<乙女風景> 恋する人間にとって、その人はとても大切で、憧れで、誰よりも近くにいたい、特別な人。 「なあ、メイリン」 「はい!なんでしょう。さん」 その人に呼び止められるときは、本当にドキドキする。心臓がどこかに飛んで行ってしまうんじゃないかって、思った時もあった。 それでも嬉しくて、離れてしまう方が辛くって、たくさん頑張って私はその人へ振り返る。 始めの頃は目を合わせることも大変だったけど、もうそんなことはない。 今はきちんと笑って見ることができるもの。 「ううんと、用っていうかさ、なんで俺の事、ずっと『さん』付けなんだ?敬語でしゃべるし・・・」 「えっ、・・・えと、その」 指摘されたことに言葉がつまる。 うう、どう言えばいいかな。 頭の中がいっぱいになりながらも考えていると、さんは少し苦笑して合いの手を入れた。 「俺たち同い年だって言うのは、知ってるよな?」 「は、はい!」 「シンやレイには使わないし、同期なのになんで使うんだろうって、ずっと思っててさ」 「そ、それは・・・えと。 は、はじめは年上だと思ってたから・・・そのままになっちゃって・・・」 これは本当の事。 だって、今まで知ってる同年代の男の子はもっと子供っぽくって、今まで会ったどの人ともさんは当てはまらなかった。 落ち着いてて、優しくて、みんなの事を、よく見てて。 誰よりも大人っぽかったから。 同い年だって知った時は、本当に驚いた。 でも、言葉づかいを直さなきゃって思っても、その印象が大きくて直しづらかったの。 「うーん。 じゃあ、これからは、敬語も『さん』付けも無くしていこうよ」 「・・・・えっ!?」 「え?って・・・え?」 「いっ、いえ!頑張ります!じゃなくて、頑張る!」 どうしよう。私にできるかな。 でも、さんがしてほしいって言うなら、自分の都合とかそんなの吹き飛ばせるかもしれない。 言いなおした私を見て、さんがほほ笑む。 無理してるのがわかってしまったのかな? でも、嬉しそうなさんの顔があって、それだけで嬉しくなってしまう。 「・・・・うん。ありがとうな。メイリン」 「さんが・・・あ!」 だ、ダメだ。どうしよう。 言いなおさなきゃ。 「呼び捨てでいいって」 「は、・・・うん。――――――――――――――――」 「うん」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さん」 うううっ、やっぱりだめだ。 さんもちょっと困った顔をしてしまった。 ごめんなさい。ほんとにごめんなさい。 「ごめんなさい。しばらく無理かもしれないです」 「俺も気長に待つよ。 でも、やっぱり、敬語で話されると、距離感じるから、頑張ってほしいかな」 「!」 言われて、はっとなった。 さんがそんな風に感じていたなんて。 遠く感じられるのは辛い。言葉遣いのせいでそうなってしまうのなら、絶対に直さなきゃ! さんと距離ができるなんて、嫌だもの。 「さん!私、頑張ります!」 「え?」 「じゃなかったっ 頑張るから!絶対もう、敬語使わないから!」 「う、うん」 「だから・・・・・・・・――――――――――――!」 思いきって、呼び捨てにする。 「・・・・・・・――――――――――――・・〜〜〜っっ・・・・」 でも、すごく、恥ずかしいわけじゃないけど・・・・照れてしまって。 頑張ってまた『さん』とつけたして言わないようにするで精いっぱい。 お願い。遠いなんて言わないで。 「うん。メイリン」 がまた、笑ってくれる。 大好きな、私が大好きな、の笑顔。 「・・・」 「メイリン、ちょっと頼みたいことがあるんだけど・・・あら?もいたの」 やってきたお姉ちゃんに、まるで夢から覚めてしまった気分になる。 「ああ、ちょっと、ね」 「ふーん」 さんの視線が、お姉ちゃんに向く。 さっきまで私を見てくれたのに。 訳もなくお姉ちゃんに怒りを覚えた。 お姉ちゃんの馬鹿。 「どうしたの?メイリン」 「なんでもないっ。 さん、失礼します!」 その場にいたくなくて、私はそこから逃げ出した。 ずっと一緒にいて、さんに私が嫉妬で怒っている見苦しい姿なんて、見せたくないもん。 「ちょっと、待ちなさいよメイリン」 その後をお姉ちゃんが追いかけてくる。 さんが見えなくなったら、絶対に文句言うんだから! 「あ・・・」 ・・・・私、また『さん』付けしてる・・・・・ (私・・・一生無理かもしれない・・・・) ごめんなさい。さん。 でも、私、頑張るから。 だから、遠くにいるなんて、思わないでください。 終 |