始めてみる戦場というもの。



その大きさ、その禍々しさ。





それを肌で感じ、体の底から震えあがった。






怖い。怖くて、何もできない強大なもの。
どんな人だろうと、死を呼びふりまいてしまう凶悪なもの。
誰もを巻き込んで、その呪縛から逃げられない。
逃げられなくする。







途方もないそれに、何一つ太刀打ちできると思えなかった。














<虚無に潜むもの〜燻る心〜>













大気圏を抜け、宇宙に辿りついてもカガリの状態は酷いままだった。

ウズミ様を、父親を目の前で失って混乱し、悲しみにくれるカガリはずっと震えて泣き続けている。
クサナギのセッティングをする段階に入る時シモンズさんに呼ばれたけれど、カガリの状態に気付いたシモンズさんは、俺がついているようにと指示した。
それを拒否したのはずっと泣いていたカガリで、自分は大丈夫だと、奮い立とうとしていた。
しかしシモンズさんとキサカさんに諭され断られて、カガリと俺は、カガリの私室で落ち着くまでそこにこもっていろと押し込められた。

「・・・カガリさん」

押し込められて、二人ベッドの端に並んで座っていた。
落ち着かせるために暖かい飲み物を用意したけど、カガリは一口飲んだだけで止まってしまった。

「大丈夫だ。・・・大丈夫だ」

目元には今にもあふれそうな涙が溜まっているのに、カガリは無理して笑う。
その姿が痛々しい。

「無理、しなくていいよ」

思ったと同時に口に出ていた。

「ウズミ様が亡くなられて、悲しいのも辛いのも誰にも止められないんだ。だから、カガリさんが泣きたいだけ泣いていいんだ」
・・・っ」

カガリがぽろぽろ涙を流す。
俺もいつの間にか、泣いていた。

胸が締め付けられる。
その感覚は、前にも覚えがある。

ヘリオポリスが崩壊し、キラが巻き込まれたあの時。
信じたくないのに、突きつけられる事実に打ちのめされて途方にくれて、現実から逃げていた自分。
受けとめるには悲しすぎて、辛すぎて。途方にくれるしかできなかった。
これからどうすればいいのかわからなくて、不安で堪らない気持ち。
不安すら飲み込んで、自分のことすら飲み込まれて、大きなものに怯えるような。途方も無い絶望感。

キラが生きていてくれて、俺は絶望から抜け出せたけど。
カガリの所へは、もうウズミ様は帰ってこない。
帰って、来れない。


「カガリ、入るよ?」


キラとアスランが部屋の中に入ってきて、カガリは俺からキラへ飛びついた。
大声で泣き、すがりつくカガリにようやくほっとする。
俺では引き出せなかったものもすべて吐き出せたのを見れて、ようやく人心地がつけた俺は、目元を拭ってそのまま部屋を出ようとした。



それなのに、アスランが俺を引きとめてきた。
掴まれた腕が不愉快で、俺は即座に振り払って睨みつける。
アスランはそんな俺に困ったような笑顔を一瞬浮かべた。それもすぐに心配そうな顔に変わり、俺の顔を覗き込んでくる。

、お前は大丈夫か」
「お前に心配されたくない」

こいつと顔を突き合わせること自体が嫌だった。こいつの存在そのものが俺の神経を逆なでる。
不愉快を遠ざけようと部屋から出て、

・・・」

アスランはまだ追いかけてきた。
くそ。こいつ本当に空気読まない奴だな。
ほっとけっての。

忌々しくアスランの胸元を睨む。
顔なんか見たくない。


「カガリさんが一番辛いんだ。カガリさんの傍にいてやれよ」


追い払うように手を振って、今度こそアスランから離れた。
床を蹴りつけて反動に身を任せる。

「どこに行くんだ?」
「トイレだよっ―――すぐ戻る」

それでも追いすがってくる声に苛立ちが抑えきれなくなって、口調に出てしまった。
気配は追ってきてはいない。それなのに部屋に戻ろうともしていなかった。


ああ。くそ。八つ当たりしてる。
ほんと、しょうもない。


頭を乱暴にかき混ぜたい衝動をこらえて、俺は内心で舌打ちした。




足元が覚束ないのは宇宙空間にいるからなのか。気持ちからくるものなのか。
答えはしばらく出せなかった。








通路の要所にある通信機で、ブリッジへの回線を開く。オペレーターを通じてシモンズさんへ繋がった。

『お姫さまはもう大丈夫なの?』

開口一番言われて、無意識に苦笑いが漏れた。

「今はキラがついてます。すぐに落ち着くと思います」
『そう。ならこっちに来て貰える?』

からかう笑みを消したシモンズさんに、首を傾げた。

「今からですか?」
『ええ。よろしくね』

仕事モードに入っていたシモンズさんに通信を切られ、一応キラたちに伝えるために戻った。
カガリが泣いていないか。あのデコ野郎がまとわりついてこないか気に掛かったが、進展があったのか、そこにいるのはキラとその他だけで、カガリの姿がなかった。

「キラ、俺シモンズさんに呼ばれたからブリッジに行くな」
「え、ちょっと待って。カガリ、大丈夫?」

キラの呼び掛けに、「あ、ああ。今行くっ」と奥からカガリが出てきた。
礼服から作業着に着替えたカガリが一瞬キラを見て、ぷいとそっぽを向く。

・・・・あれ?

なんだろう。なんか、とまどってるみたいな。
はっきりした性格のカガリらしくない行動が、なんだか気になった。

「よし、行くぞ!
「え、あ、うん」

キラとデコを通り過ぎ、俺の腕を掴んで声を張り上げるカガリは、空元気というよりも、どこか空回っている感じがした。
キラを伺うが、とくに気にしている感じはしない。


俺の勘違いか?


・・・」

カガリが小声で話し掛けてきて覗きこむ。
カガリは暫く口籠もった後「・・・・・・あの写真のこと、まだ、誰にも言わないでほしい」と言った。

「それはいいけど」

ウズミ様が貰った写真がなんだっていうんだ?

写真の中身は双子の赤ん坊を抱いた女の人だった。
赤ん坊の1人は金髪。それがたぶん、カガリ。
ならあの女の人はカガリのお母さんってことだろう?
生き別れの兄弟がいるってことみたいだけど、言うなって、誰に?


「やはり俺が行くのは、間違いじゃないか?」

その疑問考えるのを打ち切らせたのは、アスランだった。

「何言ってるんだ!いいに決まってるじゃないか」

それにカガリがすぐ反応する。

正直こいつが居たたまれなかろうがどうでもいい俺は、それを傍観。
今度はキラがアスランに向いた。

「きっとこれからの方向とか話し合うだろうから、アスランも聞いて。これからのことは、それから決めても遅くないでしょう?」

やんわりとキラが釘を刺して、アスランは唸る。
それでも迷っているアスランをカガリがひっぱり、来るように促してやっと進んだ。



そうこうして俺たちはブリッジへ向かい、中に入ると、既にそこには先客がいた。

フラガさんともう一人、同じ連合の制服を着た女の人。
キラと一緒に入ってきた俺へ驚いた顔をするが、すぐに困惑の表情になる。

「ごめんなさい。ここは一般人の立ち入りは」
「いいのよ。私が呼んだの」

女の人の言葉を塞いだのは、クルーの一員のように席についているシモンズさんだった。
女の人はそれに驚き、俺とシモンズさんを見比べ、意味ありげな笑顔で頷くフラガさんに、さらに目を瞬いた。

「マリューさんははじめてでしたね。、アークエンジェルの艦長マリュー・ラミアスさん」

キラが説明してくれたので、俺も挨拶する。

「兄がお世話になっています。弟の、・ヤマトです」
「あ、噂の?」
「そ。キラの宝物」

ラミアスさんは、俺とキラを見て、驚いたような納得したような顔で呟き、隣りにいるフラガさんが冗談でも言うように相づちした。

「フラガさん・・・」

そういう言い方ってどうなんだ?と目を細める。
でもフラガさんには笑顔でかわされてしまった。


「睨むなって。―――君も、戦うのか」
「微力ですが」
「そんなことないさ。彼は優秀なメカニックなんだ」

マリューさんへ紹介するために告げたフラガさんに、つい苦笑する。

自分なんて子供で、役にたてるかなんてわからないのに。
自然に受け入れてくれているフラガさんの好意が嬉しくて、同時に重みも感じる。


「それで、これからどうするかだが」


話が切れた所でキサカさんが話題を切り替え、今後の話を持ち出した。

「現在、我々がいるのはここだな・・・・・・さて、問題はこれからのことだ」

投射された宇宙路を指して、次に別の場所をさす。

「ひとまず、ここを目指すというのはどうだ?」

コロニー郡のあるその一角を指して提案したキサカさんは、全員を振り仰いだ。

「L4・・・」
「『クサナギ』も『アークエンジェル』も、当面物資に不安はないが、無限ではない。特に水はすぐ問題になる。
 L4のコロニー群は、開戦の頃から破損し、次々と放棄されて今では無人だが、水場としては使えよう」

もうこの艦隊の支援はどこにもない。突き進むしか道のない、後戻りのない道なんだ。

キサカさんの言葉を聞いて、改めて内心身振るえた。


周りを見れば誰も動揺せず、マリューさんとフラガさんは似たようなことがあったのか、哀愁を漂わせていた。



そう、だよな。俺以外はみんな、戦いに身を投じたことのある人達なんだ。



「――L4には、まだ稼動しているコロニーもいくつかある」


次に発言したのは、アスランだった。

「だいぶ前だが、不審な一団がここを根城にしているという情報があって、ザフトは調査したことがあるんだ。
 住人はすでにいないが、設備の生きているコロニーもまだあるはずだ。少なくとも調査の入った時点ではそうだと聞いた」


アスランの言葉に「じゃあ決まりですね」とキラが言う。
それで予定は決まった。


「しかし・・・本当にいいのか、君は?」

俺の時とは打って変わって、フラガさんのアスランを見る目には疑心があった。

「少佐・・・」とマリューさんがたしなめるが、フラガさんは続ける。

「オーブでの戦闘は俺だって見てるし、状況が状況だしな。着ている軍服にこだわる気はないが・・・・・・
だが、俺たちはこの先、状況しだいではザフトと戦闘になることだってあるんだぜ?オーブの時とは違う。そこまでの覚悟があるのか?君は、パトリック・ザラの息子なんだろう?」
「誰の子だって関係ないじゃないか!アスランは――」
「軍人が自軍を抜けるっていうのは、君が思ってるよりずっと大変なことなんだよ」


飛び交う話に意識を向けつつも、なんだか遠い。
客観的にフラガさんの言い分はもっともだと思うし、こいつが今足下が危うい状況にあるのも間違いない。
こいつの性格も、父親も知っている。
一度も会ったことはないけど、何度か怒られただの、小母さんの反応を見れば分かるものもある。


「俺は、――――」


アスランが語った本心は、俺の予想通りだった。

そういうことを考えていたんだろうな。と、相変わらずその場の正しい答えしか言わない奴だ。ということ。

冷めた気分で、父親や今まで仲間と戦うことになってもしなければいけないことなんだと話すのを聞いていた。

俺が嫌いな理由だ。

昔からこいつは空気を読んだ気になった発言しかしない。そしてその言葉がその場の発言でしかない。

子供の頃からまわりを気にして行動していたこいつは、いつだって周りに流される。
自分が考えたような気でいて、実は周囲の環境に流されていることに気が付かない。
そして誰も傷つかない選択をしようとする。

それが誰かの重荷になって、傷つけていると気付かないまま。
自分が押しつぶされることになるなんて気付かないまま。



今だって、そうだ。
そういうところが、何よりも嫌いだった。



「偽善者」



誰にも聞こえないように口の中で呟いた。




それでも、今の何もかもに負担を掛けて、状況に戸惑うのを知られないように取り繕う自分よりマシなのかもしれないと思えて。



腹立たしくて情けない自分が、一番嫌なものに感じた。












自己犠牲精神が嫌い。
それを嫌う自分が嫌い。
そういう自分を露呈させる彼が嫌い。
2010.8.3