決めたことに対して後悔はしていない。
何を犠牲にしてでも、誰かを悲しませることになっても、どうしてもしたかったことだから。


だけど


でも


なんで、苦しいんだろう。












<愛すべき、そして、心もとなき>









L4にたどり着いて、簡易アジトとしてから1日たった。
あの馬鹿が一度父親と話をするために本部に帰ると言って、逃げるように帰ってきてから1日。
その帰り方がまた驚いた。

アスランと共に合流したのは、プラントでは言わずもがな、世界的にも有名な歌姫。現在、本国で反逆者と被害者の烙印を行きつ戻りつしているラクス・クラインその人だった。

追っ手から逃げ、全面戦争回避をうたい続けていた彼女は、とうとう撒くことが難しくなり、語り掛けることをやめ、戦火の激しくなった戦場へとザフトの新型戦艦をかっぱらってやってきた。
しかもその艦はフリーダム、ジャスティスを乗せるための戦艦らしく、2機専用の付属武器まで搭せていた。

もうそこまでくると、何もかもがこのラクスさんの手の上で行われていたことな気がして、その行動力と見通しの良さに感服してしまった。

そして、その戦艦の艦長、アンドリュー・バルドフェルドさん。
彼は、キラと確執があるらしい。
本人は気にしていなかったが、キラはわだかまりがあるようで、暗い顔をしていた。

なけなしだった戦力がまた加わり、みんなの士気が少し上がる。

それにしても、不思議な集団になったと思う。
連合、オーブ、プラント。敵対するそれぞれから集まった、この戦争を止めたいと願う人たち。
願い続けるだけじゃ止まらないと知って、戦うことを選んだ人たち。
何もかもが滅びることを防ぐための希望の光。
消さないようにしなければいけない。この火が消えたら何もかもが終わる。







「・・・・・・・・でも、俺にできることって、なんだよ?」
「なんだい少年。何か言ったかい?」

カウンターごしから聞こえた声に、食事の配給を手伝っていたことを思い出して、「なんでもないです」と誤魔化してよそったトレイを差し出した。

目の前にいるのはバルドフェルドさんだ。地位は高いから個室で1人で食べるかと思ったのだが毎日この人は色んな人を連れてやってきていた。
気さくで、明るく、屈託ない人。けれど底知れない策を持った有能な軍人だ。

「ふーん?」

トレイを受け取ったバルドフェルドさんは、立ち去らないまま俺の顔をじっと見てくる。
端に寄ってくれたから他の人への邪魔にはならないだろうけど、なんなのだろう?
じっと見られるというのは落ち着かない。

「あの・・・」
「ああ、すまん。いや、彼の弟の割に、君はさほど似てないな。と思ってね」
「・・・・・・兄弟だからって、何もかもが似ている人間なんかいないですよ」

何を言いだすかと思えばと内心で嘆息する。

「ああ、気を悪くしたならごめんよ」
「いえ。別に何も感じていないので。謝らないで下さい」

軽い感じで謝罪の手を振るバルドフェルドさんに、俺も首を振る。
次の人にトレイを渡し終えて、バルドフェルドさんを見た。
厚着をしているせいでぱっと見はわかり辛いが、この人には片腕がない。そして隠し様のない顔の傷。そのどちらもキラと戦い、敗北した時に受けたものだという。


そしてその時に、この人は大切な人を失ったと聞いた。
みんな、キラと戦ったせいで。


恨んでも仕方のないのに、それを飲み込んでこの人はキラと共闘することを選んだ。その気持ちはどこから出せたんだろうか。ただ不思議でしょうがない。

「なんていうかな。兄弟というよりパートナーって感じがするな」
「え?」

突拍子もないことを言われて、いったい何のことかわからなかった。

「君と彼は、支え合ってこそって感じがするね」

その言葉は嬉しいけど、同時に辛くもある。
今の自分はキラの腰巾着と変わらない。
俺を受け入れてくれているのは、キラの弟だからだ。たぶん、それ以外のなにものでもない。


それに、今キラを支えているのは、俺じゃなくて・・・・・

ピンクの長い髪がふと脳裏をよぎった。


ただ歯噛むしかない。
支えて、支えられる。そういうのがどういうことか、見せつけられてしまった。


キラのために、キラの助けになりたくて舞い戻ったけど、今の俺は何もできない足手纏いだ。
シモンズさんは何かと使ってくれるけど、雑用や簡単なことしかない。
宇宙空間だから、足の傷があっても動けるけど、それでも色々制限されていた。
戦うことになれば、ことなきを見守るしかない。
戦うこともできない。
分かっていたことだけど、歯痒くて仕方がなかった。


俺、いらないんだな。


そう思うのは案外早くて、そうなるとただ後悔が襲う。
あの時に帰ればよかったと思うけど、それでもあの時より今のほうがマシだと思って、自分を保っている。

自分のエゴが気力を保っている。自己満足でここにいるのだと分かった時は、自虐的になった。
それでもいい。覚悟していた。辛くてもきつくても受け入れるって決めたんだから。



そしてまた別に、どうしても拭えない疑問がある。



キラが考えている答えに、はたしてこの行動が結びつくのだろうか。と。


誰しもが持っている『弱さ』を、ナチュラルとコーディネーターの戦争を止めるだけで、どうにかなるのだろうか。
たしかに、罪のない犠牲を防ぐことは重要だ。
人がいなくなってしまう世界に、救いはない。



でも、この戦いが終わったその先は?



それこそ、本当に真摯に戦わなければならない時なのではないだろうか。
誰かを傷つける為の戦いではなく、人の心を変える為の戦いを。


それは、途方もない事なのではないだろうか。

一朝一夕で、人は変わる事なんできはしない。


本当に傷付け合う戦いでも、わかり合う為の道も、どちらも途方もない、険しい道だ。








今度声をかけてきたのはキラだった。
アスラン、ラクスさんと一緒にやってきたらしく、横には2人もいる。

「一緒にご飯食べよう」

どうやらキラたちが最後らしい。俺は頷いて4人分の食事を出し、カウンターから出た。





この4人で囲むのはなんだか妙な感じだ。慣れない状態での宇宙食は更に味気なく、喉に上手く通らない。

「物資調達?」

キラが話題に出したそれを、俺はオウム返しに聞いた。

「うん。食料は積んであるんだけど、水の方は十分に積んでないんだって。
 それと、いつここが使えなくなってもすぐに飛べるように、こまめに補給する事になったんだ。も行く?」
「いいのか?」
「うん」
「なら、行く」

単純にキラといられる理由ができて、何も考えずに話しに乗った。
キラはそれに嬉しそうに笑っているが、返す気もなくて宇宙食を掻き込むのに専念した。

目の前の並んで座るキラとラクスさんを見たくなかったっていうのもある。
今まで感じたことのなかった嫉妬擬いがわいてきて、どうにも落ち着かない。

隣に嫌いな奴がいるからだと無理やり変換して、食べ物にだけ集中する。

他の3人もそれから何もしゃべらずに黙々と食べている。
何の為に集まったんだか、と前を向くと、バッチリとラクスさんと目があった。
すぐに目を剃らした端に、にこりと微笑んでいるのが見えて、居たたまれない。

「ラクス、あんまりを見ないでよ」
「あら、減るものでもないじゃないですか」
は減っちゃうからダメ。僕しか見たらいけないの」

おい。お前ら。人をなんだと。


馬鹿な話題で盛り上がる2人を怪訝な目で見れば、2人は揃ってにっこり笑い、ラクスは「そんなに見つめられたら恥ずかしいですわ」と言い、キラは「の蔑んだ目、久しぶり〜」と、変態な喜びを感じているようだった。キモい。

隣にいる奴からは苦笑が漏れ、テーブルを挟んで越えがたい壁が出来上がっている。俺としては隣にも壁を作りたいところだが。

その後も下らない話から今後の大切な話も混ざるような会話をぽつぽつと続けていた。

「これからプラントも地球も、どう出るのかがわかりませんわ。相手の出方を待つ形になります。
 少しでもこちらの不安材料を取り除いておきませんと」
「不安材料といえば、この船の調整は大丈夫なんですか?」
「ええ。今急ぎ足で行っています」

この船、エターナルは本当は浸水式が終わった後で奪取するつもりだったらしい。
しかし様々な事情と理由で、完全に準備がすむ前に出航することになってしまった。
そのせいで、最終調整を今現在行っている状態である。

「俺も手伝えればよかったんですが・・・・・」
「エターナルは機密が多いらしいから。専属のチームに任せるしかないよ」

メカニックなら俺でも役立てる分野だが、オーブの整備共々断られてしまった。
今はプラントから連れてきた人たちによって行われている。
はあ・・・俺、このままじゃキラの金魚のフンになりそうだ。

「ところで、
「あ、はい」

溜息つきたくなっている所で、ラクスに声をかけられラクスを見る。
何かと思うと、ラクスは正直困る提案をしてきた。

「敬語はお止めになりませんか?どうぞラクスと」
「え、いや、でも」

そんなことを言われても困る。
確かにキラやアスランにはタメ語で、キラと同い年のラクスに敬語っていうのは変なんだろうが、そもそもこの二人は子供の頃から付き合いがあって、しかもキラは兄貴だ。
対してラクスは先日会ったばっかりの人間で、上流階級の人間で地位も名誉もあるニュースなんかでも取りあげられるほどの有名人。
規格が違いすぎる。

しかし、戸惑う俺にラクスは説得をやめない。

「私のは元々ですから、お気になさらなくていいのですよ」
「でも、年上ですし、それに立場が」


立場、といった瞬間に、ラクスの表情が悲しそうに歪められた。
今にも泣きそうな女の子に、俺が苛めた様な状況。
ちょ、それは反則だろう。

女の子を泣かせる事はしたくない。
本当にこういうのは苦手だ。

俺とは違うずるい生き物に不満を思いながらも、結局俺は折れるしかなかった。

「・・・・・・・わかった」

肯定するために敬語を取ると、ラクスはとても嬉しそうな顔をした。
可愛い、女の子の顔だ。
それも反則だよ。まったく。
目の前の女の子に対してどぎまぎする感情が生まれて、それと同じく敬語を使わない事がどうにも申し訳ないのとで、目を合わせづらい。

「なら、私のこともカガリと呼べよ」
「っ!」
「カガリ」

今度はいきなり後ろから突然羽交い締められたかと思えば、一体いつからエターナルに来ていたのか、カガリが悪い顔で絡んできた。

「ずっとくすぐったかったんだ。いいな。さん付けはするなよ。なんなら姉さんでもいいぞ!」
「あら、良いですわね」

かなりの力で首を絞め上げられて、正しく息ができない。
そんな俺を知ってか知らずか、カガリとラクスは楽しそうに俺への強要を獲るまで俺を拘束し続ける。
片や物理的に。片や精神的に。
ラクスはさっき承諾したのに。なんでこんなことになってるんだ?


「カガリ、落ちそう」


そろそろ意識も飛びそうになったころ、ようやくキラが止めに入ってきて、死なずにすんだ。













本気で落ちる前に誰かが止めてくれたおかげでなんとか意識を失うことは免れたが、振り替えると背筋が冷たくなってくる。

キラと格納庫に向かう時、カガリとラクスが見えないところで、俺は解放された首もとを擦って、肩を落とした。

「死ぬかと思った」

本気で。カガリに殺されるかと。
あとラクスの威圧にも。

「みんな、が好きなんだよ」

いらない。そんな怖い愛はいらない。

ぶんぶんと首を振って拒絶する俺を、キラはまた微笑ましそうに笑った。
そして、次の時には陰りを含ませた。

「やだなあ」

なにがだろうが。
キラを伺うとすぐにこちらに目を向ける。

は僕のなのに」
「誰が誰のだ」

本気で言っている馬鹿に、即刻否定する。
「意地悪」などと反抗しやがったから、「黙れブラコン」と一蹴して鼻息でこきおろした。

こうやって馬鹿な言い合いをしていると、ほっとする。
それと同時に不安にもなる。
日常と外れた場所で、頼るものはほとんどない。



キラは俺にとっての日常だ。
だから、救いになる。

「我慢、させてる?」

キラの問いに、俺は拳で額をこづいた。

「何言ってんだ。
 ちゃんとわかってるから、キラは自分のことに気を揉んでろ」
とのこと、とか?」
「調子に乗ってるとどつくぞ」

まったく。これだから。キラに辛い顔を見せられない。

馬鹿を言うのは、キラが安定を求めている証だ。
だから俺はキラが安心する答えを言わなきゃいけない。そうすることで互いに自分の在り方がわかる。

そうだ。俺は俺のわがままでここにいる。
それはキラの負担になってはいけないものだ。

「守れるものを、増やしてくれよ。俺のことは二の次でいい」

キラには必要だ。たったひとつの大切なものじゃなくて、沢山の大事なものを作ることが。
それが結果的にキラの心を守ることになる。
殺し殺される世界なんて知らないけど、きっと、人が壊れないためには、それが必要なんだ。


ドックには既に何人かが揃っていた。
パイロットに整備士、ブリッジのクルーも。手の空く人間だけが来たんだろう。
これからの為に、誰もができることをする。
俺だって、キラだって。それは変わらない。
ただ、できることが多い人にだけ負担がかからないように、気を配っていくことしか、俺にはできない。


「ほら、警護頼んだぜ。エースパイロットさん」


それを2人で確認して、俺はキラの肩をトンと叩いた。
なるべく軽く。冗談みたいに。

自分の気持ちも紛らわせるために、足取りを軽くして進んだ。











当たり前の日々が、こんなに儚いものと感じるなんて、知らなかった。
2011.6.13