<紙一重の愛情> 毎年、この日はほんの少しだけ特別だ。 誕生日でもないのに母さんが大きなケーキを焼いてくれる。それも決まってチョコケーキ。 おいしいって言うとすごく笑ってくれる母さんは、毎年毎年違うチョコケーキをくれた。 1ホールだけのそれがその内人数分になって、内心こんなに食べられるかとか思いつつ、キラとあぶら汗を掻きながら食べたこともあった。 初めて食べたのは、小さい俺がキラのを内緒で分けてもらった時だった。 不思議そうに見る俺に、キラが与えてくれたケーキの味は覚えていない。 目を丸々とさせて噛みしめていたらしい。 そんな話を、俺はキラと母さんから送られた今年のケーキを食べながら話していた。 今回は日持ちも考慮されてパウンドケーキだった。しっとりとした口当たりとココアパウダーの絶妙な甘みが満足を脳に与えてくれる。 キラも隣りで4切れめへ突入していた。 あの戦争から大分経ち、今はこいつと二人きりで暮らしている。 あの頃の傷跡はまた各地に残っているけれど、俺たちは平穏に暮らしていられた。 それだけで十分だろう。 「あの頃のは本当に可愛くて・・・、なのに・・・ どうしてこんなことになってしまったんだーーーー!!!」 キラも暴走が日常になってきたし。 「ほお?それはつまり、今の俺との関係はお前の望むものでなかったと、そういうことだな?」 「ちっがーう!誤解だよ!!僕はと恋人同士になりたかったんだから!」 半眼で言う俺に、キラは全力で否定する。・・・そうはっきり言われると、こっちが恥ずかしいんだが。 顔が赤くなってないことを祈ろう。必死で平静を取り繕う俺の前で、キラはしゅんと俯いた。 「そうじゃなくて、格好良くって、すごく頼りになって、僕むしろいらないくらいで・・・お兄ちゃんの威厳というか、男のメンツっていうか、そういうのがずいぶん昔に崩壊していたんだなって・・・・」 「うわ、すごい今さら」 その言葉、他の奴らに言ったら間違いなく呆れられるな。 「ーーーー!!僕を見捨てないでぇぇぇぇっっ!!」 「はい、はい。ほら、ケーキ食べろ」 うわあああと泣きすがるキラの頭を撫でてやりながらケーキを餌付けすると、べそをかきながらも引き下がってくれた。 これで兄とか男の威厳なんてよく言えるよな。 「それにしても母さん、ホント毎年この行事欠かさないよな。まあ、甘いもの好きだからいいんだけど」 「あ、その理由聞いたことある。素敵な息子たちと素敵な旦那様に愛を伝えるのが嬉しいんだって」 「そんなの・・・毎日感じてるのに・・・」 「母さん、結構乙女だから。行事に目がないんだよ。本人が好きでやってるんだからいいと思うよ」 「そうか・・・そうだな」 あの人が喜んでくれるならいいか。いつまでも笑顔が絶えないでいてほしいし。 「この日はキラも比較的大人しいしな〜、平和だな」 「ふふ。僕だっていつも暴走してる訳じゃないんだよ」 実にありがたいけど、妙な感じもする。バレンタインは別に女の子だけの行事でもないし、男が誰かに送るってこともあるのに。 俺はそういうのしたこともないけど。たぶんバレンタイン=母さんからのケーキがインプットされてるんだと思う。 「あ、でも一度そうじゃない時があったか」 「え!?」 今まで歴代のバレンタインを思い出していたせいか、そもそも新しい記憶だからか、ふっと思い出した。 キラが鬼の形相でにらんでいるけど、こいつは俺に関して嫉妬の化身だからもう仕方ない。 「俺がプラントにいた時に、何か大量のチョコを貰ったんだよな・・・」 そして俺は、その時のことをきりだした。 プラントの、仕官学校で暮らしていた頃。たしか、まったくバレンタインなんて意識してなかった。 学校で流れるニュースにトレンドはあまりなかったし、その頃は日付も気にしてなかったせいでもある。 「くん!これ受け取って!!」 意識せざるおえなくなったのは、やっぱり朝の食堂からだった。 見知らぬ通信科の女の子に手渡された可愛いラッピングの袋。呆気にとられたけど一応お礼は言えた。 その女の子は顔を真っ赤にして去っていって、正直何事かと思った。 「おーなになに?、チョコもらったのか?」 「え、チョコ?」 「何言ってんだよ!バレンタインじゃん。今日」 ヴィーノが「うらやましいねぇ」とつついてくる。茶化されてるとはわかってるけど、あまり気にならなかった。 「俺、女の子からもらったの初めてだ」 「え、マジで!?」 頷くと「ウソだー!」と否定されたけど、真実だから仕方ない。びっくりっていうか、嬉しいような、困るような。複雑な感情が胸を渦巻く。 うわ、これは・・・照れる。ものすごく照れる。 そういえばこう言うのってお返ししないといけないんだよな。 「あ、あの子の名前も聞いてない」 「え?なんで?」 「だって、お返しするものなんだろ?」 「うわ、律儀」 中になにか入ってないかと開けてみるけど、無名のメッセージとチョコが入ってるだけだった。 うーん。これじゃ返せないなあ。顔もあんまり覚えてないし・・・ 「そんなの、相手が返事を待たないなら返さなくていいんだよ」 見物していたシンが言い放ち、「そういうものなのか?」と首を傾げた。 「そういうもん」となぜか袋を睨むシンに頷かれて、自分も頷く。 まぁ・・・・いいか? ひょっとしたら向こうからなにかあるかもしれないし。 なんて、思っていた俺は、その日の事実を半分も理解していなかった。 「くん!これどうぞ」 「さん、受け取ってください」 「あの・・・・これ・・・」 「ヤマトくん!好き!!付き合って!!」 昼休みに入る前に、俺は大した訓練もない日に疲れ切っていた。 休み時間の度にいったいどこから湧いてくるのか、女の子が・・・・・ときどき男が、代わる代わるやってきて俺にバレンタインのプレゼントを渡してくる。中身は大体チョコとかお菓子類だ。 さすがに告白と同時に送られたものは、気持ちに応えられないと受け取りも拒否したけど、その後の対処の方が面倒くさかった。 泣かれるともうどうすればいいかわからないし、「付き合ってる人いないでしょ!」と逆切れされるのはさらに困った。 まだプレゼントをロッカーへしまうために往復するほうがましだ。持っているのが見つかれば教官に叱られるから、慎重にルートを選ばないといけないけど、頭を今まで使わなかったことに費やすよりよっぽど楽だった。 「俺・・・・もうプレゼントいらない・・・」 ぐったりと言い放った俺の呟きに、罪はないと思う。 好きだって思われるのは嬉しいけど、こんなにいっぺんに来られたら困るだけだ。どれが誰からのプレゼントか、なんて覚えるのも放棄してしまった。 「、人生最大のモテ期なんですって?」 俺をからかいにやってきたルナにも何も言えない。言い返す気力もない。 近くにルナという女の子がいるにもかかわらず、また知らない女の子がやってきてプレゼントを置いていった。 俺の隣りには今、自然にできたプレゼントの山がある。 「それにしてもすごいわね。学校中の女の子から貰ってるんじゃない?」 「いや・・・さすがにそこまでは。 一日なんかじゃ消費できない量は貰ってるけど」 「まあ、おモテになることで」 まったく感情のこもってない感想を貰って、また溜息を吐く。 ああ・・・これ俺が全部消費しないといけないのか・・・・・・ すっごい誰かに分けて分担してほしい気もするけど、どうにもためらう。 多分あれなんだ。女の子が泣くのって、母さんとダブってしまって断れなくなるんだよな。キラにも弱いけど、母さんにはさらに弱い。 捨てるとかも、きっとできないだろうし。 「ああああああああ・・・・・・・」 「フェミニストならフェミニストらしく貫き通せば?」 「?なんのこと?」 意味がわからなくて聞き返せば、「これだからこの男は」と溜息を吐かれた。 ? ? なんなんだ??? 「あ・・あの・・・・さん」 「あれ、メイリン」 訳が分からないと首を捻ると、今度はその妹が声をかけてきた。 初めて会った時はビクビクしていた彼女も、色々付き合うようになって普通に話せるくらいにはなった。まだちょっと固いのが、気になる所ではあるけれど。 「どうしたんだ?えと、俺に用?」 「い、いえ!あ、じゃなくて、はい」 姉を見ずに俺を見ているからそうなのかと尋ねると、ちょっと焦ったのか、メイリンは一瞬否定したのを訂正した。 その後もじもじと後ろ手に持っていたものを俺に差し出して。 「あの、これ、どうぞ」 「え?」 今日初めてでないやりとりに、ちょっとだけ目を見張る。 「あたしお邪魔ね」と去っていくルナに声もかけられなかった。 親しい人から貰うのは今日が初めてだ。普通なら素直に嬉しいんだろうけど・・・・つい、隣の山を横目に見てしまう。 すると、「あ、あの、これ、食べ物じゃないんです!」と言ってきた。 「さん甘いもの嫌いだったらどうしようって、思って。物にしたんです。いつもお世話になってるお礼にって。この間これのこと話してたの聞いて・・・それで」 俺の胸に押しこんできたプレゼントを受け取って、メイリンを見る。顔を真っ赤にしたメイリンは、今にも泣きそうだ。 俺にって・・・どんなものなんだろう? 「開けても、いいかな?」 「は、はい!!」 好奇心に勝てず、承諾を貰ってから包みを開ける。手のひらに収まる、小さい箱だった。 でも、大きさは問題じゃない。そのパッケージのイラストだ。 いつだったかカタログで見た。欲しいと思っていたメモリーチップだった。持っているチップはどれもいっぱいだから買わないとと思って、いいなあと思ったのがこれだ。 手に入らない訳じゃなかったけど、流れ流れになって買っていなかった。 まさかこんな形で手にできるなんて・・・ 「ありがとう!!すっごい嬉しいっ」 「!!」 今日の疲れも吹っ飛ぶほどの嬉しさだ! ああ、やっぱ俺、機械好き。 「大事に使わせてもらうな」 「は・・・はい・・っ。よかった!」 こくこく頷いて笑ってくれるメイリンに、俺も上機嫌で笑い返す。 「何かお礼しないとな。何か欲しいものとか、ある?」 「い、いえっそんな!」 「俺で何とかできる範囲ならなんでも言って」 「え、でっでも・・・」 「いいから」 「俺もメイリンにお世話になってるし」と付け足して促す。 しばらくまごついた後、「あの、じゃあ・・・・・」と打ち明けてくれた。 「一緒にショッピング、付きあって下さい」 「そんなことていいの?」と聞き返したらまた何度も頷かれて、俺はそれを快く承諾した。 「で、その子とデートしたんだ。ふーん」 「お礼だってば。ま、そんな嬉しいこともあったけど、正直あの日は疲れるだけで散々だったよ」 あの時貰ったチョコ等のお菓子は、ある意味死にそうになりながら平らげた。 「何もそこまでしなくても・・・」とシンに呆れられ、何個か付き合いに食べさせもした。 悪いかとも思ったけど、命には代えられない。さすがに、菓子で死にたくはない。 ちなみに、俺と同じくバレンタインで女の子にプレゼントを何度も渡されていたレイは、そのすべてをきっぱりと断っていた。 あまりに切り口が良い断り方に、何人かは泣いていたけど、あの冷たさが堪らない!!と、熱が上がってる子もいた。 女の子って・・・・よくわからない。 「もう当分あんなのはごめんだ」 「そうだよ。には僕の愛だけで十分!」 お前の愛も濃すぎて嫌になるけどな。 ま、ものじゃないだけ視覚攻撃がないから、ある程度逃避できるのが救い。 ・・・・後は、今までの付き合いで培われた諦めのおかげだろう。 具体的が怖いって、あの時初めて知ったんだよな。 あのすごさは正直引く。 人間そこそこは一番だ。うん。 そして。 「あ、運送センターさん?そうですか、今年もそんなに贈り物が・・・・ ええ。指示通り全てそちらで処分してください。 え?ああ。お食べになりたいのであればどうぞ。まったくありがた迷惑なものなので。はい、では」 「――――ふふふっ。僕との間に入る奴なんて、いらないんだよ」 過去のバレンタインプレゼントも、そして未来も、キラの手によって阻まれていたことを知るのは、もうしばらく先の話。 |