*注意*   スザライが混入しております。









「なぁ、スザク。少し相談に乗ってほしいんだ」
「なんだい、ライ?」

と、新しく出来た親友の頼みごとを快く聞かなければよかった。と、後々スザクは思った。



  <こころのありか> 1



「ルルーシュのことなんだが」

特区日本の総司令部。その最高責任者であるユーフェミア皇女の騎士の部屋で、二人は向かい合わせに座っていた。
相談に乗って欲しいと言って来たライの顔は本当に深刻で、上手いことを言えない自分が答えられるのかと不安になった。

「ミレイさんとかでも、相談に乗ってくれるんじゃかい?」

だから、そう言ったのだが。

「『恋愛回路が壊れている』『可哀相』『面白すぎる』と散々意味の分からないことを言われ、からかわれ哀れまれたので早々に諦めた」
「・・・・そ・・・そうなんだ」

よほど嫌な目にあったのか、ライの目は胡乱だった。
が、すぐに切り返して真面目な顔に戻る。スザクも気を構えなおし、ライを見た。

「ナナリーを除けば、君が一番付き合いが長いだろうから。いいか?」
「離れていた時期も長いけどね。それで?」

促すと、ライは一瞬顔を強張らせ、小さく唸った後、たっぷりと時間を掛けてから口を開いた。

「不躾ですまないんだが」
「うん」
「君は、ルルーシュとキスをしたことがあるか?」
「・・・は?」

スザクは目を丸くして固まった。

「ルルーシュは、友達ならば誰ともするんだろうか?」

そんなスザクを不思議そうに眺めつつ、ライは話を続ける。

「僕は一体、どう対処すればいいんだろう・・・」

それはこっちが聞きたい。

なぜライがここに来たのか、なんとなく分かった気がする。
生徒会の面々はおそらくあまりの鈍さに呆れ、もう遊ぶしかなかったのだろう。
本人に自覚がまったくないから、最悪だ。

「・・・えっと、ライ?一つ確認してもいいかな」

荷が勝ちすぎだよ・・・と心底スザクは思って内心で溜め息をついた。
顔は笑おうとしているが少し引きつっている。

「君は、ルルーシュにキスされたことで悩んでいるの?」
「現在進行形で、毎日のようにされている。理由が分からない」

・・・やはり、ルルーシュはどこかおかしいのか?と首を不安そうに傾げるライ。
くらりと、スザクは軽い眩暈を起こしてテーブルに肘をつけた。ライが心配するが、スザクはそれを軽く手を振ることで止めた。
そんなことより、今判った状況の整理のほうが先だった。

なんていうことだろう。
ルルーシュ。君は一体今まで何をしていたんだ。

思わずそう文句を言ってしまいたくなる。

スザク以下、ライとルルーシュを知っている面々は、随分前から二人が恋仲なのだと思っていた。
実際、当の片割れであるルルーシュは否定もしない上にそれを広めようと画策していたし、同居だってしている。
それに二人の馴れ初めを考えれば、そうなっていると考えるのは自然なことだった。

なのに、この状況は一体何か。
ものすごく色々と突っ込みを入れたいと思うスザクだが、完璧に理解していない友人に分からせるのが先だと考えた。
そもそも根底を理解しているのかどうかも怪しかったからだ。

「ねぇ、ライ。どうしてされるのか、分かる?」
「友達だからじゃないのか?」
「じゃあ僕も君とキスしなきゃいけないじゃないか」

呆れ返る答えに、つい肩が脱力してしまう。

「じゃあ、ルルーシュの性癖とか・・・」
「僕はルルーシュにされたことなんて一度もないよ」

スザクの言葉に、ライはまだ分からないと首を傾げる。
埒が明かない。
スザクは心の中で嘆息した。
これならまだロイドの作った無限に敵機が増殖するシミュレーターに20時間乗っている方がマシだと本気で思う。

「君だけにしか、していないと思うよ?」

とにかく子供でも分かるように、スザクは直接的にそう答えた。

「なら、なぜルルーシュは僕にしてくるんだ?」

またライは首を傾げる。
本当に分かっていないのだ。この鈍い男は。
これでは確かに哀れと思われても仕方ないとスザクは思った。
ルルーシュの態度はあんなにあからさまだというのに。

ルルーシュは本当にライを大切にしている。
それが度を過ぎている節もあるが、それはライを独占したいという執着心からだ。
それでスザクも被害を被った事がある。
妹の為だけに生きていた彼が、ずいぶん変わったものだと思った。
しかし、そんなルルーシュの想いも恋愛細胞が死滅しているライには届いていないようだが。

「君はルルーシュを友達って思ってるの?」
「ああ」
「でも、ずっと一緒にいてほしいって言われたんだよね?」

式典の事件とその後の事は、一部の人間には知らされている。
スザクもそれを本人から聞かされた一人だ。

「それは、僕がどこかへ行かないための抑止力だろう。僕はあの日、みんなの下から去ろうと思っていたから」
「そうだったの!?どうして」

予想外の言葉にスザクはライへ身を乗り出した。ライは少し俯き目を泳がせた後、

「記憶がすべて戻って、自分が追われている身だと思い出したんだ。今は、ゼロと特区の存在が隠してくれているんだけど」
「そんなことが」

突然の事実に、スザクは驚きを隠せない。
ライの記憶が戻ることはみんなの願いだったが、それが重いものになるものだったとは。ライは苦笑し、
「心配すると思ったから秘密にしていた」
隠していたみたいですまない。と言ってきた。

「いや、いいんだ。色々聞きたいけどそれは後にしよう」

スザクは首を横に振って答える。
記憶の話も大切だが、今はこの恋愛ベタをどうにかしなければいけない。大切な友人の為に。

「でも、その言葉が抑止力なら、君にそうする必要はないよ」
「なら、なぜするんだ」

ライは本当に分からないと首を捻る。

「君のことが好きだからだよ」
「好き?」
「友愛じゃないよ。ルルーシュは、君のことを大切に思ってる」

スザクは間違った方向に取られないようにそう付け足した。それでようやくルルーシュの想いにライは気付いたらしく、頬が染まりだす。
その反応におや?とスザクの勘が反応した。

ライは狼狽えつつも返してくる。

「だ、だが僕は・・・」
「やっぱり、友達なのかい?」

それにライは首を振って肯定する。
予想通りの答えだ。
が、スザクの勘が、本当にそうなの?と疑問を抱いた。
しかし、今それを追求した所で返ってくる言葉が同じなのも分かり切っていた。

だから、スザクは一つの賭けにでることにした。


「なら君は僕ともできる?」


ライの瞳が見開かれた。

「なにを・・・」
「友達ならできるって事だろう?」

よほど驚いたのか、ライはスザクを凝視して固まっている。
スザクが近付いてもライはそのままで、ただラピスラズリの瞳がきゅっと狭まり、スザクを写す。
その様子がスザクの胸をチクリと痛めたが、構わずさらに距離を狭めた。

「スザクは平気なのか?」
「男同士は初めてだけど、ライのことはちゃんと好きだよ」

ライの目には否定してほしい色が交ざっている。が、それには気付かない振りをしてもう一度言った。
これはライが本当に嫌がるかどうかを見るためのものだ。
ルルーシュが殺しに来そうだが、今は目を瞑っておこう。

「スザク・・・?」

逃げられないようにライの足を挟み顔を固定する。
あからさまにライの体が強ばるのが伝わった。

「ライ目を閉じて」
「ス・・・」

ライの呼び掛けを飲み込ませて、スザクは唇を重ね合わせた。

薄いと思った唇は柔らかく、甘い匂いが鼻腔をくすぐる感覚も、気持ちが良い。
重なったそれが離れるのが名残惜しく、スザクは再び、今度はさらに深く口付けた。ライの手が、抵抗するようにスザクの服を握り込む。

これはまずい。

始めは軽いキスですまして、ライの中のルルーシュと自分の差をはっきり知ってもらおうと思っていただけなのに。
硬度の宝石が緩く溶けていく様をまざまざと見せられて。吸い付くそれが余りに気持ち良くて。離れたくても離れられない。

何よりも、ライという存在が魅力的だった。

「スザ・・・ク・・・」
「結構気持ち良いね。ライの唇も柔らかくて、可愛い」

ライの目がどうしてそんなことを言うのだと問い掛けている。
涙腺の緩んだ彼は可愛らしく、スザクはまたちゅ、と音を立てて吸い付いた。それにびくりと反応する肩すら愛しいと思い始めてきた。

そうか・・・・・僕は。

「ルルーシュが何度もしたくなるのが分かる気がする」
「スザク・・・んんっ」

気付いてしまった自分の感情と、目の前の望むものの誘惑に負け、口付けはとうとう重ねているだけに留まらなくなった。
スザクのそれがライの口腔へと進入をし始める。

「!?」

スザクの行動を読み取ったライは、力の限りスザクを引き剥がした。

「スザクっ駄目だ、それ以上は」

明らかな拒否を示すライ。その姿に安堵しつつ、それでも胸の痛みは訪れる。

「嫌だった?」

おそらく自分は傷ついた顔をしているのだろう。
ライの柳眉が困惑に揺れる。

「・・・っ」

が、ライは目を閉じて、しっかりと嫌悪の意を表した。
またずきりと胸が痛む。それでも、最初の意図は達成できた。

そう。これは友人の為の行動だ。
それ以外のことにしてはいけない。

「ごめん。ライ。ごめんね」

俯くライの髪へと、スザクは手を伸ばす。


その時――――


―――――――――――――ダンッ


けたたましく鳴った金属を叩く音に、二人はバッと振り向き、絶句した。

「ルルっ・・・」

そこにいたのは、ゼロの仮面を外したルルーシュだった。
さっきの音の発生源である、握られ振りかぶった後の拳はドアに叩き付けられ、震えている。勿論その感情は怒りだ。
アメジストの瞳はギラギラと燃え盛り、スザクとライを射抜く。
突然のことに呆然とする二人へ近付き、ルルーシュはライの腕を取って引き上げ立たせた。

「来い!」

そのままライを引きずってその部屋を出て行く。

残されたスザクが我に返り、もう後の祭りと諦めた時には、二人の足音も聞こえなくなっていた。



「ルルーシュっどうしたんだ」
「黙って着いてこい!」

総司令部の奥へと、ルルーシュはライを引きずって歩く。
軽いジョギングほどの速さのそれは、今のルルーシュの機嫌と比例しているのはライにも良く分かった。
しかし、ライにはルルーシュの考えが読めない。

「ルルっ」

乱暴に開けたドアの先は、ゼロへと与えられた個室だった。
そこへライを引きずり込み、ドアをロックしたルルーシュは、ライを壁へ叩きつける。

「ルルーシュっ何を・・・んっ!」

ライの避難はルルーシュの唇によって飲み込まれ、ライは瞠目した。
荒く重ねあわされた唇は貪り付かれ、ショックで薄く開かれた唇から口腔へ入り込んでくる。

その生々しい感触に、ライはようやく自分の状況に気付き、身体が沸騰しそうになった。

抵抗しようにも両手首はルルーシュに拘束され、身体で壁へと押し付けられる為身動きが取れない。
息の吸えないライなど歯牙にもかけず、ルルーシュはいつまでも弄り続ける。

なぜ?何故だ?

ルルーシュが触れてくる時に感じる酩酊感に翻弄されつつ、ライは慄いた。

どうして、僕は抵抗できない。

スザクの時よりも酷いそれに、拒否できない。

「誰が許した。俺以外の奴の傍にいることを誰が許した!!」

ようやく放したルルーシュの言葉は、身を切りそうに痛かった。
いつも優しく笑みを湛え見つめてくれるルルーシュの瞳が怒りと哀感に満ちていて、ライの脳に直接殴りつけられた感覚が起きる。

「お前は俺の傍にいるんだ!他の下へ行こうなどと絶対に許さん!」

そんなこと思ったことなんて一度もなかった。
そして、どうしてそんな縛り付ける言葉を言うのかが分からない。

「ルルーシュ!」

ライは混乱し、常ならばどんな時でも冷静に対処できる思考を保つことができなかった。

「僕は君の所有物じゃない!」
「っ!?」

だから、意図しないことを言ったことも、ルルーシュの驚愕の表情で知る破目になった。
だが、言ってしまった言葉は取り消せない。

「っ君こそどうして僕を縛ろうとするんだ!僕は君たちの傍を離れたりしないっ!」

自分がルルーシュの傍を離れる訳がない。
ライは自分自身に誓ったのだ。たとえどんなことがあっても、ルルーシュの傍にいると。
彼を孤独にさせないと。

「ならさっきのあれはなんだ。それともお前はスザクが好きだとでも言う気か?!」

が、ルルーシュはライの言葉の意図を読み違え、さっきの件を呼び起こさせる。
今思えば、なんて馬鹿なことをしたんだろうと分かる。
スザクにあんなことをさせるべきではなかったのだ。

「ルルーシュ、落ち着いて」
「これが落ち着いていられるか!」

ルルーシュの拳が空を切る。
もし壁があれば、手を傷めてしまう気がした。

もう、どうすればいいのか分からない。
どう言えばルルーシュは落ち着いてくれるのだろう。

ルルーシュは自分に何を望んでいる?


「・・・お前は、俺をどう思っているんだ」


ルルーシュの声に、また全身が苦しめられる。ダメだ。気付いてはいけない。

「ルルーシュ」
「少し、出ている」

仮面を被ったルルーシュが、部屋から出て行く。
ドアの閉まる速さが、やけにスローに感じた。


今、追いかけなければ、今まで築き上げてきたルルーシュとの絆が、壊れてしまう。


ライはそう直感した。
だが、足は一歩も動かない。
地面と結合したように、張り付いて取れない。

ライの右手だけが動き、ルルーシュの背中へと伸ばされる。
だがその距離が埋まることも、ルルーシュが振り向くこともなく。
扉は、シュンと電子音を鳴らして閉じた。


「行かないでくれ・・・・」


空気と混ざりあったその呟きの後、ライの足元に雫が降り注いだ。



続く