いつの間に寝てたのかは分からない。

わからないけど、あたしは起きた。起きて今ある目の前のものを見た。



ありえない。



あたしは真っ先にそう思った。開いた口が塞がらなかった。
目の前にあるのはでかい門。
目の前にいるのは制服らしい、黒服の男集団。
その男たちの人相の悪さのせいで、傍目から見ると〇のなかになんかの文字が入るアレっぽい。
そしてその門の前にかけてある看板(こんな木製のなんて観光地以外じゃ見ないんじゃないか?)には「真撰組屯所」の文字。


・・・・・・・・・・・・・これってつまりアレだよね?
そうアレ。
アレだよアレ。


「オイ何してんでぃ。さっさと入れよ」
「うるさいわ誘拐犯。今状況判断してんだから話しかけんな」


そしてあたしは、ここまで連れてきた元凶、――沖田総悟――の言葉を遮った。


よりによって・・・・銀魂かよ。

どうせトリップするならハンターとかワンピとかがよかった。


嘆息。


・・・・・って、いやいやいや。何冷静に状況判断できてんの?むしろしてんの?あたし。
ってかセットでしょ?セットなんでしょコレ。
しっかりしてちょうだい正常な脳思考。
何をどうやったらそういう切り替えができたの。
っていうかまだ引っ張ってんの?
大体真横で偉そうにしてる奴・・・沖田(推定)だっけ?ほんとにそうとは限らないんだからさ。



「とりあえずテメーの名前を言えよ。先にオレから言うかぃ?」
「あーそうね。聞きたいです」
「沖田総悟だ。呼ぶなら沖田様、総悟様、帝王様、ご主人様、真副長のどれでもいいぜぃ」
「あーそうですか・・・・・あたしはです」

名前当たってたよウッソーン。
これでまた一歩答えに近づいちゃったじゃないの。

沖田(確定)にさっさと連れて行かれた取調室で、あたしは盛大な溜息を吐いた。
もうなんていうか色んなところで後の祭り的な感じですね。あれ?なんか使い方違うな。
まあいいか。

「住所は?職業は?年は?・・・めんどくせぇから適当でいいな」
「はぁ」

もうどうでもいーです。
勝手にしてクダサイ。

「で、容疑は公務執行妨害、器物破損罪、猥褻罪・・・と」
「まてまてまてまてまてまてふざけんな」

自暴自棄になってるあたしをいいことに、勝手言いまくるそいつに備え付けのメモ用紙を投擲。
そいつはそれをひょいと避けてまた追加記入する。

「あと暴行罪な」
「だから過大広告すんじゃないっつの!大体っいつ!どこであたしがそんな事したってのよ!」
「俺の巡回中に邪魔しただろうが。それとその時に店先の椅子が壊れたし。後あれな。おめぇのケツの弾力のよさ」
「全部お前の責任だろぉがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!あと最後セクハラ!セクシャルハラスメントッ!!!」

書かせるのをとめる為に、あたしは書類をひったくった。その紙にはなんか変な格好の宇宙人が書いてあった。

うわっ イラッとする!

まともなことをする気が一切ないこいつへの怒りをその絵にぶちまけた。
相手の表情が変わらなさ過ぎてさらに腹が立つ。

「何しやがんでぃ。せっかくの力作を〜」
「だまらっしゃい名誉毀損男!さっさとあたしをここから解放しなさい!」
「するわけねえじゃねえかぃ」

にっこり。

人が見るなら天使の笑顔だ。なんていうかもしれない笑顔。
もしそんな奴が今この場にいたら、あたしは頭可笑しいんじゃないの?と鼻で笑ってやるところだ。
沖田は立ち上がって机の上へ乗り出し、あたしの方へ顔を寄せてくる。
そして、

「こんな楽しそうなおもちゃを手放す気なんて毛頭ないね」

あたしの方へと伸ばしてくるその手は明らかに何か含みを持っていて。


ぷちん。


何かが切れた。
ねじが外れた。
遠く彼方に去っていった。


うふふふ・・・・
もういいわ。
もう知らん。
今まで耐えた方が立派だったのよ。


「いい加減にしてよこの超ド級ドSがーーーーーーーーーー!!」


延々と続く職務質問という名の無意味な拷問に、あたしは切れた。
投げ飛ばしたパイプ椅子は沖田の頭の横を通り、(くそう避けられた)扉にぶち当たって窓ガラスを割る。


「あーあ。後で弁償しろよオメー。警察署で暴れるたぁいい根性してんじゃねーか」
「か弱い一般市民を拉致っておいて、警察語るなんて片腹痛いわ!実力行使を通り越して公害よ!」
「公僕にたてつくたあいい度胸だな」
「はっ何が公僕?誰が?少なくともあたしはあんたに殺されかけたことはあっても守ってもらった覚えはないわ!」
「偶然だな。俺もあんたを守りたいと思ったことはねぇ」
「初対面であるもないもないでしょうが。あったま悪いんじゃないの?」


延々と続く口ゲンカと飛び交う物品。ときどき拳。




「死にさらせオラァーーーーーーーーーーっ!!」





そして、放った花瓶が、





「ブホォっっ!!」




偶然開いたドアへ、正確には入ってきたおっさんの顔面へ、綺麗にメリ込んだ。






完全に空気が止まる。





「近藤さああああああん!!??」
「やべえ!局長完全に伸びてるよ!どうすんのコレ!?」
「・・・・・マジで?」

入り口へ続く廊下で両手両足を芸人みたいに広げて倒れているおっさんに、黒い制服の男たちが群がる。
さあっと今まで上りきっていた血が、足元目掛けて落下していくのがわかった。


青褪めるって、こんな感覚なのね・・・・・


「あーあ。この落とし前はきっちりと付けねえといけねぇよなぁ?」
「ちょっ元はといえばあんたが!」
「おーやーぁ?テメーのやった惨事を人のせいにしちゃあいけねーよ」

ぐぅぅぅっっこいつ人の弱みを逆手に取りやがってっ!!
あんただってさっきあたし相手にやってただろうが!!
今、今ここにこいつをいくらでも殴って良いって法令があったなら、拳から血が出るまで殴ってやりたい・・・・っ

いや、もう掴まって、逃げられやしないんだ。
だったら今ここで果てる覚悟で―――――




「どう考えてもお前のせいだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



ゴーーーーーーーーンッッッッ!!!




目の前のドS男に、ゲンコツが落とされた。

いや、いやいやあたしじゃないからね?
あたしの身長じゃあこいつにヘッドロックか鼻フックかアッパー噛ます位しかできないからね?
脳天へ垂直とかどうやっても無理だから。


「いてーな。何しやがんでい土方さん」
「やかましいこの馬鹿野郎が。お前こそ何罪もない一般市民連れ込んでやがんだ」
「俺のナンパにケチ付けんじゃねえよ」
「どんだけドSなナンパァァァァ!!?警察署で取り調べそのものなナンパなんて聞いたことないんですけどぉぉぉ!!」


自分の頭を撫でさする沖田は、真後ろにいる自分を殴った犯人をゆるく睨みつけた。
あたしはその犯人・・・もとい救い主を、やっぱり間抜けな顔で見上げている。

いや・・・自分の表情なんて分かんないけどさ。でも開いた口が閉じれないから、きっと、たぶん・・・


目の前にいる人は、瞳孔開きっぱなしのちょっと・・かなり・・・とても怖い目。
口にはくわえ煙草。



・・・・・・・・・土方だ・・・・・

ああ。真選組のトップ三人全員を見ることになるなんて・・・・



・・・・・・・・なんでだろう。
ちっとも嬉しくないのは。




いや嬉しいことは嬉しいんだよ?でもね、やっぱそれなりの状況でとかだったらいい訳で、少なくともこんな惨状で会いたくなかったってーだけで・・・・。

自問自答を繰り返している間に、未だに言いあってる男二人を盗み見る。
あたしの様子には眼中なく、延々喧々囂々(主に片方が)言いあっている。


・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・とりあえず・・・逃げようかな?


「おっと」

肩が、掴まれた。
び・・・・・・ビビる・・・・その不意打ちはビビる。
あんたさっきまで手を伸ばして届く距離にいなかったじゃないか!!

「俺をナメんなよ?狙った獲物を逃がすほど、まともな神経持ち合わせちゃいないんでぃ」

こ・・怖ひ。沖田の笑顔がめっさ怖い。
っていうか今この人自分からイカれてるって発言したぞオイ!!

「だからヤメロっつってんだろーが!!」

目の前にある沖田の顔が下に沈んで、土方の顔が眼前に現れた。
今度は本気で昏倒している沖田を一瞬見て、こっちも充分迫力が怖い土方を恐る恐る見る。


無理・・・無理ムリ。顔合わせらんない。
失礼と分かっていても目線を首にする自分を許して下さい。これが限界です。


沖田を部下に移動させた土方は、煙草を一本点けて吹かす。
あ、顔避けて吐いてくれた・・・・

「悪かったな姉ちゃん。迷惑掛けて」
「い・・・・いえ。えっと、帰ってもいいですか?」

正直、沖田に歯向かっていた時の気力は欠片も残ってなかった。
今はここから逃げたくて仕方ない。


「迷惑かけた詫びだ。おい!誰か車出せ」

「いっいえホント!必要ないんで!!じゃっ!」

とにかくこの真選組という雰囲気何もかもから一秒でも早く飛び出したい。
車、という単語を聞いた瞬間「逃げる」コマンドが全身を駆け抜け、あたしはそこから飛び出した。


逃げるは今!!
こんな黒い思い出の場所なんて、二度と来るもんか!!


振り返らずに走り去るあたしの置き土産は、未だに伸びていた局長を踏みつけ再びノした足跡だった。


















さあ帰ろう。早く帰ろう。
家に帰って部屋に籠って布団かぶって寝て、オカンに起こされてご飯を食べてまた寝よう。
今日の災難はそれできっぱり忘れてやるんだ!



「はは・・・・・帰る家って・・・・どこさ」



何も考えないで飛び出して、ただひたすらにまっすぐ走った。
走って疲れて心臓がもう無理と泣き叫ぶまで走って、我に返った。






ここが自分の知ってる世界じゃないってこと。

ここがあたしの生まれた世界じゃないってこと。

あたしが、ここでは誰一人もすがる人がいないってこと。






よろよろもたつく足を出して、ブランコに落ちるみたいに座り込む。








項垂れるあたしの足元へ、誰かの影が伸びてきた。










  後編へつづく!