観を想定し、それに相応しいように内部を構築する。頭で考えるのは限界があるけど、それでも久しぶりに考えるそれはとても楽しかった。 だから、一体いつキラがここに来たのか、気が付かなかった。 「おう坊主!スラスターの推力を18%上げたんで、モーメント制御のパラメータ見といてくれ」 声のほうを向くと、キラとフラガさんが立っていて、整備の人が話しかけていた。 キラは整備の人に頷くと、さっさとモビルスーツのコクピットへ潜り込んで行ってしまった。 声をかけようと思っても、これではかけられようも無い。 姿を見たときに浮いてしまった腰のまま、中途半端な距離を保って俺は突っ立っている。 整備の人たちは俺をちらちら見ているけど、それでも十分距離はあるから、邪魔にならないとみなして何も言ってこない。 「軍人でも、お前はお前だろうが」 キラの後に続いてコクピットを覗き込んでいるフラガさんの声が聞こえる。 外の音もうるさいから、少し聞き取りづらい。 良く聞こえるように、俺の足は自然と進み始めた。 フラガさんはキラにずっと話しかけてる。キラの声は、聞こえない。 モビルスーツと柱との物陰に隠れて、俺は二人の様子を伺った。 フラガさんが、「きっと会いたがってるぞ」とキラに言っている。 少し間を置いて、キラが口を開いた。抑揚の無い声で、ここからじゃ聞き取れない。 何とか聞き取ろうと耳を澄ましても、結局無駄に終わった。 何を考えているのか、分からない。でもフラガさんの声音で、俺はきっとキラが良い答えを言っている訳じゃないってことはなんとなく分かった。 母さんに、父さんに。俺に・・・会いたくないのかな? ずきりと胸が痛くなる。 と、そこにまたさっきキラに話かけていた人がやってきた。 「おおっと。アグニの遮蔽の方もD物質バレルの量子スパッタリング待ちで30分ってとこだ。 後でシェイクダウンするから、用意しとけよ」 そうキラに言う。 それがあまりに自然すぎて、俺は変な感覚を覚えた。 ごく普通に言って、去って行くその人と、溜息を吐くフラガさん。 当たり前になって、いる? 何が、なんて言うまでもなく。その事実に、足が一瞬震える。モビルスーツにもたれる形になってたから、崩れ落ちはしなかったけど。 キラが一体どういう表情をしているのか、気になった。 怒られるのを覚悟で乗り上がろうか。 そう思って、手と足をかけた時だった。 「こら、トリィ!」 キラの声と、トリィが羽ばたいて外に出てしまう光景が写った。 それを、キラが追いかける。 一瞬呆然としてしまった俺は、追いかけることもできずに立ち尽くしてしまった。 「なかなか上手く会わせられないな」 そんな俺へ、上からフラガさんが声をかけた。 軽い足取りで俺の隣に降りてくる。 いつから気が付いてたんだか。 「キラ、当たり前みたいにこなしてるんですね」 でも、そんなの俺にはどうでも良くて。こっちの方が、俺には重要だった。 フラガさんが、俺のほうを見ているのが、視線を向けなくてもなんとなく分かる。 「半年だって、経ってないのに、あいつ溶け込んでる?」 少し前まで一般人だったはずなのに。 ごく普通の、学生だったはずなのに。 「・・・」 フラガさんが、俺の頭をクシャリと撫でた。 俯く俺が、また泣いてるとでも思ったのかもしれない。 「あいつは、主戦力になっちまったからな。・・・・整備も」 もともとキラの専攻はそっちに近い。だからそういうことができないことはないと分かってる。 でも、簡単に任せてしまえるほど、あいつは軍に入り込んでるって、ことじゃないのか? またキリキリと胸が痛くなる。 おかしいだろう? 何か、変じゃないのか? それとも、俺が変なのか? 言いようのない感情はさらにとぐろを巻いていく。 あいつはどれだけ苦しめられたんだろう。 トリィがよほど遠くへ行ってしまったのか、キラはまだ帰って来ない。 フラガさんの手が肩へ下りて叩いてきたから顔を上げると、フラガさんは行くか?というような仕草をした。 それに頷くと、フラガさんは外に向かって歩き出し、俺も、その後に続く。 外は大分日が傾いていて、辺りは夕焼けに染まっていた。 「キラ!!」 大声と共に、カガリが走っているのを見つけた。 その先にはキラ。 フェンスの辺りで突っ立って、外を向いている。 フェンスの外で一台の車が走り去って行った。 キラはそれを眺めていて、追いついたカガリもキラを見ずにその車を目で追っていた。 すぐその後にカガリはキラに向いて掴みかかっていた。 「キラ!お前何もされなかったろうな!?」 「えっ?う、うん。平気。ただ、トリィを返してくれただけで」 カガリの剣幕に押されつつも頷くキラを見て、カガリは大きく肩を落とした。 その後二人が二言三言言葉を交わして、それで落ち着いたみたいだった。 俺はそんな二人をぼんやり見ていて、フラガさんに肩を叩かれて促されるまで動けずにいた。 戻ろうとした二人も俺のほうに気付いて、こっちに向かって歩いてくる。 「」 穏やかな顔でキラが微笑む。 「来てくれたんだ」 「・・・おう」 どう答えればいいのか分からなくて、俺はぶっきらぼうに言った。 キラは気にも留めずに俺を見て笑っている。 「ごめんね。まだやらなきゃいけないことがあるから、話せそうにないんだけど・・・どこかで待つこととかできるかな?」 黙り込む俺にキラはそう言って、カガリを見た。 「休憩室ででも待ってるか?・・・って、面会時間そろそろ終わるんじゃなかったかな・・・」 空を見てカガリが言う。 もうすぐ日が沈む。一般人が滞在できる時間はもうないだろう。 でも、できることなら。 「終わるまで近くで待ってるのって、駄目なのか?」 そう言った俺に、三人が注目した。 一瞬拒否された感じがして、怯むけど俺はじっとキラとカガリを見た。 「邪魔は・・しないからさ」 待っている間に時間が来たら、結局会えずに終わってしまう。 だったら俺は、話すことはできなくても同じ場所にいたかった。 キラとカガリが顔を見合わせる。そしてカガリが頷いた。 「責任は私が持つさ。いっそ泊まったらいい」 いや、それはさすがにどうだろう・・・・ 散々いろんなところに入った俺が言うのもなんだけどさ・・・ 「じゃあ。行こうか」 キラは俺の手を取って歩き出し、俺もそれに引きずられないように歩き出した。 俺の手をしっかり握ってくるキラの手は暖かい。 それはなんだか安心もするけど、同時に悲しくなった。 ・・・・俺、情緒不安定にでもなったのかな。 キラの前で身動きができないなんて初めてで、自分を持て余してしまう。 「キラ・・・」 「なぁに?」 無意識に呼んでしまった俺は、キラが促したのに戸惑った。 ああ。ホント何やってんだ。 「無事で、よかった」 そういえば言ってなかったなと思って、俺は聞こえるか判らない程度に呟いた。 「うん。ありがとう」 握る手の力を強めて、キラはまた微笑んだ。 その笑顔に、前に見た陰りは見当たらなかった。 |