君!?」

使えない足を庇いながらキラの整備を手伝っていると、下から声をかけられた。
うかがい見ると、同じく整備を任されていたんだろう、ボードを持ったシモンズさんがこちらを見上げていた。

「行ってきて大丈夫だよ」
「キラ」

コクピットから見上げているキラに「悪い」と言って、俺は昇降コンテナを降ろした。


戦闘が始まるまで俺がここにいることを許し、守るために帰そうと突き放したシモンズさん。
色んな事を教えてくれた。色んなものを見せてくれた。


まだ待ちかまえていた叱責を覚悟して、俺はシモンズさんの元へ向かった。









<倒木の種 風にたゆたう>








「まったく、あなたは強情ね」
「・・・・・返す言葉もありません」

これまでの経緯を語った後、シモンズさんの呆れに、俺は苦笑いして返した。
視線が痛いけど、覚悟してたことだし、自分で決めて望んだことだ。
だから目線を逸らさないで、シモンズさんの責めを受け入れた。

さっきまでの戦闘で受けた始末と整備・補給はもう終り、今は一時的な休息をみんな取っている。
俺とシモンズさんは、ファクトリーに設置されている簡易給水場で、向かい合って座っていた。
周りには知っている顔もいるオーブ整備員と、アークエンジェルの整備員とで溢れている。
微妙に距離があるのは、シモンズさんがこちらに来させないように目を光らせているからだった。
それでも、聞き耳立ててる人は、少なからずいるけれど。

「それで?貴方これからどうするの。自分の居場所は自分で確保しなさい」
「とりあえず、キラと同行しようと思ってます」

俺の答えに「そう」と、シモンズさんの返答はそっけなかった。

「ただ、キラは戦闘になれば戦場へ出なければならないから、その時は足手まといでしかない。
 シモンズさん。俺を、整備員に入れてもらえませんか?」

今度は、シモンズさんの顔が歪められた。
口をつけていたカップをわざと鳴らして横に置き、睨みつけてくる。

「図々しいお願いね。素人がどうこうできるほど、整備を甘く見てないかしら?」
「俺が素人かどうかは、貴女が一番よくわかっているでしょう」

視線だけの戦いを繰り広げる。
正直、俺の技術がどこまで買われているか、なんて分からない。
だけど、いまここで負けたらダメだと、俺はシモンズさんから目を逸らさなかった。


しばらくその状態が続き・・・・先に折れたのはシモンズさんの方だった。


「貴方には負けるわ」

ため息を吐き苦い笑みを浮かべるシモンズさんに、俺は口元が緩むのを止められなかった。

「ありがとうございます!!」
「今までの扱いなんて甘いと思う位こき使うわよ」
「はい!!頑張ります!」

何度も頭を下げて、俺は息巻いた。
ここの一員になったからには、頑張らなくては。

「話は終わった?」
「キラ」

タイミング良くキラがやってきて、俺の顔を見るなり苦笑してきた。

「貴方の弟には、誰にも勝てないわね」
「昔から頑固なんです。僕も手を焼いてます」

そして俺を挟んでシモンズさんとそんなやりとりをする。
そんな二人が言うほど、頑固でも何でもないんだけど。

そう思うけど、きっと言っても二人には一蹴されるだけなんだろうと思って、俺は不満を飲み込んだ。












とにかく今は何もすることがないからと、オーブの整備員への挨拶が終わった後、俺はキラと開放されて『フリーダム』の前まで戻った。
周りには人はいない。各々パイロットと整備担当が数人モビルスーツの前にいたけど、『フリーダム』の前には誰もいなかった。
そもそも損傷がほとんどなかった『フリーダム』には手をかける所がほとんどなかったし、・・・キラの申請もあるし、ここのものではないということもあるだろう。

俺の怪我を労わって、手を引いてくれたキラを見る。
戦闘の補給を補うための合間だから、キラはパイロットスーツを着たままだ。
よく見ると、身体にフィットするはずのその服は、手足首のあたりに余りがあった。

「なに?」

改めてそれを観察すると、その余り部分には深いしわができていた。


ずっとこれを着て、キラは戦っていたのか。


「その服、似合わないな」

嫌みを込めて言うと、キラはうーんと首を傾げてパイロットスーツの前を撫でた。

「慣れちゃってあまり違和感ないんだけど・・・そうかな?」

普通に言えてしまうキラが、少し遠い。

この服も、目の前にあるモビルスーツも、俺にとっては何もかも異質で、キラの周囲にあってはいけないものに感じた。
戦闘が起きる前に見たキラの『フリーダム』を駆る姿の時は、単純に格好いい。羨ましいとしか思わなかったのに。
今だって、おそらく誰よりも優れた乗り手だと分かっているのに。


まったくそぐわない。
違和感が消えないんだ。


「似合わねーよ。こんなの」


少し前までは、こんなこと俺たちの生活の中にはなかった。
遠く離れた、物語の中の存在に近かった。


だけど、キラはそれに深く入り込んで。
俺も、同じ所へ行こうとしてる。


「似合ったら、駄目だ」


心の底から、戦争なんて馬鹿なものを始めた奴らを恨んだ。


こんなことにならなければ、俺たちはずっと平穏なままで暮らせた。
もっとマシな方法を考えてくれれば、誰も泣く事なんてなかった。
苦しまなくて良い人間が、いたかもしれないのに。


いつの間にかキラの手を握りしめる力が強くなっていた。
キラをここにとどめたい。ここから出ていってほしくない。
無意識にそう思って、自然と手が力を込めていた。


「理不尽だよな。こんなのって」


キラがこんなことになるなんて、誰にも予測できなかったのに。
誰にも止められなかったのに。


『運命』なんて言葉がよぎって、反吐が出た。


そんなものいらない。
そんなもの必要ないのに。
望んでもいないものを、受け入れなければいけないなんて。



握っていた手を引かれて、気付けば俺の体はキラの体にもたれ、抱きしめられていた。
慌てて離れようとするが、背中に回された腕がそれを許してくれなかった。

「おい、なんだよ。っ」

片方の手はキラに握られて離れず、もう片方の腕を使って突っぱねようとしても、足が踏ん張れないから大した力になれない。
俺を抱きしめたまま、キラは何も言ってこない。
俺にすがりついているわけでもない。
じっと抱きしめて・・・・キラは何を考えているんだろうか。

俺は、何かを言われて、きちんと返せるだろうか。


・・・」


キラが、俺の名を呟く。
なぜだか胸が痛くなってきた。切ないような、恥ずかしいような。そんな痛みだ。

どうしようもなく持て余す感情は、俺には処理できそうになかった。








     ***






君を守る。
君といる。

君に感謝してる。
申し訳なく、思ってる。



僕は自分の中の出口のないたくさんの感情を、を抱きしめることで吐き出した。


伝わらなくてもいい。
伝わってほしい。


対極的な感情は、喉の奥で詰まって、結局出ることはなかった。
がいることで、自分の気持ちは静まり、昂ぶっている。

今の自分に迷いはなかった。
ただ、この子の心が悲しまないようにいてほしい。それだけだった。



戦うことの意味。
何を背にして、戦うのか。

僕の中のその意味は、いまここにある。


僕のすべてが、ここにいる。




『レーダーに機影』
『ミサイル接近!』
『モビルスーツ軍航空部隊、オノゴロに進行中!』

サイレンと共に放送されたアナウンスで、僕はから離れた。
これからまた、戦闘が始まる。

はシモンズさんの所へ」
「キラっ」

言い放って駆け出そうとするのを、が腕を掴んで止めた。
不安そうに眉を垂らして、見上げてくる優しい土色の瞳。
僕が大好きな、大切なもの。

「いって、くるね」

安心させるようにそう言って、へ微笑む。
一瞬だけ、の顔がさらに曇った。
それでも瞬きのあと、無理やり笑顔を作ってくれた。

「ああ。いってらっしゃい」

簡単に言える言葉を、どれだけ振り絞って言ってくれているのか。
ここには何も心配するものはないんだと、前だけを見てこいと、後押ししてくれる笑顔。
掴んでいた手が離れ、は軽くステップを踏むようにひょこひょこと走って行った。
その姿をしばらく見送って、僕もヘルメットを取りに走った。










     ***








しばらくすると、砲撃音がいつまでも鳴り続け、それと同じく振動も続いた。
戦線に近いファクトリーにとどまっているのは危険と判断され、今は司令部のある建物へと移動している。
状況がどうなっているのかは、まったくわからなかった。
押されているのか、押しているのか。
司令部にいない俺たちにはわからない。

「こういうとき、無力だよな」

そんな呟きを誰かが漏らした。
非戦闘員は、ただ見守ることしかできない。
いつここが砲撃にさらされるかもわからない。
傷付き戻ってきた仲間を回収しに行くくらいでしか、外を推し量ることができない。

大丈夫だ。キラなら・・・

祈るように拳を握りこんでうずくまる。


大丈夫キラは死なない。
ムカつくあいつだっている。
フラガさんだっている。
オーブの人たちだって、あんなに練習していた。

だから、大丈夫だ。


手の震えは止まらない。体まで震えてなるものかと、強く握りこんだ。



『エリカ・シモンズ主任、第2管制室へ』
「マチダ、ショウノ、カギザキ―――君」
「え?」

放送とともに立ち上がったシモンズさんに呼ばれて、顔を上げた。
シモンズさんは無言でついてこいとジェスチャーし、慌てて追いかけた。
俺の他に呼ばれた3人も一緒に避難所から出て、全員が足早に歩きだす。

「これに目を通して。きちんと覚えて」

痛む足を叱咤しながらそれでもついていき、一体何かと聞く前に携帯用ディスプレイを投げて寄こされた。
表示されいるのは大型戦艦の縮図と、マスドライブのための航行方法、そしてその追加ユニットの設計だった。
一瞬止まりそうになった足を、後ろにいた1人に背中を押されることで、何とか置いてかれずに動かすことができた。
内容に驚きながらも情報をめくり、読み進める。

他の誰も、一言も喋らない。

受け取った情報から読み取れる予想に、息を飲んだ。
空に、行くんだ。宇宙に。

「頭に入ったかしら?」
「・・・はい」

一通り読み終わってすぐに尋ねられ、頷いてから携帯を返した。
すぐに目的地に着いて、管制室へ入る。
そこにはオーブの要人たちが集まっており、その中心にウズミ様がいた。

「来たか」

何人かの目がこちらに向き、ウズミ様が一瞬目を見張る。
それもすぐに治められて、シモンズさんが近付くと説明が始まった。

「すぐに、カグヤの準備を。クサナギはすでに移動させている」
「はい。ショウノたちは先に準備を」
「は!」

ショウノさんたちは来た時と同じ速さで部屋を出、去っていく。
俺も行かなきゃいけないのかと振り返ろうとして、シモンズさんと・・・ウズミ様の視線で立ち止まらされた。
視線に促されるまま二人に近寄る。
ウズミ様は俺を眺めた後、シモンズさんを見て、また俺を見た。

「なぜ君がいるか、など、今更聞いてもせん無いことだな」

もうどうしようもない状況にあるのは分かっている。
ウズミ様の目には、キラにもカガリにも、シモンズさんにも向けられた責めと疑問があった。
けれどウズミ様は俺を責める言葉は言わなかった。

「ウズミさま、俺は・・・!」

一緒に戦いたい。
その言葉は、ウズミ様が俺の頭に手を添えることで止められた。
大きな手だ。昔父さんに撫でられた時のような懐かしさに、ウズミ様を見上げる。

「君にまで、覚悟と決断をさせてしまったのか」

まるで自分がさせてしまったような口ぶりだった。
確かにこの戦いは、ある意味ウズミ様が起こしたようなものだ。
だけどそもそも、発端はそこじゃない。
どうしようもないほど歪み、捻じれてしまった人との隔たりが、こんなことを起こしてしまったんだ。
誰が責められるわけじゃない。
誰かに責任を押し付けるようなものじゃない。
そして俺は、その歪みを正したくてここに残った訳じゃない。

「これは、俺が自分自身で決めたことです。誰かに操作されたからじゃない」

俺は自分のわがままのために、たくさんの人に迷惑をかけることを覚悟して行動した。
自分が一番望んでいることのために。

「君は、強いな」

俺の意思をどう受け取ったのか、ウズミ様は何かに安心するように微笑んだ。

「君のような人間がオーブにいるのなら、私も安心できる」
「ウズミさま?」

気がかりだったことをようやく落ち着けたような表情に、俺は瞬いた。
ウズミ様は俺の頭を撫でた後、名残もなく権力者として周りに指示を飛ばしていく。
その姿は勇ましく、力強い。
ついていこうと思える逞しさがあった。

「戦線からはすでに戻るようにと出してある。おそらく向こうの補給もそろそろ尽きるだろう。補給が完了する前に発てるように急いでくれ」
「わかりました」

シモンズさんが俺に目配せ、一緒に部屋から出た。


「たのんだよ」


背後からウズミ様の声がかけられる。
振り向くと、ウズミ様はもうこちらを見ておらず、シモンズさんに「早くしなさい」とたしなめられ、俺はあわてて飛び出した。



このとき俺は、何もわかっていなかった。
ウズミ様の真意も、何を託されたのかも。


何もわからないまま、向けられたそれも忘れて、与えられた仕事をやることで精いっぱいだった。




クサナギの準備を整えながら、帰ってくる戦闘員たちを受け入れ、搬入させる。
先行させるアークエンジェルの航行システムのデータロードは問題なかった。
物資の搬送、各設備の点検、やることは山とある。
次々と指示されるそれに追われながらも、何とか戦闘開始寸前ですべてが片付いた。

「ドッキング、完了しました!」
『確認したわ。各員乗り込みを急いで』

シャトル射出港から急いで駆け戻る。
艦の背後にある搭乗口に人が吸い寄せられているのを、キサカさんが誘導していた。

「キサカさん」
「君も早く中へ入りなさい」
「俺も手伝います」

周囲にいる人を巡り見て、今駆けこんでいる人たちが最後だと確認できた。

「これで、全員ですか?」
「ああ。・・・・脱出するのはな」

含んだ物言いにキサカさんを仰ぎ見る。キサカさんはじっと一点を見ていた。
俺もそれにならうと、カガリの手を引くウズミ様が向かってきている。
そのカガリが、やけにおかしい。

「ウズミ様、カガリ!」

ウズミ様を引きとめるように見上げているカガリの目には、涙が溜まっていた。
そのカガリを突き飛ばし、ウズミ様は・・・船の中に入ろうとしない。

「急げ!この馬鹿娘を頼むぞ」
「はっ」
「お父様!」

3人のやり取りに、背筋に寒気が走った。
まさか・・・ウズミ様・・・

「ウズミ様!」

衝動的に叫ぶと、ウズミ様はただ優しく微笑んでくる。
その笑顔が、嫌な予感をさらにかき立てる。
ウズミ様はカガリの頭を撫でて、カガリへも深い笑みを浮かべた。
父親の顔。娘に見せる、子供を安心付けさせる笑顔。

「そんな顔をするな。オーブの獅子の娘が」
「でもっ」
「父とは別れるが、お前は一人ではない。兄弟もおる」

キサカさんに引きとめられているカガリに、ウズミ様は紙を取り出し、カガリに渡した。
かすめ見れたそれは、写真だった。
笑顔の女の人が、何かを抱えている写真。
その写真をひっくり返したあと、カガリの目が見開かれた。

「そなたの父で、幸せであったよ」

その言葉が合図だったように、船の搭乗口が閉められ、搭乗路が引き離される。

「行け!キサカ。頼んだぞ!」

ウズミ様の姿が、強制的に引き離されていく。
足が縫いとめられたように動かない。
泣きじゃくり、開かれない入口にすがるカガリ。

「お父様っお父様ーー!」

カガリの想いに反して、クサナギは無情にも発進した。


頭の中が、固まって、何も考えられない。


崩れるカガリに駆け寄ることもできなかった。


、お前もこっちにこい!」


キサカさんに引き寄せられて、壁につかされる。
すぐに衝撃があって、外を見れば敵のビーム攻撃がこちらに放たれているのが見えた。
そのビームも、草薙の真横から放たれた多重ビームによって蹴散らされる。

「カガリさ・・・っく」

カガリを引きよせ立たせたところで、重力で身体が壁に押し付けられた。

「お父様・・・いやだ・・・こんな・・・っ」
「カガリ・・・」

腕の中でカガリが泣きすがっている。
元気で活発なカガリが取り乱しているを見るのがきつい。

なんで、ウズミ様、なんでこんな決断を・・・

窓の外をみる。もうマスドライバー施設、カグヤは小さくなっていた。

戦火に巻き込まれ、荒廃したその周囲は。

「・・・!!」



一瞬で、火の海になった。



施設も、レールも、何もかも。




ひと固まりの大きな炎になって、黒い煙を噴き上げる。





「っ・・・・・っ!・・・・お父様ーーーーーーーーーーーーーっ!!」






夕暮れのためだけではない赤い空。
カガリの絶叫が響き渡った。




















2010.4.11