それは夢だった。 そして現実だった。 ようやくそれから解放された後は、また別の幸福な夢が舞い込んでくる。 それがあんまり優しくて気持ちいいから、その甘い夢が悪夢へ変えられてしまうのが恐くて堪らなかった。 夢を見る。 どこまでも奈落へ、転げる石のように下る悪夢。 どんなに深く眠ってもついて回る。 眠る回数に比例して見る。 耐え切れずに眠らずにいても、それはどこまでも追い掛けてきて。 我慢して夢と立ち向かっても、さらに事態は悪くなるばかり。 どうして なぜ 追い掛けてくる夢は、何の為のものなのか 夢が願望を映す鏡というのなら 一体何を、望んでいるのか。 (また・・・か) 苦痛で目を覚ましたライは、もうクセのように時計を見た。 まだ宵の口だ。それなのに目が冴えて仕方ない。 眠りに着いて覚めたのはこれで5度目だった。最初に飲んだ薬の効力があるはずなのに、何度も何度も起きる。 あの夢のせいで。 また、起きている羽目になるのだろうか。 夢に立ち向かう勇気はもう出ない。 永い夜の中、ライは一人溜め息をついた。 <こころのありか> 3 「こんにちは。ナナリー」 「ライさん!今日も来て下さったんですか。嬉しいです」 アッシュフォード学園のクラブハウス。その、ナナリーが暮らしている部屋に来訪してきた客を確認して、部屋の主は破顔した。そんな可愛い笑顔につられてライ自身も笑みを零す。 ルルーシュことゼロがキョウトヘ行った後、ナナリーとのお茶会がここ最近のライの日課になった。 ルルーシュが遠くへ行ってしまってさらに不安になったであろうナナリーの為に、なるべく寂しくならないようにと、ライは時間が許す限りここに来るようにしていた。 今日も無理やり取らされた休みに乗じて、ライはここを訪れている。 未だに多種多様な問題を抱えて「特区日本」多忙であるはずだし。ライもそれは熟知している。 それなのに休みが取れてここにいるのは、直属の上司が不在だから、ではなく、ユーフェミアの執務能力とライの処理能力の差がありすぎるからだった。 「ライが処理できないくらい一杯仕事押し付けますからっ」と、実は負けず嫌いだった皇女が宣戦布告していたが、ライの予想ではそれ程処理が完了する訳がないだろうと思っている。 ナナリーの世話をするメイドの咲世子が主の後ろから軽く会釈し、お茶をご用意いたしますね。と、キッチンへ去って行く。 ライは断りを入れてからナナリーの横へ座り、少し斜めに椅子を動かして小さな密閉箱を取り出した。 蓋を開けるとささやかで優しい甘い香りが仄かに漂う。その匂いはナナリーに馴染みがなく、首を傾げた。 その様子にくすりとライは微笑み、その正体を言う。 「ご希望通り、今日は水羊羹を作ってみたんだ」 「まぁ!本当に作ってくれたんですか」 箱に入っていたのは竹の筒で作った器に入った水羊羹。 小豆が得意でなくても楽に味わえるように、こして作ったそれはライのお手製だ。 先日咲世子と日本の和菓子について話が盛り上がり、興味を持ったナナリーがリクエストしたのが水羊羹だった。 咲世子の用意した緑茶を添えてナナリーの前に水羊羹を置くと、ナナリーは冷えた器を撫でて器を咲世子に渡し、咲世子がスプーンですくいとってナナリーに食べさせた。 「味見はしたから、そう可笑しくはなってないはずだよ」 「とっても美味しいです。作るの大変ではなかったですか?」 「時間はかかったけど、そう大変でもなかったよ。それに楽しかった」 記憶を蘇らせたライは、日本のお菓子を作ることができるようになっていた。 ライの母親は料理を作ることが好きで、ライにも妹にも良く振る舞い、一緒に作らせる時もあった。 特に祖国であった日本の和菓子を良く作る人で、餡子を用いたものが多かった。 「小豆はとても身体に良いのですよ」と、母が言っていたのを覚えている。 時にはずっと同じメニューばかりで、いい加減飽きたと言っても出される時の上等文句だった。 そのおかげで作り方を知ったライは、こうして振舞える訳だが。 自分も水羊羹を食べ、穏やかな団欒が始まる。 こうしてこの部屋にいると、まだここで暮らしていた頃が思い出されて、ライはとても穏やかな気持ちになった。 まだそう経っていない筈なのにとても懐かしい。 「最近のナナリー様はライ様が来るのをいつも心待ちにしていらっしゃるんですよ」 「小夜子さん!言っちゃダメですっ」 「ナナリーが喜んでくれるなら僕も嬉しい」 顔を赤らめるナナリー。 穏やかに笑む咲世子。 大切な一時。 「もぅ・・・でも、ゼロさんが帰ってくるまでなんですよね」 ナナリーが寂しげにそう言う声に、ライはナナリーを見た。温かい緑茶を手に添えて、ナナリーは小さく俯いている。 「お兄さまが帰って下さるのは、とっても嬉しいのですが」 「ゼロが帰ったら、あまり頻繁に来れなくなるな」 ナナリーの胸中が分かって、ライはそのまま口にした。 「ごめんなさい。私が我儘言える事じゃないのに・・・」 「いいんだよ。今ナナリーは一人で頑張ってる。それにルルーシュだって、ナナリーと一緒にいたい筈なんだから」 小さく首を竦ませるナナリーが、自分と合えなくなることが寂しいと思ってくれるのはとても嬉しい。 最愛の兄であるルルーシュともっと一緒にいたいと考えるのも、自然のことだ。 だが、ルルーシュがゼロである限り、それはとても難しい。 もし、ルルーシュがセロでなかったら・・・・ 「ナナリー、ルルーシュと一緒に暮らしたいかい?」 「それは・・・・一緒にいられるなら、一緒にいたいです」 「ナナリーが望むなら、ゼロに頼んでルルーシュを帰らせる。一緒に暮らせるようにする」 ナナリーは、ライの方を向いてえ、と口をポカンと開けた。叶うはずがないことと思っていたのだろう。 しかし、ライの予想は大きく外れた。 「ライさん、お兄様と何かあったんですか?」 今度はライが目を見開いた。 「どうして?」 その流れがどこから来るのか分からない。 一瞬自分の胸を突いた衝撃も。 「だって、ライさん悲しそうです」 言ったナナリーの方が辛そうな顔をしている。 「そんなこと」 「あるんです!あるんです。だって、こんなに」 安心付ける為にのばした手を逆に取られて、ライは戸惑った。 重なり合った手は震えている。それは自分のせいなのか、ナナリーの方なのか。 ライは震え続ける手を逆の手で被い、優しく撫でる。ナナリーの手が震える。 「ナナリー、大丈夫だよ。本当にルルーシュとは仲がいいままだ。 僕は二人が好きだから、たった二人の兄妹を引き離し続けるのは忍びないって思ったんだ。 大切に想い合っているのも知っているしね」 「ライさん・・・」 どうしてナナリーはこんなに悲しそうなんだろう。 「私、お兄さまとライさんが一緒にいるのが好きなんです。二人で仲良くしている姿を見るのが大好きで。だから」 「おーい。今ニュースでキョウトの事が流れてるぞ」 唐突にやってきたリヴァルの声に、ナナリーの訴えが途切れた。 咲世子がさっとラジオをつけ、チャンネルを切り替える。 キョウトのニュースが流れ、キョウト六家の代表が『特区日本』へ移住することが伝えられた。 これでキョウトでの仕事は完了しただろう。 「ルルーシュが、帰ってくるね」 「はい」 嬉しそうにナナリーが微笑む。その笑みを見てライも顔を綻ばせた。 ふと、携帯が鳴り、ライは断りを入れて部屋から出る。その後ろ姿をまたナナリーが気にかけているのにライは気が付かなかった。 「すまないもう戻らないと」 戻ってきたと同時にまた笑うナナリーがいたから。 「また、いつでもいらして下さいね」 「ああ、今度はルルーシュと一緒に」 本心から、ライはそう言った。 特区の司令室へ入ったとたん、ライはユーフェミアからタックルをかまされた。 「ライ、見ましたか?ああ、もう見たんですよね。キョウトへの派遣隊が帰って来るんです!」 驚いているのか戸惑っているのか、とにかく興奮収まらぬユフィはあわあわと慌てふためいている。 その様はごく普通の少女と変わらない。が、彼女は間違いなく特区の総責任者だ。 「少し落ち着いてください。ユーフェミア様。それから、正式な六家の介入も入ります。気を引き締めていかないといけないのは分かっていますね?」 「は、はい!頑張ります」 ようやく我に返ったユフィが、自分の顔をペチリと叩き、 「でも。そんなに大変になりますか?」 人を疑うことを知らない少女は首を傾げた。 「開発的には速度が増しますね。特区が本格的に機能するための準備が、倍以上に早く整うことができるようになるでしょう。 ですが、そこに漬け込んで自分のいいようにしようと企むものもいます」 ライは介入への利点と不利を分かりやすく告げる。 国名をなくす以前から、深く政治に関わってきていたキョウト六家の力は大きい。 そしてそれゆえに影響力も大きく、反ブリタニアの心構えがいるものがいれば、特区そのものを反乱分子として育てようと企む者もいるだろう。 そんなことは、ゼロが許さないだろうし、ライも見逃しはしない。 が、そういう危険性を孕んでいる上で、指導して行かなければならないことを無垢すぎる責任者に伝えたかったのだ。たとえ半分もその意味を理解していなくても。 ライの話を聞いて自分なりの心構えをした後、やはりそれでも自分を治めることはできなかったのか、またユフィはそわそわとしだした。 「明日、帰って来るんですよね」 「はい」 「すごくドキドキします」 「そうなんですか?」 頬を紅潮させるユフィに、ライは尋ねる。ユフィは目をパチリと瞬いた。 「だって好きな方と会うのって緊張するでしょう?ライはそうじゃないの?」 紫の目が、純粋にこちらを見る。 「ルルーシュが帰って来るのがすごくすっごく嬉しいけど、ちょっと気恥ずかしいような、そんな気持ち」 また、ルルーシュ・・・ つい、溜息を吐きそうになってしまう。そんなに自分はルルーシュに好意を寄せているように見えるのだろうか。 「ルルーシュが帰って来るのを一番喜ぶのは、他にいますよ」 そう。例えば、彼が一等大事にしている愛妹。 きっと彼女は誰よりも喜んでいる。会いたがっている。 「ライ・・・」と、誰かが呟いた気がした。その声はどうして?と問いかけていたが、ライは聞こえないふりをした。 「さ、スザク達が帰ってきても恥ずかしくないように仕事を終わらせてしまいましょう。どうやら目標には届いていないようですし。今日は休ませませんよ」 「ええー!」 ユフィの執務机には、未処理の書類の山と、処理の終わったほんのちょっとが一緒に点在していた。 いつからやっていたのかは分からないが、彼女自身のペースでは終わるのに深夜近くかかるだろう。 ライって意地悪です・・・と呟くユフィ。処理済の書類を束ねてライはにっこりと優しく笑んだ。 「終わらせられたら水羊羹がまっていますよ」 「ヨウカン??」 「日本のお菓子です」 「私子供じゃないですよっ」 ぷう、とむくれる顔をしつつも、ユフィは作業を開始した。 公務を良く知らない総責任者はたどたどしく書類を読み、サインをし、分からないところをライに教えてもらいながら処理を進めていく。 拙いながらも健気に頑張ろうとするユフィの姿は、自分も元気付けられる。 まだブリタニアをよく思っていない日本人はたくさんいる。そんな中、前向きでいるユフィが早く打ち解けられたら、それは新しく生まれたこの国の素晴しい第一歩になるだろう。 そのまま、この一週間ですっかり定位置になった予備の椅子に座り、くらりと視界が揺れた。 ああ、もう少しだけ保ってくれ。 ユフィに気付かれていないことを確認して、目蓋の奥にちらつく赤を見ないように書類をまとめ続けた。 「おかえりなさいスザク、ゼロ」 派遣隊が帰ってくる当日。ユフィが「お出迎えしたいです」と言い出したので、護衛の為にライと、ブリタニア兵と黒の騎士団が半々で組まれた10人弱が、本部の玄関口で待ち構えていた。 派遣隊は出てしばらくしてから到着し――ライが事前に到着時刻を確認していた――まず始めに降りてきたゼロとスザクをユフィの笑顔が出迎えた。 ゼロとスザク、そして長い髪を揺らした日本独特の服を着た少女がこちらへ向かってくる。神楽耶だ。 そういえば、彼女もキョウト六家の一員だった。初めて出会った時、こんな少女がと驚いたのも、大分昔のことのように感じる。 彼女がここにいるということは、六家代表は彼女なのだろう。 「枢木スザク、ただいま帰還いたしました。」 ユフィの前に跪いたスザクが騎士らしく振舞う。 「もぅ、堅苦しいです」 それがお気に召さなかったらしいユフィは、頬を少し膨らませた。が、ここは一応公共の場である。そのことも分かってはいるからそれ以上は追求せず、スザクも「申し訳ありません」と笑って言い。ユフィももう一度「おかえりなさい」と微笑んだ。 ほのぼのと繰り広げる二人にさりげなく入ったのは、神楽耶だった。 「お初にお目にかかり、光栄ですユーフェミア皇女。キョウト六家代表、皇神楽耶と申します。どうぞお見知りおき下さいませ」 「こちらこそよろしくご指導の程お願いいたします」 神楽耶の儀礼に、ユフィも答える。 二人とも日本をより良くしようと考えているもの同士、何か感じるものがあったのか、お互いに和やかになる。 強い味方となるだろう。 そんな風に一部始終を見ていたライは、ふと、ゼロがこちらを見ていることに気がついた。ゼロはライが気付いたと同時に顔をユフィ達に向ける。 「ではお二方、私はこれで失礼いたします」 特区向上の為の会議は今日はない。長旅の疲れを考えてこの後は特に大きな予定を入れていなかった。 だから後はユフィに任せて去ろうと、ゼロは言ったのだが。 「ああ!ダメですゼロ様。一緒にいて下さいっ 未来の妻を放っておくつもりですか?」 そのセリフに、ユフィとライは固まった。 (妻?) ライの中に、ちくりとトゲが生える。 内側からの痛みを持て余したまま言われた方を見ると、スザクは困ったように苦笑いし、ゼロは大仰に溜息を吐いていた。 「またそんなお戯れを」 その反応に、何度も繰り返されたのだろうことが分かった。 分かったが、どうしてもトゲは抜けてくれない。 「そうです!ダメです!ル・・・ゼロにはもう素敵な方がいるんです。浮気なんてしちゃダメです!」 ユフィが声を上げる。 その言葉にさらにトゲが増える。 (動揺・・・しているのか?) どうして? なにに? 「本当なのですか?ゼロ様」 「何度も申し上げたと思いますが」 もやもやする。 気持ちが悪い。 「だって、どなたかお聞きしても特徴すら仰ってくれなかったからてっきり、体の好い躱し文句だと思っていたのに・・・ひょっとして、貴女が?!」 これ以上、聞いていたくない。 ここにいたくない。 「ちっ違いますっ私が好きなのはっ・・・その・・・」 「神楽耶、あまり困らせないでくれ」 「好きな方の意中の人を聞いて何が悪いんですか」 もう、黙ってくれ。 「うるさい」 衝動のままにライは口を開いていた。意識していなかった。 大きくもないが聞き逃せない音量のそれに、その場にいた全員の目がライへと向けられる。 「ライ?」 ユフィが困惑している。ゼロは仮面のために分からないが、皆一様に驚いていた。 しまった。僕は、何を・・・ 「・・・無礼な言動を振る舞い、お気を悪くさせて申し訳ありません。すみません。これで、失礼させて頂きます」 ライはすぐに頭を下げた。 そう。これは寝不足のせいだ。最近の夢見の悪さのせいで参っているんだ。 このままではいらぬ失態をしてしまう。 部屋に戻って、少し休憩を取ろう。 早く、ここから。 今の状態でどうしてそれに気付けたのか、ライ自身不思議だった。 こちらに向けられた銃口。 狙いがゼロだとすぐに分かった。 ライは身を乗り出し、背に庇う。 銃声と叫び声。 衝撃。 覆いかぶさる何か。 何が? 「ゼロ様!」 ・・・え? 黒い塊。 「許すものかっ許すものかぁっ」 ぴくりとも動かない。 動けない。 「誰か医療班を!」 暖かい。 ぶつりと切れる音がした。 犯行は、反ブリタニアのテロ集団の一人だった。 仲間の殆どが行政特区日本への参加を提案し、その集団は解散。 一人残ったその男はブリタニアを恨み、特区を恨み、ユーフェミアを憎み、ゼロを憎んだ。 逆上した男は安易な考えで乗り込みを企み、参列者に紛れ込んで、犯行に及んだ。 まずユーフェミアへと狙った銃弾は男の腕が悪く、ゼロの方を向いていた。 一発を撃った瞬間に警備が気付き、男を取り押さえ、今は処分を待っている状態だ。 そして、撃たれたゼロは脇腹を負傷。庇おうとして逆に庇われたライがすぐさま反応し、応急処置と医療措置準備を整わせた。 ライは誰よりも理性的に動いていた。 誰もがそう思った。 唯一そう思っていなかったのは、ゼロの素顔を知り、医療面にも詳しい為ゼロの治療に組み込まれたラクシャータ位だったが、何も言わず、その方が進行が早い為、補助するライのままにさせた。 「スザク」 「ゼロ様は、ゼロ様は大丈夫なんですか?」 「命に別状はないよ。もう意識も取り戻してる」 治療室から出てきたスザクの言葉に、ユフィと神楽耶は安堵の息を漏らした。 「よかった!ゼロ様」 神楽耶は中へ入ろうと駆け出す。が、すぐにスザクに遮られた。 「神楽耶、今は入らないで」 「どうしてですかっ?」 神楽耶は本当にゼロのことが好きなんだろう。駆けつけて顔を見て無事を確認したいのは当然のことだった。 だが、それでも、スザクもユフィも今は入ってはいけないと感じていた。 ラクシャータが気だるく部屋から出てくる。三人を見て何も言わず肩を竦めて去って行った。 「二人には、必要なんだ」 閉じられた扉の向こうを見て、もう一度スザクはそう呟いた。 治療室で、横たわるルルーシュを前にライは戸惑うように手を動かしていた。 点滴で繋がれていないほうの手を握りたくて、しかし触れてもいいのかと自問自答し、結局行き場を失った手は少し動けば触れられる位置に留まった。 白い肌だ。 纏う黒服を脱いで白い患者服を着ているせいか、混ざり合ってより一層白く見える。 ルルーシュは負傷しても気を失わなかった。治療のために麻酔を打って眠らせたルルーシュの意識は覚醒期に入り、そろそろ目を開ける頃だ。 だがそう言われても、自分で分かっていても、待っている時間がもどかしくて堪らない。 起きて。 早く。 目を覚まして。 また手を握り締めたくなった。触れたら気付いて目を開けてくれるのではないかと。 それでも手がシーツから離れない。 そうして鬱々としている間に、とうとうルルーシュの瞳がゆっくりと開かれた。 「なぜそんな顔をしている?率先して助けてくれた奴が」 しっかりとした声で、ルルーシュはライを見て笑った。全身の力が安堵で抜け落ちるのが分かる。 しっかり自分を為っていないと色々と出てきそうで、ライは今の姿勢を保つために下腹に力を込めた。 「覚えて、いない」 返した声が震えた。 紫水晶の瞳が弧を描く。 ルルーシュの手がライの手に重ねられた。 その手は負傷しているルルーシュのほうが体温が低いだろうに、ライの手よりも温かかった。 生きている。 ちゃんと生きている人の温かさだ。 「もう。何が起きたか、訳が分からなくなって」 失っていく人の温かさが怖かった。 血の気が失せていく肌が怖かった。 命が失われる感覚が恐ろしくて堪らなかった。 必死になっていたのかも、呆然としていたのかも分からなくて。 自分の手足が操られているように動いた。 切れ切れに景色が飛ぶことしか覚えていない。 気がつけば、眠るルルーシュの前にいて、どうなったのかライ自身分からない状態だった。 吐露するライを、何も言わず見つめ続けていたルルーシュが身体を起こす。 まだ完治するわけのない傷が痛んで顔をしかめても、ルルーシュは姿勢を座位に変えた。 「ルルーシュ、まだ寝ていないと」 慌てて言うライの肩に、ルルーシュの腕が回された。 手が頭を抱き寄せ、肩口へ押し付けられる。 香る匂いに息が詰まる。 苦しいのに。 ひどく、優しい。 聞こえる吐息も。 背に回された手も。 どこからか聞こえる鼓動も。 揺さ振って。 途切れない。 振り払えない。 このままで、いたい。 「どうして、どうして庇ったんだ」 自分が目が溶けそうなほど涙を流していることに、ライはようやく気付いた。 ルルーシュの髪を撫でる手が、背を撫でる手が、ライの心を一つ一つ砕いていく。 「お前こそ庇おうとしただろう」 そんなこと、何も考えていなかった。 助けなければならないと身体が動いたんだ。それは。 「僕は君の部下で、友達だぞ」 大切な人だから。 作りたくない大切な人だったから。 失って傷つく人もたくさんいるから。 その人たちの悲しい顔を見たくなかったから。 だから。 「俺は、何も考えていなかった」 ルルーシュの答えに、ライは目を瞬かせた。 ルルーシュの手がライを強く抱きしめる。 「銃口が見えたとたん、勝手に体が動いた。あの一瞬考えるということすら忘れた」 どんな時だろうと戦略を巡らせ、全てに対処するルルーシュの言葉とは思えなかった。 「何がどうなろうと構わなかった。あの瞬間はどんなことも、ただ、お前が傷つくことだけが何よりも阻止しなければならないことだった。」 涙がさらに溢れる。 この男はどこまで泣かせれば気が済むのだろうか。 「ル・・・」 「またお前が倒れる姿なんて、冗談じゃない。あんな気持ちは、もう二度としたくない。一度でも耐え切れるか」 ぐさりと、生み出されたトゲがまた身体を攻撃し始める。 ここから出せと、ライの身体を突き出ようとしている。 「ルルー・・・シュ」 ルルーシュの手がライの頬を掴む。緩んだ瑠璃と固い紫水晶が交差した。 トゲが身体を穿つ。 「好きだ」 グリグリと胸に穴を開けようとするトゲ。 「お前以外に、俺を衝動に突き動かすものなどいない」 蓋が開かないなら壊してしまえと、ライの心が作り出したトゲ。 「そう言って、ナナリーの事になったらそっちに向くんだろう」 否定して、ずっと閉じ込めて。 それでも防ぎきれなかった。 応えたいと逸る心。 「ああ。そうだな」 とうの昔に目の前の存在に奪われていた。 そしてまた、奪われた。 「ふ…いい加減だな」 ああ、僕は、どこまで君に捕われる。 「ルルーシュ、話を、聞いてくれないか」 ずっと、自覚したくなかった。 相手のことも、自分も。 そうしなければ壊れていくと分かっていたから。 それでも無意識な心はあんなに素直に反応していたのに。 分かっていても、止まらなかったのに。 そして、ライはやっと決心した。
もう、終わりにしよう。 |