<悲傷の果てに> 火花と轟音。それと同時に少年の身体が跳ねた。 「っぅああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」 一拍を置き、獣の咆哮を上げて、地面に縫い付けられた少年がのたうつ。 引き金へ力を入れる回数と比例して、少年の四肢は跳ね、絶叫が無くなる頃には、少年の全身は自らの血で赤く染まっていた。 「ぁ・・・・・・っ・・・・・・・・、・・・・・・」 「っ!っっ!!」 「キラ!」 最早虫の息となっている弟を助けようとする兄へ、銃弾を飛ばす。 邪魔なフラガの息子は兄を庇い、また負傷した。 兄の上に覆いかぶさって、兄は身動きがとれずにいた。余程駆け寄りたいのだろうに、見事に下敷きになっている。その表情が滑稽で腹が引きつる。 こぽっと小さな水音と共に、血塗れの弟は口からも血を溢れさせた。このまま放っておけば失血して死ぬだろう。 苦痛の表情すらも失い、死者へと急激に進む少年の姿は、感じたことのない悦びを私に与えた。 彼でこうなるのなら、彼らからはどれほどの何かがもたらされるのだろうか。 この少年を皮切りに、このままこの3人をじわじわと絶望のまま殺そうかと考えたが、どうやら私の方がタイムリミットのようだ。 最後の興じに、不幸とはどこまで沈んでいけるのかが見たくて、私は兄を嘲笑し、煽った。 「この少年は死ぬ。君のせいで。君を守って」 ひく、と、兄の肩が震えた。 動けない状態のまま、弟を見つめて手を伸ばしていた体勢をやめて、私を見上げてくる。 幼い子供があどけなく問うような無知さが滑稽だ。腹が痙攣し、笑い声を上げたくてたまらない。 笑いは嘲笑に変換され、狂った声は部屋中に谺する。 「数多の弟たちを屠って生き!そして最愛の兄弟すら君の生きる糧となる!」 人は繰り返す。それが自分に比のないことでだとしても。 同じ場面、同じ状況を、何度でも繰り返す。 その答えが見つかろうとも、見つからずとも。 運命のように繰り返す。越えることのできない壁を繰り返す。 彼が、数多の命を糧にして生きるように。 私が、復讐と破滅を何度も望むことも。 血塗られた道。それこそが。 「君には相応しい」 この地獄で生まれた兄弟たちには。 「―――――――――――うあああああああっっっ!!!」 負傷者の檻から這い出して、兄が咆哮を上げて飛び掛かってきた。 「っ!」 私を押し倒し、弟を抱き上げた兄は、そのまま部屋を飛び出した。 その背中へ銃弾を放つが、壁の死角が兄弟を守った。 「キラっ!」 「絶対っ・・・・たすける、からっ!!!――ぜったいっ!!」 フラガの息子も後を追う。 それを見送る前に足元が歪んだ。限界だ。 私も戻らねばならない。 「無駄だ無駄だぁっ!!そいつは死ぬ!君のせいでなぁ!!」 末路を見れない代わりに、言葉で追い討ちをかける。 フラガの目が怒りに燃えたが、それ以上仕掛けてこなかった。 兄弟は既に下位層にいた。 身体は苦痛を感じながら、私の心は悦んでいた。 ああ。面白い。 何も持たない私を作り上げた完璧な存在が。世界の変革を担う操り人形が。 たった一つのものを奪われただけで、脆く崩れ去る音が聞こえる。 「君には到底救えまいよ!血塗られた手しか持たない君にはな!」 泣け。 呪え。 そして、怨嗟しろ。 「世界も!君の弟すら!」 私と同じ処に堕ちてこい。 「アークエンジェル!重傷者だ!今フリーダムがそっちに向ってる!急いで救護にかかってくれ!」 『ストライク』に乗り込んだフラガは、真っ先にアークエンジェルへ通信を繋いだ。 既に『フリーダム』に乗り込んだキラは、血塗れのを抱えて全力で空を駆けている。 1秒でもはやく。 の命を助けるために。 キラの腕の中で命が失われていく大切な人を救うために。 「はやく、はやく!!」 高い機動力を持つ『フリーダム』ですら、今のキラには遅く感じた。 行きよりも長いと感じる回廊がもどかしい。 「・・・・・・っ・・」 「!?」 抱いていたが呻いたのに気付いて、キラは裏返る声でに呼び掛けた。 「・・ぁ・・・・りぁ・・・・・・」 キラ、と焦点のない瞳でが呟く。 今にまた閉じそうなその目が、キラに焦燥を与えた。 また目を閉じたら、が2度と目を開けない気がした。 「絶対助かるから!だから!」 必死にキラは叫び、『フリーダム』を駆った。 は眠そうに瞼を震わせる。 細い息すら、途切れてしまいそうで。 「・・・・・・・・・・ぃ・・・・・・」 の瞼が閉じたとき、キラはこの世の終わりを感じた。 がいない世界を。 胸が避けるほどの痛みがキラを狂わせた。 嫌だ!いやだ!いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!! 叫び、キラは恐ろしい速度で着鑑した。 それでもへ衝撃が届かないように、奇跡とも言える繊細さで衝撃を和らげ、の身体を抱いて無重力の海に飛び出した。 目の前には桃色の髪の少女と、ストレッチャーを持った白服の男女が向かってきていた。 『フリーダム』を足場にして、キラはその一団に飛び込む。 「キラ!」 少女がキラを抱き留めて、キラの腕からが引き剥がされた。 失った喪失感に、キラの正気が少し戻る。 「たすけて・・・・・・おねがい・・・・・・・・・・っ」 キラの周囲には、そしてその軌跡には、雫が泳いでいる。 今にも息耐えそうなほど青ざめたキラの目には、ストレッチャーに押し付けられたしか見えない。 「急いで搬送して下さい!エターナルへ」 少女の指示に、ストレッチャーがキラから離れていく。 キラからを遠ざけていく。 キラからを奪っていく。 キラは咆哮を上げていた。 へと手を伸ばして、を奪い返そうとした。 だがそれを少女が邪魔をする。 「キラっしっかりして下さい。キラ!?」 奪うな! 返せ! を! を!! 少女に抱き締められながら、キラは暴れた。 そして、こと切れたように、ぴたりと暴れるのをやめた。 自分の、真っ赤に染まった腕を見て。 「・・・・・・っ・・・・・・ぁ・・・・・・」 いつも暖かいその体が、とても冷たかったことを思い出して。 「からだ・・・・が・・・・・・」 死人のように青ざめていくのを思い出して。 「どんどん・・・・つめたくなって・・・・・・い、きが・・・・・・」 死人のように 「あ・・・・・・ああ゛・・・・っ・・」 シニンノヨウニ ぶつりと、キラの目の前が暗転した。 拒絶した心に引きずられて、キラはその場で嘔吐した。 さむい。 さむい。 俺、死ぬのかな。 あいつ絶対泣くし。 こんな中途半端に終わるのは嫌だな。 「」 大丈夫だ。キラ。 お前を置いて死んだりしないから。 「」 死んでも、死んだりしないから。 「っ」 お前を絶対、悲しませない。 「・・・」 孤独になんか、しないから。 |