<虚無に潜むもの〜慄く心> フリーダムを護衛にして、コンテナをコロニーの奥へと運ぶ。 輸送船の一つに乗せてもらい、一緒に同行させてもらった俺は、しんと静まった荒廃したコロニーを見て、何とも言えない気分になった。 このコロニーは、バイオハザードが起こり、破棄された場所なのだそうだ。 コロニー内はすべて洗浄されたが、一度そうなってしまったコロニーに住むものはいない、ということなんだろう。 綺麗に整っていても、人がいなくなった街の淋しさは、ゴーストタウンと変わらなかった。 コロニー内でも特に大きな施設の建物に取りつき、コンテナへ水を貯める作業に取り掛かる。 特に何事もなく終わるかと思って、そうたたないうちだった。 戦闘配備のアラームが鳴り響いたのは。 「襲撃!?」 全員が作業を手放して通信機に意識を向ける。 アンノウンの戦闘艦が近付いて来ているとの通達に、俺はオノゴロでのあの戦場を思い出して身震いした。 不安を呼び起こす怖さを押し殺して、傍にいる『フリーダム』を仰いだ。 「キラ!急いで戻れ。後から戻る」 『っ―――ごめん!』 すぐに行こうとしなかったのは、俺たちがここにいるからなんだろう。振り切るように謝ってから『フリーダム』は距離をとって旋回し、すぐに機体は見えなくなった。 その背中に「いってらっしゃい」と呟く。そして俺は輸送船から降りて他の人たちへも促した。 「皆さんも、早く戻って下さい。ここは俺だけでも何とかできます」 「一緒に戻ればいいだろう」 1人がそう言ってきたが、俺は首を横に振った。 「これを取り付けるにも時間がかかります。またここに取りにくるのも二度手間だし。それに、ここまで火の手はこないと思いますから、大丈夫です」 コンテナは3つあるが、列車の貨物のように繋げれば小さな輸送船でも、時間は掛かるが帰ってこれる。 そのことを告げて輸送船を1つ残してもらい、戦闘終了の知らせを聞いたら戻ると伝えた。 「一人でも多くの人が生き残れるように、お願いします」 俺にはしたくても、できない。 「わかった。君も、気を付けろよ!」 俺の気持ちを汲んでくれたのか、作業員の人は頷いて、急いで戻っていった。 しばらくしてから、遠くで大きな音と振動が伝わってきて、戦闘が始まったのだとわかった。 みんなの無事を願いつつ、俺は作業を続行して、すべてのコンテナを用水バルブに繋げた。 ふと戦闘が行われているだろう方向を見る。 未だに爆発音は収まらない。 長引く戦いに心配するけど、きっと大丈夫だと、信じている。 キラや、カガリ、連邦とザフトの軍人がいるんだ。大丈夫。 「連結完了・・・・・あとは、終わるのを待つだけか」 水を入れて、満タンになったら自動的に止まるようセットして、つなげている建物を見上げた。 給水に最も適しているとして選ばれた場所だが、その建物は、住居にはとても見えなかった。 かといって廃水処理施設でもない。印象が一番適しているのは医療施設だろうか。 戦闘が終わるまでは何もない。そうすると手持無沙汰になって、俺は周りを見回し、一番近いこの施設に興味がわいてきた。 この建物、なんの施設なんだろう。 壁をぐるりと巡って、すぐに見えた入り口へ入った。 明りがなく、窓もない建物の奥は暗くて見えない。それでもかなり広そうだった。 入口から少し入ったところには待合場のようなソファーが並んでいる。それからカウンター。見た感じでは病院みたいだった。 タンクが溜まるにはだいぶ時間がかかる。 その間はこのままここで休んでいようかと、取り付けのソファーに座った。 「―――――っっ!!??」 身体全身が総毛立つ。座ったとたんに感じたそれに、反射的に立ち上がってしまう。 何もないはずの辺りに何かを感じて、奥底から震えが起こる。 なんだ? 今の悪寒は・・・・・・・・ 今まで感じたことがない恐怖心に動揺した。 そもそも何に反応したのかがわからない。 神経が研ぎ澄まされて、だけど、この建物に対して悪寒を感じた訳じゃないことは、なぜか明確にわかった。 なら、外? 神経を研いで耳をすましても、特に何か異常音が聞こえる訳じゃない。 建物から出て辺りを見回しても、やはりそこには何もなかった。 それなのに、嫌な予感は止まらない。ますます強くなる。 そして一番嫌な気配のする方へ目を向け、俺は息を飲んだ。 ****** 「ほう?なぜこんな所にいるのか」 機体の中で感じた奇妙な、しかし覚えのある感覚を感じ、その方向へカメラを向けて見つけたそれに、クルーゼは笑みを浮かべた。 『隊長?』 イザークの不思議そうな声があり、そして別の、忌まわしい感覚がこちらに迫って来ているのを感じとる。 はじめに感じた感覚と、その姿に、クルーゼは笑わずにいられない。あまりに不可解で、そして絶好の状況だった。 クルーゼは後ろ髪を引かれながらも、モニターを正面に変えた。 「来るぞイザーク。構えろ」 ****** 現れた2機のモビルスーツ。その内の真っ白い1機に、目が奪われていた。 白一色の機体は、フォルムを見ただけでわかった。連邦が作るものとはコンセプトが違う。あれは、ザフトのモビルスーツだ。 本能が逃げろと告げて、けれど恐怖で足がすくみ、俺は立っていることが難しくなっていた。 動けない俺の上空を2機が飛び越え、追い掛けていた目に、また別のモビルスーツが飛び込む。 『ストライク』と、あの深緑は、『バスター』だったか。 外で何かがあったのだろうか。戦場になると思いもしなかったこの場で、援軍である2機が敵機とぶつかり、戦闘が始まった。 1対1で交戦する両者は、接近戦も銃撃戦も取り入れて、流れ弾が辺りに被弾した。 起動兵器戦用の武器は、生身の人間など紙切れ同然に消し飛ばす。流れ弾の衝撃だけで身体が吹き飛ばされそうになった。 その感覚でオノゴロのことを。あの巻き込まれた家族の悲惨な姿を思い出した。 吹き飛ばされて、酷い末路になったあの人たちと、残された兄妹のことは、今でも鮮明に覚えている。 ――――逃げないと。巻き込まれるっ! 目の前の戦闘から逃げるためにすくむ足を何とか諌め、建物の奥深くへと駆け込んだ。 一体何の施設だか分からないが、これだけの規模ならシェルターの一つもあるはずだ。 急いで検索マップを探し、表示されている場所を捜し出す。 1階には・・・・・・ない。セオリーとしては下位層にあるのに、ここは研究エリアと表示された、高さから言うと中ほどの場所に入口が設置されていた。 疑問に思うのは一瞬で、ただそのルートを頭に叩きこんで上階を目指す。 もう爆音は近くでは聞こえない。 それでも途絶えずに軋む建物と遠くの破壊音で、まだここは戦場なんだと判断した。 残っている輸送船まで逃げ出す方が危ないだろう。素人に突破できる気がしなかった。 ホールへ出て螺旋階段を駆けあがる。 ―――――その上で待ち構えていた景色に、俺は絶句した。 通路以外のすべてを水で浸し、その中に等間隔に円柱のポッドが並べられている。一つ一つに付けられた画面には、映像とデータが流れていた。 その映った姿が、学校で習った胎児のような形をしていた。不気味なそれに、気分が悪くなりそうだ。 病院だと思った第一印象はその光景で否定された。おそらくここは、研究所なのだろう。どんな研究をして、これがなんなのか、この光景を見たあとでは、知りたいと思わなかった。 直感的に、ろくでもない研究がされていたんじゃないかと悟る。 そんなものを見ても、きっと気分が悪くなるだけだ。 「階段上がった、突き当たりの部屋・・・・・・」 自分の身の安全だけを考える事にして、足を進める。 突き当たりの部屋に入ると、どうやらそこは執務室のようだった。 旧型のモニターとデスクトップ。大量のファイルと本。 少し荒らされた部屋の、さらに奥には下へ続く階段があった。 ふと、積んであるファイルが気になって、手に取る。 さっきろくでもないものだと思っていたのに、なぜか見ようとしていた。 パラパラと捲り、斜め読んで。文字ばかりの資料の、あるタイトルに、ぎくりと身を強ばらせた。 『被研体0XXX―個体名キラの成長観測』 「『キラ』?」 まさか兄貴と同じ名前をここで見るなんて予想外で、思わず呟いていた。 頭の中ではやめろやめろとどこかで叫んでいるのに、俺はつい内容まで読もうと資料に目を走らせていた。 そこにはコーディネーターの遺伝子改良を、変質する事なく誕生させるための研究が書かれていた。 この時の俺は知らなかった事だが、コーディネーターというのは、改良した遺伝子が母体の中で変質し、希望通りの容姿や能力にならないことがざらにあるらしい。 その変質をどうすれば防ぐことができるか。望みの能力を得るためにはどうすればいいのか。 類を見ない最高質のコーディネーターを生み出すにはどうすればいいのか。 そんな研究がここで行われ、そして、幾つもの命が無残に死んでいったのだと、後で知った。 「なんだ・・・これ」 そしてこのファイルには、その成功例が事細かに記されていた。 遺伝子なんかは門外漢だから、詳しいことなんて分からない。 だけど、このファイルに書かれていることが、どんなに異常かは見て取れた。 ヘチマか何かのような、1人の子供の成長記録には愛情の欠けらも見られない。 読むのも嫌になり、ファイルのページを流す。そして開き止まったページには一枚の写真があった。 柔らかくて優しい笑顔を抱いている2人の赤ん坊に向けている、女の人の写真だ。 ―――――あれ? デシャヴが過って、首を傾げる。 この写真は、見覚えがある。 ダンダンッ 「――っ!?」 写真に集中していた意識がさっきの現状を思い出して、遠く聞こえた音にバッと振り返った。 発砲音に感じたそれは、中から聞こえた気がした。 そういえば、外からの振動がいつの間にかなくなっている。 一体どうなっているんだろうか。戦闘は終わったのか? 部屋の扉から顔を覗かせ、何もない事を確認して―――すぐに現れた姿に、ぎくりと強ばった。 現れたのは、白服を着たプラチナブロンドの髪の男だ。なぜか目元から顔の半分を覆う真っ白い仮面をしていた。 着ているものは軍服だ。でもアークエンジェルのクルーたちとはデザインが違う。――おそらくザフトの軍人だ。 だけど、その事実を受け止めるよりも、姿を見た仮面の男に対してさっき外で感じた寒気が俺を襲う。 入口から飛び離れ、部屋の奥へとあとずさった。 あの通路からここまで、道は一本だ。あの男がどんな理由で来たにせよ、この部屋には確実にやってくる。 急いで奥の通路へ飛び込み、身を隠す場所を捜す。 そこへまた銃声が聞こえて、身体が竦んだ。 銃声はしばらく間断なく、時には間をおいて建物内に響き渡っている。 俺は部屋の奥にあった通路の階段下に蹲り、ことなきが過ぎるのを待った。 それしか今の俺にできることはなかった。 この時、何が何でも最初の目的だったシェルターを見つけて逃げ込んでいれば、あの後のようには、きっとならなかっただろう。 運命の歯車にはまりこんだ俺は流され、すでに後戻りできない状態になってしまった。 これが最善の選択だったのか、最悪の選択だったのか。 もう、確かめることはできない。 |