<兄が諸々の事情で記憶喪失になりました 3>
平和だった。
とてもとても平和だった。
ここ最近とんとないほど平和で、安らかな日々が続いていた。
家で寛いでいても後ろから飛びかかれたりしないし。
着替えや風呂なんかで視線を感じることもないし。
ストライクのメンテナンス中や電話なんかで恨めしい目で見られることもないし。
食事中にすり寄られることもない。
兄貴が変態じゃないだけでこんなに平和だなんて。
もっと早くに記憶喪失になってくれたらよかったのに・・・・!
なんて、さすがに本人の前じゃ言えないけど。
本心でもないけど。
ちょっと、時々。全ての束縛から解放された様な気にさせるもんだから。
キラが記憶の無いことで時折悩んでいる姿を見ると、心が痛んだ。
「同情の仕方が酷くないか?」
「・・・・自分でもそう思う」
シンにそう指摘されて、言い訳もなにもなかった。
自分でも酷いと思うから、誰かに非難されたかったんだと思う。
記憶を失ってしまったキラを、純粋にフォローしてやりたい気持ちはある。
あるんだが、やっぱり以前のキラと比較してしまうと、記憶なんか一生戻らなくていいだろと思う自分もいるのだ。
「の気持ちも分からなくもないけどな・・・」とシンは俺にも同情するような目を見てきて、兄貴の悪行・・・もとい、変質的な数々の所業がどれほどだったかを再確認した。
少ししか接触のなかったシンにまで同情されるとか、どれだけだ。
「でもほんと、全然戻る気配ないよなー。キラさん」
「先生も、保証できないから、焦らず気長に回復を待ちましょうって言うだけだから」
それでも、どうしてもキラは記憶を取り戻したいようだった。
生活に慣れ出してから、キラは自分の記憶につながることに興味を持ち始めた。
今まで行った場所に出かけたりだとか、趣味だったプログラミングを始めてみたりだとか。
なにか引っかかりができればいいと考えているようだった。
「でも、やっぱり、記憶は戻らない方がいいんじゃないかな」
「おい」
「だってさ、特にここ最近なんかは、思い出したくもない辛いことばっかりだったじゃないか」
戦争に巻き込まれて、殺して、殺されて。
そうして一度は心が壊れかけたキラが、また同じ思いをするなんて、考えただけで辛い。
「・・・そう、だよな」
「うん」
あんな気持ち、あんな記憶、いっそ、ない方がこの先のキラにはいい。
何も知らないままで、幸せに生きてくれるだけで十分じゃないか。
だからさ、思い出そうとするなよ。キラ。
今が一番幸せなんだよ。
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