もたれ掛かり方で5題






01:倒れるように正面から(シン)




あと少しで最終試験も終わるという頃。
の体力は限界になっていた。

横でつかの間の休息を取っているその目元には、くまがくっきりとある。
昨日も外に出て、夜遅くに帰ってきて、その後勉強して・・・
コイツがいったい何をやっているのかは知らないけど、こんなにぼろぼろになるまでやることなんだろうか。

「ん・・・ぁ・・・」

身じろいで目を覚ましたは、緩く目を瞬かせて起き上がった。

「まだ時間には早いぞ」
「ん・・・平気だ。仮眠にはなったから」

仮眠って・・・全然休めてないんじゃないのか?
心配する俺を手で制して、覚醒しきれていないだろうに、は立ちあがった。

「今日で終わりだから、何とかなる」

目元をこすってふらふらしているについて行って、ぶっ倒れやしないか見張る。
訓練中や試験中は毅然としてるけど、今の状態を知っている俺からしたら、相当無理してるのはまる分かりだ。

だから俺が見張っててやんなきゃ。






無事に試験が終わって、俺は真っ先にの元に向かった。

」と名前を呼んで近付けば、は少し疲れた顔で微笑んできた。

「・・・大丈夫か?」

「・・・・無理かも」

微笑んだまま、限界を告げたは、俺の体にもたれかかってきた。
倒れるようによっかかって、俺が支えてやっと立ってるような状態だ。

「ごめんシン・・・寮までつれってって・・・」

呟いた途端に、がくんと膝が折れ、完全に落ちた。
慌てて抱きとめると、は安らかな顔で眠っている。
きっと何をしても目覚めないんだろう。
「手伝おうか」という周りを断って、熟睡している重い身体を背負った。


なんでそこまで無理するんだよ。とか。
どうしてもっと頼ってくれないんだ。とか。
お前の近くにいる俺は何なんだよ。とか。

たくさん言いたい事や、文句や、不満があるけど。

でも、今はそっとしといてやろう。
何かに追われて、ずっと頑張っていたことも、わかっているから。


「お疲れさま」


だから今はそれだけを、寝息の主に向かって、誰にも聞こえないように呟いた。













02:相手の背に、頭をコツン(キラ)





君の言葉は嘘か本当かわからない。



「大丈夫だ」

って言ったって、それが本当かはわからない。



何事もなく得意そうに言われれば、本当なのかもしれない。

静かに笑って言われたら、嘘なのかもしれない。



でも、本当はどうなのかは、言葉だけでは分からないから。




こつんと、背中に何かが当たった。
背中が暖かくなって、その重さがとても愛しい。

長い溜息が後ろから聞こえて、僕はじっと動かないでいる。




「今日は暖かいね」

「ああ」


「夕飯何にしようか?」

「何でもいいよ」


「ね、

「んー?」


「大好きだよ」

「うるさい。馬鹿兄」




君が僕に甘えてくれる時、僕はいつも以上に甘やかす。


君が出してくれる信号を、絶対になかったことにしたくないから。




だから
いつだって、僕に甘えていいんだよ?













03:横からポスッと(シン)





夢を見た。
いつもの悪夢。

父さんが。
母さんが。

マユが死ぬ悪夢。


その夢を見た日はいつも、自分のことしか考えられなくなる。
誰にも傍に近寄ってほしくなくて、全部を遠ざける。

そして自分勝手に絶望する。



世界に俺の居場所はどこにもない。

俺がいない。

俺は、いらない。




「シン」

呼びかけられて、俺は顔を上げた。

そこにいたのは、ルームメイトのだった。

よくよく考えれば、寮の自室にいるんだから、そいつもいるのは当然だ。
でも、その時の俺は、自分以外の誰かがここにいることが、とても奇妙に感じられた。

身体は鉛のように重く、動かすことができない。
は俺の顔を覗き込み、俺を伺った。

唐突に視界がぼやけ、涙がこぼれた。
なぜ流れたのかわからない。一筋だけこぼれた涙は、すぐに乾いてしまった。

ベッドの上に寝ている自分。手には、マユの携帯がある。
大切な、大切な。忘れられない。忘れてはいけない記憶。



   ***



がベッドサイドに座り、俺も、体を起こした。
中途半端な時間に起きたせいか、まぶたが重い。今にも眠れそうだった。
真夜中だというのに、なぜこいつは自分のベッドへ行かないんだろう。
早く、一人にしてほしいのに。

「その携帯、大事なんだな」

握りしめて見つめていたマユの携帯から、少しだけ目線を外し、うつむいたまま、の方を見る。
少しだけ体をこちらに向けていることから、こっちに顔を向けているんだろうと予想がついた。

こいつに家族の事を言ったところで、何かが変わるわけじゃない。

「関係ないだろ。お前に」

突き放し、もう終わりだと締めくくったと思ったのに。

「友達のこと聞くことって、そんなに変か?」

そいつは、そう言って、さらに食いついてきた。

「友達? 俺が?」

確かにこいつとはよくしゃべる。
ルームメイトなのもそうだけど、こいつが話しかけてくるから。
だから俺は答える羽目になる。
でも投げ返すことをしない。ただ、答えるだけ。会話とは言えないものばかりだった。
相手にしないでほしいと突き返すばかりだった。
初めの頃はこいつ以外にも話しかける奴がいたけれど、すぐにいなくなっていった。
それなのに、こいつは、俺をかまい続ける。
いつだって、こいつは、俺にかまう。

「友達だよ」

もう一度、は繰り返した。
俺はそう思ってないっていうのに、利く耳を持たない。

友達なわけがない。
だって、俺はお前のことなんか知らない。
何一つ知らない。

俺だって、お前のことなんか、何も知らないだろう。
わからないだろう。

「・・・・お前に、わかるもんか」

俺の気持ちが、お前にわかるのかよ。
今、どう感じているのか、お前にわかるのかよ。


この寂しさが。
この悲しさが。
この怒りが。
この辛さが。


お前に、わかる訳がない。



「シン?」



重かったまぶたが、とうとう耐えきれなくなり、目の前が暗くなった。
何かに当たったような気がしたけれど、もうどうでもよくなっていた。

俺の身体がにもたれかかっているのも、わからなかった。



『お兄ちゃん』



妹がまた、まぶたの裏で微笑みかける。

とても幸せそうに。
ただ、純粋に。



「・・・・・・・・マユ」



妹を呼ぶ。
誰に届かないくらい、小さな声で。


もういないのだ。
呼んでも、届きはしないのだ。
誰にも、俺の声は届かない。



誰も、気付いてくれない。




「おやすみ、シン」




妹の微笑みが闇に隠れ、俺の意識も闇に落ちる。


労わるような優しい声は、俺の耳を掠めたけれど。


それが本当なのか、夢なのか。


確認することもできず忘却された。













04:相手の足の間に入って(幼少時代キラ)





僕が部屋のソファに座ってテレビをいると、弟が部屋にやってきた。 飲み物を飲みに来たらしい。子供専用の台に乗って、冷蔵庫からお茶を取り出している。

どっ、とテレビから歓声が上がり、の動向を見ていた僕は反射的にテレビへ目を向けた。
パフォーマーがアクロバティクを繰り返し、思わず見入ってしまう。

単純に感動していると、ひょこ、と下から、髪が跳ねた小さな頭が生えた。
見るとそれはコップを持った弟で、じい、と僕を見つめてくる。

「きら、これ、もって」

コップをさし出され、僕は何をするんだろうと思いながら受け取ると、は僕の真正面からソファに乗り出した。
あわてて後ろにずり下がると、は僕の足の間に座り込み、僕からコップを受け取ってこくこくとお茶を飲み始めた。

「ね、。別にここじゃなくても、場所いっぱいあるよ?」

大人3人分くらいは座れるソファは、僕たちの体格にはあまりある。
前と奥の前後に寝頃かっても大丈夫なくらい深い。
こんなところじゃ狭くて嫌だろうと思ったのに、は僕にもたれかかり、僕を見上げて。

「ここが、いいの」

そう言ってきた。


僕も辛いんだけどな、とか。
テレビが見えずらいな、とか。
いろいろ思ったけれど。


が僕になついて、僕を信じてくれているってわかるから、何も言えなかった。

胸が、ふわふわになったような、ぎゅっと締めつけれらたような、そんな感覚になって。弟の小さい身体にぎゅ、と抱きつくと、そわそわしていた気持ちがすとんと僕に降りてくる。

「きら、のみづらい」って、が不満の声を漏らしたけど、もう少しだけこのままがいいと思った僕は、聞こえないふりをしてそのまま弟を抱きしめていた。













05:全体重を掛けて(キラ)





実家から離れて、結構たつ。
必要に駆られた料理の腕は、兄弟共々なかなか様になってきた・・・・・と、思う。

買い物から帰って、冷蔵庫の中に買ってきたものを入れていると。


がしいっ、と、背中から重みがたいあたりを仕掛けてきて、前へつんのめり、危うく冷蔵庫の中に突っ込み、頭を棚の敷居にぶつけそうになった。

「おい・・・・何の真似だ。これは」

とっさに捕まった手の平が痛い。
俺は後ろにくっついている元凶に文句を言うが、そいつは何も言わずに抱きつく腕をきつくして、俺にもたれかかってきた。
重くてたまらん。
すると、耳元で、キラが小さく呟き出した。

「・・・しぃ・・・」
「あ?」
「さびしい」
「はぁ・・・?」
「死にそう」
「はあ・・・・」

いつもの発作か。と、冷蔵庫に入れないと危ないものを先に入れながら適当に相槌する。
こいつにまともに付き合っていたら面倒なことこの上ない。

「で、俺にどうしろと?」

早いこと終わらせたかったのでそう聞くと、耳元で騒がれた。

「どうしてそうなの!?」

突然の音量に、反射的に顔を背けて耳をふさぐ。
元凶はいまだに背中に張り付いているので逃げようがなく、耳が痛くなったが怒鳴りはしない。
辛抱強く相手の事を聞いてやろう。

「僕は、っ、僕ばっかりじゃないか! は僕のこと本当に好きなの!?」
「・・・・・・」

つい白い目になり、白けてしまっても、しょうがないだろう。
毎回毎回よくもまあ、こんな女々しい感情を持ち続けていられるものだ。

いつもならうるさいの一言で終わらせるか、別の話題を出してごまかすかをしているが、今日は少し反応を変えてみることにした。


「お前だけだ」
「っ」

「傍にいると安心する」
「〜っ」

「愛してる」
「うぅ〜〜〜っ!!」


背中の重みが軽くなり、俺は後ろを向く。


「全然誠意がこもってないよ!!」


涙目のキラは、そう言って抗議した。
そりゃそうだ。俺はそう聞こえるように言ったんだし。
そもそもそんなセリフをこいつに、真剣に言うのは嫌だ。
緊急ならともかく、通常時に言えば図にのって何が起こるか分からない。

「そもそも、言われたから言うもんじゃないだろうが」

それでは愛情の安売りで、ありがたみのかけらもない。
そういうと、キラは一瞬絶句し、肩を震わせ涙目になって。

「うっわあああんっ のイケズーーっ!!」

それでも俺の背にすがりつき、全体重をかけてのしかかった。
グスグス泣き続けるキラは、しばらく離れる気などないだろう。


もう勝手にしてくれ。


重くて腰も辛い体勢だが、俺はキラの好きなようにさせて作業を続行した。












こちらのお題配布サイト様からお借りしました。
TOY様 ※一旦リンクを外しています