「君は、誰?」


そんなお決まりのセリフにぞっとする日が来るなんて。





  <兄が諸々の事情で記憶喪失になりました 1>





「おい!しっかりしろよキラ!!お前の弟だろ!?あんなに可愛がって目に入れてもいたくないほどだった弟だぞ!?」
「弟・・・君が?」

カガリの激昂に、しかしキラはただきょとんと目を瞬いて俺とカガリとアスランを見比べるだけだった。

病室のベッドの中、頭に包帯を巻いた状態のキラは、点滴に繋がれている以外の外傷はない。
いたって普通の状態の兄だ。
だがそれが最も異常な状態であることは、当人以外のこの場にいる人間すべてが感じていることだった。


キラが事故にあったというのを知ったのは、ついさっきだった。
プライベートの端末にメッセージと病院の場所だけ書かれたそれに、持つものもとりあえず駆けつけた。
そして開口一番に、「誰?」と言われたのだ。

あのキラに。だ。


「名前、聞いてもいい?」

ショックを受けたまま微動だにできない俺へ、キラはそう聞いてきた。

「・・・・・、だ」
・・・」

うまく動かない喉を震わせて名前を言えば、目を遠くしたキラが俺の名を何度か反芻して、「いい名前だね」なんて、いつもとは違う穏やかな、外向けの笑顔を浮かべた。
また背中がぞっと寒くなる。ショックが大きい。
当然だがキラが自分へ余所余所しい態度を取るのは初めてだった。
ずっと付きまとわれるのは鬱陶しいと思っても、こんな真逆の反応をされると、さすがに堪えるんだと知った。







「くそ。どうすればいいんだ」

病室から出た廊下のエントランスで呻くカガリに、アスランも慰めつつ途方に暮れた表情をしていた。
一緒にいた二人は事故にあった瞬間を見ているせいか、混乱もしていた。

「記憶喪失なんて、よりによってなんでそんなコテコテパターンなんだ!ネタがなかったのか!?」
「落ちつけカガリ。何言ってるわからないぞ!」

なんか違う方向にベクトルが向かっているが、それだけこの事態が受け入れ難いのだろう。・・・と思う。

二人の混乱ぶりを見ているとだんだん冷静になってきた。
キラが異常な状態なのは仕方ないが、賢者モードのキラだと思えばなんとか受け入れられる。

「ところで、なんで母さんたちがいないんだ?連絡しなかったのか?」
「ああ。身内が記憶喪失なんて、辛すぎるからな。できれば見て欲しくなかったんだ」
「いやでも連絡するだろ?俺にだって・・・・」

したんだし、と言おうとして、二人がふうとため息をついた。「せざる負えないよな・・・」と呻いたアスランは、携帯を取り出して離れて行った。

二人の意図を探る俺をカガリがじっと見つめる。
それは、期待していた助っ人が役立たずだった時のガッカリしたような顔で。



「お前を見ればすぐに思い出すと思ったのになあ・・・」



そんなことをしみじみ悲愴に言われても、こっちが困るんだが。