< 孤独=K/幸福 > 今日は珍しく、静かな一日だった。 と、いっても、別にいつも周りが騒がしい訳ではなくて、纏わりついている人間がうっとうしい、というだけ。 けれど今日はそれもなく、朝から一人だった。 「ごめんシン!俺ちょっと用事できた」 「は?」 そんな言葉と同時に、いつも纏わりついているルームメイトが、今日だけはなぜか朝食の後から様子がおかしくなり、一日中女の子たちをはべらせていた。 ・・・・かと思えば男たちとたむろしていたりして。 授業中は席が決まっているから遠くなるし、休み時間も別の人間と話してばかりいた。 自分には関係ないと思う。 本人は用事が出来たと言ったのだし、毎日自分と一緒にいる必要もない。 しかし、近くに寄って、目があっても何も起こらないとか。 話しかけても目で謝られて終わりとか。 さすがにその状態が不愉快になったのは昼休みで、毎日毎日呼んでもいないのに傍に来て一緒に昼食を食べるそいつが、今日は顔も見せず、詫びもせずにどこかへ行ってしまい、一人で食べることになった時からだ。 いつも人の都合に構わず傍にいるあいつが。 へらへら笑ってるあいつが。 なんで今日は別の奴と楽しそうにしてるんだ。 そう考えて。 そして、今度はそういう自分の反応に不愉快になった。 「今日は一人なの?」 「ルナマリアか」 昼の演習の後、一人休憩をとっているシンのところへ来たのはルナマリアだった。 声も気配も違うのに、一瞬彼だと思ったことに、また神経が逆撫でられる。 不機嫌に下を向くシンは、ルナマリアがぽつりと溜息を吐いたことに気が付かなかった。 「まぁまぁ。素直じゃないっていうのはあんたに言う言葉ね」 「なんだよ」 「自分の顔を鏡で見てみたら?」 指を指されて、顔をしかめた。 ルナマリアに指摘されるほど、自分の表情は最悪になっているのか。 それもこれも、たった一人のよくわからない奴のせいで。 「かまってもらえないからって、拗ねててもしょうがないわよ?」 「なんだよそれ。・・・・おい!」 誤解したまま、ルナマリアは去ってしまう。 また一人になったシンは、さらに腹立たしくなって地面を足で蹴りつけた。 そうやって、腹立たしいまま夜になってしまった。 夕飯すら一人で食べ、ルームメイトはどこへ行ったのか、帰ってこない。 (何やってんだあいつ、消灯が近いってのに) 夜も更けて、町に遊びに行った連中も帰ってきている。 さすがに帰ってこないとまずい時間だ。 (俺はフォローしないからな) そう思うのに、そわそわして落ち着かない。もし今巡回が来たらと無意識に耳をそばだて、部屋をうろついてしまう。 そして、しばらくシンがグルグルと部屋を回っていた時だった。 「おーいシン、開けてくれ」 窓が外から叩かれ、が覗き込んできて、シンは窓を勢いよく開けた。 二階のはずのこの部屋へどうやって登ったのか。わずかな窪みを足がかりにして張り付いていたは、シンを退けて部屋に入り込む。 「っお前、なんでそんなとこから」 「ありがとう。あー、間に合わないかって焦った。焦った」 シンの問いに返事もせず、はしょっていた鞄を大事そうに抱えてシンを置き去りにする。 「おい・・・」 「消灯まであと何分?」 「あと5分・・・おい」 「話あとで!」 聞きたいことは山ほどあるのに言葉が出てこない。 そのうちに、はこちらを見もせずに着替えを持ってバスルームへ引っ込んでしまった。 訳も分からず立ち呆けるシンを呼び戻したのは、巡回のベルだった。 「はい!」 一瞬バスルームを見て、シンはすぐに扉を開けた。 二人の教官がシンを見て頷く。 「ん?ヤマトはどうした」 「あ・・・」 そしてもう一人の不在をすぐに指摘した。 言われ、一瞬シンは固まる。 ザァァ、と水音がして、着替え終えたが飛び出しシンの横に立った。 「すみません、トイレでした!」 はっきりと言い切るに、教官たちは何も疑わず、ただ「時間に気をつけろ」と言っただけだった。 「はい!」 まだぎこちないシンを残して、消灯前のチェックが終わる。 「間一髪」とが漏らして、やっとシンはまともに体が動くようになれた。 まじまじとを見る。もそれに気付いて、シンを見た。 今日の朝にだって顔を合わせたはずなのに、ずいぶん久々に思えた。 そして今日の状態が、本当に自分にとって不愉快だったのだと思い知る。 たった一人の、しかも男の顔を見ただけで安心する。 そんな自分が信じられない。 「お前・・・・・何してたんだよ」 なんでもないようなふりを出して、シンはに尋ねた。はだらしなく口元を緩ませて、鞄の中から真っ白い箱を取り出した。 「今日中に欲しくってさ。駆けずり回った〜」 「なに・・・・」 ちょうど両手のひらを合わせたくらいの大きさの箱を、はシンへ差し出した。 シンが抱えたのを確認してから、が箱を開ける。 「・・・!」 開けた中身は、バースデーケーキだった。 その書かれた名前を見て、一瞬手が震える。 「ここのさ、女の子に聞きまくって一番評判の良かったところなんだ」 「苦手な奴でもいいようにあっさりめの頼んだんだ」と言うの顔を見れない。 なんだ・・・こいつ。 本当に・・・・・・・なんなんだ。 「お前・・・・こんなのの為に今日脱走したのかよ」 「ああ」 「馬鹿じゃないのか」 「・・・まぁ・・否定はしない」 気配で、目の前の男が笑っているんだと分かった。 馬鹿にするわけでもなく。 優位に立っている人間の笑みでもなく。 純粋に、嬉しくて笑う。 楽しいから、笑う。 そう言う笑い方をいつもしている。 そこには優しい好意しか見えなくて。 涙腺が緩みそうになったのが信じられなかった。 「あーーーーーーーー!!くそっ」 「!?な、なに?」 ケーキを机に置いて、シンは感動する自分を抑えるために頭をかきむしった。 「お前、よくこんな恥ずかしいこと思いつくよな!」 「あーまぁ・・・・なんていうか・・・感化されてんだよな」 「家族行事を大切にする家だったから・・・」と呟くの顔が少しだけ染まった。 その言葉に、幼い頃に家族と祝ったことを思い出す。 家族のことを思い出すのはとても辛いが、それでも幸せな時間を思い出す。 全員が笑っていた頃のことを。 今日が誕生日なんて、まったく気付いていなかった。 に言った覚えはないから、ひょっとしたら、今日知ったのかもしれない。 それなのにわざわざ違反してまで買ってきて。 なんて馬鹿な奴だろう。 箱から出したケーキを、テーブルの中央に置く。 向かい合って座って、他に並ぶのは二つのカップとペットボトル。それから使い捨てのフォーク。 男同士でこのシチュエーションはどうなんだろうか。と、気恥かしさも混じってシンは顔が熱くなるのを自覚した。 目の前の少年は、そんなシンにもただ笑いかけるだけだ。 羞恥って、ないのかこいつ。 そう思ってを睨みつける。 そして、気付いてしまった。 その耳が、ほんのり赤く染まってることに。 「誕生日おめでとう。シン」 「・・・・あ・・・・ありが・・・・とう」 小さく、本当に小さくシンは答えた。 この静かな空間で届いたのか届かなかったのか。 何も言わず、たださらに嬉しそうに笑うが目の前にいた。 恥ずかしいなら恥ずかしかったって言えばいいのに。 俺が嫌がったら、こいつどうする気だったんだよ。 ホント、信じらんねぇ・・・・ 見返りを求めないが、本当にくすぐったくて。 どうしてこんな奴、いるんだろう。 そう思わずにはいられなかった。 **** 「はい。一日遅れだけど誕生日おめでとう」 「え」 照れくさいまま二人でケーキを食べた次の日、朝一番に二人の元へやってきたルナマリアは、可愛らしい包装をシンに手渡した。 「昨日はありがとうな。ルナマリア」 「いえいえ。私の時も何か頂戴ね。物で」 「うわ・・また貧乏人に無理言う」 状況に置いていかれたシンは、二人を見た。 今の会話を考えると、ルナマリアがに教えて、ルナマリアもプレゼントをくれたということで・・・・ 「知ってて言わなかったな・・・・」 昨日のことを思い出して、シンはルナを睨んだ。 ルナマリアはとまだ会話をし、こっちを見ない。 と、目があって、その目が意地悪に歪んだ。 「ね。。昨日のシンってばそれはもう酷かったのよ」 「え?」 「ちょっ!」 「がいないからってずーっとむくれて」 「ルナマリア!!お前何言い出すんだっ!」 昨日の状況を大仰に言われて、シンはルナマリアの口を塞いだ。 昨日のことが他人に知られていてもなんともないが、不機嫌の元凶であるに知られると思うと途端に羞恥心がわいてくる。 ついていけず目をきょとんとさせているを見て、「なんでもないからな!!」と念を押す。 その行為事態が墓穴を掘っていると気付かずに。 そして当事者は。 (なんか・・・今まで俺が構われ、からかわれ続けてた理由が分かった気がする) 親しみ覚えるルームメイトこと友人に、「分かった」と微笑んだ。 |