<知る歓び 居る歓び> 「、起きて」 「ん・・・?」 キラの声に、俺はいつの間にか閉じていた目を開けた。 瞼が重くって開けていられない。目がしょぼつく。 なんだよ。もっと寝かせろよ。 「僕としてもこのままでいたいけど、一度降りないといけないんだ」 はあ?このままでいいならいいじゃねえか。もっと寝させてくれ。 ぼやけるキラを睨みつけると、キラは困ったような顔をした。そして「しょうがないなあ」と苦笑して、俺を抱えた。 体が上へ移動する感覚がする。真上から光が差し込んできて、俺は反射的に目を強くつぶった。 ちくしょう。なんだよホント。 忌々しく外を眺めて、 「――――は?」 今まであった眠気も瞼の重みも一気に解消した。 かなり驚いてやっぱり反射的に身を竦ませ、自然キラにすがりついてしまう。 俺を支える腕の力が強くなった気がするけど、それより目の前から見つめてくる目の方が怖い。 まあ、そっちもかなり驚いてるんだけど。 「何してるんだお前はーーーーーーーーーーーーーっっ!!!」 「うわっ」 「カガリ声大きい・・・」 般若の形相で怒鳴りつけてきた目の前のカガリに、背筋が恐怖でぞわりと逆立つ。 キラが上でぼやくと、カガリはキラの方向(だと思う。目、あってないし)をギロッと睨みつけた。 「これが騒がずにいられるか!!なんでお前がいるんだ!」 「いや、戻ってきたから・・・だろ?」 また矛先が俺に向いて、俺は首を竦めつつも言うと、カガリの目がさらに見開き、顔を振り仰いで手で顔を覆い、そして崩れ落ちた。 すごい大仰だな・・・・なんて、ビビりながらも思う。 「!!?」 そして、下からも叫び声が上がりだした。 下がざわついて、駆けてくる足音がこだまする。 ・・・・・ん?なんか、思い出すのが嫌な声なんだが・・・・ 「お前、どうしてここにいるんだ!!」 「アスラン、落ち着けって」 ・・・・・・・しかも、なんか聞きたくない名前が聞こえてきたんだけど。 嫌々目を下に向けると、金髪ガングロの男に羽交い締められている、懐かしいと思いたくない顔があった。 ・・・・・・なんでここにいるんだよ。 今度は俺が顔を覆って抱える羽目になる。 キラがそんな俺の背をポンポンと叩いてくる。なんだよ。同情か? 「後で覚悟しててね」 ・・・・・・・・・・・・・・え、お前もなの? 久々に兄貴の怖い笑顔を見て、俺の身体は身震いを通り越して固まった。 キラは今度は目を細めて微笑む。からかってるわけじゃなくて。冗談にも見えなくて。 まっすぐ俺を見て、笑っている。 「たくさん、話をしないとね。僕と、君と、カガリと・・・アスランと」 その目は、今まで見てきたどんなキラより、大人に見えた。 「ほら、」 茫然としている俺へキラが外へ出るよう促した。我に返った俺は、睨みつけて手を差し出すカガリへ向かって立ちあがった。 うわ・・・・今さらだけど身体がすごく重た・・・・・・・・・・・・・ 「―――――――ぃっ!」 身体に響き渡ったそれに、全身が拒絶反応を起こした。 「?」 「どうした」 キラとカガリが俺を凝視する。 その目をどちらも見れない俺は背中の脂汗と、冷気だか熱だかを耐えていた。 なんか、ものすごく嫌な予感がする。 「な・・・んでもなぃ・・・・」 大丈夫だと思いたい。 衝撃に気をつけて何とかコックピットから足場へ抜け出した俺は、フェンスに縋りついた。 足を地面につけたくない為に、踵を支えにして斜めに立ってみる。 ・・・だ・・・・・・・だめだ・・・・・やっぱり痛い。 足の裏が、ものすごく痛い。 体重をのっけた瞬間、酷い痛みが走る。 立ってられない。座り込みたい・・・・・ 「、足どうかしたの」 「え、いや・・・別になにも・・・っっ!!」 キラの声に振り向いた瞬間にまた足裏から激痛が走って、顔が引きつった。 歯を食いしばっても収まらない。 む・・・・・無理だ。平気な顔ができない・・・・ 「あ!・・・・っ・・・!・・・ちょ・な?」 一体どうすればこの現状から抜けられるのかとか、この痛みはどうやったら耐えられるんだろうとか脂汗をかきながら考えていたら、突然抱きあげられてかなりビビった。 もちろん抱きあげたのはキラで。・・・・・・・・・・・・・・無表情がめちゃめちゃ怖い。 「カガリ救急箱ってあるのかな?」 「いや、さすがにここにはないから・・・医務室から持ってくる!」 すっ飛んで行ったカガリに思わず手が伸びた。正直、このキラと二人でいたくない。 だけど俺の意思に反して声は出ず、キラのされるがまま、抱きかかえられたまま足場から降ろされて、野次馬にさらされながら適当な箱に座らせられた。 下手に脱がされて痛い思いをしたくない俺は、靴を脱がそうとするキラの手をさえぎって、意を決して靴を脱ぐ。 ・・・・・・・・・・何をどうやっても腰にまで痛みが駈け上がってきた。 見るも無残な俺の足は、血まみれになっていた。 靴下に染み渡った血が、実際の色を完全に塗りつぶしている。 うげ・・・・・見るとさらに痛くなる。 痛みを堪えるしかないそれに、よく今まで平気だったなと本気で思った。 そしてのろのろ靴下を脱ごうとして。 「ぎゃ!」 キラに素早く取り払われた。 もう抗議の声も上げられない。 憎いキラは真面目な顔で俺の足を持ち上げて傷の具合を見、「どうやったらこうなるの」と言ってきた。 独り言に聞こえたのと、「一日中走った結果です」なんて言ったらどうなるのか予想もつかなくて、俺は黙ったまま目を逸らした。 怒った兄貴って・・・・滅多にないから慣れないし怖いんだよ。 「キラ、持ってきたぞ」 「ありがとう。カガリは反対側お願い」 ギャラリーが見守る中、一方の足を救急箱を持ってきたカガリにどやされながら。もう片方を無言で威圧してくるキラに治療されて。 ・・・・・・・正直、リラックスなんて一切できなかった。 っていうか、みんな仕事しろよ!ほっといてくれよ! なんて思っても好奇の眼で見てくる人達。穴があったら入りたい。 そしてこういう時に限って、騒ぎを大きくする奴が出てくるし・・・・ 「!お前一体いつからこんな所にいたんだ!?」 ギャラリーを抜けてやってきたのは、聞きたくもなければ見たくもないデコ野郎だ。 「それは私も聞きたい。なんで帰したお前がいるんだ」 次にはカガリ。 それ・・・言わなきゃ駄目だよな・・ここにいる以上。 デコ野郎には何を聞かれようが頑として黙秘するが、カガリにはさすがにできない。 それでも今言うのはためらってしまう。言ったらまた強制送還されるんだろうし。 言葉を濁してなんとか話を逸らせないか考えて。 「そういうお前だって、なんでここにいるんだよ」 苦渋の策で、一番視界に入れたくない人物を睨みつけた。 痛いところを突かれたそいつは「う」と唸って黙る。 コクピットの中で聞いた会話でなんとなく事情は知ってるけど、俺の逃げのためには実にいい目標だった。カガリも乗せられてこいつを見てくる。 よし。何とか操作できた・・・ 「アスランのことは、別に今じゃなくてもいいでしょ。まずはのこと」 それなのに、一番厄介な奴は、見逃してはくれなかった。 ううう。くそう。 恨みを籠めて睨みつけて見ても、キラの顔色は何一つ変わらない。それどころか。 「言わないと、さっきよりも濃いキス、今ここでするよ?」 耳元で脅しをかけてきやがった!! 体調が万全ならいざ知らず、今はキラがどんな無体を働いても負ける。絶対キラの言う通りになる。 基本的にこいつの俺に対するセクハラ宣言は有言実行だ。俺はそれをいつも拳で黙らせている。 つまり俺の体力がない今、誰一人として止めることはできない。 「言えばいいんだろう!言えばっ!!」 やけくそに答えれば、「いい子」と頬に口で音をたてられたので、俺はキラの頬へと拳を繰り出した。 どっちにしろセクハラするのかよ。このくそ兄貴が! とにかく周りの奴らをカガリとキラに散らせてもらって、俺はここまで来た経緯を3人に話した。 流石に空港からここまで走ってきたと言ったときには、3人が3人唖然として「お前バカだろう?」とカガリに言われてしまった。 そんなはっきり言われなくても、自分で馬鹿すぎるってわかってるよ。 「しょうがないだろ。逃げ出してここに帰るしか頭になくて、乗り物見つける暇もなかったんだよ」 「そもそもここに来るなよ。どれだけ危ないと思ってるんだ」 言われて、肩をすくめて丸くなる。 確かに俺はかなり無謀だ。誰もが危険だって言っていて、俺もニュースとかでどういう惨状になるのか見たこともある。 でも、知らないってことは、良くも悪くもそれだけ無謀ができるってことなんだとわかった。 しかもあの時はキラのところに行くことしか頭になかったし。 だけど・・・俺は見た。 あの家族が巻き込まれて死んでしまったのを。 残された兄妹がどれだけ絶望したのかを。 たった一撃が、どれだけの傷になるのかを。 でもキラは。カガリは。ここにいる人たちは。逃げるためじゃなくて、立ち向かうためにここにいるんだ。 俺たちを守るために、戦ってくれているんだ。 一番死が近い場所で。 「俺は・・・・・・・・・後悔してない」 「」 「足手まといだし、何の力もない。そんなのよくわかってる。ここが普通とかけ離れてるってことも」 だけど、これは現実なんだ。 俺の日常に一番遠いところだけど、ここにいるのは俺にとっての・・・ じっと、キラを見る。それからカガリを見る。ついでにアスランを見ようとして、やめた。 「だけど、一緒にいたいって思うのは、そんなに悪いことなのか?」 俺は知ってる。ここにいる人たちのことを。 その人たちが苦しんでることを。必死になっていることを。 なのに、俺は、安全な所にいて守られて。結果が来るまで待つしかない。 待って、どんな事態も受け止めないといけない。どんな望まないことも、強制的に受け止めさせられる。 一番傷ついている人から聞かされる。 「蚊帳の外は、いやだ。傷付いたっていい。何もできないなら、せめて」 一緒に苦しみたい。 俺はそう打ち明けた。 キラが帰ってきて、会う度に俺はずっともやもやしていた。 気持ちが悪かった。 キラの気持ちが全然わからなくて、俺の気持ちもキラに届いてない気がして。 共有できないことが、切なくて辛い。 自分が悔しくてたまらなかった。 俺がキラの苦しみを知らないから理解できない。 理解できないから、届かない。 助けたいのに、助けられない。 見てるしかできないことが、一番辛くて、一番なりたくない自分だ。 カガリはどう説得すればいいのかと困った顔になり、アスランは納得できないのか睨むように見てくる。 キラは、俺を見つめるだけだった。 その目が一番、俺には怖い。 「一緒に、いさせてくれ」 キラの目を逸らさずに、願いを呟く。 キラに断られれば、俺にはどうする事もできない。 また引き離される。 頼むから、お願いだから。 俺を、お前の傍に置いてくれよ。 「―――――が泣いたって、何も変わらない」 キラが言う。 「が叫んだって、何も変わらない」 俺に言う。 「暴力と、悲しみしか生み出さない。そんな場所に、目を逸らさずいられる?」 訊ねてくる。 だから俺は、答えた。 「覚悟は、出来てる」 どんなことになったって、受け入れる。 どんなものを見せられても、受け止める。 キラの表情が、穏やかに解れた。 俺の前に膝をついたキラは、俺の体を抱き寄せて、頭にすり寄った。 「本当に、馬鹿な子」 なんでだろ。すごい嬉しそうに言われた気がするのは。 「うるさいな。バカバカ言うなよ」 なんだかすごい照れる。たぶん抱きしめられてるのを我慢してるせいだ。 恥ずかしいの我慢して、抱き返したりしてるからだ。 「―――――――――ありがとう」 耳元で、聞き取るのがやっとの言葉。 離れていくキラに見つめられて、訳もなく涙が出そうになった。 でも、目元はカラカラのままだ。ただ胸の奥が熱いだけ。 だからきっと、俺の動揺は誰にも気付かれてない。 「キラ、本当にいいのか?」 「が決めたことだから。僕と同じくらいが頑固だって、アスランも知ってるでしょ?」 アスランの抗議もかわして、キラはにっこりと有無を言わせない笑みを作った。 俺たち兄弟が組んでこいつが勝ったことはない。アスランは納得できないとしかめ面になるが、それ以上何も言わなかった。 キラはアスランを見て、カガリを見て。 最後に俺を見て。 「にも聞いてほしい。長くなるけど、ちゃんと聞いてほしい」 「言われなくても」 そしてキラは、今までのことを話してくれた。 戦いに巻き込まれた時のこと。逃げるまでに体験したこと。 見てきた世の中の歪み。理不尽さ。 戦う理由。戦いの意味を考えたこと。 死の間際のこと。 そして。 この戦いを終わらせるために、何をするか。 何と戦っていくか。 キラは、今までの経験から導き出した答えを、俺たちに――アスランに聞かせた。 その話を聞いて、俺はこう解釈した。 戦うものは、敵ではなく、その思い込み。弱い心。 対するものを作らないといられない、自分自身。 わかりあうことができないことに怯える心。 そんな、人間誰しもが持っている、弱さなんだって。 「僕達は、そういうものと、戦っていかなきゃいけないんだ」 それを世界中の人に、知ってもらわなきゃいけない。 そして、なぜ連合とオーブが戦うことになったのかを話してくれた。 「だがそれは・・・」 アスランの反論に、「うん」とキラは頷いた。 「大変だっていうのは、わかってる」 飲み物を持ってきてくれたカガリに、キラはありがとうと言って、アスランも礼を述べる。 「でも、『仕方ない』。僕もそう思うから。 カガリのお父さんの言う通りだと思うから。 オーブが地球軍の側につけば、大西洋連邦はその力も利用してプラントを攻めるよ。ザフトの側にいても、同じことだ。ただ敵が変わるだけで」 オーブの理念は、「他国を侵略せず・他国の侵略を許さず・他国の争いに介入しない」だ。 ただ怖いから、どちらを敵にも回したくないから中立を保っているんじゃない。 本当は争うことそのものがオーブの理念から外れている。 誰とも争わない。二分してしまった世界をあるがままに受け止め、ゆるやかに混ぜる。 分裂しないように。ゆっくりと。 どちらもいられるように。 それは、今行われている戦争を、根本的に否定しているということだ。 『そこに敵がいる。憎しみの対象がいる。 倒さなければ、自分が身を滅ぼす』 「『それじゃあしょうがない』 そんなのはもう嫌なんだ。僕は。だから」 「しかし!」 また、キラはアスランを笑顔で制した。 「僕は、君の仲間、友達を殺した」 静かな、言葉だった。 言ったことは残酷で、信じられないこと。 アスランは顔を歪め、何かに耐えているようだった。 「でも、僕は彼を知らない。殺したかった訳でも、ない」 悲しい、キラの言葉。 辛そうに感じて、俺はキラの顔を覗き見る。 キラは俺ににこと笑って、俺を制した。 「君も、トールを殺した」 「?」 今度はアスランは何のことかと目を瞬く。 だけど、キラはその反応もわかっていたように穏やかに笑うだけだ。 「でも、君もトールの事を知らない。殺したかった訳でも、ないだろう?」 正直、俺はここにいることが場違いだと感じた。 戦うことができない人間が聞いていいことじゃなくて。 二人のことを知っているから特に、気持ちのいいものじゃなくて。 お互いを殺そうとしたと言った二人。 だけど昔も、今も。俺の前にいる二人にそんなものは見えない。 「戦わないですむ世界ならいい。そんな世界にずっといられたのなら。 でも、戦争はどんどんひどくなるばかりで。 このままじゃ本当に、プラントと地球は、お互いに滅ぼしあうしかなくなるよ」 「だから、僕も戦うんだ」そうくくったキラに、反対側からカガリがキラを伺っている。 それにも笑みで返してキラは項垂れない。 「たとえ守るためでも、もう銃を撃ってしまった僕だから」 キラは色んなことを一人で決めたんだ。 「僕たちも、また戦うのかな?」 「キラ・・・」 アスランに向けられた言葉は、「君はどうするの?」と訪ねる意味合いがあった気がした。 アスランは迷っている。 こいつの葛藤なんてどうでもいいけど、こいつの立場は今ものすごく危うい。キラもまた酷なこと言うよなと思いつつ、助け舟なんて出さない。 だってそれはこいつの問題なんだ。 こいつが自分のことをなんにもわかってないで、何を優先にしたいのかもわかってなくて。衝動のままに行動した結果なんだから。 「もう作業に戻らなきゃ。攻撃、いつ再開されるかわからないから」 「一つだけ聞きたい」 キラが立ち上がったので、俺も無理やり立ち上がった。 アスランは別の質問をしてきた。 「『フリーダム』には、ニュートロンジャマーキャンセラーが搭載されている。そのデータをお前は」 「ここで、あれを何かに利用しようとする人がいるなら、僕が撃つ」 キラはそう言い放って俺の手を引いてその場から離れた。 さっきの質問・・・それって・・・そういうことだよな。 俺の手を引いて、俺に合わせて歩くキラの向かう先。キラのモビルスーツ。『フリーダム』。 核を保有したモビルスーツ。 条約を無視した戦闘機。 相手を滅ぼすための兵器。 どうしてキラが、俺にはこれに関わるなと言ったのかがわかった。 守られていた。きっとこれ以外にもたくさん。 「キラ」 「なに?」 「ありがとう」 話してくれたこと。 守ってくれたこと。 突き離さないでくれたこと。 「何の話?」 「・・・まあ・・・色々・・・・・・」 惚けてるのか分からないだけか傾げるキラに、なんだか照れくさくなった俺はぶっきらぼうに呟いた。 そのまま『フリーダム』のところに行くんだと思ったら、キラはピタリと立ち止まって。 「・・・・・・なんか、キスしたくなってきちゃった」 「は・・・・・はあ!!?なんだよ唐突すぎんだろ!」 「だ・・・だって・・・うう。、今キスしていい?」 「やめろ!絶対ヤメロ!!」 「じゃあ、ハグとか」 「却下に決まってんだろ!っていうか、セクハラをやめろこのバカ兄が!」 しばらく言い合いをし続けた。 |