<仕官生編9話後> 移動準備も終わり、後は身一つが動けばよくなった所で、男は部下を引き連れて酒場に来ていた。 飲まずにはいられなかった。 今日だけでどれだけ男の中で決断させられ、それがどれだけ苦しかったことか。 胃の中に幾らアルコールをため込んで、体中に行き渡らせても気分は晴れない。 「よかったんですか?」 「なにがだよ」 荒れた飲み方をしている男とは裏腹に、隣にいる部下は実におっとりと酒を楽しんでいた。 「あれと君ですよ」 出された話題に、男はあからさまに不愉快に顔を歪めた。 もちろん、部下も分かっていて話題に出した。 「いいんだよ。あいつらは相思相愛なんだ。好きあってんだから俺がどうこう言える訳ねえだろ」 「そうですか?」 「俺の嫁じゃなかったってだけだ。娘を俺が信頼できる奴に託せたんだと思えば、どうってことねえ」 「それも、堪えると思いますけどね」 のんびりとした口調で男の触れられたくない話題を振られ続け、男は切れた。 「うるっせえな!!なんだおめぇ。グサグサグサグサ急所ばっか突きやがって」 しかしやはり部下はのんびりしたまま 「嫉妬してるんですよ」 と、なんでもない出来事があったように言い放った。 「あん?」 男はあからさまに顔を歪める。 何を言っているのかこの男は。 「俺だって、ずっと貴方と一緒に手をかけてきたのに。最近やってきた男に掻っ攫われてしまったんですから」 「・・・」 「もちろん。君のことは気に入ってますし、腕も認めてますけどね。それだけじゃ割り切れないものも沢山あるでしょう?」 男は沈黙して酒を煽った。 それを肯定と受け取って、部下も次のグラスを頼む。 「それに、彼があなたに好かれていたのも、結構傷付いたんですよ」 「はっ、てめえは俺の女房かっ!浮気された女みてえに」 「俺は嫉妬深いですからね」 二人はそのまま話を続ける。 たらたらと、無意味に。 「だったら今からん所行って取り上げてくるか?」 「そんなことはしません。君が傷つく姿は見たくありませんから」 はっ、と男が投げやりに吐き捨てた言葉に、部下は結局拒否した。 一瞬二人の言葉の応酬は止まり、まるでタイミングを見計らったかのように部下の頼んだ酒が運ばれてくる。 部下は来た時と全く変わらない涼やかな顔で、度数の高い酒を煽った。 だが、男は知っている。この部下がそんなに酒に強くないことを。 「おめぇ、自分の嫉妬で自滅するタイプだな。そんなに気が多くて疲れねぇか?」 「自分に嘘がつけないだけですよ」 あらゆることに嫉妬して自棄になっていた部下は、酔いつぶれるまで杯を進めるようだった。 「それにしてもおしいよなあ・・・」 「やっぱり、無理にでも正規職員にすればよかったよなあ・・・」 「どうして軍人なんだろうなあ・・・・」 と愚痴ばかり言い続ける。 「うるせぇぇぇぇぇぇええええ!!お前いい加減黙りやがれ!!」 俺だってどれだけの想いで言ったことか!! 結局二人とも、どんなに素晴らしい発明品よりも、将来有望で愛着の湧いていた株を手放してしまったことのほうが、ダメージが大きかった。 |