<騎士の愛は惜しみなく> 俺には、幼馴染が二人いる。 その二人は兄弟で、とても仲がいい。 互いが互いで想い合っていて、そんな仲を見せ付けられると、俺も兄弟が欲しいと思った時もあった。 けれど父も母も忙しく、二人が一緒に家にいることはめったにない。 俺は両親を尊敬し、敬愛している。だから、俺のわがままで二人の迷惑になることはしたくないとも思っていた。 それに幼馴染と一緒にいるときは、まるで弟が二人出来たみたいな気分になれた。 二人といる時が楽しくてしょうがなかった。 兄のキラは俺と同い年だったから学年も同じで、クラスまで一緒だ。 それにキラは結構甘え上手で、俺はキラの世話を焼いていることが多かった。 自分がそういう気質だっていうことも気付いていたから、キラといる時は本当に楽だった。 反対に、弟のは世話焼きで、俺たちの前を歩きたがった。一途な性格で思い込んだら中々折れず、諭す度に睨まれた。 いがみ合いが多かったけど、それでも嫌いにならなかったのは、が誰よりも他人を想う心が強かったからだ。 人のことを汲み取ることを、俺は何度もに教わった。 そんな二人への想いに違いが出たのは、いつからだっただろうか。 「デコ。キラはどこだ?」 「デコって言うなって言ってるだろ。お前どうして俺にだけ暴言吐くんだ・・・」 「デコにデコ言ってなにがわるい」 ふん。とふんぞり返るは、幼児特有の愛らしい顔を冷めたものにして俺を見てきた。 まったく、なんでこいつはこうなんだ? なんて言ったって、無駄なのはわかっている。 俺はに、どうにも初対面からいい印象を持たれなかった。 その理由が、キラとの仲にあるのはわかっていたから、しょうがないんだけれど。 それにしたって、嫌われすぎているとも思う。 「キラならだいぶ前に、カリダさんと一緒に買い物に行ったぞ?もうちょっとで帰ってくるんじゃないか?」 それでも俺は、より年上だから、怒らないで対応する。怒るとさらに泣きたくなってくるから・・・っていうのもあるけど。 俺の言葉を聞いて、は少し残念そうに俯いた。 見ると、手に何か持っている。 本みたいだけど・・・・なんだか薄っぺらい。 「。何を持って・・・・・」 「ただーいまー」 へ詰め寄って見せて貰おうとしたところで、キラたちが帰ってきた。 は一目散に玄関へ向かってしまう。 弾んだ足音が嬉しさを隠し切れてなくて。置いて行かれた俺も、その足音の後を追った。 「キラ!母さん、みて!」 追いつくとは俺に見せなかった物を二人に見せていた。 カリダさんがそれを受け取ったことで、俺もそれの正体を知る。 が見せたのは、算数のドリルだった。 まだ読み書きもマスターしていないが、ずいぶん難しいランクのドリルを持っていた。 一ページ目をめくった後、カリダさんとキラは目を丸め、さらに別のページをめくっていく。 「これ、が一人でといたの?」 キラが尋ねると、は無言で頷いた。 「すごいじゃない。母さん自慢しちゃうわ」 カリダさんがの頭を撫でる。キラもへ微笑んでいる。 そんな二人の反応に、は。 びっくりするほどの笑顔で、喜んでいた。 俺が見たことのない顔だ。 もともとの笑顔なんてあんまり見た事ないから、しょうがないけど。 でも、絶対に、俺の前でこんな顔が引き出されることはないだろう。 そう思ったら、胸が痛くなった。 だって、つまり。は、俺のことを・・・・・ ぷるぷると頭を横に振ってその考えを否定する。 もっと悲しくなって、泣きたくなりそうになったからだ。 だから、いつかその笑顔が、俺に向いてくれればいいって、思った。 あの笑顔が俺に向いてくれたら、それは何よりも幸せなんじゃないかって、わかるから。 きっとこれが、決定的な瞬間。 俺の中の位置が別れた時。 その後も俺は何度も頑張って、好かれるように努力したけど、何をやっても空回りだった。 根本的に、俺は嫌われてるってわかったのは、あいつがスクールに通うようになってから。 キラに一目置かれていて、なかなか勝てない俺は、負けず嫌いのにとって壁そのものなんだと思う。 だから嫌われてて、いつもそつなくされる。 はじめはそれがいやだったけれど、今はもう。それでもいいかと思っている。 だって、そこにいたら、は絶対に俺を視界から外せないだろう? 壁でも、なんでもいいから、の視界の中にいたかった。 それが俺の望みなんかより、ささやか過ぎても。 罵られても、俺は、この子の関心の中に入っていたかった。 それは間違いなく、盲目な恋だった。 「アスランって、不毛だよね」 学校で偶然はち合わせたと別れた後、キラがそう言ってきた。 何のことかと首をかしげると、「わかってないふりも大変だね」なんて言ってくる。 「のこと大好きなのに、何しても報われなくてさ。僕まで切なくなっちゃう」 ため息吐いて言われた親友の言葉は、俺の胸に深く刺さった。 まさかキラに知られているなんて・・・・いや、こいつは案外鋭いんだった。しかもに関しては特に。 「まあ、ライバルは潰す派の僕的には、安全牌だからいいんだけど」 そして、へ近づくための、最強の関門なんだ。 にこりと勝利の宣戦布告するキラが、子どもと思えない黒くて妖しい笑顔を向けてくる。 ああ・・・・本当、に関しては腹が黒いよな。お前は。 親友の底知れぬ恐ろしさを感じとり、そして、そんなこいつが安全と言い切ってしまうくらい、俺のからの評価が低いとわかって心が挫けた。 わかっているだけに、その威力は何倍にも俺を痛めつける。 「それにアスランは、僕にできないやり方でを守ってくれるしね」 重いダメージを受けた俺に、今度は打って変わってほのかな笑みを見せてくる。 感謝してる。そう言ってくる笑顔に、俺は目を丸めるしかなかった。 「を大切にしてくれて、ありがとう」 そう、兄の顔でお礼を述べてきた親友に、俺は頷く。 ああ。大切なんだ。 お前たちと一緒にいるこの時は。 俺自身が、温かくなれるから。 宝物が、できたから。 キラの手を取って、握手する。 「一緒に、守っていこうな」 「もちろん」 決意は俺たちの手の強さが、証だった。 「でも絶対。はあげないから」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ。わかってるよ。 にっこりと脅す親友に、爆弾と最強の武器を手に入れた俺は、苦笑うしかなかった。 |